(クアラルンプール)マレーシア政府は、トランスジェンダーの人たちを差別する法令を即時全廃すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。マレーシアのトランスジェンダーの人たちは、「異性装」を実質的に禁ずる法律により刑法違反で訴追される一方、雇用、医療、教育面で差別を受けている。

女でいることが恐ろしい:マレーシアのトランスジェンダーの人びと』(全97頁)は、マレーシア政府によるトランスジェンダーの人びとへの人権侵害を明らかにした。ヒューマン・ライツ・ウォッチはマレーシア国内の4州と連邦領クアラルンプールで調査を行い、国家宗教局職員と警察がトランスジェンダー女性を日常的に逮捕し、暴行や脅迫、プライバシーの権利の侵害などさまざまな人権侵害を行っていることを明らかにした。宗教局職員はトランスジェンダー女性を逮捕、拘禁する際に身体への暴行や性的暴行を行うだけでなく、マスコミにさらし侮辱している。

「マレーシアのトランスジェンダーの人たちは自宅から一歩外に出ると、ただ自分らしくしているだけで逮捕の危険にさらされる」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の権利プログラムのアドボカシーディレクターのボリス・ディトリッヒは述べた。「当局は、人びとがただ自分らしくあるということだけを理由にした嫌がらせや処罰を止めるべきだ。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2014年1月、マレーシアの4州(セランゴール、ネグリセンビラン、ペナン、パハン)と連邦領クアラルンプールで現地調査を行った。聞き取りを行なった66人の内訳は、トランスジェンダー女性42人、トランスジェンダー男性3人、複数の弁護士とHIVアウトリーチ活動家、犯罪学者、心理学者、医師、連邦イスラーム開発局(JAKIM)と政府人権委員会(SUHAKAM)の代表者、国会議員各1人。ヒューマン・ライツ・ウォッチは厚生局と刑務所局に対し、トランスジェンダーの人たちにかかわる政策について問い合わせたが、ともに回答はなかった。

マレーシアの人口の約6割(政府統計)を占めるムスリムには、マレーシア連邦刑法のほか、州レベルで定められたイスラーム法(シャリーア)が適用される。1980年代以降にはすべての州で、トランスジェンダーへの差別を制度化するシャリーア刑法の条項が成立した。マレーシアでは全13州で、ムスリム男性が「女性のような服装」をすることが禁じられている。なお3州では「男性のふりをする女性」も犯罪化されている。国家イスラーム宗教局が執行する法律では、トランスジェンダーの服装や様子を定義する規定が存在しない。

ネゲリセンビラン州で逮捕されたトランスジェンダー女性のヴィクトリアさんは、2011年に宗教局職員に捕まった際、裸にされ性的虐待を受けたと述べた。「手荒でした。一人は私の両胸をわしづかみにしました。ほんとうに屈辱的でした。(…)服をすべて脱がされました。一人が警棒で私の性器を打ちました。全員からじろじろと眺められました。男たち[宗教局職員]だけでなく女性もいました。裸の写真も撮られました。」

逮捕されたトランスジェンダー女性の多くが、罰金を払わされて「カウセリング・セッション」を強制される。国家イスラーム宗教開発局が「男性であること」について講義するのだ。国家国民登録局は、トランスジェンダー女性による性別変更の法的な申し立てをたびたび却下し、ムスリムのトランスジェンダー女性を繰り返し逮捕の危険にさらしている。あるトランスジェンダー女性はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、逮捕回数は20回を超えると述べた。

トランスジェンダー女性たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、文民警察官が逮捕に直接関与することがあると話した。これらの警察官たちは、自分たちの行動を、信仰する宗教を問わず全員に適用される連邦刑法の「公然わいせつ」を禁じる曖昧な条項で正当化することもある。警察は、宗教局職員によるムスリムのトランスジェンダー女性への家宅捜索に同行もしている。

「マレーシア当局は繰り返しトランスジェンダー女性を虐待し、尊厳を傷つけ、基本的権利を侵害している」と、前出のディトリッヒ・ディレクターは述べた。「宗教局やその他機関の職員が、トランスジェンダー女性になら何をしても構わず、責任にも問われないと考えているのははっきりしている。」

有罪判決を受けて服役したトランスジェンダー女性の総数についての統計は存在しないが、トランスジェンダー女性の一部はヒューマン・ライツ・ウォッチのインタビューに対し、有罪判決を受けて4ヶ月から3年間服役した経験があると述べた。複数が男性囚の区画に入れられ、看守や囚人から強かんを受けた。

