(ニューヨーク)-ベトナム政府は、クメール・クロム人僧侶や土地の権利を求める活動家らを、政治的及び宗教的信条を平和的に表現したことのみをもって投獄したり、自宅軟禁しているが、これらの人びとを直ちに釈放するべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書の中で述べた。クメール・クロムは、メコン・デルタ地域に広がる大きな民族グループで、ベトナムとカンボジアの二国間関係に大きな影響を及ぼしてきた。
125ページの報告書「底辺の人びと:ベトナムのメコン・デルタに住むクメール人に対する人権侵害」は、南ベトナムに住むクメール・クロムに対する長年の人権侵害の実態及び保護を求めてカンボジアに逃れたクメール・クロム人に対するカンボジアでの人権侵害の実態を取りまとめている。クメール・クロムが民族主義的願望を抱く可能性を憂慮するベトナム政府は、反対意見の平和的な表現であっても弾圧し、クメール・クロムの人権に関する出版も禁じた。ベトナムは、クメール・クロム人が信仰する上座部仏教も厳しく規制。クメール・クロムは、この仏教様式を独特の文化そして民族的アイデンティティーの基礎と考えている。
「平和的な抗議運動を行っただけのクメール・クロムに対するベトナム政府の対応からは、この政府が、これまでに、反対意見を持つ者を激しく、そして、多くの場合秘密裏に弾圧してきた様子を推し量ることができる」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムスは述べた。「政府はクメール・クロム人を投獄するのではなく、対話を試みるべきである。」
ベトナムとカンボジアで行った目撃者に対する詳細な聞き取り調査に基づき、本報告書は、ベトナムにおけるクメール・クロムが、表現・集会・結社・情報・移動の自由の厳しい制約を受けている事を明らかにしている。この報告書作成のための調査をする過程で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ベトナム共産党とベトナム政府高官の間で回覧されていた内部文書を入手した。その内部文書は、メコン・デルタにおけるクメール・クロムの不穏な動きに関するベトナム共産党とベトナム政府高官の懸念及びクメール・クロム人活動家を監視し、その中に潜入し、黙らせるための戦略に関する文書だった。この内部文書は、今回発表された報告書の付録に収録されている。
「私たちが本日公表した報告書は、批判する者を容赦なく弾圧するベトナム政府の政策を暴露している」とアダムスは述べた。「これは、なりふり構わぬ、弁解の余地のない政治的弾圧である。」
報告書「底辺の人びと」は、2007年2月にベトナムのソクチャン県のクメール・クロム僧侶200名が行なった抗議運動に関する報告書で、貴重でかつ詳細な記録となっている。抗議運動に参加した者たちは、宗教の自由とクメール語教育の拡大を求めた。抗議運動は平和的で、数時間行われたにすぎなかったにもかかわらず、ベトナム政府はこれに厳しく対処。警察は抗議運動を主導したと考えられる僧侶たちの寺院を包囲した。地元の当局と政府任命の仏教徒の役人たちは、その後、少なくとも20名の僧侶を強制還俗させて追放し僧籍を剥奪、仏僧衣を剥ぎ取って寺院から追い出した。当局は、僧侶らを故郷の村に送り返し、逮捕状を発付したり容疑を明らかにすることもなく、自宅軟禁したり、警察で拘禁したした。取調べの際、警察は何人かの僧侶に暴行を加えている。
2007年5月、ソクチャン県の地方裁判所は「交通妨害」罪で5名の仏僧を有罪にし、2年から4年の懲役刑を科した。僧侶のうち何人かは取調べ中に暴行を受けていた。デモ行進の後、当局はクメール・クロム人活動家を厳重に監視し始め、人びとの動きを制約し、出版を禁止し、電話を盗聴した。
報告書は、ベトナムからカンボジアに移ったクメール・クロムへの人権侵害も調査している。クメール・クロムは、カンボジアでもっとも厳しく政治的に周辺化されたグループである。クメール・クロムは、カンボジア人からは多くの場合ベトナム人であると認識されているので、カンボジアに住んでいるクメール・クロムの多くは、社会的・経済的な差別にあい、また、自分の地位を合法化するにあたって不必要な困難に直面している。
