イスラエル軍は、今回のガザでの戦争で、民間人に危害を及ぼさないよう最大限の配慮をした、と一貫して主張した。しかしその一方、イスラエル軍は、ジャーナリストや人権監視員が戦闘中にガザ地区に入ることを禁止し、その主張を独立の立場から検証されることを拒んだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権監視員が、ガザ入りをやっと許された今、今回の戦闘の犠牲者は、数百名のパレスチナ民間人だけではすまないことが明らかになった。イスラエル軍への信頼もまた犠牲となり、地に落ちた。
信頼破壊の理由のひとつは、イスラエル軍による軍事目標の定義の拡大解釈である。イスラエル軍は、政府の事務所から警察暑に至るまで、一連の文民施設を攻撃。こうした施設も全て、ハマス側の兵士に対し、少なくとも間接的な支援は与えている、という理屈だ。しかし、その理屈によれば、ハマス側も、イスラエルのオフィス労働者もイスラエル軍を間接的に支援しているという理屈で、イスラエルの政府の建物もすべて攻撃対象とできることとなってしまう。
こうした詭弁は、戦争法規の根幹である民間人と戦闘員の区別を台無しにするものだ。戦争法規では、軍事行動を支援したことによって民間人が正当な軍事目標となるのは、軍事行動を直接に支援をした場合だけだ。
こうした到底認められない法的主張の背景には、ハマスが存在する以上、ガザの住民を悲惨な目に遭わせてやるという意図が隠されているようだ---- もちろん、軍事力行使の理由としては許されない目的である。
イスラエル軍の信頼性に最大の打撃を与えたのは、おそらく、白リン弾の使用問題だったろう。標準的な白リン砲弾は、白リンを染込ませたウェッジを散布し、それは酸素と接触すると激しく燃え、独特な煙を激しく発する。こうした煙は部隊の動きを覆い隠すためには合法的に使用できる。しかし、白リンは、都市部で使用された場合、民間構造物を焼夷し、人々に重傷の火傷を負わせることから、壊滅的打撃を与える可能性がある。ガザ地区の人口密集地帯における、イスラエル軍による白リン弾の使用は、軍事作戦の際、民間人への危害を避けるために全ての可能な予防措置を取るという法律上の義務に違反している。白リン弾は、使用されてはならなかったのだ。
イスラエル軍は、疑惑を否定したり、あいまい答弁をして、自己防衛を図った。当初は、イスラエル軍は白リン弾の使用を全否定していた。それが通らなくなると、ガザ地区の非居住地区でのみ限定的に使用したと主張。しかし、いずれの主張も真実ではない。1月9日、10日、15日と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの軍事専門家は、白リン弾が砲兵隊の砲撃により発射され、ガザ市とジャバルヤ難民キャンプ上空で爆発するのを直接目撃している。現在ガザから送られてくる、白リン弾が民間人地域に降り注いでいる多くの写真に見られるとおり、紛れも無いクラゲの様な煙は、イスラエル軍のウソを完全に暴露した。
ロンドンのタイムズ紙もまた、イスラエル軍砲兵隊が白リン弾を発射する写真を撮影。白リン弾は色分けされており、白リンを指すイスラエル軍用語「爆発する煙(exploding smoke)」とラベル表示されていた。また、白リン弾の米国製造者が使用するM825A1というコードも付されていた。これらと同様にマークされ、色分けされた砲弾やその他の白リン弾使用の証拠が、砲弾が降り注いだガザ地区の市街地から発見されつつある。
問題を隠すため、イスラエル軍は、使用した兵器は全て「合法」だったと主張。しかし、その主張は、では、その兵器をいかに使用したかという重大な疑問を生じさせる。確かに、白リン弾の使用は、一定の状況下では合法だ。しかし、民間人に、不必要又は無差別に危害を及ぼす方法で使用された場合には違法となる。イスラエル軍は、赤十字国際委員会がイスラエル軍の立場を支持したとする報道に触れたものの、当の赤十字は、赤十字としては珍しく公式コメントを出して、イスラエル軍の主張を否定した。
イスラエル軍の一番最近の主張は、ガザ地区で発射された砲弾は「リン物質を含んでいたが、リン弾そのものではなかった」というものだ。これは言葉のあやに過ぎない。ガザ地区に投下されたイスラエル軍の砲弾のように、無差別に焼き尽くす兵器は、砲弾の名前如何に拘わらず、人口密集地で用いられてはならないのである。
頭上に白リンが降り注ぐ恐怖を想像してみてほしい。しかし、それに負けず恐ろしいのは、イスラエル軍が、155 mm榴弾砲弾を使用して、おそらく白リン弾よりも更に多くの民間人犠牲者を出したと見られることにある。この兵器は、爆発と破片によって半径最大300mのエリアで民間人を殺傷できる。サッカー場3つをくっつけて並べて、榴弾が着弾した地点を中心にそれをぐるりとまわしてできる広さに相当する範囲である。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ガザ地区の人口密集居住地域で、広範囲の民間人に被害を与える可能性があるこうした砲弾が1月15日に3発使用されたのを目撃した。これは、無差別攻撃を禁止する戦争法規に明らかに違反する。この砲弾は、軍事目標と民間人を区別しないで攻撃してしまうからである。
ガザ地区の民間人の生命を不法に危険にさらすこうした行為は、ハマスによる計画的かつ無差別なイスラエルの町への攻撃によって、正当化されるものではない。紛争当事者の一方による違法行為は、もう一方の違法行為の口実にはならない。そして、民間人の保護を義務付ける国際法にイスラエルが違反するのは、明らかに同国の利益にも反する。
イスラエル軍は、予想どおり、ハマスの戦闘員が武器をモスクに貯蔵したとか、民間人の中から交戦してきたなどと主張して、ガザ地区での民間人犠牲の責任を、全てハマス転嫁した。ハマスのこの主張は真実かもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、これまでの前例は、2006年のレバノン戦争のときと同様、イスラエル軍のこうした形式的反論は、話半分に聞くべきであることを示している。イスラエル軍がガザ地域への監視員の立ち入りを許していなかったため、人権監視員らは現地調査を始めたばかりである。その現地調査が終了するまで、我々は、ハマスの戦法について、正確に知る事は出来ない。
イスラエルは、今回のガザの戦争について、世界がイスラエルの正当性を認めない事に当惑しているようだ。もちろん、イスラエルは、ハマスのロケット攻撃から自らを防衛する権利がある。しかし、そうした権利があっても、イスラエルが、民間人に危害を及ぼさないという義務に背き、しかもあのような大量の民間人犠牲者を出せば、一般大衆の怒りが巻き起こるのも当然だ。イスラエル軍が、検閲を行い、PRテクニックだけを磨き、虚偽答弁を行なう一方、戦争法規を順守する軍隊であれば当然受け入れるべき中立な公開調査は受け入れないということでれば、イスラエル軍の利益にも反することになる。