A man lies dead on an empty road near Williamsville after a clash between pro-Gbagbo security forces and pro-Ouattara fighters in Abidjan, March 15, 2011.

© 2011 Reuters

(アビジャン)ローラン・バグボ氏の支配下にある治安部隊と、バグボ派の民兵が組織的な暴力行為を3ヶ月にわたって続けており、明らかに人道に対する罪に相当する状況となっている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。バグボ派兵士がアルサン・ワタラ氏の支持者や支持者とおぼしき者に対して執拗な攻撃を行っているが、アビジャンでヒューマン・ライツ・ウォッチが行った新たな調査は、中でも西アフリカの近隣諸国出身の移民が攻撃の対象とされていることを明らかにした。国際社会は、2010年11月の大統領選挙で大統領として選ばれたのはワタラ氏だと認めている。

この危機的状況は、2011年2月末から悪化の一途をたどっている。コートジボワール西部と中部、ならびに金融の中心地アビジャンで、バグボ派とワタラ派の両武装勢力が衝突している。戦闘員たちは、被拘禁者の処刑、民間人を標的とした殺害・所有物の破壊等の戦争犯罪を行っている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。また、ワタラ派の武装勢力による民間人殺害は、時に民族的あるいは政治的動機に基づいており、こちらについても広範囲又は組織的な展開を見せれば、人道に対する罪に該当する恐れもある。多数もの犠牲者が出ているにも関わらず、この暴力の法的責任を問われる者はいないどころか、両陣営の内部からは人権侵害に対する非難の声さえ上がっていない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ダニエル・べケレは「国連の安全保障理事会は、選挙後の重大な人権侵害に直接関与したバグボ氏とその取り巻きに対し、制裁を課すのが遅すぎる」述べる。「国際社会は、ワタラ陣営に対しても、報復殺人をすれば次は制裁が待っているという明確なメッセージを送る必要がある。」

両陣営ともに暴力が激しさを増している中で、国連とフランスの平和維持部隊は、民間人を保護するため、権限の範囲でできるすべての対策を取る必要があると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

アフリカ連合 (AU)、西アフリカ諸国経済共同体 (ECOWAS)、国連、EU は11月28日の大統領選挙の勝者をワタラ氏だと認めているが、3月10日、アフリカ連合「平和・安全保障理事会」はこれらの決定を承認し、バグボ氏に退陣を求めた。 バグボ陣営はただちにアフリカ連合の決定を拒否し、コートジボワールは、すでに頻発している両陣営の武力衝突に加えて、全面的な内戦の危機に陥った。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、10日間にわたりコートジボワールに事実調査ミッションを派遣し、2月中旬以降のアビジャンでの人権侵害と国際人道法違反の調査を実施。100人以上にのぼる、重大な人権侵害の被害者及び目撃者への、綿密な聞き取り調査を行った。これは、1月中旬に行った同様の現地調査で得た詳細な結果に付加する形で行われた。

マリ、ブルキナファソ、ナイジェリア、ニジェール出身の住民が、バグボ派の治安部隊と民兵による暴力の実態を詳細に語ってくれた。その暴力の内容とは、レンガ、こん棒、棒きれなどで外国人を殴り殺し、ガスを浴びせて生きたまま焼くという凄まじいものだった。あるマリ人男性がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによれば、彼とほか6人の西アフリカ人は、武装勢力により2台の車に連れ込まれ、廃屋の地下に閉じ込められた。そこには若い民兵らが待っていて、捕まった5人の西アフリカ人は目の前で処刑された。西アフリカ人の住宅、店、および何百ものモスクが焼かれ、バグボ派の民兵による死の脅威にさらされて集団で居住区を追われている。

これらの攻撃は、バグボ氏の「青少年相」であるシャルル・ブレ・グデ大臣が、2月25日、「真の」コートジボワール人たちに向けて、各地域に検問バリケードを設け、外国人を「弾劾」するよう呼びかけた後に起きた。ブルキナファソ大使宛ての3月7日の書簡で、バグボ派の民兵組織は、状況のさらなる悪化を示唆した。3月22日までにコートジボワールにいるブルキナファソ国民が国外退去しなければ、彼らの「へその緒を切る」(本国との繋がりを抹消する、すなわち死)と脅したのである。

また、ワタラ陣営の党員少なくとも7人が最近強制失踪しただけでなく、アビジャンのアボボ地域でバグボ派とワタラ派の両軍が武力衝突した翌日の2月25日、9人の政治活動家の女性がレイプされたことをヒューマン・ライツ・ウォッチは記録。バグボ派の軍隊はデモ隊に対して、その大部分が非暴力で平和的だったにも関わらず、必要以上の武力を用いて応戦した。その結果2月21日以降少なくとも25人が死亡し、その中には、3月3日、治安部隊が据付のマシンガンと巨大な正体不明の武器を数千人の女性に対し発砲した際に殺された、女性7人も含まれている。

