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コソボの虐殺事件に正義の光

ツスカ村虐殺事件の犯人逮捕につながった、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書

1999年5月14日、NATO軍によるユーゴスラビア空爆の最中に、セルビアの治安部隊がコソボ西部にあるツスカ村を急襲、武装した男たちが村人たちを取り囲みました。セルビア治安部隊はその場で村人数名を殺害し、生きている村人たちからはのお金や貴重品を奪いました。村人はみなアルバニア系でした。武装集団は村の男たちを3軒の民家に追いやり、それらの家へ火を放つ前にマシンガンを撃ち込みました。この時殺害されたアルバニア系民間人は41人に上ります。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれらの戦争犯罪を記録し、調査結果をセルビア政府にも伝えて、調査をするよう求めました。事件から11年の月日が流れた今年3月、ついにセルビア警察が10人の容疑者を逮捕しました。そのうち2人は、私たちの報告書に名前が記されていた人物です。11人目をスウェーデンで逮捕、更に15人以上を現在取り調べ中です。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの上級調査員フレッド・アブラハムにとって、この逮捕は長年待ち続けた悲願でした。ツスカ村の虐殺に関する報告書の調査員兼執筆者であり、虐殺の責任者を逮捕するよう、長年セルビア政府にプレッシャーをかけ続けたのが他ならぬ彼だったからです。

ツスカの攻撃は、1998年~99年にコソボ全土で起きた、恐ろしい戦争犯罪の一例に過ぎません。セルビア軍は村落を破壊し、80万人のアルバニア系住民が故郷を追われました。約1万人が殺されたといいます。また、アルバニア系武装組織コソボ解放軍もNATO軍の空爆前後を通じて、何百人にも上るアルバニア系住民とセルビア系住民を殺害しました。そんな中でもツスカの攻撃は、アブラハム上級調査員にとって思い入れのある事件でしたが、それは犯人が残していった強力な証拠によるものです。

民家3軒に閉じ込められた村人の中で虐殺を生き延びた人が3人いました。1人は兄弟と隣人の遺体の下に隠れ、1人は足を撃たれたものの死体の山に隠れ続け、もう1人は窓まで這っていき逃れました。

この3人の生存者をアブラハム上級調査員は見つけ出し、他の生存者も含めて対面式の聞き取り調査を行いました。

こうした中、アブラハム上級調査員は武装した制服姿のセルビア治安部隊が、燃えている民家の前に立つ写真を偶然発見したのです。早速クスカ村の住民に見せたところ、兵士の何人かは地元出身者だったことから、顔だけでなく名前も割り出すことができました。

「理想的な戦争犯罪調査は、パズルのピースをつなぎ合わせていく過程に似ています」とアブラハム上級調査員は言います。「徹底的な調査にちょっとしたツキ、これが真実の姿を浮かび上がらせるのです。」

アブラハム上級調査員は、この証拠を1999年発行の報告書「破壊された村」内で発表しました。報告書には、ツスカの虐殺やコソボ西部での殺害にかかわったとされる5名の人物の名前が記されています。写真付きで掲載されたスレチコ・ポポビッチとスラビシャ・カストラトビィッチは、今年3月に逮捕された容疑者のうちの2人です。

「10年以上の歳月は、待つのには長すぎる時間です」とアブラハム上級調査員。国連主導の旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)によるコソボ関連の訴追には、ツスカ事件は含まれていませんでした。また、セルビア国内では、旧ユーゴスラビア紛争中に起きた戦争犯罪のかどでセルビア系住民を逮捕する政治的動機が、政府に欠けていました。

こうした状況で11年もの間、ヒューマン・ライツ・ウォッチはツスカ事件が決して忘れられることのないようにと、働きかけてきたのです。

アブラハム上級調査員は、ジャーナリストたちと事件を訴え、ハーグにあるICTYの法廷で証言しました。2005年に、他の容疑者がアルゼンチンで見つかった時には、セルビアへの逃亡犯罪人引き渡しを実現させようと努力しましたが、容疑者がその前に死亡したために叶いませんでした。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、紛争以来コソボを管轄する国連とEUに、アルバニア系、セルビア系双方の戦犯を逮捕するよう強く求めてきました。

アブラハム上級調査員は、ツスカ事件で逮捕が実現したのは、苦しんできた犠牲者の家族たちに正義をもたらす意味で重要だと言います。

「犠牲者の家族にとって、このたびの逮捕の意義は非常に大きいのです。先の紛争で起きた犯罪の数々が犯人逮捕をきっかけに記録されていくことで、セルビアが過去に区切りを付けこの国を浄化していくことにもつながっていくでしょう。」

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