Mexican Army and municipal police officers conduct a joint raid in Ciudad Juárez searching street vendors for drugs and weapons, March 2009.

© 2009 Eros Hoagland/Redux

(メキシコ市)-「メキシコ軍と警察は組織犯罪との戦いにあたり広範囲におよぶ人権侵害を犯している。しかも、それに対し適切な捜査をほとんど全くしていない」とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。

報告書「権利も安全もない:メキシコ麻薬戦争における殺人、拷問、そして失踪」(全214ページ)は、メキシコの強大な麻薬密売組織と対決するためにフェリペ・カルデロン大統領がとった対策のもたらした人権侵害について精査している。同国の最も暴力が吹き荒れる5州での綿密な調査を通してヒューマン・ライツ・ウォッチは、2006年12月のカルデロン大統領就任以降に起きた拷問事件170件以上、失踪事件39件、超法規的殺害事件24件に、治安部隊が関与していることを強く示す証拠を明らかにした。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの南北アメリカ局長ホセ・ミゲル・ビバンコは、「メキシコの麻薬戦争は、暴力の減少どころか、治安部隊による殺人や拷問、その他ぞっとするような人権侵害の激増をもたらした。それが、同国の大半地域でいたずらに無法状態や恐怖感を煽っている」と指摘した。

エグゼクティブ・ディレクターであるケネス・ロス率いるヒューマン・ライツ・ウォッチ代表団とビバンコは、カルデロン大統領、メキシコ国会議員、最高裁判所、そして市民社会団体に本報告書を渡した。

カルデロン大統領は2006年の就任直後、組織犯罪に「宣戦布告」。メキシコ軍の人権侵害と不処罰にまみれた経歴にもかかわらず、麻薬密売組織との戦いに軍を派遣した。数千人規模の海軍兵、連邦警察官、地方警察部隊員とともに、5万人超の兵士が麻薬戦争に参加している。

本報告書の調査対象はバハ・カリフォルニア州、チワワ州、ゲレロ州、ヌエボ・レオン州、タバスコ州の5州。被拘禁者から自白を強制したり麻薬密売組織についての情報を引き出すために、治安部隊が組織的な拷問を行っていた事実が明らかになっている。加えて、兵士や警察官が「失踪」や超法規的処刑に携わり、それらの多くを隠ぺいするために策を講じていたことを強く示す証拠も挙げた。

被害者や政府関係者200人以上への聞き取り調査、60件の情報開示要請、政府統計の広範な検証で収集したデータを分析した。そこから明らかになったのは、メキシコの麻薬対策を通じて重大な人権侵害事件が急増する一方で、そうした人権侵害に対する有効な捜査や訴追はなされていないという事実だった。

これら原因の一部は、メキシコ最高裁判所と米州人権裁判所による「人権侵害は文民管轄権下で捜査されるべきであり、軍事法廷は公平性と透明性を欠く」という判決にもかかわらず、軍事裁判の管轄下で人権侵害を犯した兵士の捜査・訴追を続けていることにある。その結果がほぼ全面的なまでの不処罰だ。調査を行った5州で2007年〜11年の間に、軍の検察官は民間人に対する兵士の犯罪容疑で1,615件の捜査を開始ししたが、これまで誰一人として有罪判決を受けていない。

文民検察官もまた基本的な捜査段階を踏んでいない。たとえば警察や他の文民当局者が犯したとされる人権侵害の捜査に際して、重要参考人への聞き取り調査や犯罪現場の検証をしていない。調査対象の5州において州検察当局が開示した情報によると、拷問およびその他の残虐で非人道的、屈辱的な処遇について、何百件もの苦情申立が州の人権委員会にあった。しかし、当該州で拷問容疑の有罪判決を受けた当局関係者は皆無だ。

前出の南北アメリカ局長ビバンコは、「こうした人権侵害が適切に捜査されることはほとんどない。それなのに政府関係者は日常的に犠牲者は犯罪者だったとして片づけ、政府関係者側の犯罪疑惑は偽りだと軽視している」と述べる。「結果として犠牲者とその家族が愛する者の汚名を晴らすために、独自に調査をするしかないという重荷を背負わされている。」

麻薬関係の死亡者数は2007年〜11年1月の間におよそ3万5,000人と政府は見積っているが、その90%は犯罪者だったと大統領はくり返し公言している。しかしながら、ヒューマン・ライツ・ウォッチが入手した情報からは、そうした主張の信頼性について重大な疑問が浮かび上がる。組織犯罪に関連する殺人事件訴追において憲法上の権限を持つ連邦検察当局は、2007年〜11年8月までに組織犯罪関連の殺人事件は997件の捜査を開始したのみと、ヒューマン・ライツ・ウォッチに伝えている。加えて連邦司法府支部によると、連邦裁判官が組織犯罪に結びつく殺人やその他の容疑で有罪判決を下したのは、22名に過ぎないという。

司法当局者が広範囲で人権侵害に関与していることが明らかだ。たとえば、拷問で引き出した可能性の高い証拠を採用する裁判官、軍の基地で隔離拘禁されている被告人から「自白」を得る検察官、被拘禁者検診の際に身体のけがを無視あるいは軽視する医療専門家たちである。

本報告書で取り上げた人権侵害を解決するため、メキシコ行政府・立法府・司法府に対し、以下のとおり提言する:

  • 人権侵害疑惑に対するあらゆる捜査を軍事管轄に委ねることを防ぐため、議会は軍事裁判法を改正すべきである。軍が犯したとされる事件を含め、あらゆる人権侵害疑惑について、その捜査権限を文民検事総長が握るべきである。
  • 政府関係者は、人権侵害疑惑を捜査する前にそれを否定するなど根拠のない声明を発表したり、有罪判決もなしに人権侵害の被害者を犯罪者扱いすべきではない。
  • 裁判官は、拷問による証拠の採用禁止を履行すべきである。また議会は、被拘禁者の人権侵害の原因となりうる予防拘禁条項や過度に広範に現行犯逮捕を認める規定を廃棄すべきである。

前出のビバンコは、「メキシコ政府は、政府関係者や民間人に恐ろしい犯罪をくり返す麻薬密売組織と対決している」と述べる。続けて「しかし、対決にあたり政府治安部隊は異なる基準を持つべきである。人権尊重が、正義であるのはもちろん、治安維持のための根幹であるからだ。」