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内閣総理大臣 福田康夫 殿

胡錦濤国家主席との会談と人権について

内閣総理大臣 福田康夫 殿

5月に予定されている胡錦濤国家主席の歴史的訪問に際し、貴殿が人権問題を最優先課題とされること、及びヒューマン・ライツ・ウォッチのエグゼクティブ・ディレクター、ケネス・ロスより1月8日付で送付した書簡をフォローアップされることを要請いたします。

 貴殿が従前の総理大臣とは異なる外交政策をとろうとされていること、特に、中国を含むアジア諸国と友好的な結びつきを築くために、積極的外交を行おうとしていることを、承知しております。貴殿の2007年12月中国訪問と、中国国家主席の来日としては十年ぶりである今般の胡主席来日は、貴殿がとられてきた外交上のイニシアチブで二国間関係が改善してきていることを示しております。

 しかし、貴殿が、二国間関係の結びつきを、単なる政府間の関係のみと捉えているものではないと思料いたします。二国間関係とは、自らの政府の手によって苦しめられている人びとも含む相手国の国民の幸福という観点からも、捉えられるものです。政府は、相手国の人権侵害に敢えて触れたがらない場合もありますが、相手国に状況改善を求めることは、長期的には二国間関係を一層強く深いものにすると思料します。

 また貴国政府は、世界の人権に「積極的な貢献を行うために」、国連人権理事会の次期選挙に立候補すると認識しております。胡主席の訪日は、貴国政府にとって、国際連合に対する「日本の自発的誓約」(「人権が国際社会の正当な関心事項であるとの強い信念」に言及しています。)に沿って、人権促進にむけて公約したとおり真摯に取り組むことを表現する、格好の機会であり、またこれが試される場ともなるのです。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、昨年、まさにオリンピック開催によって引き起こされた人権侵害についての様々な調査を行い、次のような問題について、報告を重ねてきました。報道の自由の抑圧、北京のインフラ新建設に従事する出稼ぎ労働者の劣悪な労働環境、オリンピックを批判する者の自宅軟禁、農村からやってくる嘆願者をはじめ最貧困弱者層の北京追放などです。一月、貴殿に、開催国となるときの公約どおり、中国政府が人権状況を改善するよう強く主張されることを要請したのは、ほかでもなく、こうした実態調査を積み重ねた結果でした。近時、人権状況は更に悪化しており、チベットでは暴力と抑圧が継続し、人権活動のリーダーが逮捕・投獄され、中国で報道の自由を実現するという公約は無視されております。こうした近時の人権状況の悪化に鑑み、特に以下の危急の人権問題について、胡錦濤国家主席と議論し、これを公にされることを、ここで再度要請いたします。

1. チベットで継続する暴力と抑圧
 中国人民軍は暴力的に抗議者を解散させ、何百人も恣意的に逮捕し、被逮捕者の所在や安否を開示することを拒んでいます。警察と人民軍による過度の有形力の使用、被拘留者への拷問、平和的抗議行動の禁止・抑制、寺院・村の軍事的封鎖、広範囲の家宅捜査、大規模逮捕、聖職者の迫害などについて、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、多くの信頼すべき報告を得ています。こうした行動様式は、近年、特に少数民族地域で、中国当局が抗議行動に対して行ってきた一連の人権侵害の典型的なパターンと同じです。中国政府は、同地域に状況を調査する第三者が入ることを許可せず、逆に外国人記者をたちどころに追放し、すべてチベット人が悪いかのように情報操作を続けており、これらの報告の裏づけをとるのは容易ではありません。4月18日貴殿が、楊潔(ヤン・チエ)チ外相に対し、チベット地域での問題を解決すべく最大の努力をするよう要請されたことをヒューマン・ライツ・ウォッチは歓迎しております。胡主席に対しては、具体的に、チベット地域を外国からの第三者とメディアに開放することを要請するよう、望みます。

2. 報道の自由についての公約不履行
 中国政府は、2001年、オリンピックの間メディアに報道の自由を与えると具体的に公約しました。2006年12月、その一環として、2008年北京五輪の期間中及びその準備期間中、認定を受けた外国人ジャーナリストに対し、より広範な自由を与えるための新たな暫定的規則を発表しました。長い間、報道活動に対する厳格な公的統制のために中国における外国特派員の表現の自由は、制限を受けてきましたが、この決定により、実質的な統制緩和に至るかに見えました。しかし、チベット地域から外国人記者が追放されたことのみならず、上記暫定規則が執拗に無視され続けており、外国人ジャーナリストたちは、中国政府の役人、治安部隊、そして、政府の命令で活動していると思われる私服の暴徒により、日常的に嫌がらせを受け、身柄拘束され、脅迫され続けていることを、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は明らかにしています。一方、中国人のジャーナリスト、研究者、通訳者、アシスタント、外国特派員には、公式のプロパガンダシステムに容認されないことを報道すれば政府から悪意の報復を受ける危険が存する状態が続いています。

