(ニューヨーク) - イラン治安部隊は、アラブ人の多い同国南西部の州で抗議行動参加者に行っている過剰な実力行使を直ちに停止すべきだ、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日こう述べた。イラン政府当局は2011年4月14日の抗議行動開始以来、現地で発生したとされる殺害事例すべてについて、独立かつ透明性のある調査を行うべきだとヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

イラン政府当局はさらに、現地フーゼスターン州の電話回線とインターネット通信を正常化した上で、独立した外国メディアと人権団体が同州で調査を行う際にあたっては、自由なアクセスを保証すべきだともヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

イランの人権活動家と海外メディアの情報によれば、同国治安部隊は概ね平和的に行われた非暴力の抗議行動の参加者に対し、催涙ガスだけでなく実弾も繰り返し使用し、抗議行動開始からこれまでに数十人を殺害した。ヒューマン・ライツ・ウォッチも、当局がフーゼスターン州で抗議行動参加者と人権活動家ら数百人を逮捕し、現地の通信を厳しく制限しているとの報告を入手している。

「イラン政府の対応により、フーゼスターン州での抗議行動参加者に対する暴力による死傷事件の実態調査が不可能になっている。伝えられる殺害・拘束事例に関しては透明性のある独立の調査が必要不可欠だ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチ中東局局長代理のジョー・ストークは述べた。「イラン政府がフーゼスターン州の周りに沈黙の壁を築いていることからはっきり言えるのは、同国政府が現地での治安部隊の行状を隠そうとしているように思われることだ。」

イラン政府当局は、抗議行動中に発生した死傷者に関する情報をほとんど提供していないが、政府が言うところの「アラブ分離主義者組織」の複数のメンバーが、警官1人を含む3人を殺した疑いがあるとして逮捕されたとの政府発表があった。

フーゼスターン州はイラン国内の石油・天然ガスの多くを埋蔵する地域で、推計200万人以上ものアラブ系住民がいる。同州は天然資源に恵まれているものの、多数派を占めるとみられるアラブ系住民の間には、地域の社会経済発展の遅れに対する長年の不満がある。とくに雇用、住宅、市民的・政治的権利の分野で、政府から組織的な差別を受けていると訴えている。

抗議行動参加者と人権活動家への弾圧が始まったのは、アラブ系イラン人活動家が2005年にフーゼスターン州の州都アフヴァーズで起きた抗議行動を記念し、今年4月15日に「怒りの日」という抗議行動を呼びかけたことがきっかけだった。今回の2011年4月の抗議行動は、フェイスブックやツイッターなどSNSサイトを通じて組織されており、アフヴァーズからハミディイェ、マーフ・シャフル、シャーデガーン、アーバーダーン、ホッラムシャフルなどフーゼスターン州内の都市に広がったと、イラン国内の少数者の権利について活動する「国際少数者人権機構」(IMHRO、本部ロンドン)は述べている。

アフヴァーズのある住民はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、バスィージ(イスラーム革命防衛隊傘下の民兵組織)や武装警官隊、私服警官、公安警察などの治安要員が、4月15日に予定されたデモの1週間前にアフヴァーズ市内のアラブ人集住地区を包囲し、その内部に入っていたと述べた。また、抗議行動までの1週間ほど、アフヴァーズがまるで戒厳令下のようだったとも付け加えた。同市内でのアラブ人地区間の移動は、治安部隊が至る所にチェックポイントを設けたため厳しく制限された。また覆面をした治安部隊は個人宅にいきなり踏み込み、人権活動家などターゲットにした人びとを連行していった。前出のアフヴァーズ市民はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、一連の襲撃の中で、アラブ人の若者数十人が私服の治安部隊要員に拘束されるところを目撃したと語った。

この目撃者によると、アフヴァーズのホマ地区では4月14日に、複数人の身柄を拘束しようとする治安部隊と、家族や付近住民との間で衝突が起きたという。この衝突により3人が死亡した。これを目撃した住民はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、翌日15日金曜日には何百人ものアフヴァーズ市民で街頭が埋まったが、治安部隊が大量に配備されていたために、デモ隊は孤立し、アラブ人地区にちりぢりになって逃れたという。この住民は次のように述べた。

治安部隊はカラシニコフ銃をデモ隊に水平発射し、催涙ガスや窒息性ガスも使用した。私は、オートバイに乗った兵士に少なくとも8人が撃たれるところを目撃した。[中略]我々は負傷者を助けようとしたが無理だった。一帯は治安部隊に完全に包囲されていたし、地元の病院は治安部隊の管理下に置かれ、行けば絶対に捕まるという情報もあった。

