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スリランカでの国際人道法違反に対するアカウンタビリティ(真相解明と責任追及)に関するQ&A

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2009年5月の内戦終結以前から、スリランカ国軍、「タミル・イーラム解放のトラ(以下LTTE)」双方が内戦中に犯した国際人道法違反を調査する国連の事実査委員会(国連独立事実調査団ともいう)の設置を求めてきました。本Q&Aでは、国際法に違反する犯罪に関するアカウンタビリティ(真相解明と責任追及)について、よくある質問をとりあげます。

背景

スリランカ政府と分離独立派武装組織LTTEとの内戦は、25年以上にわたり続きました。この内戦中にスリランカ政府及びLTTE双方が犯した人権侵害は極めて多数に上ります。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、内戦中の人権侵害について、長年にわたって調査・報告を続けてきました。2002年2月に一度、停戦合意が結ばれましたが、2006年半ばに大規模な軍事作戦が再開され、これを機に停戦合意は事実上解消されました。以来、LTTE軍は徐々にスリランカ北東部の沿岸地帯に孤立した形となりながら後退。その際、LTTEは、多数のタミル系一般市民に、LTTEと共に移動(後退)することを強制。2009年1月以降、孤立したLTTE支配地域で、LTTEは一般市民を「人間の盾」として利用する一方、スリランカ政府軍はこの人口密集地域を無差別に重砲で攻撃しました。スリランカ政府軍は一貫して軍事的優勢を保ち、最終的には最高指導部を含むLTTE勢力を沿岸地域の小さな地域に追い詰めました。そして2009年5月18日、LTTEは終に敗北。LTTE指導部のほとんどが殺害され、内戦は終結したのです。

スリランカ政府がメディアや人権団体、ほとんどの人道機関を内戦の行われている地域から締め出したことから、内戦の実態を把握するための情報は激減しました。しかし、政府が「非戦闘地域」と指定した地域に閉じ込められた人びとの直接証言や証拠写真などから、戦闘による犠牲や栄養不良、医療ケアの不足といった残酷な現実が浮き彫りになりました。この内戦中、とりわけ2009年1月から5月にかけての内戦最終局面の5カ月の間に、一般市民は大変な代償を支払わされました。この期間中の戦闘中の犠牲者数ははっきりしていませんが、国連は、一般市民の死亡者は7千人以上、負傷者は1万3千人以上と推計。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカ政府とLTTE双方による国際人道法(戦時国際法)の重大違反疑惑について、2009年初めから広く調査してきました。スリランカ政府軍による違反行為には、「非戦闘地域」を含む人口密集地域に対する無差別な武器(大砲等)の使用、一般市民・病院・人道施設への度重なる砲撃、LTTE関係者とみなした人びとの強制失踪・超法規的処刑などがあげられます。一方、LTTEは、一般市民の「人間の盾」としての利用や一般市民に対する不必要な危険状態の強要、戦闘地域から逃げようとした人びとへの意図的発砲、子ども兵士の徴用などを行いました。

政府軍あるいは非政府軍を問わず、すべての武力紛争にかかわるグループは、国際人道法(戦時国際法、「戦争法」ともよばれる)に従う義務があります。つまり、すべての軍に、戦時国際法を遵守するとともに、自らの命令や指示・統制下にある軍・個人・グループすべてが、戦時国際法を遵守するよう確保する義務があります。この義務は相互主義によらないため、対抗勢力による法の遵守の有無にかかわらず果たす義務があります。国際人道法は、政府にとって「テロに対する闘い」か、反政府武装勢力にとって「民族国家建設」かなどの戦争の大義名分の存否にも左右されることはありません。加えて、武力紛争に加わったすべての勢力は、たとえある勢力により過度な違反行為が行われている場合でも、そうした不均衡にかかわらず、同じ基準を満たさなければなりません。

武力紛争の各勢力は、武装組織やそのメンバーによる戦時国際法の重大違反、そして、その指揮・統制下で行われたすべての戦時国際法の重大違反の責任を負います。政府軍、非政府武装勢力にかかわらず、この責任は損害や負傷に対する全面的補償(reparations)を含みます。補償とは、たとえば他国家、団体、個人に対する弁償(原状回復)、賠償(賠償金の支払い)、被害者やその家族の気持ちにこたえること(satisfaction、公式謝罪その他)など。また、以下に述べるように、国家は、その管轄下にある戦時国際法の重大な違反者の責任を追及する義務も負っています。

スリランカ内戦に適用される国際法は何ですか?