3. 政府を批判する市民の抑圧
 2008年北京五輪に向け、政府が人権を尊重しないことを批判する中国市民は、自宅軟禁などの超法規的手段での身柄拘束や国家転覆の罪などで、ますます抑圧されています。著名な中国の反体制活動家である胡佳氏は、4月に判決を受け、「国家政権転覆扇動罪」で、3年半の禁固刑およびさらに1年間の政治的権利剥奪に処せられました。胡佳氏の妻で同様に著名な活動家でもある曾金燕氏は、娘(Qianci)とともに、2007年5月より自宅軟禁にされたままです。胡氏と金氏の「犯罪」は、2008年北京五輪に向けての中国政府の人権への対応を批判したことに過ぎません。もう一人の著名な活動家、楊春林氏も、「五輪ではなく、人権を」という署名活動を行ったということで、3月、国家転覆の罪で5年の禁固刑判決を言い渡されています。

4. 外交における人権無視
 中国は、国連安全保障理事会で、人権侵害国の責任者に対するターゲットを絞った制裁決議案に対し、繰り返し拒否権を発動し、また、国連人権理事会では議論を妨げてきました。さらに、重大な人権危機の解決のために、自らの影響力を活用することを拒んでいます。中国政府は、スーダン政府への影響力を行使して、UNAMID ( 国連AU合同ミッション) 部隊のダルフール展開を容認させましたが、部隊の十全な配備をスーダン政府が妨害している現在、さらなる圧力が必要です。また、スーダンが、ダルフールでの民間人への攻撃を停止し、国連安全保障理事会決議及び国際法に基づく同国の義務を遵守するよう、中国は、さらに働きかけるべきです。 3月、ナーフィア・アリー・ナーフィア・スーダン大統領補佐官の来日に際して、日本政府は、ダルフール危機の早期解決を支援すると改めて表明しました。そのコミットメントに真摯であるなら、日本政府は、胡主席に対し、中国政府のスーダンへの影響力を人権のために行使するよう要求するべきです。

以上のような人権状況の悪化に鑑み、貴殿に対し、胡主席に以下の要求をされるよう、要請いたします。

  • l 3月中旬以来チベットで起きている事件について、国際的第三者機関による調査(国連人権高等弁務官事務所による調査が望ましい)を許可すること。
  • l オリンピックに向けた報道の自由の公約を実行する一環として、諸外国の報道機関にチベット地域を開放し、報道の自由を恒久化し、中国人ジャーナリストにもその自由を拡大すること。
  • l 自宅軟禁などの超法規的手段や国家転覆罪(懲役5年以下)による実際の起訴で、平和的手段で政府を批判する者や抗議者の口を塞ぐ慣行を、停止すること。
  • l スーダン政府に対し、政府軍とその協力民兵によるダルフール西部の一般市民に対する攻撃を即刻停止すること、及びUNAMIDが、迅速かつ妨害なくすべてのレベルで配備されるよう積極的に協力することを、公に要求すること。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは先頃、4月9日付の書簡で、貴殿が2008年北京オリンピック開閉開式への参加を決定する際に、中国政府が上記のような措置をとることを条件とするよう要請いたしました。4月2日、貴殿が、日本は中国と近い関係にあるのだから、北京オリンピック開会式に参加しないということは言うべきでない、と発言したことを、残念に思っております。中国政府がオリンピック開催国選考の際に公約したとおり、人権状況改善を実現するように中国政府に要求することは、正当なことです。さらに、中国政府は、前例のない100人もの各国首脳たちをここに招待し、同人たちの参加を中国の政策や実務の是認と見なすと公言しているのですから、貴殿が中国の人権状況に関心を払うことは、適切であるばかりか、不可欠です。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、オリンピック大会ボイコットを主張するものではありません。しかし、オリンピックが、中国の人権状況に世界の注目を集め、また、中国政府が目に見える改善を示す格好の機会と捉えております。

 福田康夫総理大臣殿、貴殿は、表現、結社、集会の自由を含む主要な人権擁護並びに法の支配について、胡錦濤主席を直に説得するという得がたい機会をお持ちです。貴殿は長い年月、中国首脳と緊密な関係を築いてこられました。よって、中国の要人たちは、貴殿の言葉を特に重く捉えるでしょう。貴殿は人権保護を働きかける格好の立場にあるのです。また、中国で人権が尊重されることは、日本の国益に合致します。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、貴殿が、この歴史的機会を、有意義に活用されるよう要請いたします。

ご検討に感謝いたします。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ
アジア局 アドボカシー・ディレクター
ソフィー・リチャードソン