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総理大臣 野田佳彦 殿

拝啓 私どもは、2012年4月21日に開催される「第4回日本・メコン地域諸国首脳会議」にむけたテイン・セイン・ビルマ大統領の来日に関連して、本書簡をご送付申し上げます。テイン・セイン大統領との会談では、債務軽減、人道・開発援助、そしてビルマ国内の人権状況上の問題などを議論されると存じております。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府による検閲の緩和、ストライキ権に関する新法の制定、そしてアウン・サン・スー・チー氏が書記長を務める国民民主連盟(NLD)の4月補欠選挙への登録・立候補を認めた選挙関連法改正など、2011年にビルマ国内で見られた変革のサインを評価しております。選挙関連法改正の結果、選挙の対象となったほぼすべての議席をNLDが獲得しました。

しかし、ビルマの人権状況は全体としてはまだ悪いままであります。政治囚への恩赦が行われましたが、現在も政治囚数百人が投獄されたままです。ここ数カ月で施行された法律には、平和的な集会の開催に関する法律などがありますが、国際基準を満たすものではありません。新しく設置された全国人権委員会(NHRC)も国内機構の地位に関する原則(パリ原則)を満たしておらず、同委員会は人権侵害の申し立てへの本格的な調査をしていません。

ビルマ軍が同国全域で様々な少数民族の武装勢力と紛争状態にあり、ビルマは世界で最も長期にわたる内戦の最中にあります。政府は多くの民族武装勢力と和平交渉に入りましたが、少数民族に対する国軍の人権侵害は今も続いており、国軍は、民族紛争地域での人権侵害的行動を未だに改めておりません。例えば、カチン州での戦闘は2011年6月から続いており、約7万5千人が土地を追われています。ビルマ軍は、超法規的処刑、拷問、性的暴力、暴行、虐待を伴う強制労働、対人地雷使用、財産略奪などを行い、国際人道法を違反し続けています。一方でカチン反政府軍も、少年兵や地雷を利用してきました。

ビルマで行われた4月の補欠選挙は、政権を批判する人びとの声を議会に届ける重要な前進であります。しかしこの補欠選挙を、援助と投資に対する条件なしでの再開を正当化するものとして、利用すべきではありません。機能している司法枠組みがない中で、人権影響への配慮のないまま海外援助と投資の再開を進めれば、過去1年ビルマでみられた未だ脆弱な進歩を頓挫させる危険性があります。

債務救済と円借款について

日本政府が対ビルマ開発援助の円借款を再開することを、間もなく公表すると理解しております。しかし、円借款再開の前に、1960年代後半から1980年代後半にかけてのビルマ政府の対日未払い債務5,000億円以上についての対応を決める必要があります。その未払い債務の全額或いは一部の放棄や、放棄するにあたっての条件などをめぐって議論が行われていることを存じております。

円借款などの日本の政府開発援助(ODA)は、1991年の「ODA4原則」、1992年の「ODA大綱」に基づくものです。その第4番目の原則として、援助の判断に際し、民主化、基本的人権、自由の保障に、十分注意を払うとされております。この原則に沿って、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府がビルマの未払い債務を放棄するにあたり、以下の条件を検討するよう要請いたします。日本の対ビルマ円借款凍結を含む、各国政府の制裁的措置は、ビルマを前向きな姿勢に変化させるために効果を発揮しました。改革に向けた圧力の殆どはビルマ国内からのものですが、ビルマ政府は今、国際的正当性と共に、各国政府により大きな経済的関与を望んでいるからです。

財政・経済計画、政治的・社会的な開発課題などのビルマ政府が取り組む必要のある困難な課題に影響を及ぼせるよう、日本政府が十分なレバレッジ(影響力)を維持し続けるようにヒューマン・ライツ・ウォッチは要請します。一部免除と長期債務の段階的返済の組み合わせは、腐敗した軍事政権時代より平等な資源配分の推進などの課題対処にあたり、人権配慮を確保する手助けになりうると考えます。

経済援助に関し、日本政府及び日本国民は、ビルマが独裁支配から政治的・経済的により開かれた制度へ移行することへの支援をしたいと希望していると理解しております。したがって、円借款の再開は、ビルマ国民全体に利益をもたらし、腐敗や縁故主義、環境悪化、市民の強制移住などを引き起こさないような経済開発を支援する方法で行う必要があります。つまり、日本の援助はビルマにおける人権状況の改善を推進するために行われるべきであり、変革を損なうものであってはなりません。また、同国における人権保護と法の支配の確立に向け活動している人びとを支援し、一方で、未だに紛争地帯や軍所有の企業で人権侵害に加担し続けている軍指導者たちなどの、人権改善を阻害する人びとは、利しない形で円借款を再開する必要があります。円借款は、改革とより一層の人権尊重に向けてビルマ政府が意味ある具体的な前進をした場合に、それに応じて一歩一歩、数年かけて段階的に再開していくべきであります。

