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(リトルロック)-米国アーカンソー州では毎年、数百人の借主が、家賃滞納の後に速やかに家を立ち退かなかったことを理由に刑事訴追されている。こうした訴追は人権侵害であり、アーカンソー州の州議会はこの法律を廃止すべきだ。米国の他州に同様の法律は存在しない。

報告書「賃料を支払え、さもなくば逮捕する:アーカンソー州の刑事立ち退き法による人権侵害」(全44ページ)は、他州では犯罪にならない違反行為で刑事裁判に引きずり出された、アーカンソー州の借主たちの話を調査し、取りまとめた報告書。法律に違反していなかった借主も、家主のもっともらしい主張を鵜呑みにする検察官によって起訴されるなどしている。本報告書作成のための聞き取り調査に応じた数人の借主たちは、自宅や職場にやってきた警察官に逮捕状を示されと語り、ある女性は公開法廷で地方判事から銀行強盗と比較され激しく叱られたとという。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの企業と人権上級調査員クリス・アルビン=ラッキーは、「アーカンソー州の“立ち退き不履行”法は不当で、借主の基本的人権を踏みにじるもの」と指摘。「同法は、多くの借主が厳しい経済的困窮の結果とらざるを得なかった行動を犯罪とみなすものである。」

アーカンソー州の立ち退き不履行法のもとでは、借主が賃料を全額期日までに支払わない場合、家主は借主に対し10日以内の退去を要求できる。退去しない借主は軽犯罪容疑で有罪となる。刑事犯罪で有罪判決を受ける危険を冒さない限り、借主には法廷で自らの主張を述べる機会はない。

借主の多くは、賃貸契約上の義務を果たすために努力をしているが、有罪判決による高額な罰金を支払う余裕がないため、結局は法廷に立つことになる。しかしこの法律は、借主が賃料の支払いをできなかった理由や、10日間の期限までに退去できなかった理由を考慮することなく、借主を有罪とする。借主の権利や利益は、裁判所の判決に全く考慮されない。

立ち退き不履行法により、2012年中だけでアーカンソー州の借主1200人以上が訴追されている。この数字は、同法の影響を受けた人びとの総数からすれば、はるかに小さい。借主の多くが、10日間での強制立ち退きを通知された場合、裁判にかけられないよう早急に立ち退きをしているからだ。

更に悪いことに、同法は被告である借主に無罪の主張をしないよう強く誘導する内容となっている。無罪の主張をした者は、請求された未払い賃料の総額を裁判所に供託しなければならず、この供託金は有罪になった場合には没収される。未払い賃料を供託できないのに無罪を主張する借主は、更に高額の罰金を科せられると共に最高90日の刑を命じられる。有罪を認める借主にはそれらの罰則はない。

前出のアルビン=ラッキー上級調査員は、「立ち退き不履行法は事実上、何も言わずに退去するか有罪を認めるかのいずれかを選ぶよう借主に強制している」と指摘。「困ったことに、税金が使われる裁判であるにもかかわらず、立ち退き不履行法により検察官が貸主個人の弁護士の様な立場となり、裁判が行われているということである。」

立ち退き不履行に対する刑事罰適用に関して、貸主の主張の信頼性についての調査はほとんど行われないため、悪質な貸主による法の乱用を広く招いている。検察官の多くは貸主の主張だけを基礎に借主を訴追する。 

ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じたある女性借主の場合、貸主が彼女に退去を命じてから3日後には彼女の逮捕状が発行されていた。もう1人の女性は、自宅を購入し全額支払いを済ましたにもかかわらず、購入先である男性の虚偽の主張に基づき何度も訴追された。

立ち退き不履行に刑事罰を適用する法律の内容はお粗末であり、その施行実態も極めて一貫性に欠くことを、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は明らかにした。この法律を同じ解釈で適用している地方裁判所は、アーカンソー州にふたつとないであろう。