ワタラ派及びワタラ派と見なされた人びとに対するバグボ派の攻撃は、2月中旬以降激しさを増している。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞取り調査に回答した目撃者ならびに被害者は、12月初旬に武力活動が開始されて以来ずっと、主犯はバグボ派のある特定のグループだと口をそろえる。バグボ氏の傘下にある2つのエリート治安部隊である、共和国防衛隊と治安軍事作戦指令部(CECOS)、そしてバグボ氏と長きにわたって関係し、ブレ・グデ氏もメンバーである2つの暴力的な民兵組織、若き愛国者とコートジボワール学生生徒連盟(FESCI)である。また、バグボ氏所有のテレビ局、コートジボワール国営テレビ(RTI) は、ブレ・グデ氏が2月25日に呼びかけたとおり、国連平和維持軍、西アフリカ出身者、およびワタラ派に対して攻撃するよう頻繁に煽動し、人権侵害に拍車をかけている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、バグボ氏とその側近達の行為は、国際刑事裁判所 (ICC) に関するローマ規程に規定される人道に対する罪にあたると考える。ブレ・グデ氏及びRTIの活動が示すように、政府が暴力を促す政策をとっていることは明らかである。バグボ氏とバグボ派の軍部指導者が、自らの支配下にある治安部隊が頻繁に暴力に訴えているにも拘わらず、停止命令も非難もしていないことが、暴力を加速させている。反対派を標的とする殺害、強制失踪、政治的動機に基づくレイプ、3ヶ月にわたる西アフリカ人の迫害という事実は、バグボ氏の治安部隊と、氏に長く忠誠を誓う民兵が、組織的な暴力を行なっていることを示す。

国連により約400人の民間人の死亡が確認されたが、その大多数は武力衝突や明らかな挑発がない状況で、バグボ派の軍隊により殺害された。民間人への攻撃は広範と見られる。ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの団体が調査・記録してきた実態及び「民間人に対する攻撃」を煽る当局の意図的な政策によって犯罪が起きたという事実に照らし、広範囲にわたる攻撃または組織的な攻撃のいずれかの要素が満たされる場合、人道に対する罪に該当すると判断できる。

一方、ワタラ陣営では、「新勢力(FN)」が2月26日頃、アボボ地区とアニャマ村を制圧して以来、制圧地で拘束中のバグボ派と見られる兵士に対して、超法規的処刑を開始。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、目撃者と加害者の証言をもとに、11件の事件をとりまとめた。中には、生きたまま焼かれた被拘禁者が3人、喉を掻き切られた被拘禁者が4人おり、これらの行為は国際人道法の下で戦争犯罪に該当する。信頼できる筋の報告によると、死者数はさらに増える可能性があるという。

さらに、3月7日アボボ付近の村で、ワタラ派兵士により残虐な攻撃が行われ、バグボ派及びバグボ派と見なされた民間人を集団処刑。少なくとも9人が死亡した。

「この10年間、コートジボワールでは、重大な人権侵害の加害者が、法的責任を免れ続けている」と前出のベケレは指摘する。 「法的責任を問わねばならない。さもなくば、構造化した暴力が繰り返されてしまう。」

複数の国連人権理事会加盟国が、選挙後に起きた人権侵害ならびに国際人道法の重大な違反を調査するため、事実調査委員会を設立すべきであると求めているが、3月14日、国連人権高等弁務官のナヴァネセム・ピレー氏も事実調査委員会設立を求めた。事実調査委員会は、両陣営の犯罪に関与した個人を調査すべきであり、加害者の法的責任を問うことにつなげるべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

また、コートジボワール政府はICCの管轄権に従わなければならない。コートジボワールはICCの締約国ではないものの、第12条3項を介して2003年に裁判所の管轄権を受諾した。検察局は、重大な犯罪に関連しているというICCの捜査条件を満たし、かつ国内の捜査手続が不十分であるならば、コートジボワールで犯された犯罪を訴追すると繰り返し示唆。国連安全保障理事会又はICCの締約国からの付託、あるいは検察官自らの権限を行使すれば、捜査を開始できる。

バグボ派の軍隊による暴力

西アフリカ諸国出身の住民に対する暴力

西アフリカ諸国出身の住民、特にブルキナファソ、マリ、ギニア、セネガル、ニジェール、ナイジェリアの住民は、民兵と治安部隊による恒常化・深刻化する暴力にさらされていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。バグボ派は捜査されたり裁判にかけられる心配なしに、頻繁に残酷な人権侵害を繰り返している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、西アフリカ国籍の住民少なくとも14人が、撲殺あるいは焼死したことを確認した。さらに、西アフリカ人の店や住居が広範囲にわたって略奪され、、2月25日以来、アビシャン近郊の少なくとも3地域で、西アフリカ人が組織的に立ち退かされた。

複数の目撃証言によると、西アフリカ国籍の住民は、その国籍のみを理由として、検問時や、市場、近隣地域などの公共の場を巡回するバグボ派の治安部隊と民兵の暴力の標的とされている。

複数の目撃者が、2月25日と3月1日、西アフリカ国籍の住民が民兵にタクシーから引きずり降ろされて殺されたと証言。2月25日、市場の荷物運送者2名が縛られ、荷台に詰め込まれた後、火を放たれた。3月3日には、民兵がブルキナファソ出身の障がい者に対して、反逆者を家にかくまっていたと言いがかりをつけ、廃屋に連れ込んだ後放火した。

