(日本語訳、原文英語)
東京都千代田区霞ヶ関2-2-1
外務省 外務大臣 岸田文雄 殿
東京都千代田区二番町5-25 二番町センタービル
独立行政法人 国際協力機構 理事長 北岡伸一 殿
フィリピンにおける薬物依存治療に対する日本政府の援助について
拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、世界90カ国以上で人権侵害を調査・報告する独立した非政府組織です。1980年代後半からフィリピンにおける人権問題にも取り組み、フィリピン政府に対して提言活動を行って参りました。
2017年1月12日の安倍晋三首相とロドリゴ・ドゥテルテ大統領の首脳会談に沿って、貴国がフィリピン政府に対する財政支援を強化したと存じております。 しかし、ドゥテルテ大統領の「麻薬戦争」に関連する重大な人権侵害に照らし、安倍首相が述べられた「違法薬物対策に関し,フィリピンと手を携え,一緒になって有意義な支援策を考えていきたい」に関し懸念を抱かざるを得ません。2016年6月のドゥテルテ大統領就任以来、フィリピンでは警察官や身元不明の者たちにより、違法薬物の使用や密売を疑われた7,000人超が殺害されています。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの現地調査では、フィリピン政府がこれらの殺人事件について真剣な捜査を行っていることを示す情報に接しておりません。警察に殺害されたとされる2,662件の殺人事件に独立調査を行うことは、警察官の「士気」を下げかねないとフィリピン国家警察は主張しています。「自警団」や違法薬物関連の犯罪者によるものとされる3,603人の殺害もしっかりと捜査はされておらず、加害者は法の裁きを受けないままです。国家警察は922件の殺人事件を「捜査終了事案」に分類していますが、これらの捜査の結果、加害者の逮捕・訴追に至ったと示す証拠もありません。
私どもは調査の結果、ドゥテルテ大統領やロナルド・デラローサ国家警察長官をはじめとする大統領側近らが、違法薬物取締りキャンペーン中に起きた超法規的殺人における役割に関し、国内または国外法廷で刑事責任を問われうるとの結論に達しました。容疑犯罪としては、殺人教唆・煽動や大規模殺人の命令・上官責任などがありえます。
またこれらの重大犯罪が、違法薬物関連の被疑者という一般市民集団への広範または組織的な攻撃であることから、「人道に対する罪」に該当する可能性もあると考えます。つまり、ドゥテルテ大統領とデラローサ国家警察長官などの側近たちは、フィリピンも加盟する国際刑事裁判所の「人道に対する罪」を問われうる、ということです。
しかしながらフィリピン政府は、国際社会の反発の拡大をものともせず、人権侵害を伴う違法薬物取締りキャンペーンを継続しています。
貴国政府は「違法薬物使用者治療強化計画(CARE)」を通じ、薬物使用者更生・リハビリテーションへの財政支援を行うことを決定されました。違法薬物問題への対応は、医学的根拠に基づく薬物依存治療の提供を含む公衆衛生の視点を基礎に推進されるべきであると私どもは考えるところ、貴国による支援にいくつかの懸念を持っております。
私どもはこれまで、カンボジアや中国、ラオス、ベトナムなどの国々で薬物使用者収容施設の広範な調査を行ってきました。こうした国々の政府は、これらの施設を「治療センター」と称しているものの、実際にはその「治療」内容が医学的根拠に基づく治療介入よりも、強制労働や軍事訓練などのかたちで行われている実態が、調査により明らかになりました。拷問や虐待行為もまん延しており、人びとは適正手続を何ら経ることなくこれらの施設に拘禁されています。
薬物更生施設の需要の急増に対応するため、フィリピン政府が2016年12月、中国の財政支援を受けて首都マニラ郊外のフォート・マグサイサイ基地内に開設した「1万床のメガ薬物依存治療・更生センター」にも同様の問題が憂慮されます。つまり、医学的根拠に基づいた治療サービスではなく、その他の東南アジア地域で私どもが調査してきたようなサービスが提供されている可能性があるということです。その場合、貴国の無償資金協力も、適切な保健サービスの支援ではなく、重大な人権侵害の加担だったという結果になりかねません。
現在のフィリピンが本当に必要としているのは、国際基準や人権原則を満たす、非強制型・地域密着型の薬物依存治療サービスです。
したがって、薬物依存更生に向けた日本政府の援助が、そうしたプログラムの開始・拡張に充てられることを確実にされますよう、貴国に強く要請いたします。
フィリピンにおける「麻薬戦争」に関連した人権関連情報の詳細や更なる議論に関しましては、私どもまでご連絡を頂けましたら幸いです。ご検討に御礼申し上げます。
敬具
アジア局長 ブラッド・アダムス
日本代表 土井香苗