暴行容疑で逮捕され、スンガイ・ブロー刑務所の男性囚区画に1998年から2000年まで収監されたエリナさんは、コンドームなしの性行為を看守と「週2回程度」強制された。男性囚とも強制的に性行為をさせられたという。「管理職や責任者に訴えましたが、対策はいっさいありませんでした」と、エリナさんは述べた。

マレーシアのトランスジェンダーの人たちは、今挙げた以外の組織の職員(医療従事者、教師、地方自治体職員など)からも差別や人権侵害を受けている。クアラルンプールに住むトランスジェンダー女性のシャランさんは、風邪で公立病院を訪れた際に「看護婦が私に触れようとしなかった」と述べた。「まるで自分が病気を持っているみたいでした。もし私に触ったら、自分もトランスジェンダーになるとでもいうのでしょうか。」

公務員による差別は、政府の保護策が皆無に等しいその他の差別によって複雑化していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。トランスジェンダーの人たちはジェンダー・アイデンティティを理由として、解雇される、家から追い出される、肉体的・性的に暴行を受ける、医療機関の利用を拒否されるといった被害を受けている。警察は公務員や一般人によるトランスジェンダーの人たちへの暴力の申立てを受け付け、あるいはまともな捜査を行うことをたびたび拒んでいると、トランスジェンダー女性たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに指摘した。警察が、訴えを行ったトランスジェンダーの人たちを逮捕すると脅したり、性的嫌がらせを行ったりしたケースもあった。

マレーシアでは過去に、性別適合手術(性別再割当手術)を利用することができた時期もあったが、イスラーム保守派の影響力が強まるなか、全国ファトワー評議会は1982年にこうした手術を禁止するファトワー(宗教見解)を出した。同評議会が発するファトワーには法的権限はないが、マレーシアの医師は施術を行わなくなった。

連邦政府の国民登録局はそれ以来、身分証明書の名前と性別表記の変更申請を数十件却下している。ホルモン補充療法や、マレーシア国外で(ほとんどは隣国のタイ)性別適合手術を受けた人が申請を却下され、法的にはきわめて深刻な事態に置かれたケースもある。

マレーシアのトランスジェンダー女性は、ナゲリ・センビラン州で、自分たちの性自認を表現することを禁じたシャリーアの規定を問題にする画期的な訴訟を行っている。国家宗教局はこの法律を使い、トランスジェンダー女性を繰り返し逮捕している。一番最近では、2014年6月8日夜の結婚式でトランスジェンダー女性16人が一斉逮捕された事件があった。トランスジェンダー女性3人は裁判を起こし、「公的な場所で女性の装いをしている、または女性の振る舞いをしている男性」は法を犯していると定める同法を無効にするよう求めている。

原告側は、このシャリーアの規定が表現の自由、移動の自由、平等への権利を保障するマレーシア憲法の規定に違反すると主張している。プトラジャヤ高等裁判所は11月7日に判断を示す予定だ。

政府が委員を指名した全国統一顧問会議(NUCC)は、国民調和和解法を起草中だ。一部委員によれば、法案にはジェンダー(性的指向、性自認を含む)を理由とした差別を禁ずる条項が入る。しかし最終草案の内容はまだ一切政府に提示されていない。議会での審議も当然行われていない。

「異性装」を禁じるマレーシアの法律は、差別禁止、プライバシー、表現の自由、移動の自由に関して国際的に保障された権利を侵害するものだ。これは世界人権宣言が認めたものだ。同宣言の条項は慣習国際法を反映したものと見なされている。宗教局当局者と警察によるトランスジェンダーの人びとへの虐待は、恣意的拘束、残虐で非人道的で品位を傷つける取扱いを禁じた規定に違反する。今挙げた国際法上の保護規定の多くがマレーシア連邦憲法にも存在する。たとえば、表現の自由(10条)、平等な取扱い(8条)、移動の自由(9条)への権利だ。 

「マレーシア政府は、トランスジェンダーの人びとを差別する法令を撤廃し、国際人権基準に従い、これらの人びとを保護する包括的な非差別的法律を制定するよう直ちに行動すべきだ」と、前出のディトリッヒ・ディレクターは述べた。「当局はトランスジェンダーの人びとに対し、他のマレーシア国民と同じ権利を認めるべき時が来ている。」