一連の暴力は、西アフリカ諸国共同体 (ECOWAS) がワタラ氏を大統領として認め、バグボ氏失脚のための軍事介入の可能性が表だって議論されていた昨年12月から始まった、とヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に答えた西アフリカ移民の多くは言う。しかし、暴力がエスカレートしたのは、2月24日にアボボとアニャマ近郊で2つの武装勢力が衝突し、2月25日にテレビ中継されたブレ・グデ青少年大臣による会議の後だという。会議中にバグボ陣営の国営テレビ局RTIに伝えられた、ブレ・グデ青少年相の発言は以下のようなものだった。

全地域に命令を下す。各自の居住地域に戻り、検問所の出入を監視し、入ってくる全ての外国人を通報せよ。

この「外国人」という用語は、他の西アフリカ国籍の住民ならびにコートジボワール北部の民族に対して、バグボ派民兵が常に用いてきた用語である。民兵が暴力行為の際、ブレ・グデ大臣の「命令」を口にするのを、多くの被害者が聞いている。ある店主は3月1日の暴行時、民兵がこう言うのを聞いた。「我らが将軍(ブレ・グデ)は、我々を地域の治安維持のため派遣した。つまり、お前たち、モシ族(ブルキナファソの一民族)、マリ人をこの地から追放せねばならない。」

21歳のマリ人青年は、西アフリカ国籍と見られる6人の男性と共に拘禁された。彼は、そのうち5人が、バグボ派民兵によって目の前で処刑される様子を詳細に語った。ヨポウゴン地区で、3月6日に一斉に捕らわれた後だったという。

その日、僕は荷物運搬の仕事で、汚れた服を着ていたんだ。それで民兵は僕がマリ人だと分かったんだと思う。マリ人のほとんどが荷物運送人だから。歩いているとカラシニコフ銃を持った6人の男たちが、僕の背後から近付いた。そのうち1人は銃を僕の背中につきつけ、道路まで連れ出したんだ。他の2、3人も同じことをされて、すぐにそれが7人にまで増えた。やられたのは、全員西アフリカ国籍だった。民兵達は僕等をタクシー2台に無理やり乗せて、建設中の家に連れて行った。地下室に降りろと言われ、そこにはカラシニコフ銃を持った男たちが待っていた。降りる途中は暗く、民兵達は僕らを下ろすのに、携帯電話の灯で照らした。身の毛がよだつ思いだった。

それから、鉄の棒と鋭い金属の留め金がついたベルトで殴られた。4人は常に見張りに立っていて、拳銃をこちらに向けていた。全員が目だし帽を被っていた。するとまず2人が黒い布で目隠しをされ、若き愛国者のメンバーに至近距離から撃ち殺された。その距離はわずか2mだったが、もう1人の男性は携帯電話の灯で手元を照らし、射撃の狙いを外さないように手伝っていた。命乞いをしたその他の3人も同様に殺された。こうして僕の隣の5人はみな、ひざまずき命を乞いながら殺された。民兵達はその間中、僕らに向かって、お前らは反逆者だと言い続けていた。

彼らが僕の頭に布で目隠しをしようとした時、抵抗した。いつだってそうされたら闘っただろう。繰り返し鉄の棒で殴られた。でも隣のニジェール出身の若者がそうしたように、僕も抵抗し続けたんだ。結局彼らは、どこかほかの場所で僕らを殺すと言い外へ連れ戻した。彼らがニジェール人の若者をタクシーに押し込んだ時、もう1台車が走ってくるのを見て、逃げるチャンスだと思った。2発背後で銃声がしたが幸い当たらなかった。走って、走って、彼らが僕を見失った後、隠れ場所を見つけることができた。最後にやっと家に辿りつけた。

西アフリカ人の商人が集まっているセブロコ周辺の市場で、石油や木材、車の部品を売っていたマリ人とナイジェリア人の店主は以下のように語った。2月24日、共和国防衛隊は平和的デモを解散させるために到着。発砲し、店内に手榴弾を投げ込み、火災を発生させ、少なくとも35人の死者を出した。マリ人男性は兵士が「お前の店にさよならを言っておけよ。」と叫ぶのを聞き、それからほどなくして、引火性の高い商品を売っている一画に発砲したとのことである。目撃者によると、マリ人たちが燃え盛る店から商品を取り出そうとしていたが、共和国防衛隊は彼らに銃弾を浴びせ、2人を殺した。

ヨポウゴン地区に35年にわたって住んでいたマリ人の老人は、家の付近の検問所で監視を続けていた「若き愛国者」のメンバーから、執拗な侮辱と脅迫を受けていた。その後、2月10日に民兵らが彼と3人の妻そして15人の子どもたちが寝ていた家に放火したため、翌朝近隣へ避難しなければならなかった。家を離れる時、「若き愛国者」メンバーは「二度と戻ってくるな、さもなければ家族もろとも八つ裂きにするぞ」と脅したという。

