(ニューヨーク)―ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日、壊滅的な人道状況そしてガザ地区における飢饉のリスクを回避するために重要な役割を果たす国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金提供を継続するよう各国政府に求めた。UNRWA職員12人が、ハマスによる2023年10月7日のイスラエル南部での攻撃に関与したという疑惑を同機関が調査する間、資金提供は続けるべきある、と述べた。
ガザ地区最大の援助組織であるUNRWAは、資金援助が再開されない限り、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、および同地域の他の3カ国での活動を「2月末以降も継続することはできない」と警鐘を鳴らしている。イスラエル政府当局がUNRWAに対し、10月7日のテロに一部の職員が関与したとされる情報を提供したことをうけて、UNRWAは一部の職員の契約を「直ちに解除」し、「遅滞なく真相を究明する」ための調査を開始したと発表した。国連事務総長はその後、この疑惑に対する国連の調査が独立したものであることを確認し、国連内部監査部(OIOS)が直ちに活動を開始したことを明らかにした。
「UNRWA職員に対する疑惑は深刻であり、国連はこれに対し真摯に対応しているようだ。しかし、ガザに住む230万人超の人びとの命をつなぐための食糧、水、医薬品の提供に最も長けた国連機関への資金を止めることは、飢饉の危険が迫っているという専門家らの警告に対して、あまりにも無関心というほかない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの危機対応アドボカシー・ディレクターであるアクシャヤ・クマールは述べた。「子どもたちや障がい者、妊娠中の人びとを含むガザのパレスチナ市民は、UNRWAのサービスに大きく依存しており、個々の職員に対する疑惑とは何の関係もない。」
2024年1月31日現在、これまで同機関予算の4分の3以上を拠出してきた18の政府が、この疑惑を受けて拠出を凍結している。紛争の最中、ガザでは100万人以上のパレスチナ人が避難生活を送っており、その多くがUNRWAのシェルターやその周辺に避難している。
オーストラリア、オーストリア、カナダ、エストニア、フィンランド、ドイツ、アイスランド、イタリア、日本、ラトビア、リトアニア、オランダ、ニュージーランド、ルーマニア、スウェーデン、スイス、英国、及び米国の18カ国は、10月7日の襲撃事件に12人のUNRWA職員が関与したという疑惑を受け、同機関への資金提供を無期限に停止すると発表した。対照的に、ベルギー、アイルランド、ルクセンブルク、スロベニア、スペイン、ノルウェーの各政府は、UNRWAへの資金援助の継続を確認する声明を発表し、同時に疑惑の調査の重要性を強調している。
欧州連合(EU)とフランスは、極めて重要なこの資金提供を停止する代わりに、「国連が発表した調査の結果と今後の対応に照らしてこの問題を検討する」「時期が来たら決定する」との意向を明らかにする声明を発表している。ただし、各国政府によるUNRWAへの拠出は任意であり、その裁量に任されている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
10月7日、ガザ地区のハマスの武装集団がイスラエル南部で攻撃を行い、民間人を故意に殺害し、群衆に発砲し、自宅にいる人びとを銃殺し、高齢者や子どもを含む人質をガザに連れ帰るという、戦争犯罪に当たる行為が行われた。イスラエル政府当局によると、10月7日以降、1,200人以上(そのほとんどが民間人)が殺害され、30日現在も136人が人質のままだという。
10月7日の攻撃の直後、イスラエル政府当局は、ガザ住民への水や電気などのライフラインを遮断し、わずかな燃料と特に重要な人道支援物資以外のすべてのガザ入りを阻止した。ヒューマン・ライツ・ウォッチはまた、イスラエル当局がガザで飢餓をいわゆる「戦争の武器」として使用していることを確認した。具体的には水、食料、燃料の供給を意図的に遮断し、人道支援を故意に妨害し、農業地帯を明らかに破壊し、民間人から生存に不可欠な物を奪っている。こうした政策は、イスラエル政府高官が策定し、イスラエル軍が実行するものだ。
