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2012年世界人権年鑑:「アラブの春」支援 強化を

各国政府は 抑圧的友好国ではなく、人権こそ支持を

 

(カイロ)-多くの民主主義国が、人権侵害を容認する友好国との関係維持を優先して、「アラブの春」で蜂起した市民たちの求める人権への支持を抑えている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは2012年版世界人権年鑑「ワールド・レポート」で述べた。中東や北アフリカの国民が、基本的人権求めている今、日本を含む各国政府は、原理原則を守り長期的利益を見据え、断固として国民の要求と真の民主主義への移行を支持すべきである。

世界中の人権状況をまとめた年次報告書、「世界人権年鑑2012年」(全676ページ)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチのスタッフが2011年中に行った多数の調査活動を反映し、90カ国以上での主要な人権状況を要約している。中東と北アフリカの事態に関してヒューマン・ライツ・ウォッチは、平和的な抗議運動参加者と政府批判者に対する確固たる一貫した国際的支援こそが、同地域の独裁者に人権侵害を止めさせ、基本的自由の強化に向け圧力を掛けるための最善の方法であると述べた。不寛容、無法状態、報復などが「アラブの春」民衆運動を内から脅かす危険があるが、これを避けるための最良の方法は、人権尊重をしっかり求めていくことに他ならない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ代表ケネス・ロスは「人権と真の民主主義を実現するため、国際社会は“アラブの春”を前進させている市民たちを強力に支援すべきだ。独裁的な指導層への忠誠心が、民主的な改革リーダーたちへの支援の障害となっている。新政府が、全ての人びと、特に女性と少数派に対して人権と法の支配を拡大するためにも、国際的影響力の駆使が必要不可欠である」と語る。

2012年版世界人権年鑑は、世界中で起きた人権侵害を取りまとめている。たとえば、リビアやアフガニスタンに於ける戦時国際法違反、ベトナムやエリトリアに於ける政治犯の惨状、中国やキューバに於ける政府反対者への口封じ、イランやタイに於けるインターネット取り締まり、メキシコやインドに於ける治安部隊による殺人、ロシアやコンゴ民主共和国に於ける選挙不正、西欧に於ける移民虐待、ハイチや南アフリカに於ける母子保健政策の無為無策、インドネシアやサウジアラビアに於ける信教の自由の弾圧、パキスタンやウズベキスタンに於ける拷問、ネパールやペルーに於ける障がい者に対する差別、マレーシアや米国に於ける裁判なしの拘禁などである。

評価すべき進展は、家事労働者の権利を保護する国際条約の採択である。家事労働者は特に人権侵害を受けやすいにもかかわらず、多くの国々は家事労働者を労働法の範ちゅうや保護対象から外している。新たな条約は、乳母、家政婦、介護人として家庭で働く、出稼ぎ労働者数百万人の基本的権利を保障している。

アラブ諸国に対する過去の西側の政策は、「封じ込め」の1つで、他国に民主主義が拡大しているにも関わらず、同地域を“安定”させているアラブ独裁者を支援するというものだった。多くの民主的政府が“アラブを例外”としている理由には、イスラム主義政治とテロに対する恐れ、原油供給の維持、アラブ・イスラエル間の平和維持、欧州への移民抑制、独裁政治に依存する政策を長い間取り続けて来た事などが挙げられる。

「去年の一連の出来事が明らかにしたのは、独裁者の下で生活している人びとの強制された沈黙は、決して市民が現状に満足していることを意味しない、ということだ。今こそ、“アラブを例外”とするのを止め、アラブ世界の人びとも他地域の人びとと同様、権利と自由が尊重されて当然だと認識する時だ」と前出のケネスは語る。

「アラブの春」の影響は世界中にあらわれた。独裁的政権が追放されたことに対し、中国、ジンバブエ、北朝鮮、エチオピア、ベトナム、ウズベキスタンなどの国は脅えている。しかし、インド、ブラジル、南アフリカといった民主主義国ですら改革支持には消極的な姿勢を見せてきた。これら民主主義国は、自国民が権利を求めた場合には国際支援を享受してきたのに、人権の進展を帝国主義とする時代遅れの見解を基に、弾圧に直面する人びとを国連の場で支持するという役割を果たしていない。