ナイジェリア人とマリ人の商人たちは、3月4日と8日の恐ろしい出来事を語った。なたと斧で武装した推定150人もの暴徒化した若者たちが「殺せ、焼き尽くせ。殺せ、焼き尽くせ。全員出て行け」と合唱しながら、ヨポウゴンの西アフリカ商人の店に次々と押し入り、略奪。もしここで商売を続けるなら殺す、と脅されたという。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、民兵と治安部隊が一緒になって、西アフリカ人を攻撃する様子を記録。あるナイジェリア人の店主によると、3月1日の攻撃はCECOS(高等警察と憲兵隊)によるもので、ブレ・グデ青少年相の命令だと言って、暴漢たちはナイジェリア男性2人を生きたまま焼き殺した。1人は木材販売人、もう1人はタクシー運転手でボウボウ(伝統的なムスリムの衣装)を着ていたという。そのナイジェリア人店主はこう語った:

暴漢たちは、略奪と6店舗への放火ののち、市場の近くで木材を売っていたニジェール人の老人に出くわした。彼らは老人を殴り、「反逆者・暗殺者を見つけたぞ」と言いながら警察署に連行した。老人は、「違う、私はニジェールから来たハウサ族で、反逆者などではありません」と叫んでいた。数分も経たないうちに、彼らは老人の首にタイヤを巻きつけるとガスを吹き付け、火をつけた。それは警察署の前で行われたのに、警察は何もしなかった。30分後、バリケードの所で停止させられたタクシーから男性が無理やり引きずり出され - あとでニジェール人だとわかったんだが - 暴漢たちは激しく暴行を加え、手足を縛りあげると、1人が性器を切り落とした。それから、タイヤとガスを持ってきて、彼を生きながらに焼いた。全部、あっと言う間に起こってしまったことなんだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、さらに、民族の違いを理由としたコートジボワール北部出身者に対する甚だしい迫害の様子をとりまとめている。その中には、民兵の検問所で生きたまま焼かれた男性1人と、喉を掻き切られた男性1人に関する報告も含まれている。両方の事件とも、ヨポウゴンで2月末に起きたものである。

私たちは「愛国者」に襲われ、ヨゴウポンを出て行けと命じられた。私たち(ディオラ族)と近隣の西アフリカ出身者たちは避難することを決め、その数は合計200人にのぼった。逃げる私たちを横目に、「愛国者」たちは、「馬鹿ども、家へ帰れ。バグボは我々の大統領だ。出て行かなければ皆殺しにしてやる」と叫んでいた。私たちは、かばんに入る限りものを詰め込み、そこを離れた。

私たちが住んでいた場所からヨポウゴンの境界に至るまで、7つの「愛国者」の検問所があり、彼らはなたと木材で武装していた。彼らは通行につき1人ずつ支払いを要求し、支払わなければ脅迫した。午後2時頃、最後の検問所に到着した。20歳くらいのディオラ族の青年は、呼び止められ、身分証明書を求められると、恐怖のあまり走り出した。「愛国者」たちはすぐさま彼を捕まえてた。青年は「何も悪いことはしていません、許して下さい、どうかお願いします。」と懇願した。

彼を殺す前、「愛国者」たちは言い放った。「お前はディオラ族だ。コートジボワールに戦争をもたらしたのはお前らだ。」彼らは木の棒やなたで青年を殴り、そのうちの1人が羊を殺す時に使うような大きなナイフを取り出すと、青年の喉を掻き切った。それはわずか2m先で起きた出来事だった。命の灯が尽きていく間、青年の体は震え、痙攣していた。彼が殺されるのを見た時、我が子もやつらに殺されると思った。自分の息子のこと以外、頭になかった。ああ、私の息子よ、息子よ。青年の母親と家族は、私たちと同じ集団にいたが、何も言葉を発することができなかった。私たちは心の痛みに耐え、ただ歩き去ることしかできなかった。検問所から少し離れた所で、ついに母親が泣き始めた。

性暴力

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、9人の女性が民兵と警察によってレイプされたことをとりまとめている。被害者全員が政治活動家でありワタラ氏率いる政党の正式な党員であった。事件は2月25日、アボボ近郊のワタラ派の拠点で起こった。この地域で、バグボ派とワタラ派の武装勢力の戦闘が激しくなった翌日の出来事であった。

2件とも、女性たちは家族の目の前でレイプされ、被害者たちの夫と父親は恣意的に拘束され、「強制失踪」したままである。女性7人は自宅から連れ出され、1人から4人の男に建設中の建物内でレイプされた。襲撃者らは、全ての事件が、明らかな政治的動機に基づく性的虐待である、としている。女性3人と同じ家に拘禁され、民兵と警察にレイプされたある30歳の女性は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに2月25日の事件をこう語った。 

私は2人の女性と一緒に住んでいました。私たちがアルサン(ワタラ氏)を支持する政治活動をしていると、近所ではみんな知っていました。私たちはワタラ氏の政策キャンペーンの小冊子を家々に配り歩き、ワタラの名前入りTシャツを着て、デモ行進に参加し、政党集会に参加していました。

2月25日、近隣の武装勢力と戦うという理由で、民兵がバリケードを固めて暴れ始めました。午後5時頃には、銃を持った10人の集団がドアをぶち破って、家の中になだれ込んできました。3人の男は警察の制服を着ていて、他は「若き愛国者」だと認識できました。「お前が誰だかこっちは知っているんだ。どんな活動をしているかも。リストに載っているんだから。」壁にかけたアルサンの写真も、配布用パンフレットも、目の前で破られました。