イスラエルによる空爆は絶え間なくガザを攻撃し続け、学校や病院を襲い、住宅街の大部分の破壊している。ガザの住宅の60%が破壊または損壊され、これには国際法違反とみられる攻撃によるものも含まれる。また、イスラエル政府当局はガザ北部のすべての人にこの地域からの退去を命じた。これにより、1月30日現在、ガザの人口の大部分を占める170万人が避難している。 UNRWAによると、10月7日以降、本戦闘に関連する252件の「事件」で、152人の同機関職員が死亡し、141のUNRWA施設が被害を受けた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、米国、英国、カナダ、ドイツなどのイスラエルの主要な友好国に対し、イスラエル軍がパレスチナ住民に対する戦争犯罪に該当する広範かつ深刻な虐待を平然と行っている限り、イスラエルへの軍事援助と武器販売を停止するよう求めた。調査が進行中であるにもかかわらず、UNRWAへの資金提供を迅速に停止したのとは対照的に、米国、英国、カナダ、ドイツは、重大な人権侵害の証拠が積み重なっているにもかかわらず、戦争犯罪の疑惑が指摘されているイスラエルへの武器や軍事支援を継続している。
援助団体らは、ガザにおけるUNRWAの活動の必要性と価値を強調している。21の人道支援団体が出した共同声明の中で、「ガザでの援助を強化し、人道支援者の安全を保証することを求めていた国々が、全人口のライフラインを切断するという無謀な決定を下したことにショックを受けている」と述べた。世界保健機関(WHO)と国境なき医師団(Doctors Without Borders)の事務局長もまた、ドナー国に対し、UNRWAへの資金援助を停止しないよう呼びかけた。
世界的な食糧不安と栄養不良の規模と深刻さに関する情報を定期的に発表している、複数のパートナーによるイニシアティブである統合食糧安全保障段階分類(IPC)は、12月末に報告書を発表した。ガザの全人口が、危機レベルの急性食糧不安、またはそれ以上の状態にあると結論づけた。IPCは、ガザのパレスチナ人は事実上全員、毎日食事を抜いており、多くの大人は子どもが食べられるように自らは空腹に耐えている、と指摘。この状況が続けば、飢餓に直面するとした。これは、IPCイニシアティブは「これまで分類してきた地域や国の中で、深刻な食糧不安に直面している人びとの割合が最も高い」としている。
UNRWAはパレスチナ難民支援のために1949年に国連総会によって設立された。3万人の職員を擁し、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区(東エルサレムを含む)、シリア、レバノン、ヨルダンに居住し、同機関に登録されている590万人以上のパレスチナ難民に対し、直接的な人道支援、人間開発、保護プログラムを提供している。同機関の通常予算の半分以上は教育に充てられている。同機関はまた、学校を含むガザ内の150の施設で、100万人以上のパレスチナ人避難民を保護している。10月7日以降、同機関の施設内に避難している少なくとも357人が殺害され、1,255人が負傷した。
イスラエル政府高官や米国議会議員の中には、UNRWAに対する反対運動を長年続けてきた人びともおり、この反対運動推進するために今回の疑惑に言及する人も多い。今回の疑惑が公表されたことを受けて、イスラエルのカッツ外相は1月27日、同国政府が長年にわたってUNRWAに反対してきたことを強調した。国連機関が「難民問題を永続化させている」などと主張した上、自身のリーダーシップの下、イスラエル政府は「ガザにおけるUNRWAの活動を停止させることを目的とし、米国からは超党派の支持、また欧州連合(EU)や世界各国の支持を集めるために努力する」意向であることを明らかにした。
複数の人道支援機関で構成される機関間常設委員会によれば、「ガザの220万人が緊急に必要としている規模と幅の広い援助を提供する能力を持つ機関は、他にない」。セーブ・ザ・チルドレンのヤンティ・ソリプト事務局長兼CEOは、ガザにおいて他の援助団体がUNRWAに取って代わることができると政府が考えるのは「魔法のような思考」だと述べた。ノルウェー難民評議会のトップは、他の人道支援団体を合わせても「ガザの人びとにとってUNRWAのような存在には到底及ばない」と指摘している。
占領国であるイスラエル政府は、ガザ住民の人道的ニーズを満たすことを保障する義務がある。国際司法裁判所(ICJ)は1月26日、イスラエルのジェノサイド条約違反を主張する南アフリカがイスラエルを提訴した訴訟のなかで、暫定措置を命じた。裁判所はイスラエルに対し、ガザ地区のパレスチナ人が直面している劣悪な生活状況に対処するため、緊急に必要とされる基本的サービスと人道支援を提供できるよう、即時かつ効果的な措置を取るよう求める拘束力のある命令を出した。裁判所はイスラエルに対し、1ヶ月以内に命令の遵守状況を報告するよう命じた。
「飢饉の危険性が高まり、大量虐殺に関する裁判で国際司法裁判所が拘束力のある命令を出したにもかかわらず、イスラエルの外務大臣は、救命援助に最も責任のある国連機関を閉鎖するという恥知らずな取り組みを指揮すると発表した」とクマールは指摘する。「各国政府が、ガザへの主要な人道支援チャンネルであるUNRWAへの支援を停止するという決定を覆さない限り、今の大惨事に加担する危険をおかすものだ」とも述べた。