中国とロシアは特に問題であり、デモ参加者数千人への殺害行為を止めるために、シリア政府への圧力を強める国連安全保障理事会の努力に拒否権を行使するなどした。中国とロシアの表向きの理由は、リビアのような軍事介入の回避だったが、軍事行動を承認するに達しない穏健な決議にも両国が拒否権を行使。その言い訳は空々しく響いた。

中東や北アフリカが権利を尊重する民主主義国の地域となるために、国際社会が重要な役割を担うことが可能である。イスラム主義政治の台頭に反対する向きが過去何度もあったが、イスラム主義政治は多数派の選好を反映している可能性があるということを、民主的政府は認めるべきである。その一方で、他政府と同様、イスラム主義政府は国際的な人権保護義務に従い、特に女性の権利と信教の自由を尊重するべきだ、と国際社会は主張せねばならない。

米国と欧州連合は、中東と北アフリカにおいて、西側に非友好的と見られていたリビアとシリアでの弾圧に強く立ち向かった。しかし、地域“安定”の防波堤と考えられていた、エジプト前大統領ムバラク氏への対応は遅く、彼の運命が決定的になるまで、米国と欧州連合は対応を渋った。さらに米国と欧州連合は、イエメン大統領アリー・アブドゥッラー・サーレハ氏の抗議運動参加者殺戮に対する責任免除(アムネスティ)を、それが殺人許可証になってしまうにも拘らず許容した。これは、サーレハ氏がアラビア半島におけるアル・カイダに対する防衛線であると見なされているからである。バーレーンでも、政府が民主運動を弾圧している際、米国と欧州連合は政府に大きな圧力をかけなかった。サウジアラビアの微妙な立場への配慮、イランの影響力拡大への恐れ、米国海軍基地保護への執着などからである。

米国と一部の欧州同盟国は、対テロ戦の一環として拷問に共謀した自らの行為について明らかにすることで、アラブ世界での拷問問題に終止符を打つことに大きく貢献できるはずだ。西側諸国政府は拷問を命令し推進した責任者を罰し、拷問の危険がある国への容疑者送還を正当化する際に真実を隠蔽するために使われている外交保証を止めるべきである。

これまでは人権問題への批判からお互いを守ろうとしてきたアラブ連盟の加盟国だが、「アラブの春」の際には、建設的な関わりを持つようになった。アラブ連盟はリビアに於けるカダフィの弾圧を止めさせるために圧力を掛けることを容認すると共に、シリアに対する制裁措置を実行、更にシリアに於けるバッシャール・アル・アサド大統領による殺人を抑制するため、現時点では成果を挙げていないものの監視員団も派遣している。これと対照的にアフリカ連合(以下AU)は、表面上は民主主義と自由の支援のために創立されたにも拘らず、「アラブの春」に慎重な態度を示している。

チュニジア、リビア、エジプトの暫定政権は、弾圧的な法律を改定し、独裁者が意図的に脆弱かつ未発展状態に放置しておいた統治制度を強化するための支援を必要としている。治安部隊や政府当局者が、不正行為をした場合は法によって裁かれる可能性があるということを認識しない限り、人権侵害や暴力、汚職への誘惑は消えない。

そして、同じ事が国際的な法による裁きによる補完的役割についても言える。

前出のロスは、「日本を含む民主主義政府は、政治的配慮に拘わらず、国際的な法による裁きを支持するべきである。各国の過去の人権侵害を曖昧なまま放置しても、将来の残虐行為を回避できると考えるのは間違いだ。“アラブの春”の1周年を迎えている今、独裁者からの“利益”に打ち勝ち、人びとの権利と夢に断固として支持を表明すべきである」と述べる。

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