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北朝鮮:経済的「犯罪」への弾圧  止めるべき

携帯電話、海外との接触、市場活動を厳罰に処す状況を詳述する新証言

(バンコク)-北朝鮮政府が様々な経済「犯罪」容疑で、一般市民を日常的に逮捕し、虐待や拷問を加え投獄している、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。多くの場合、生計維持や衣食住に関する基本的権利を守るため、私的な経済活動を行ったに過ぎないこうした「犯罪」に対する厳罰の実態を、国連人権理事会が最近設立した北朝鮮国内の人権侵害について調査する「調査委員会(COI)」は調査するべきだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、過去2年以内に脱北した90人以上に聞き取り調査を行った。彼らは無認可の経済活動に携わったことで、投獄・拘留中の虐待・強制労働を含む過酷な刑罰を受けたと語った。この「犯罪」には、移動許可違反、私的取引行為、携帯電話で国際電話をかけること、中国や韓国で作成された音楽、ドラマを収録したDVDやCDの所有などが含まれる。

「北朝鮮では、食糧その他生活必需品の公的配給制度が崩壊しており、生き残る方策という必要に駆られた結果、私的経済活動が増大している。北朝鮮の人びとのテクノロジーを使った情報入手も拡大し、その結果、外国の様子および自国内の状況が如何に悪いかについて分るようになった。北朝鮮警察と治安当局者は、物品とサービスの取引で生存を計る国民の試みを弾圧している。この対応は、自国民の日常生活を支配下に置き続けようという当局の決意を示すものだ」とヒューマン・ライツ・ウォッチ アジア局長代理フィル・ロバートソンは指摘した。

政府は1998年から食糧の公的配給を大幅に削減。その結果、北朝鮮国民は、極めて不安定な政治状況や規制環境の中で、農耕・零細企業活動・交易への依存を急速に高めざるを得ない状況にある。

2004年に改正された刑法には、「経済維持に反する違法行為」という章が盛り込まれており、「違法商取引により、大きな利益を得る行為(同法第110条及び第111条)」や「労働の対価として不法に金銭や物資を提供する行為(第119条)」を含む、広範囲にわたる経済活動を刑法犯罪としている。

こうした制約は、違法取引を犯罪化し外国為替管理を強制する同刑法の他条項と併せて、北朝鮮政府が殆ど全ての経済活動に携わる国民を起訴することを可能としている。故金正日氏の息子で、外国で教育を受けた金正恩氏が2011年1月に最高司令官に就任したことは、経済的・政治的な変革に繋がるかもしれないとの期待を当初国際社会に抱かせた。しかしこの期待は打ち砕かれてしまった。

「北朝鮮の慢性的食糧不足による、絶望的な貧困と飢餓に直面し、国内移動に関する政府統制を破る危険を冒さざるを得ない国民が急増している。食糧不足に陥ったことなど全くない北朝鮮政府指導部は、この冷酷な政策を撤回し、北朝鮮国民が刑罰や報復を受ける恐怖を感じることなく、国内を自由に移動し、生計を営む権利を行使することを許すべきだ」と前出のロバートソンは指摘する。

北朝鮮における移動と経済活動に対する制約は、行政サービスの不機能と相まり「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利」を有するとする、世界人権宣言第25条に違反している。更に北朝鮮政府は、「この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める」とする「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(北朝鮮は1981年に批准)第11条に違反している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、現在北朝鮮国内で訴追されている具体的な犯罪の証言を収集した。これらの犯罪は以下のように分類される。

  • 韓国製娯楽番組など無認可の内容が収録されているCDやDVDを販売、または視聴すること
  • 当局の許可なく北朝鮮国内外を移動すること
  • 携帯電話を使用すること。国外への電話は厳しい刑罰を加えられる
  • 経済的であれ個人的であれ、韓国と接触すること

「情報が瞬時に伝わる世界となり、北朝鮮でさえ新しいテクノロジーに影響されている。CDやDVDを持っている人びとを投獄したところで、新技術を通ずる情報の伝播は止められない。金正恩氏は、他国のテレビ番組や音楽を持っているだけで、人びとを逮捕・投獄するのを直ちに止めるよう命令するべきである」とロバートソンは述べる。

北朝鮮は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を批准しており、「すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」と定める同規約第19条に完全に従うべきだ。

北朝鮮国家安全保衛部の幹部職員だった元軍士官はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、配置されていた国境上で「捕えられた脱北者は皆、私の所に連行されてきた」と述べた。彼が最も時間を割いた職務のひとつは、脱北者の意図を調査することだった。特に、脱北者が韓国に行こうとしていたか、或いは国境の中国側で韓国の団体と関係を持とうとしていたかを調べた。彼によれば、「韓国に行こうとしている脱北者を捕えるのは、私のような者にとって最高の栄誉」であり、「韓国関係の脱北者は、国家安全保衛部送致になる。一度国家安全保衛部が関わってしまったら、脱北者は政治犯収容所に送られる」と付け加えた。