同法律の廃止に向けて、やっと取り組みが始まった。2013年1月、州議会は「貸主・借主法に関する委員会」を設立。委員会は立法権を持たないが、立ち退き不履行に刑事罰を適用する条項を撤廃し、民事で扱うことによって更に効率的な退去手続きに代えると共に、他の主要な改革も行うよう、州政府に勧告した。

前出のアルビン=ラッキー上級調査員は、「この不当な法律を改正するロードマップはすでに存在する」と指摘。「州議会はすでによい勧告を受けているのだから、勧告に基づいた行動をただちに起こすべきである。」

ある家族の証言

スティーブと妻のアンジェラ(希望により姓は無記載)は、熱心に教会活動をする夫婦で、2012年8月以前は法律上のトラブルとは無縁だった。同月のある夜、夫婦が聖書勉強会の準備をしていた際、ドアをノックする音を聞いた。警察官2人が外に立っていた。

「警官の1人が、『あなた方に逮捕状が出ています』って言ったわ」とアンジェラは語る。「気がついたら私は夫にキッチンから引きずられていたの。気を失っていたんです。」夫婦はその月の部屋代585米ドルを支払えなかったのだ。

数日後リトルロック地方裁判所の外で、ヒューマン・ライツ・ウォッチが夫婦に聞き取り調査した時、アンジェラは薬でいっぱいの大きなビニール袋を握りしめていた。彼女は心臓移植手術を受け、新たな心臓に拒絶反応が出ていた。出廷のために外出している間に貸主が鍵を代えてしまうことを恐れて、彼女は処方されたすべての拒絶反応抑制剤を持ってきていたのだ。

スティーブはそのアパートに8年半住んでいて、アンジェラは2010年に結婚した際に移り住んできた。

「いいところですよ。そこに住むたくさんの人が、僕たちが出て行くのを悲しんでくれました」とスティーブは話す。「僕たちあそこで何の問題も起こさなかったし、1カ月以上は絶対に滞納していなかったんです。でも通知がドアに貼られ、そこには10日以内に出て行くようにって書かれていました。」

支払期限の2週間後に、スティーブは貸主の女性と交渉を始めた。

「部屋代の半額は払えますって彼女に話しました。でも彼女はそれを受け取りませんでした。僕は皆からお金を借りようとしてたんです。『もし私があなたにそれを許したら皆にもそうしなくちゃならなくなるでしょう』って彼女は言っていました。『でも大家さん、僕はここに8年半もいるじゃないですか』って話したんですけどね」と彼は語る。

スティーブとアンジェラは、貸主が10日以内の立ち退きを勧告した以降も、彼女との交渉を試み続けた。もう少し時間をくれるよう何とか説得できると考えたのだ。同時に新しいアパートを探すことも始めたが、10日の期限が来るまでには見つからなかった。

「僕たち新しいアパートを探していたんです」とスティーブは話す。

スティーブとアンジェラは、約2時間お互いの腰に手を回して法廷に座り、窃盗、薬物犯罪、暴力犯罪などの容疑で裁判官の前に呼び出されている刑事被告人らの列を見ていた。いよいよ彼らの裁判の開廷が宣言された時、裁判所書記官がアンジェラに、顔写真を撮るため自分の方に顔を向けるよう言った。彼女は涙を溢れさせて夫の腕をつかんで叫んだ。「スティーブ、私たち刑務所に行くの? 刑務所になんて行きたくない。」法廷は静まり返り、裁判官は彼女を落ち着かせようとして、夫婦に1週間以内に退去したら訴追を取り下げる旨を伝えた。しかし法律上は、裁判官がこうした温情を被告人にかけることは認められていない。

その後裁判所の前に立つスティーブとアンジェラは、外見上もはっきり分かるほど震えていた。

「犯罪者になったような気がしたわ」とアンジェラは話す。「私は夫と一緒にここで暮したかっただけなんだけど、もうここにはいたくない。分かるでしょ。」

今後どうするのかと問われ、スティーブは頭を振った。「分かりません。祈るだけですよ。それだけです。」

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。

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