スリランカ政府とLTTE間の紛争に適用されるのは、国際的な条約と慣習国際人道法です。慣習人道法とは長年継続されてきた国家慣例に基づき、武力紛争におけるすべての勢力(政府系やLTTEのような非政府系を問わず)の敵対行為を拘束します。本内戦に関係する国際法には、1949年ジュネーブ共通三条も含まれ、各勢力の支配下にある個人の取り扱いに関する最低基準が定められています。

なぜアカウンタビリティ(真相究明と責任追及)が重要なのですか?

戦時国際法の重大な違反を犯した個人の責任追及は、とても重要です。なぜなら、責任追及によって将来の違反行為が抑制され、法の遵守が促進され、被害者へ補償の道筋が示されるからです。法に従い個人の犯罪を裁けば、軍隊の規律も専門性もあがるのはもちろん、責任ある統率を維持し、一般市民との関係を改善することもできるでしょう。こうしたアカウンタビリティを放棄した国家や非政府武装集団は、紛争地域の人びとの間はもちろん国際社会でも足場を失いますし、国際的な制裁の対象となる可能性も増します。加えてアカウンタビリティは、戦時国際法違反の被害者やその家族にとって、法の正義(ジャスティス)を求めるためにも不可欠なものです。

戦時国際法遵守のための、国家の一般的な義務とは何ですか?

紛争の当事者であるか否かにかかわらず、すべての国は1949年ジュネーブ諸条約に従い、可能な限り国際人道法違反を止める責任があります。そのための行動は単独でとることもできますが、複数国が共同でとることもできます。たとえば、特定の国、特定の武装集団、特定の個人に対して集団的制裁措置をとることなどがこれに当たります。

戦時国際法に違反した個人のアカウンタビリティを確保する第一義的義務はだれにあるのですか?

アカウンタビリティの第一義的責任を担うのは、重大な違反行為を行ったとされる個人の国籍国政府です。国はこうした重大違反を調査する義務があり、調査対象は政府軍のメンバーやその他管轄内にいる個人となります。軍事法廷か国内の一般法廷、またはその他の機関で、重大な違反行為の有無を公平に調査し、公正な裁判の国際基準にそって犯罪者を特定・訴追するよう確保する義務があります。また、被告に有罪判決を言渡す場合は、犯した罪の重大性に見合う刑を科さねばなりません。

一方、非政府武装集団には、国家と同様に戦時国際法違反者を訴追する義務まではないものの、依然として法の遵守を確保し、訴追をする場合は公正な裁判に関する国際基準に従う責任を負っています。

国際人道法で「戦争犯罪」とされるのはどんな行為ですか?

犯意(つまり、意図的又は重過失)をもって、国際人道法の重大な違反を犯した個人は、戦争犯罪の責任を負います。戦争犯罪に該当する行為には様々あり、一般市民に対する意図的又は無差別な攻撃や過剰な攻撃、人間の盾の使用、拷問、強制失踪、略式処刑などがその例です。また、こうした戦争犯罪の未遂行為、幇助行為、教唆行為などを行った個人も、犯罪に問われえます。

戦争犯罪を計画したり、煽動したとして個人の責任が問われることもあります。また、軍司令官や市民リーダーが個人の戦争犯罪について知り、または知るべきであったにも拘わらず、予防措置を十分取らなかったり、責任追及しなかったりした場合などにも、上官責任として戦争犯罪が問われうるのです。

スリランカ政府は、戦時国際法の重大違反疑惑を調査する義務を果たしていますか?

