A protester stands in the hearing room as former Attorney General Alberto Gonzales testifies at the start of his US Senate confirmation hearings on Capitol Hill in Washington on January 6, 2005.

© 2005 Reuters

(ニューヨーク)-ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日、米国政府に対し、「テロ容疑者の拷問を承認した容疑で、ジョージ・W・ブッシュ前大統領など政府高官に対し、米国政府自ら捜査のメスを入れるべきだ。米国以外の他国政府に訴追をまかせるのではなく。」と求めた。

米国政府は、ブッシュ政権高官に対する拷問容疑での捜査・訴追を怠り続けている。ブッシュ前大統領のスイス訪問前に、スイス検察官に対するブッシュ前大統領の刑事告訴が予定されていた事実は、米国政府の怠慢を浮き彫りにするものである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。

2011年2月12日、ブッシュ前大統領は、あるチャリティ・ガラの席でスピーチを行なう予定とされていた。このブッシュ前大統領のジュネーブ訪問にあわせて、ある2名の個人がジュネーブ州(Geneva Canton)検察官に対し、ブッシュ前大統領が拷問その他の虐待行為を承認した容疑で告訴状の提出を計画していた。ところが、ブッシュ前大統領への抗議運動と刑事告訴が予定されているという報道が流れる中、2月5日、ブッシュ前大統領はスイス訪問を突然キャンセルした。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのエグゼクティブ・ディレクターであるケネス・ロスは、「スイスで、ブッシュ前大統領の訴追に道が開かれる可能性があった。米国政府がブッシュ前大統領の捜査を拒み続けるとしても、今後も、米国以外の政府が拷問への捜査・訴追を行なう動きが続くだろう」と指摘。「米国政府は、米国検察官に対し、この重大な犯罪を捜査・訴追する権限を与え、元大統領を含むあらゆる政府関係者も「法の下」にあることをはっきり示すべきだ」と述べた。

告訴状を提出するはずだった2名の個人のうち1人は、過去に米国中央情報局(C I A)の「秘密収容所(ブラックサイト)」で数年間にわたり通信禁止の隔離拘禁を経験し、現在はグアンタナモ収容所に拘束中の人物。もう1人は、グアンタナモ収容所の元収容者。同人は、提出されるはずだった告訴状で、「米国で拘禁中、暴行・苦痛を生じる姿勢で縛られる、食事と睡眠を長時間奪われる、非常に暑い若しくは寒い環境に放置される、などの仕打ちを受けた」としている。

スイス法では、国際条約上許される場合、スイス国外で犯された犯罪の容疑者がスイス国内に存在する場合、スイスの裁判所は管轄権を有する。したがって、ブッシュ前大統領への告訴状は受理可能だったと考えられる。こうした世界的な訴追権は、「ユニバーサル・ジュリシディックション(普遍的司法管轄権)」といわれる。「ユニバーサル・ジュリシディックション(普遍的司法管轄権)」が行使された過去の事例としては、米国政府が、2009年、チャールズ・テイラー元リベリア大統領の息子を米国連邦裁判所に起訴した例などがあげられる。

スイスも米国も、拷問等禁止条約の締約国である(正式名は、拷問及び他の残虐な非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する条約、Convention against Torture and Other Cruel, Inhuman or Degrading Treatment or Punishment)。拷問等禁止条約は、自国領土内に犯罪容疑者が存在する場合、締約国政府に対し、同容疑者を訴追するか、又は同容疑者が訴追される国に引き渡すことを義務付けている。

ジュネーブで提出に向けた準備が進められていたブッシュ前大統領に対する告訴状。その告訴状は、「使われた尋問手法は拷問に該当する。そして、その手法はブッシュ前大統領によって承認され、その部下によって実行された」と訴えている。この告訴状を作成した人権団体センター・フォー・コンスティチューショナル・ライツ(Center for Constitutional Rights)及びヨーロピアン・センター・フォー・コンスティチューショナル・アンド・ヒューマン・ライツ(European Center for Constitutional and Human Rights)は、「今回は、ブッシュ前大統領が訪問をキャンセルしたので告訴状を提出しなかった。しかし、また次の機会を狙って告訴状を提出する」と述べた。

「オバマ政権は、ブッシュ前大統領などの前政権幹部による拷問容疑に捜査のメスを入れるのを拒んでいる。これは、法の支配の軽視に他ならない」と前出のロスは指摘。「こんな状態は、米国内での人権の尊重に悪影響を及ぼすだけでなく、オバマ政権の国外での人権に関する発言の信頼性も大きく損なうものだ」と述べる。

ブッシュ前大統領は、2008年4月の初めから数回にわたり、アルカイダ関係の容疑者に対する「水責め」などの「強化尋問手法」(国際法では、拷問に該当する)を自ら許可した、と認めている。回顧録『Decision Points(決断のとき)』でも、ブッシュ前大統領は、2001年9月11日テロの首謀者とされるハリド・シェイク・モハメド(Khalid Sheihk Mohammad)及びアルカイダ容疑者アブ・ズベイダ(Abu Zubaydah)の「水責め」を許可した、と記している。「水責め」は、模擬処刑(mock execution)の一種で、溺死する感覚を与える。米国には、過去100年間にわたり、「水責め」を行なった者を戦争犯罪人として訴追してきた歴史がある。

複数のインタビューで、ブッシュ前大統領は、使用された尋問手法は「司法省の弁護士が合法と判断した」ものだ、と正当化。しかしながら政権幹部数名が司法省の弁護士の判断に影響を与えようとした強固な証拠もある。また、司法省の法的見解にかかわらず、ブッシュ前大統領は、承認した尋問手法が、通常の尋問手法を逸脱した手法であった以上、これが拷問に該当すると認識するべきだった、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

米国は、拷問等禁止条約の締約国であり、かつ、連邦法・州法ともに拷問を行った者を刑事罰に処すると規定している。しかし、オバマ政権は、今日まで、被拘禁者に対する虐待容疑の捜査・訴追に向けた努力を全く行なっていない。オバマ大統領は、ブッシュ政権が犯した犯罪について、「過去を振り返る」べきでないと繰り返し消極的姿勢を示してきた。また、司法省が合法とした虐待を行なったCIA要員容疑者に対する訴追を明確に否定している。

「被拘禁者に対する人権侵害について、米国政府は全くアカウンタビリティー(真実発見・法的責任追及)を果たしていない」と前出のロスは指摘。「一国の元首が、拷問を正式に承認した事実が、処罰されないまま放置されることがあってはならない」と述べた。