もう1人の脱北者によるヒューマン・ライツ・ウォッチへの証言は、上記の主張を裏付けるものだ。「中国に留まるのは軽犯罪と見なされるが、韓国に関係する[何かの]容疑を掛けられたら、重い処罰を課されてしまう。」

「中国に越境しての売買は広く行われているが、それでも危険なことに変わりない。しかし韓国に携帯で電話したり、中国経由で韓国に逃げようとした、という疑いは、北朝鮮当局にとり容認できる範囲を越えている」とロバートソンは指摘する。

私的経済活動は同国の多くの場所で公然と行われているが、農民と商人は恣意的逮捕と取締まりを受ける可能性があり、虐待・恐喝・投獄の危険にさらされる。長年商人だった脱北者はこの状況について「事業をやることは、業種にかかわらず犯罪と見なされる」と語った。

「交易に携わる人びとに対する政府の強気な態度は、恣意的に逮捕、拘留した交易業者に虐待を加え、その後釈放を餌に賄賂を絞り取ろうとする、欲に裏打ちされている。経済的危機状況は、人びとの移動と交易を盛んにし続けるであろう。そして地元当局者は、闇の市場経済の支配を続けることになろう」とロバートソンは述べた。

 

背景と脱北者による証言の抜粋

DVDを販売または観賞したために処罰された人びと

ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じた脱北者の多くは、国外からの娯楽または情報に接して処罰された経験について語った。北朝鮮国内で取引されている最も人気の商品のひとつは、外国の音楽や映画だ。韓国製の娯楽番組は特に人気が高く、北朝鮮政府による韓国ネガティブキャンペーンの効果を損なわせている。外国製CDやDVDは急速に普及しつつあるが、販売に関わる者は逮捕され、拘留中の虐待に遭い、そして拷問と強制労働が待つ刑務所に送られることになるため、取引は秘密裡に行われ続けている。

DVDを300枚売った取引相手の販売業者が警察に逮捕され、北朝鮮から逃げ出さざるを得なくなったある女性販売業者は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに以下のように話した。「法律を破りたくはなかったんです。でもやらなければお金を稼げないし・・・あの様な物を売るのが違法だとは知っています・・・お金持ちなら、逮捕されてもお金を払って釈放されるけど、貧乏人は何年も[懲役]刑に服さなければならないんです。」

ある女性販売業者によると、CDとDVDの殆どが韓国製娯楽番組を収録したものであるため、それを売ったり観たりした者への「刑罰もまた厳しい」そうだ。彼女は「そういうCDやDVDで逮捕された人は沢山います。販売に少ししか関わっていない人まで逮捕されるんです」と付け加えた。

ある脱北女性は、自分と娘がDVDを観ているのを内通者の一団に発見され、その後逮捕された後、地方当局者から暴力をうけ自白を強制された上で、1ヶ月間拘留された経験を説明した。彼女によると、2人は国家安全保衛部に送られ、刑務所で強制労働を行うよう命令されたそうだ。何故そうなったのかを尋ねると、彼女は「北朝鮮政府は、自国の制度を維持するため、絶対に国民に外の世界を見せないのです」と答えた。

ある女性販売業者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し「[韓国]ドラマを観ている時に捕まったら、直ちに刑務所(教化所或は再教育センター)に行くことになる」と話した。もう1人の北朝鮮女性は「韓国製のテレビ番組を観るということは、逮捕を覚悟しなければならないということなの。私の近所の1人が、戸をしっかりと閉めて夜テレビ番組を観ていたのだけれど、隣のご婦人が内通者だったのよ・・・。次の日、彼女は国家安全保衛部に連れて行かれてしまった。彼女のテレビとDVDプレーヤーは没収され、罰金も払わなければならなかった挙句に、非政治犯のための労働教養所に送られてしまったのよ」と語った。

父親が警察高官だったもう1人の脱北者もまた、韓国の番組を収録したDVDを隠れながら観ていたという。「多くの人がやっていたんだ。でも堂々とではなく、こっそりと。とても慎重に扱わなければいけなかったから、親しい仲間でない限り話せなかった。 カーテンを閉め切った状態で観ていたんだ。」ある北朝鮮女性は、「北朝鮮にいた時、一番幸せな瞬間は韓国のテレビ番組を観ている時だったわ。[番組の出演者と]同じ世界で生活してるように感じたのよ・・・。北朝鮮ではとても多くの人が韓国の番組を観ていたわ」と話した。