カンボジア政府は「クメール・クロムはカンボジア国民であると考えている」と繰り返し表明してきた。しかし、カンボジア政府は、ベトナム政府と親密な同盟国であるため、クメール・クロム人がベトナムを厳しく非難すると、たびたび、クメール・クロムに厳しく対処してきた。2007年、ベトナムで体験した人権侵害を非難するクメール・クロム僧侶がプノンペンで行なった一連の抗議運動を、カンボジア警察は強制的に解散させた。
2007年2月、クメール・クロム僧侶Eang Sok Thoeunは、プノンペンでの抗議活動に参加した後、不審な状況で殺害された。2007年6月、カンボジア当局は、クメール・クロム僧侶活動家Tim Sakhornを逮捕し、僧籍を剥奪した上、ベトナムに強制送還した。彼はベトナムで1年間の懲役刑に処された。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、カンボジア政府にEang Sok Thoeunの殺害事件を徹底的に捜査するよう求め、ベトナム政府には、2008年5月に刑務所から出所後、ベトナムの自宅に軟禁されているTim Sakhornについて、同人が希望する場合にはカンボジアの自宅に戻ることを認めるよう求めた。
「クメール・クロム仏僧に対する殺害、投獄、僧籍剥奪は、カンボジアとベトナム両国にいるクメール・クロム人活動家に、萎縮効果を与える」とアダムスは述べた。「両国から保護を享受してしかるべき民族が、両国により保護を剥奪されている。」
報告書からの証言の抜粋
当報告書では、聞き取り調査を受けた人たちを政府の報復から保護するため、引用全てに仮名を使用している。
「私は自殺することも考えていました。ライターとガソリンのビンを持っていたんです。体はもう布に包んでいました。もし、私の提案が聞き入れられなかったら、自殺するつもりでした。私は言ったんです、「もし私に従わず、私の体が焼け落ちたら、責任を取ってくださいね」と。私は何も悪いことをしていなかったのに。だから、取り乱しましたんです。
-「ポンリーク」、2007年2月にソンチャクでの平和的抗議運動に参加した後に逮捕されたクメール・クロムの僧侶
「初め、警察は私を毎日取り調べました。そのうち、取り調べは一週間に数回になりました。彼らはときどき、朝から夜10時まで取り調べを行い、家に帰れないこともありました。警察は、平手で私の頭の後ろをひっぱたいたり、丸めた紙で私をたたいたりしました。多くの質問を浴びせかけ、それから、手錠を見せて私を脅しました。自白調書はすでに書かれていました。警察は、警察が書いたものを写すように命じたんです。もし従わなかったら、食べることも家に帰ることも許されなかったでしょう。私はベトナム政府に反対しているわけではありません。私はベトナムの法律を守っています。しかし、警察は、私が国家に忠誠を尽くしていないといったんです。」
-2007年にソンチャン県でおこなわれた平和的な抗議運動に参加した後、僧籍を剥奪され、自宅軟禁下に置かれたクメール・クロムの僧
「その2人の僧侶は、とくに厳しいプレッシャーをかけられていました。激しく殴られて、大声で叫んでいました。捜査当局の幹部が、Kim Muolに対して行った待遇は、思い出すのもつらいです。その幹部は、彼を2度殴りました。胸骨を1度、顔を1度殴りました。「ドシン、ドシン、ドシン」と音がしました。そしてその幹部たちは、2人の僧侶をわしづかむと、頭をきつく締め付けました。」
-獄中の5人の僧侶によって書かれたクメール語による手書きの手紙
「政府は少数民族の権利を侵害しました。私たちには、自分たちの土地の没収に対してすら、抗議する権利がありません。自分の土地を返してくれと要求すると、政府を転覆したいんだろう、政治的運動だろう、と言うんです。」
-2008年6月、ジアング県のクメール・クロム抗議運動のリーダー
「デモに参加してから自分の寺に戻った時、私は24時間態勢の監視下に置かれました。警察は、私の寺をとり囲みました。また、私の寺の中も、地元の当局者たちであふれていました。施しをもらいに外出する時、警察は尾行しようとしていました。その後、警察は、僧籍を剥奪されたくなかったらスパイになれと言いました。「お前の仕事は、他の僧侶たちの活動を監視し、それを報告することだ」というのです。」
-コサル、ソンチャン県のクメール・クロムの仏教寺院長