彼らは拳銃を突きつけ、トラックに乗せると、「夜の市場」(marché de nuit付近の建設中の建物につれて行きました。全員がレイプされました。3人が私をレイプし、妹は4人にレイプされました。1人が終わると他の者が背後から私を押さえつけ、かわるがわる行われたのです。その間彼らは(ワタラ氏の)政治集会で踊りを踊った4人の年老いた女性を連れてきており、政治活動について質問するのが聞こえました。何人かは泣いていました。

私たちは翌朝10時まで閉じ込められていました。服は切り裂かれ、家へ歩いて帰る途中で近所の方が身にまとう布をくれました。彼らは私たちを解放する前に言いました。「政治活動を続けていると耳にしたら、我々はお前たちの住所も知っているんだから、追っかけてやる。ディオラ族は絶対にコートジボワールを支配できないということを思い知っただろう。」

バグボ派による政治的暴力

ワタラ派と、そうみなされた者に対するバグボ派の政治的暴力はここ数週間続いている。これらは標的を絞り、組織的に行われているもので、ワタラ派の政治的指導者に対する暴力、及び、政権の座にしがみつこうとするバグボ氏に抗議する平和的なデモ隊への血まみれの弾圧が行なわれている。

強制失踪と超法規的処刑の実施
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ワタラ派の男性7人が、バグボ派の軍隊の手により強制失踪したとの目撃証言を得た。目撃者たちは、バグボ派の民兵だけでなく、CECOSのメンバー、高等警察と憲兵隊の関わりを示唆。ヒューマン・ライツ・ウォッチが記録した事件の大多数は、アボボで実施した聞き取り調査によるもので、バグボ派とワタラ派の武力衝突が激しさを増した直後の2月末に起きていた。

ある若い女性の証言によると、ワタラ派の地域支部の職員である父親が拘禁され、その後警官と民兵に連行された。それは2月25日のことで、彼女自身も事件の際レイプされた。また複数の目撃者は、武装した男たちが家族の名前が載ったリストを持って家に来た様子を語った。その中には、2月25日に夫が拘禁され、失踪したままの34歳女性もいる。その女性は、事件の際レイプされた、と語った。

夜8時頃、平服の男3人がドアをノックしてきた。私はドアを開け「何の御用ですか」と尋ねると、寝室で寝ている夫を連れてこいと言う。私は平静を保つよう心がけ、誰が何の理由で来ているのか尋ねた。その時、そのうちの1人がCECOSと書かれたカードを取り上げた。彼らはアルサンの政治活動に参加していただろうと問い詰めた。私たちは実際ウフェイスト同盟 (RHDP) の活動家だけれど、もちろんそれは言わなかった。

彼らはリストを取り出して、私の夫の名前があると言った。彼らはもうドアを通って家の中に入ってきていた。「止めて、夫を連れて行かないで。彼は政治活動家ではなくてただの運転手なの。子どももまだ小さいの」と私は叫んだ。彼らの1人が拳銃を夫に突き付け、来るように命じた。むせび泣く私を、夫は落ち着いてと慰めた。

そのうちの1人が私の顔を殴ると、下着を無理やり脱がせ、ソファの上に押し倒した。夫は「妻に手を出すな。お願いだ、妻を離してくれ」と叫んだ。彼らは「黙れ、何をしようと勝手だ」と言い、アルサンの元で活動しているディオラ族全員を殺してやる、お前らは反逆者だ、と言った。 レイプの後、彼らは夫を外へ引きずり出し、CECOSの車に乗せて連行した。夫の携帯にかけても、かけても繋がらない。

リビエラ・パルミエール近隣のもう1人のウフェイスト同盟 (RHDP) の指導者も、2月10日、3人の武装した迷彩服の男に誘拐された。ある目撃者の話によれば、武装した男が「アルサンの側近はお前だろう。我々はお前を見つけに派遣された」と話すのを聞いたという。指導者の男性を逃がそうと人びとが車に駆け寄ると、武装した男は空に向かって発砲した。誘拐された指導者の行方は分からないままだ。

バグボ派の軍隊は、強制失踪と同時に超法規的処刑にも関与している模様。25歳の運転手がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによれば、彼とその友人2人は、警官と民兵の一団にアボボの自宅を捜索された際、ウフェイスト同盟 (RHDP) のTシャツとワタラ氏のポスターを見つけるや否や、拘禁されたという。男性は友人が監房の外に連れ出され、殺された事実を語った。

警官が監房を捜索した時、友人が腕に御守りしているのを見つけたんだ。それこそ警察が反逆者の「証拠」として欲していたものだった。警官らは彼を監房の外に連れ出した。僕は友人が「違います、私は反逆者ではありません。離して」と言うのを聞いた。それから、銃声が2発。数日後、2つ銃創を負った友人の死体を安置所で見つけた。もう1人の監房にいた友人はまだどこにいるかわからないよ。

過剰かつ無差別な武力の行使
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2月21日以降のバグボ派治安部隊による、デモ参加者25人の殺害をとりまとめている。数多くの人が重傷を負った際に、実弾、破砕性手榴弾、携行式手榴弾、さらに特定不能の武器が戦車から発砲されているのが確認された。