少数民族地域や国境沿いの地域で行われるODA案件は、一層の配慮と透明性を保って計画すべきです。民族地域の天然資源関係企業は軍により独占されており、汚職が蔓延し、統制されない軍人が不処罰を享受する状況がはびこっています。こうした企業は、現在も紛争が進行中の地域に集中しており、軍人が民間人に対して重大な人権侵害を行い続けています。

円借款と債務免除は、ビルマ政府の改革に向けた進捗を評価しつつも、最も重要な試金石となる2015年総選挙へ向け、日本政府及びビルマ野党勢力と市民社会のレバレッジを維持する手法で進めるべきであります。

前向きの評価を下すに値するビルマ政府の行動を以下に例示いたします。

● 現在拘束中の全ての政治犯を釈放する事

● 特定の個人が政治的理由で投獄されているかについて議論がある場合、信頼性の高い再審査プロセスを策定する事

● 国内外の人権団体及び独立した人権関係者に対し、紛争地帯への自由な立ち入りを認めるとともに、十分な質量の人道援助の提供を認める事

● ビルマの紛争地帯における国際人権法及び人道法への重大な違反行為を止めると共に、人権侵害の疑惑を捜査し、加害者を適切に処分・訴追し、迅速かつ十分な補償を被害者に対して行う事

● 報道機関への検閲を認めるとともに、自由な表現行為を犯罪として処罰する現在の法律を改正する事

● ビルマの法律とその実務を、表現・結社・平和的な集会などに対する基本的な自由に関しての国際水準に合致するよう改善する事

● 軍権力を文民政府の上位に置き、文民政府に対してアカウンタビリティを果たす事を妨げる憲法条項を修正する事

● 2015年の総選挙が自由で公正に行われることに資する環境づくりと共に、選挙で勝利した政党へ政権移譲する用意があると認めること

● ILOの「ビルマの強制労働に関する調査委員会」が行った勧告を全て実施する事

● 天然資源から生じた利益が、浪費あるいは横領されずに、ビルマ国民の利益となるよう、財政の透明性を確立する事

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府などの関係機関が、円借款の再開にあたり、上記に掲げたような特定の行動に対し具体的見返りを約束するという、具体的行程表やマトリックスを作成又は承認するよう提言しているものではありません。ビルマ政府の意味ある行動に対しては、前向きの対応で応えるべきであると考えますが、他方で、あらかじめ規定された条件に拘泥すれば、生産的でなくなる危険もあります。というのは、ビルマがある分野で後退しているにもかかわらず、他の分野で前進したことを受けて、国際社会がその前進に対して見返りを与えなくてはならなくなる可能性があるからです。ビルマ国内のある分野での前進が、他の分野での後退を伴うのであれば、国際社会は適切に対応する柔軟性を維持するべきであります。また、動きを進める前のあらゆる段階で、野党勢力指導者、労働組合を含む市民社会団体、政府内の改革派と協議すべきであります。

人権尊重を重視した開発

ビルマの環境が、円借款再開に向けて日本政府が動くのを正当化する環境となったとしても、援助増加に際し、以下に述べるような重要な点について配慮していただきたく提言します。

日本政府は、ビルマ国民及び市民社会と効果的な対話を行い、ビルマにおける開発案件に関する透明性を保持するべきであります。

日本政府は、ビルマにおける案件を形成するにあたり、広範囲の市民社会団体と積極的かつ効果的に対話するべきであります。ラングーンと首都ネピドーの市民社会団体に加えて、日本政府は辺境地域や紛争地域で活動する団体、そしてタイやその他周辺国からビルマ問題について活動している団体とも接触するべきであります。政府関係者以外のビルマの辺境地域や紛争地域の住民は、ラングーンやネピドーを訪れることはほとんどありません。更に、こうした地帯の人びとは、深刻な人道上の危機に直面していることが多いものの、地元政府当局からは殆ど支援を受けられていないのが実態です。日本政府は、ビルマ政府が辺境地域や紛争地域への評価チームの立ち入りを認めるよう確保すべきです。

サイクロン「ナルギス」の場合に見られるように、過去、多くの活動家が外国政府関係者と接触・協働した結果、拘束されました。日本政府は、日本政府と接触した人が報復されることはないという保証を、ビルマ政府から得ておくべきであります。ビルマ国民との活発な対話を確保するため、日本政府は、日本とビルマの両国において、案件形成における透明性を確保すべきです。長い間閉鎖的環境にあったビルマでは、通常にも増してより一層、日本政府は透明性を保持するとともにそう評価されるよう努力する必要があります。

日本政府は、ビルマ政府と共に、緊急の社会的ニーズがある課題への取り組みを優先するとともに、腐敗対策と組み合わせた歳入及び予算の透明性確保を優先させるべきであります。

