(キングストン)ジャマイカに住むLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人びとは身体的・性的暴力にさらされており、多くがつねに身の危険を感じながら生活していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。ジャマイカのLGBTの人びとはなじられ、脅迫され、職場を解雇され、家を追い出されている。ひどい場合には、殴られ、石を投げつけられ、レイプされ、殺されることもある。
報告書『安心できる居場所がない:ジャマイカのLGBTの人びとへの暴力と差別』(全86頁)には、被害者が、実際の、またはそう見なされたセクシュアル・アイデンティティを理由として受けたと報告する暴力事件56件がまとめられている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、警察の捜査が不十分か、まったく行われていないことが多い現状を明らかにした。一部は警察側のホモフォビア(同性愛嫌悪)が原因だ。差別的な法律の存在も、LGBTの人びとの安全をとくに脅かしている。ジャマイカ政府は時代遅れの「男色法」(アナルセックス、およびあらゆる同性間の性行為を違法とする)を廃止し、ジャマイカ人LGBTを差別と暴力から保護する具体的な措置を行うべきだ。
「ジャマイカに住むLGBTの人びとは甚だしい暴力にさらされているが、警察はまったく頼りにならない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのLGBTの権利局長グラエム・レイド述べた。「首相以下の政府関係者には、暴力と差別の停止を訴え、責任のある者を処罰し、同性愛嫌悪に基づく法律を廃止することが求められている。」
ジャマイカ警察は、ヘイト・クライム(憎悪犯罪)に対処する規程を最近定めたところだ。しかし保護措置と差別のないメカニズムの充実はやはり必要だ。「男色」法など人権侵害行為を助長する法律も廃止すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
暴力犯罪の頻繁な発生、市民の警察への不信感、犯罪通報率と検挙率の低さ、さらに刑事裁判では貧しい人びとが不公平な扱いを受けるという通念の存在は、ジャマイカ人全体に悪影響を及ぼしている。しかしジャマイカ人LGBT、なかでも比較的安全な、裕福な地域に住むことのできない貧しいLGBTの人びとは、きわめて弱い立場に置かれている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは2013年4月と6月にジャマイカで5週間の現地調査を行い、LGBTの人びと71人に聞き取りを行った。このほか政府関係者や利害関係者にも話を聞いた。報告書におさめた暴力事件56件について、19人の被害者は警察に被害届を出している。しかし警察が正式な調書を作成したのはわずか8件で、逮捕または訴追に至ったのは4件だけだった。警察に被害届を出さなかった人びとはヒューマン・ライツ・ウォッチに対して、警察からさらに差別されるのが怖かった、または警察は自分たちを支援するようなことは何もしないと思ったと、口々に述べた。
デヴォン・Oさん(氏の安全を考慮し仮名を用いる)はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、2013年1月に、ナイフや手斧、棒を手に彼の性的志向を侮蔑する言葉を吐く30人ほどの群衆に取り囲まれ、20分間暴行を受けていたが、警察は傍観するだけだったと述べた。警察は最終的に自分を人垣から引き離し、警察車両に乗せたが、手錠を掛けて暴行したと、デヴォンさんは述べた。
今回の報告書には、医療機関など政府施設のほか、民間での差別事例も収録されている。家族や近所の住民が、LGBTの人びとを自宅や地域から排除することも多い。これらの人びとに対し、大家は物件を貸さず、医療者は傷つける対応を行い、雇い主は正当な理由もなく解雇する。こうした事例で、差別を正当化するために用いられるのが「男色」法だ。
多くのジャマイカ人LGBTが完全な市民権を行使できず、実質的にホームレス状態になっている。出国するしかないと考える人もいる。きわめて弱い立場に置かれているグループとして、家族から縁を切られて路上で生活するゲイやトランスジェンダーの未成年や青年数十人がいる。これらの人びとは、路上で警察や通行人から暴力と嫌がらせを受けている。
路上生活するゲイ青年のブライアン・Tさんによると、ニュー・キングストン市警察は、2013年2月に彼が建設労働者に追い回された事件を調査すると約束したが、その後何の動きもないようだと述べた。ブライアンさんは、友だちと2人で被害届にサインするとき、警官が持っていたペンを使おうとしたら、使うなと言われたと述べた。「その警官は『お前は同性愛者(battyman)だ。同性愛者に使わせるペンはない』と言ったのです。」
ポーシア・シンプソン=ミラー・ジャマイカ首相は「性的志向を理由とした差別は許されない」という選挙公約を果たすべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。国家安全保障省は「多様性に関するジャマイカ警察政策」の実施状況を詳しくモニタリングすべきである。また議会は、時代遅れの「1864年の対人法」第76、77、79条を廃止し、ジェンダーに中立的な強かん法を制定すべきだ。
「この10年間でジャマイカ警察は、同性愛嫌悪に基づく暴力という社会悪に対処するため、たしかにいくつかの対策をとってきた。しかしそれが不十分であることは明らかだ」と、前出のリード局長は述べた。「差別的な法律が存在する限り、断片的な対策をいくら積み重ねても意味はない。」