3月3日、治安部隊は、アボボ近郊で平和的なデモを行っていた女性数千人のうち、7人を殺害。これは、政権に固執するバグボ派の残忍さを物語る典型的な事件のひとつ。女性たちが集合を予定していた場所に着くと、マシンガンを積んだ緑の小型トラック、警察の貨物トラック、迷彩柄の戦車、そして憲兵隊の青い戦車が通り過ぎた。

目撃者3人がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによれば、戦車は巨大な銃口から大砲を発射し、ほぼ同時に、軍隊のヘルメットをかぶった緑の戦闘服の何者かが、小型トラックの荷台に積んであったマシンガンで発砲した。

死亡した女性7人を治療した医師はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、女性たちの傷は小銃の銃弾によるものではなく、大型の武器によるものだった、と語った。医師ならびに現場の目撃者2人の証言によると、ある犠牲者の頭と胴体は完全にバラバラになっていた、とのこと。また、死亡または重傷を負った他の被害者の傷は、マシンガンの銃弾によるものだった、という。

4日後の3月7日、アビシャン近郊のトレッシュビル地区で、3月3日の暴力に抗議するデモの最中、さらに4人が殺された。共和国防衛隊と、もうひとつの高等治安部隊である機動隊CRSの軍隊が、群衆に向かって発砲したのである。

ヒューマン・ライツ・ウォッチが以前行った調査は、少なくともデモ隊7人がクマシ地区とトレッシュビル地区で2月21日に殺害され、そのうち6人が、CECOSと共和国防衛隊が携行ロケット手榴弾を発射したことによるものだったことを記録している。バグボ派の治安部隊は、12月16日のワタラ派のデモ行進に対して暴力を以て応酬し、少なくとも30人以上が死亡。犠牲の多くは、破砕性手榴弾が群衆の中に投げ込まれたことによるものだった。

「女性のデモ参加者に対して、重火器で発砲するという所業は、バグボ派治安部隊の道徳倫理欠如の表れだ」と、前出のベケレは述べた。

さらに、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、3月4日から11日にかけてアボボでのバグボ派治安部隊による無差別機銃掃射の流れ弾で、5人が死亡した件についても調査してとりまとめている。治安部隊が、空や、通りの人びとに向けてカラシニコフ銃を四方八方に発砲しながら毎日何度も新勢力 (FN) の支配地域を車で走り抜けていく、と十数人ものアボボ住民が語った。これらの行為は人びとを恐怖に陥れており、アボボ住民が国内で大規模に避難する事態となっている。

あるアボボの病院の医師は、2月28日から3月8日にかけて、選挙後の暴力に巻きこまれた108人の手術を行った、とヒューマン・ライツ・ウォッチに証言。4人を除く全員が、バグボ派治安部隊による小銃および重火器による負傷だった。医師は負傷者のうち何人が民間人だったのかは、把握できないという。

ワタラ派の軍隊による暴力

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ここ数週間のアビジャンにおけるワタラ派武装勢力による深刻な人権侵害と国際人道法違反を調査してとりまとめている。その中には、民間人への報復殺害や、拘禁中のバグボ派兵士への超法規的殺害が含まれる。ワタラ氏及び新勢力 (FN) の前指導者で、現在はワタラ陣営の首相をつとめるギヨーム・ソロ氏は、アボボの戦闘軍との関係を公けに否定している。しかし、アボボならびにワタラ派軍内部情報筋によれば、ワタラ陣営下にある新勢力(FN)は、アボボにおいて強い存在感を示し、重要な役割を担っているという。

ワタラ派軍は、今やアボボとアニャマの大部分を掌握しており、当地域の十数か所の検問所を管理下に置いている。これほどの範囲で強い支配力を有していること、そして自らが正当な国家権力であるというワタラ政権の宣言を踏まえれば、ワタラ政権と軍部は、これらの地域における人権侵害と国際人道法違反の法的責任を問われなければならない。そして、人権侵害と戦争犯罪が行われていることは、過去一週間で示されていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは語った。

アノンコア村における民間人の殺害

3月7日午前2時ごろ、60人以上のワタラ派戦闘員がアノンコア・クテ村を襲った。アノンコア・クテはアビジャンの軍拠点に隣接するアボボ地区の村だ。アノンコアはエブリエ族が住民の多くを占め、バグボ支持者が多い。襲撃の前日、この地域でバグボ・ワタラ両陣営の武力衝突が起きていた。3月7日の襲撃被害者、ならびに、ワタラ派兵士がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによると、ワタラ派軍隊は村に武器が置き去りにされていると思っていたとのことだ。しかし、襲撃は無差別に行なわれ、民間人が殺され、村の大半が放火されたとみられる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチがアノンコア・クテの被害者4人に聞き取り調査を行ったところ、民間人9人の死亡が確認され、うち2名は焼死した女性たちだった。被害者の1人はこう語る。

マシンガンの重々しい発砲音と、村の人びとが叫び出す声を耳にしたので、何事かと外に出てみると、誰かが私に掴みかかり、パスワードを言うよう求めてきた。私が知らないと言うと、その男はソードオフ・ショットガン(銃身を切り詰めた短銃)を突き付け、2mの距離から発砲した。発砲と同時に私は彼の武器に手を伸ばしたが、散弾が私の腕や背中に噴射された。私はその場に崩れ落ち、かろうじて息をしながら死んだように横たわった。そこに横たわっている間、村の住民が虐殺されていくのが見えた。