北朝鮮に密輸された、タバコ、家電製品、テレビその他の物品を、交易業者は更に密輸したり買い付ける。経済活動への嫌がらせや逮捕は、特に女性に深刻な影響を与えていると、過去2年以内に脱北した人びとは語った。なぜなら女性は伝統的に家事の責任を負い、家庭維持に必要な食糧や物資を十分に備蓄しなければならないからだ。ある北朝鮮女性は、「何故多くの女性が稼がなければいけないかというと、『男は働き、女は家をまもる』という伝統が確立されているからなのです。女性に家事の責任があるので、家族が貧困に喘ぐようになった場合には、女性が生計を立てるために外に出なければなりません」と話した。

許可なく国内を移動して処罰された人びと

政府が発行する許可証なしに、国内を移動することもまた刑犯罪にあたる。国民は出生地を離れ北朝鮮国内を移動する、或いは国を離れる場合、許可証が必要とされている。しかしそれは北朝鮮が1981年に批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第12条「合法的にいずれかの国の領域内にいるすべての者は、当該領域内において、移動の自由及び居住の自由についての権利を有する」という規定に違反している。

しかし、移動許可証は当局への賄賂と引き換えに入手可能だ。1人の若い女性は、母親が如何にしてタバコを使い、移動許可証付与の正式手続きを回避し、治安担当官と職場の上司から承認書面を得たのかについて話してくれた。1人の男性は、移動許可証を得るためにタバコか米を賄賂として提供したこと、そしてそれなしでは逮捕される可能性が高く「警察の留置場に放り込まれた挙句、釈放してもらうのにも賄賂を渡さなければならなかっただろう」と話した。

許可証無しで中国国境を越えた場合も厳しい処罰を招く。北朝鮮国民は、北朝鮮物品を中国の国境地帯で売り、持ち帰った品物を北朝鮮国内で売るために、日々命を危険にさらして国境を越える。これらのやりとりで国民は以前より多くの金を稼ぐようになり、賄賂を支払ってより自由に移動できる人が増えた。しかし賄賂が常に交易業者を守るわけではない。例えば金正日氏が2011年12月に死亡した後、金正恩氏率いる新政府は、父の死後喪に服す100日の間、違法に国境を越えようとする者は発見次第射殺すると発表した。

ある北朝鮮女性は、他数人と一緒に豆満江を渡り中国に入ろうとした際、北朝鮮の国境警備隊に逮捕された後の出来事を以下のように述べた。

「縛り上げられ、身ぐるみ剥がされて、身体検査された挙句に、軍の基地に連行されました。兵士たちは私たちを罵り、殴り蹴りしました。木の棍棒でも殴られたんです。私の髪の毛をひっぱって、壁に頭を叩きつけたの。怪我で10日間も両目を開けることができませんでした。」彼女はその後尋問のため国家安全保衛部に送られ、最終的には賄賂を支払い釈放されるまで、強制労働のために労働教養所に送られた。

罪を見逃してもらうための北朝鮮警察と治安当局者への賄賂は、益々一般的に行われるようになっている。しかし交易業者は、その活動が中国での交易のための一時的な移動であり、韓国との関わりはないことをもっともらしく説明しなければならない。

携帯電話を使用したことで処罰された人びと

多くの脱北者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、近年安価な中国製携帯電話が入手可能となり、事態が大きく変わったと話した。国境地帯に住む北朝鮮人の間、そして中国と韓国とも初めて連絡が取れるようになったからだ。しかし、携帯電話使用の目撃情報だけで、捜査が開始され、逮捕、そして虐待をともなう拘留をもたらす可能性があり、携帯電話の使用は依然として大変危険だ。

ある脱北女性は、韓国にいる叔母に電話をかけたために逮捕され、妊娠中の6ヶ月間拘留され、その間の食事は1回にトウモロコシ20粒しか与えられず、日常的に暴行を受けたと話した。彼女の母親によれば、家族は熱心に「娘は中国に電話をかけただけ」と当局に主張したそうだ。「北朝鮮から韓国に電話をかけるためには、私たちと韓国にいる人を繋げてくれる中国人と、中国製の携帯電話が必要です・・・だから娘が電話したのは中国だと強く主張したんです。」母親は更に「北朝鮮では、犯罪を犯したら人として扱われなくなる」と述べた。最終的に家族は、娘が中国に電話したと証言してくれるよう他の村民にもお願いし、娘の釈放につなげることができた。釈放された10日後、彼女は北朝鮮から逃げ出した。

中国製の携帯電話とチャージされた電話カードを使って、北朝鮮人が韓国に電話をするのを助けていた1人の北朝鮮人女性によると、当局は咸鏡北道の茂山郡で、監視装置を使って電話を見張っていたそうだ。彼女は「もし名前や住所を話したり使ったりすれば、[当局の]連中が来て逮捕するよ。その後国家安全保衛部に連れていかれ、刑務所に入れられてしまう」と話した。 

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