戦争犯罪を行った疑いのある個人の国籍国が調査し訴追する意志や能力に欠けるのは、世の常といえます。ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれまで、たとえば、ソマリアにおけるエチオピア軍、イラクとアフガニスタンにおける米軍、ガザ地区におけるイスラエル軍、そしてチェチェンにおけるロシア軍など、多くの政府が、自国民の責任追及をしない事例について調査・報告してきました。

内戦終結から一年、スリランカ政府も、戦時国際法違反に関する調査を十分に行っていません。これまでに2つの特別調査委員会を設立しましたが、どちらも適切な調査を行うマンデート(権限)を欠いていました。

2009年10月、米国国務省が数百もの戦時国際法違反疑惑を米国下院に報告、公表したのに応じて、スリランカ政府は指摘された疑惑を調査する専門家委員会を設立しました。しかし同委員会の調査報告は調査期限を2回も延期しています。しかも、2010年4月には、委員長自らが、この委員会に調査権限が全くなく、調査がままならないことを認めたという状態です。

不十分な調査に批判が増すなか、マヒンダ・ラージャパクサ大統領は2010年5月17日、内戦終結後2つめとなる特別調査委員会を設立。教訓と和解委員会(Lessons Learnt and Reconciliation Commission)との名称で、8人の委員から構成されています。同委員会は2002年の停戦協定失敗とその後の「一連の出来事」に関する調査を行なう委員会とされているものの、戦事国際法違反の調査は調査マンデートに含まれていません。

またこの「教訓と和解委員会」は、これまでスリランカ政府が設けてきた委員会(以下参照)と同様の欠点を抱えており、そのため、その限られたマンデートさえも達成することが難しくなっています。たとえば、しっかりした被害者・証人保護プログラムは全くありません。これに対しては、スリランカ政府が証言を集めるのに消極的なことの表れだ、という批判が出ています。

更に、チッタ・ランジャン・デシルバ氏が委員長に指名されたことも、「教訓と和解委員会」が果たして与えられたマンデートを客観的な立場から完遂できるのかという疑問をよんでいます。元検事総長のデシルバ氏は、2006年に設立された当時の大統領調査委員会(以下参照)の活動に対し干渉を行なったとして批判された人物です。

スリランカ政府が戦時国際法違反の疑惑を調査する義務を果たすよう、スリランカの被害者・市民社会・メディアが求めることはできますか?

20年以上も続いた内戦の間、歴代スリランカ政府もLTTEも、自分たちに批判的な市民社会やメディアに対する弾圧を続けてきました。 2006年、大規模な軍事作戦が再開されると、メディアと市民社会への圧力はますます強まりました。 政府とLTTEに批判的だったジャーナリスが複数人殺害されました。また、拉致・強制失踪事件、脅迫事件、襲撃事件などが起こりました。

内戦終結後も、政府を批判する人に対する攻撃や脅迫は続いています。 2009年8月、スリランカ政府は、政府に批判的だったあるジャーナリストを起訴。合法性の疑われる証拠が提出され、彼の報道活動の内容を理由とする20年の刑が下されたのです。 このジャーナリストはすでに仮釈放され、近日中に恩赦を下すと政府は発表していますが、この有罪判決は、他のジャーナリストやNGO活動家に強いメッセージを送ったのです。 結果として、この数年で数十人ものジャーナリストとNGO活動家がスリランカを去ることとなりました。そのため、かつては活気に溢れていたスリランカの市民社会は、急速にしぼんでいます。

スリランカ政府当局は、内戦の最終局面の数カ月間に政府軍がとった作戦は「民間人救助作戦」だったと主張しています。ラージャパクサ大統領をはじめとする政府高官は、政府軍はいかなる違反行為にも関与しておらず、政府軍によって殺された一般市民は一人もいないと、繰り返し主張してきました。 内戦最終局面の数カ月間の軍事作戦に関する政府のこうした主張は、2009年1月のラージャパクサ大統領再選に重要な役割を果たしました。

その結果、スリランカで、政府軍が戦時国際法違反を犯したことや政府高官が戦争犯罪に関与したと主張することは、とりわけ危険なこととなっています。 今年5月6日、ゴタバヤ・ラージャパクサ国防大臣はあるインタビューにこたえて、国際社会に協力してスリランカの主権を脅かすものは、死刑に値する反逆者だと述べました。 この発言が、サラス・フォンセカ前参謀長に向けられていたのは明らかです。フォンセカ前参謀長は先の大統領選におけるラージャパクサ大統領の対立候補で、選挙キャンペーン中、内戦中に犯された戦争犯罪に関して証言しても構わないと公言していました。また、フォンセカ前参謀長がゴタバヤ・ラージャパクサ国防大臣の戦争犯罪関与を主張した際、スリランカ政府当局はフォンセカ前参謀長に対する動乱扇動罪の刑事訴追で対抗。内戦についての政府の「公式見解」に反対する人びとには、他にも容赦なく厳しい弾圧が加えられています。紛争終結一周年を記念した2010年5月18日、北部の都市ジャフナでは、住民が内戦犠牲者の追悼集会を開こうとしましたが、スリランカ治安部隊によってこれを阻止されてしまいました。

スリランカ政府とLTTEは、戦時国際法の重大違反を犯した個人の責任追及という義務を果たしましたか?