襲撃者たちは全身黒ずくめだった。目だし帽をかぶっている者もいれば、バンダナを巻いている者もいた。住民の家のドアをどんどん叩き、「我々は戦争しに来た。遊びに来たんじゃない」と言い続け、武器を隠している場所を教えるよう要求し、住民を殴り殺していった。

私の自宅近くのある家では、ある女性がドアを開けるのを拒んだ。すると火炎瓶が家の中に投げ込まれた次の瞬間、家の中は火の海と化した。女性は炎が燃え移り、叫びながら家の外に出てきたが、その日のうちに亡くなった。他の住民も彼らに捕まり、至近距離から撃たれた。何とも残酷な光景だった。 

また別の目撃者は、72歳の父親が、襲撃してきた男たちに喉を掻き切られたと語った。少なくとも15軒の家が焼かれ、村は捨て去られた。この地域はいまやワタラ派に掌握されている、と彼は言う。

「民間人に対する残虐行為は、断じてワタラ氏の権力掌握への道ではない」と前出のベケレは述べる。「ワタラ氏は、ただちに残酷な暴力に対する捜査を求め、この所業を命じ実行した者たちの法的責任を問うべきである。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、新勢力(FN)支配下にあるアビジャンに残るバグボ派がうける扱いについて重大な懸念を有している。3月8日、べテ族の男性の証言によれば、ワタラ派の兵士がアボボにある彼の家のドアを壊して押し入ると、家中を荒らしまわったという。兵士は彼に銃を突き付け、おまえは「愛国者」だと言い、殺すと脅した。男性の命を救おうと、近隣住民が彼に代わって仲裁に入り、おかげで命拾いしたが、私財は没収された。男性は直ちにそこを離れ、バグボ派の支配下にある地域に向かった。

アボボの他の地域でも、ワタラ派による同様の襲撃が3月7日に起きている、とある被害者が証言。ワタラ派の支配下にあるアボボ地域から、バグボ派の住民の大多数が逃れているという。

バグボ派軍隊による即時処刑

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、3月1日以降のバグボ派の武装勢力と民兵11名の即時処刑を取りまとめた。目撃者たちはそのうちの7件について、車での移動中あるいは徒歩の住民が、新勢力(FN)の駐在するアボボの検問所で停止を命じられ、武器が見つかった時のことを詳述。ワタラ派の戦闘員が、その人物をバグボ派の戦闘員であると「決定」すれば、武器をとりあげ拘束したその人物を殺すのである。

アボボのあるワタラ派の戦闘員は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、自分が軍事作戦の一部を担った4件について証言した。3月2日、救急車が停止させられ、同僚の戦闘員が捜査すると、カラシニコフ銃が見つかり、運転手は拘束された。また3月5日には、そのワタラ派戦闘員は、アノンコア付近の検問所を徒歩で通過しようとした3人が武器を携帯しているのを発見した、という。どちらの件でも、拘束された人びとは高官のもとに連行されたが、これは戦闘員を指揮する組織と命令系統が存在することを示唆している。その戦闘員は、彼らは拘束された後、「激しい尋問」を受け「無力化された(殺された)」と語った。その後の複数の目撃者の証言から、救急車も焼かれていたことがわかった。

バグボ派兵士とみなされた別の3人が処刑された様子を、ある目撃者がヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。

3月6日月曜日に私がアボボを歩いていた時、検問所に黒い四輪駆動車がやってきたんだ。新勢力 (FN) が車を止め、それを捜索した。彼らはカラシニコフ銃と治安部隊の制服を見つけた。50m離れていたのでどこの治安部隊の制服かは定かではないが、迷彩服のように見えた。

新勢力(FN)の男たちがカラシニコフ銃を取り上げると、すぐ、さらに10人の新勢力(FN)が車になだれ込んだ。彼らは車内にいた3人を捕まえ、地面にたたき出すと、木材と取り上げた銃で殴った。暴行を続けながら服を脱がすと、タイヤを上に置いた。新勢力(FN)の男たちは、容器からガソリンを注いで、全員に火を付けた。バグボ派の男性たちの足が焼かれている間動くのが見えたが、新勢力(FN)の兵士たちはそれをまだ殴り続けていた。

3月7日に起きた別の事件では、ワタラ派が「若き愛国者」とみなされた4人をアボボで拘束し、即座に彼らを処刑した。これはワタラ派の戦闘員、ならびに、拘束者たちの殺害場所付近で、殺害直後にビデオ撮影した住民からの、信憑性のある証言によるものである。まず2人が捉えられ、幹部を誘い込むために利用された模様。ワタラ派兵士によると、4人の「愛国者」幹部は、拘束後に処刑された。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ラムテという名の、「若き愛国者」のその地域幹部であった人物の死体の映像を見せられた。彼は選挙後に、ワタラ派とそうみなされた人びとの殺害に関与していた。彼の喉は完全に切り裂かれていた。ビデオの映像では、もう1人が杭で串刺しにされているが、それが生前か死後の出来事かは不明である。

