東京新聞・中日新聞 2020年2月07日

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「日本は私の心の中の特別な場所を占め続けているの」。ボスニア出身のエミナ・チェリモヴィッチは、昨年初来日して感無量だった。国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)ニューヨーク本部に勤める私の同僚だ。

ボスニア内戦(一九九二~九五年)中、八歳のエミナに安全な学校はなかった。多くの学校は武装勢力に接収され、市民や子どもを違法に拘束する収容所となり、レイプ、拷問、略式処刑が日常的に行われた。そして多くが破壊、焼失した。「友人も父も殺されて。人生で一番苦しい記憶。母国を逃れ、スウェーデンで難民になったの」

内戦後、学び()再建に手を貸したのが日本だ。「たくさん建設・修理してくれた。私の学校も」

そんなエミナ、そして今も紛争下を生きる子どもたちにとって、二〇一五年に採択された「学校保護宣言」はやっと勝ち取った「勝利」。紛争下でも学校と教育を守り、軍事利用を禁止する画期的な国際宣言だ。既に百一カ国が支持表明した。

解せないのは、日本が支持表明を拒み続けていることだ。一四~一八年の間、三十四カ国で一万四千件の教育への攻撃があり、少なくとも三十カ国で学校が基地や収容所などの軍事施設として利用されたと報告されているのに。日本が支援した学校が再び軍事利用され破壊されないためにも、学校保護宣言が必要だ。

(HRW日本代表)