長期化したスリランカ内戦。残念ながら、重大な人権侵害を犯した個人の不処罰が際立っています。恐ろしい犯罪の数々が犯されたにもかかわらず、これまでに訴追されたスリランカ治安部隊はごく少数に過ぎません。有罪判決に至っては言わずもがなです。スリランカ政府はこれまで、不処罰に対する国内外の批判に応じて、1991年から98年にかけて設置された8つの拉致・強制失踪事件調査のための大統領調査委員会をはじめ、たくさんの特別調査委員会を設立。1995年の違法な拘禁・拷問施設の設立及び維持に関する調査委員会、2000年10月のビンドゥンウェワ・リハビリセンターにおけるタミル人収容者27人の殺害に関する調査委員会なども、その一部です。2001年には、「民族的暴力に関する大統領真実委員会」が、1981年から84年に起こった事件の調査を担当。スリランカ人権委員会も、90年から98年にジャフナで起きたとみられる強制失踪を調査する特別委員会を設置。これらの委員会は、何千もの申立てを調査し、強制失踪調査委員会だけでも3万件近くの申立て(重複もあり)を受け、うち2万件以上について証拠を調査して文書化。しかし、1万6,305件の事件は未調査のままです。こうした委員会は何千人もの容疑者を特定し、犯罪当事者に対する法的措置、被害者への補償、再発防止に向けた法改正などを提言しました。

これらの委員会が出した報告書のほとんどは公表されました。結果、一部の被害者家族は金銭賠償を受け取ったものの、報告書の提言の多くは実行されることはありませんでした。報告書で名指しされた容疑者の訴追もほとんどなく、有罪判決に至っては更に少なかったのです。委員会による調査の結果起訴された数百人の治安機関メンバーは、2001年には警察の監察総監の許可によって職務に復帰しています。

ラージャパクサ大統領の第一期政権下で、治安機関とLTTE双方による人権侵害が急増。2006年8月に起こった人道団体職員17人の殺人事件をはじめとする戦時国際法違反が多発したのがきっかけで、新たな調査機関設立の気運が高まりました。2006年11月にラージャパクサ大統領は大統領調査委員会を設立し、治安部隊とLTTE双方が関与したとされる特に重大な16件の事件について調査すると高らかに宣言。しかし、結果はこれまでと同様でした。国際基準に沿った調査を確保するために国外からの専門家グループが任命されましたが、「同委員会の手法に透明性はなく、国際基準を満たしていなかった」として、2008年に辞任しました。また、前述のように検事総長が同委員会に不適切に干渉したこと、被害者・証人保護プログラムや事件調査への政治的意思が欠如していたことも、調査委員会が機能しなかった理由でした。

大統領調査委員会は、当初予定していた16件中7件しか調査を行わないまま、2009年6月にラージャパクサ大統領の命で解散しました。大統領は報告書も未だ公表していません。

国が戦時国際法違反行為の調査を怠っている場合、それに代わる制度はありますか?

歴史的にみれば、戦時国際法の重大違反に対する調査を怠った国々は、調査の放置に対応して、他国やその他の機関が調査を開始しようとすると、国家主権を引き合いに不処罰を深刻化させることが頻発してきました。一方で、ここ20年の間に、国際刑事法の分野で重要で意義深い前進があったのも確かです。つまり、国家がアカウンタビリティの義務に積極的でない場合でも、アカウンタビリティの実現がより現実的になっているのです。