2月初旬、ヒューマン・ライツ・ウォッチはアボボでおきたバグボ派治安部隊メンバーと見られる3人の違法な殺害についても記録している。その中には、バグボの共和国防衛隊に所属していたダゴ・セリもいた。

「捕虜の拷問ならびに処刑は戦争犯罪である。ワタラを支持する軍隊はただちにこういった暴力行為を止め、被拘束者を人道的に処遇するよう確保する必要がある」と前出のベケレは語った。

アボボ住民の証言とアボボにおけるヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によって、ワタラ派の武装勢力は、国際人道法が定める民間人と軍人の区別をしていないことが明らかになった。兵士が平服を着て民間人の中に潜伏しているため、ワタラ派は、守っているつもりの人びとを、より危険な状況に陥れている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。バグボ派治安部隊による日々のマシンガン掃討攻撃は、ワタラ派兵士と一般市民の区別をつけられないことにも、少なくとも一部は原因がある、と指摘するアボボ住民もいる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ワタラ氏とソロ氏に対して、これらの暴力をただちに非難するとともに、特にアノンコアにおける殺害の犯人に対して、法的責任を求めるべく捜査を開始するよう要求した。戦闘員に効果的に指示を伝えて人権法及び人道法上の義務を遵守させなければ、危機は深まり、さらなる人権侵害が起きる。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、虐殺、拷問、子ども兵士の利用など、新勢力(FN) が、2002年から2003年にかけて起きた紛争中及びその後、戦争犯罪を長年犯してきた実態を記録してきている。

戦争犯罪と人道に対する罪の禁止は、国際刑事司法の根幹である。国際刑事裁判所 (ICC) のローマ規程は、人道に対する罪は、平時あるいは戦時における、「一般市民(民間人)に対する攻撃」の中での、広範囲又は組織的な特定の行為を構成要件とする。すなわち、ある程度、当局の計画あるいは政策という要素が含まれるのである。政治的信条、民族、国籍を理由にした殺人、レイプ、迫害などがそれにあたる。

国際紛争ではない武力紛争における戦争犯罪には、捕虜となった兵士を含む戦闘行為に参加していない人びとに対する殺人、そして、直接戦闘行為に携わっていない一般市民に対する意図的な攻撃などがあげられる。

人道に対する罪および戦争犯罪においては、犯罪を知りえたにもかかわらずこれを防ぎ、あるいは捜査や起訴に付することを怠った高官に対しても、法的責任を問われうる。

主な勧告/提言

国連安全保障理事会 

  •  選挙後から今なお続く、人道に対する罪に該当する重大な人権侵害に対して、ローラン・バグボ氏、ブルーノ・ブレ・ドグボ氏 (Republican Guard Commander General Bruno Blé Dogbo)、そしてCECOS最高司令官ギアイ・ビ・ポイン氏 (General Guiai Bi Poin)の資産を凍結させるとともに、渡航を禁ずる措置をとること。
  • 2002年から2003年の内戦中及びその後に起きた重大な犯罪を詳細に記録した2004年の事実調査委員会の報告書を公表すること。10年以上にわたる不処罰の連鎖が今回の危機を悪化させているものであり、報告書の公表により負の連鎖を止める一助とする必要がある。
  • 効果的に民間人を保護できるよう国連のコートジボワールにおける活動(UNOCI) を改善するべく、既に承認されている配備の強化を迅速に行うと共に、事態がさらに悪化するようであれば、ヘリコプター等の装備も整った熟練した軍の追加配備を行う計画を立てること。
  • 国連の紛争下の性的暴力特別代表に対し、ブリーフィングを要請するとともに、彼女が状況の把握を続けるよう確保すること。

アルサン・ワタラ氏、ギヨーム・ソロ氏、そしてワタラ氏派の軍幹部に対して

  • アノンクア・クテでワタラ派支持者たちが民間人に対して行った犯罪を公に非難するとともに、関与した者は将来法的責任を問われることを明確にすべきである。

ローラン・バグボ氏、アルサン・ワタラ氏、そして両陣営の武装勢力幹部に対して 

  • 全ての兵士の行為が、国際人権法及び国際人道法に則って行われなくてはならないと命じること。
  • 全ての被拘禁者を人道的に扱うよう確約し、国内外からのモニタリングを可能とすること。
  • 超法規的殺害を捜査し、関与した犯罪者に対して法的責任を問うこと。
  • 全ての戦闘員に対し、司令官が戦争犯罪を予防又は訴追しなければ刑事責任を問われることも含め、国際人道法を周知させること。

UNOCI及びフランスの平和維持部隊に対して

  • 巡回を強化し続けるとともに、「切迫した死の脅威」から民間人を保護するために、必要な場合は、配備と権限の範囲内で法的に正当な武力を用いること。
  • 西アフリカ経済共同体 (ECOWAS) の諸国民を保護する緊急の必要性に特別の関心を払い、必要となれば避難させる準備をすること。

国連人権理事会に対して

  • 事実調査委員会を設立し、選挙後の人権侵害と国際人道法違反について調査すること。バグボ派の治安部隊によって引き起こされた計画的な暴力はもちろん、暴力が激しさを増す中、紛争の両当事者によって現在あるいは将来行なわれる犯罪に対しても調査の権限が及ぶよう、十分に広範なマンデート(権限)を付与することを確保すること。