この住民はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、それから少し経ってから、自分の住んでいる地区の男たちが、デモ参加者の1人が殺されたのを目の当たりにしたため、地区の警察署を襲撃したと述べた。この衝突で少なくとも1人が死亡し、複数が負傷した。「銃撃が激しくて負傷者を救助することができなかった」とこの男性は話す。「負傷者たちは治安部隊に連れ去られた。」

4月15日夕方には、治安部隊(多くは覆面)により、デモに参加したと目される個人の自宅に対する日没後の襲撃が続いたと、この目撃者はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。アラブ人女性7人の逮捕など複数の現場を目撃したとのことだ。

4月26日、国際少数者人権機構はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、暴力事件の発生以降に殺害されたと同団体が主張する27人の氏名を明らかにした。さらに、当局はデモ参加者と人権活動家数百人を逮捕したと述べた。同日、人権擁護のためのアフワジー機構(AODHR、本部ロンドン)の代表者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、4月15日以降にイラン治安部隊は「48人の無実のデモ参加者を殺害し、数十人を負傷させ、数百人のアフワジー(=アラブ系住民)を逮捕した」と述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、フーゼスターン州では厳重な警戒態勢が敷かれており、また政府から独立した情報の発信をイラン政府が厳しく制限しているため、死傷者と逮捕者の人数や身元を独自に確認することができていない。

複数の消息筋からヒューマン・ライツ・ウォッチが得た情報によれば、4月15日以後、アフヴァーズなどアラブ系住民が多数を占めるフーゼスターン州の複数の都市で、さらに何度か抗議行動があった。当局はこの1~2週間、アフヴァーズなど州内全域の多くの都市でインターネットと電話による通信を厳しく制限した。

4月18日、イランの人権活動家でノーベル平和賞受賞者のシーリーン・エバーディー(シリン・エバディ)氏はナヴィ・ピレー国連人権高等弁務官宛に書簡を送り、イラン治安部隊がフーゼスターン州で「12人以上」を殺害し、数十人の負傷者を出したと述べた。アルジャジーラやアル・アラビーヤなどのアラビア語メディアの報道では、暴力の様子や死者・負傷者・逮捕者の数についてばらつきがある。

4月21日、イラン国営テレビは同日早朝に「アラブ人民組織」のメンバー8人を逮捕したと報じた。ある当局者は、この8人が4月15日に警察署に「武力攻撃」を行い、警官1人を含む3人の死者と複数の負傷者を出したと述べた。4月16日、準政府報道機関のファールス通信は「武装ゲリラにより」少なくとも1人が死亡し、2人が負傷したとする警官の発言を紹介した。

今回2011年4月のデモは、2005年に起きた抗議行動の6周年を記念するものだった。このとき治安部隊は、アフヴァーズなどフーゼスターン州の大小の都市でデモ隊を解散させるため実弾を使用した。2005年の抗議行動が起きたきっかけは、モハンマド・ハータミー大統領(当時)の顧問であるモハンマド・アリー・アブタヒー元副大統領が書いたとされる書簡の内容が明らかになったことだった。この書簡では、フーゼスターン州のアラブ系住民の割合削減を目的とする政策実施に向けた、政府の行動計画に関する記述があった。治安部隊がデモ参加者を解散させようとして群衆に発砲したことで、デモ隊と治安部隊との衝突が激化した。その翌日、アブタヒーら政府当局者はこの書簡の信憑性を否定し、ねつ造されたものだと述べた。一連の抗議行動に関連して治安部隊は少なくとも50人を殺害し、さらに数百人を逮捕した。

この2005年の弾圧により、フーゼスターン州全土で暴力の連鎖が生まれた。2005年6月と10月、2006年1月に死者計12人を出した複数の爆弾事件があった。これに対し、イラン政府は「アラブ人分離主義者」と見なす多数の活動家を、民間人に対するテロ攻撃に関与したとして投獄し、テロ関連の容疑で10人以上に死刑を宣告した。2006年以降、当局は10人以上のアラブ系イラン人を手続きに瑕疵のある裁判に基づいて処刑している。

「フーゼスターン州での殺害と大量逮捕に関する多数の報告と、マイノリティであるアラブ系住民へのイラン政府の人権侵害の過去の記録を踏まえると、責任は全面的に当局側にある」と、前出のストークは述べた。「同国政府には同州内での独立した報道を許可し、最近数週間で治安部隊によって殺害、または逮捕された人びとに関する完全かつ透明性のある説明を行い、かつ人権侵害行為に責任のあるもの全員を訴追すべきだ。」