1998年に採択され、2002年に発効した条約(ローマ規程、ICC規程)により、国際刑事裁判所(ICC)が設立されました。ICCは、国家に代わる犯罪調査と訴追を可能にしています。戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド罪などを裁くことを国家が怠った場合は、ICCが代わって犯罪の責任者を裁くことができるようになったのです。ただし、これには容疑者の国籍国又は犯罪発生国がICCに加盟しているか、又は、非加盟国ならばICCに事態を付託することが前提です。スリランカはまだICCに加盟していません。しかし、国連安全保障理事会がスリランカの事態をICCに付託すると決定すれば、ICCはこの件に対し管轄権を得ることができるのです。実際に、ICCに加盟していなかったスーダンに関し、2005年、国連は、ダルフールの事態をICCに付託。国連によるICC付託の条件として、安保理理事会のメンバー国15カ国中9カ国の賛成が必要です。また、常任理事国5カ国が反対票を投じず、拒否権を発動しないことも必要です。

以下にも述べるとおり、戦時国際法の違反容疑を調査するとともに特定の個人に対する犯罪調査や訴追が適切かについて提言する国際調査委員会の設立の権限を持つのは、国連安全保障理事会、国連人権理事会、国連事務総長などです。

戦争犯罪や拷問など国際法に違反する重大な犯罪の一部は、普遍的管轄権(ユニバーサルジュリシディクション)の対象です。普遍的管轄権とは、いかなる国も、その犯罪の犯罪者を裁く権限を自国の裁判所に与えられるという意味です。一定の条約(ジュネーブ諸条約や拷問等禁止条約など)は、国家に対し、犯罪調査を行うとともに適切な証拠がある場合には管轄権内の容疑者を国内訴追するよう、国家に義務づけています。これは、外国で外国籍の個人が外国籍の個人に対して罪を犯した場合であっても同様です。各国がこうした責任を果たし、更にジェノサイドや人道に対する罪などの犯罪の責任追及を国家が行うことを可能にするのが、普遍的管轄権です。

スリランカ内戦中に犯された戦時国際法違反を、安全保障理事会が調査することは可能ですか?

政府治安部隊による戦時国際法の重大違反について、スリランカ政府はこれまで、公平かつ迅速に調査していません。こうした実態に照らし、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、調査委員会を設立し、ヴァンニで起きた戦闘において各勢力が犯した違反行為について調査するよう、長い間安保理に求めてきました。

こうした調査を行なう権限は、国連安全保障理事会、国連人権理事会、国連事務総長が与えることができます。たとえば、ダルフールや旧ユーゴスラビアなどの紛争で安保理が実際に調査を命じてきました。ダルフール調査委員会の設立と活動の結果、先に述べたように、ICCへの付託が行なわれました。旧ユーゴスラビア調査委員会の活動の結果は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の設立という形で結実しました。国際的な専門家で構成された調査委員会は、人権侵害の事実認定とともに、アカウンタビリティの実現に向けた提言・勧告などを報告書で提言してきました。

国連憲章の定めによると、調査機関設立に関して最大の権限を持っているのは安保理です。しかし、スリランカにおけるアカウンタビリティ実現に向けた安保理の行動が取られていないことを考えると、法の正義(ジャスティス)実現のためには、他の方法を検討する必要があるかもしれません。

国連人権理事会も、同様の権限をもつ特別調査委員会を設立したことがあります。ガザについての国際独立事実調査委員会はその好例です。しかし、スリランカにおける広範囲な人権侵害の実態にもかかわらず、スリランカでの国際人権法・人道法の重大違反についてアカウンタビリティを実現することに対し、国連人権理事会は、今日までほとんど無関心です。

内戦終結から間もない2009年5月、ラージャパクサ大統領は国連の潘基文事務総長に、スリランカ政府が主導して戦時国際法違反の疑惑を調査すると約束しました。しかしそれから1年、約束は未だ守られないままです。

2010年3月5日、潘国連事務総長はラージャパクサ大統領に対し、スリランカにおけるアカウンタビリティ追及の方策について提言する国連の専門家委員会を設立するつもりだと伝えました。これに対しスリランカ政府は、事務総長の計画実行を妨害する目的の大規模な組織的抵抗を行いました。それから2カ月以上経った今、事務総長は未だに諮問専門家を指名していません。

潘事務総長は過去、2009年9月にギニアで起きた虐殺事件に関する国際調査委員会の設立を命じるなどしています。

ICC以外に、スリランカで起きたとされる重大犯罪の容疑者を調査・訴追できる国際司法機関はありますか?