日本政府は、とりわけ保健と教育に焦点を当て、緊急の社会的ニーズに対応すべきです。そのアセスメントと技術協力の一環として、日本政府は歳入及び予算の透明性を重視し、ビルマの資源の相当部分が、貧困緩和事業に向けられるよう確保すべきです。天然ガス販売によるビルマ政府の歳入は、長年、大部分が国家予算上に計上されず(海外の預金口座に保管されているという情報もあります)、国民の基本的な経済的・社会的権利を実現することに使われませんでした。為替レートの一本化は、財政上の問題をある程度是正する効果はあると考えられますが、天然資源の採取に関するあらゆる収益の完全な予算計上を確保するには、まだ多くの取り組みが必要です。加えて、現在そして将来のニーズを満たすためには、過去得られた資金を追跡して取り戻すことも必要となるはずです。

腐敗及び経済的機会の不平等問題への対処は、ビルマの重大課題のひとつです。日本政府は、軍当局と親密なコネを築きあげて国家財源にアクセスする特権を得た経済エリートを更に強化することのないよう、特段の注意を払うべきです。更に、日本政府は、ビルマ政府に対し、軍が所有或いは支配する巨大な事業網を解体し、国家予算内で並外れた割合を占める軍事予算を根本的に再検討するよう強く求めるべきです。

より良い財政マネジメントのためには、独立した監視機関を設立し、全ての政府官庁と政府の歳出を会計監査してその結果を公表し、政府調達のための入札手続きを公開して結果を公表し、天然資源の採取と販売に関する契約を公開する必要があると、日本政府はビルマ政府に働きかけるべきであります。

日本政府はビルマ政府に対し、開発に不可欠な制度改革を実行するよう働きかけるべきであります。

ビルマ国民が政府の説明責任を問う前提として、開かれた国民的論議が必要です。ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本政府に強く求めるのは、開かれた国民的議論に不可欠な制度改革に着手するよう、ビルマ政府に積極的に働きかけることです。こうした改革が実施されない限り、開発援助が、意図した幅広い影響をもたらすことはできません。必要な改革のひとつは、表現・結社・集会の自由を弾圧するのに使用されてきた、広汎で曖昧な内容の法律を廃止することです。

日本政府は、ビルマ政府各省庁機関との協議において、広範な市民社会団体との対話の重要性及び、あらゆるプログラム形成で市民社会対話を中心におくことの重要性を強調すべきであります。情報へのアクセスを高め、意思決定過程を国民的論議に付し、あらゆるレベルのビルマ国民にその議論の内容が伝わるよう、ビルマ政府に働きかけるべきです。例えば、地域予算イニシアチブや、提起されている司法改革に関する公開コンサルテーションの開催、独立監視機構の創設などがあります。

ビルマには、紛争地域での人権侵害を伴う強制労働など、労働者の権利に関する重大な問題があります。私どもは日本政府に対し、こうした人権侵害に直接的にも間接的にも加担しないよう強く求めます。日本の援助担当関係者は定期的に国際労働機構(ILO)と情報交換して、日本の援助案件に強制労働が使われたという疑惑が浮上すれば、すべて、ビルマ政府とILOの間の2007年補足理解(Supplementary Understanding)に基づき調査されるよう確保すべきであり、あらゆる援助案件が、2015年までに強制労働を根絶するというILO目標の達成に貢献するよう努力すべきであります。

また、ビルマでは、土地収用と不十分な補償の問題が急増しており、特に農民の被害が顕著です。ビルマ政府は、国民のなかでもとりわけ小規模農民の土地所有権を保護すると共に、国際的な人権保護基準を満たす土地関連法を新たに制定すべきであります。現在、農民たちは、法的な所有権を有していないために付随的権利を行使できず、経済的な困窮や強制退去の被害を受けやすい状況におかれています。最近のビルマ議会を、農地法と「空閑地及び休閑地及び未開墾地管理法」の2つの土地改革法が通過しました。しかしながら、法案に関する十分な意見聴聞は行われておらず、所有権保護や適切な異議申立制度として不十分なのではないかという懸念があります。国家が支配する農地管理機構が、ある土地に何を栽培できるかを命令する権限を含む、あまりにも大きな権力を有しているとみられます。ビルマ政府は、新たな土地関連法の策定に際し、国際的な人権保護基準を満たすために国際的な専門家からの助言を求めると共に、農業や法律の専門家、農業者団体、その他影響を受ける市民社会メンバーから広く意見を聞くべきであります。日本政府には、ビルマ政府にそうした行動をとるよう強く働きかけていただきたく存じます。また、権利侵害の場合における司法アクセスを確保するため、土地改革は、他の法制度改革と同時並行で行うべきです。

こうした重要な問題をご検討頂くことに感謝申し上げます。提言内容に関して、更なるお話をさせて頂くため、貴殿あるいはご担当者様と面会させて頂きたく、ここに申し入れさせて頂きます。

敬具

ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表

土井香苗

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