ICC以外に、現存する国際法廷、または国際的要素と国内的要素を併せ持った混合(ハイブリット)刑事裁判所の例には、カンボジア法廷、レバノン法廷、旧ユーゴスラビア法廷、ルワンダ法廷、シエラレオネ法廷などがありますが、こうした法廷には、スリランカでの犯罪に対する管轄権はありません。なぜなら、こうした法廷は、国連安保理決議もしくは国連と犯罪発生国の合意により、特定の地域における、一定の犯罪のみに管轄権があるからです。仮に国連が、スリランカについて、ICC以外の法廷による裁きを模索するのであれば、そのための特別法廷を設立する必要があります。

それなら国際司法裁判所はどうですか?

国際司法裁判所は、国家間の紛争に限って、しかも、当事国政府が同意した時にのみ管轄権を持ちます。但し、国連総会や安保理が法律問題に対する解釈の意見を求めたり、WHOなどの国連機関が活動に関連した法律的質問を申立てる場合に、勧告的意見を示すことはあります。しかし国際司法裁判所には個人を調査・訴追する権限はありません。

重大な国際法違反の容疑者が、他国で訴追される可能性はありますか?

国内法廷は、国際人権法や人道法の重大違反に対する不処罰と闘う権限がありますし、実際にそうすべきです。一方で、ゴトバヤ・ラージャパクサ国防大臣などスリランカ政府高官の一部には、アメリカ国籍(市民権)を有している人もいるため、その場合米国法廷にも管轄権があります。米国永住権を持つサラス・フォンセカ前参謀長にも、一部の犯罪については米国の管轄権が及ぶ可能性があります。

更に、国内法廷は、対象となっている事件と直接関係ない場合であっても、管轄権を行使できます。ジュネーブ諸条約の定める「重大な違反行為」や、拷問等禁止条約に対する違反行為は、普遍的管轄権が適用されるからです。普遍的管轄権とは、戦争犯罪や人道に対する罪、拷問、ジェノサイドといった重大な国際犯罪を行ったと考えられる個人を、国内法廷が裁く権限を有することを意味します。

普遍的管轄権の行使により重大犯罪を訴追することを認める法律がある国はたくさんあります。こうした法律に実情が追いついていないのが現状ですが、これは普遍的管轄権が政治的に利用される可能性に対する懸念や、犯罪の調査・訴追に必要なリソースが十分でないことに対する懸念があるからです。過去10年間、普遍的管轄権に基づいた訴追の数は増加し続けており、特に西ヨーロッパに顕著です。フランス、英国、オランダ、スペイン、ベルギー、そしてノルウェーなどの国内法廷では、モーリタニア、アフガニスタン、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ボスニア・ヘルツェゴビナなどで起きた国際犯罪が実際に訴追されており、普遍的管轄権の行使が現実化していることを示しています。また、普遍的管轄権が徐々に国内システムに組み込まれていっている国もあります。

政治的影響力の小さい国々の個人のみが、国際的な法の正義の名目で訴追されており、ダブル・スタンダードはありませんか?

国連安全保障理事会が、アフリカやアラブ諸国に対する「国際的な法の正義」にのみ焦点を当てていると批判する人は多くいます。国際法に対する重大な違反を犯した犯罪者は、国籍に関係なく責任を追及されるべきですが、国際正義の実態は公平だったとはいえません。これまで、主に国連安保理を通じて、国家が、国際刑事法廷を設立するか、設立する場合にはその権限を決定してきました。そして、国際刑事法廷が設立された場合でも、政治的配慮が働き、深刻な犯罪の実態に十分対応した権限(マンデート)は与えられませんでした。こうしたセレクティビティ(選択主義)の実態はあれども、設立された国際法廷は、少なくともその権限内の紛争についてのアカウンタビリティの実現には貢献してきたのも事実です。これは正しい方向といえるでしょう。戦時国際法の重大な違反の被害者たちは法の正義を求めています。ある被害者の苦難には法の正義の可能性がないという理由で、法の正義に対する別の被害者の要求も拒否する、ということになってはいけません。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、こうした最悪の犯罪がどこで起ころうと、アカウンタビリティの実現を拡大していくよう闘い続けます。

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