法務省は、高市早苗首相が2025年11月に「売春の相手方に対する処罰の必要性」の検討を行うよう法務大臣に指示したことを受けて、売春防止法を見直す「売買春に係る規制の在り方検討会」を設置した。同検討会の9月の報告書によると、「売春の相手方となる者による勧誘等を処罰対象」とすべきという点に委員から異論は見られなかったが、刑罰の導入までは踏み込まなかった。
実際のところ、売春防止法の負荷は大半が女性であるセックスを売る人々に掛かっている。警察は毎年、「売春の相手方」を勧誘した人々を逮捕している一方、買う側による勧誘等は処罰されていない。同検討会の委員を含む大勢の人々は、この状況を「不均衡」としている。しかし、その不公平さの本質は、クライアントを処罰しないことではなく、セックスワーカー側を処罰していることにある。
売春防止法の改正が見込まれる中、日本政府はこの機会にセックスワーカーの権利を守るべきだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの調査によると、売る行為であれ買う行為であれ成人間の合意に基づいたセックスワークを犯罪化することは、セックスワーカーの安全を脅かし、司法へのアクセスを妨げる。
1956年に制定された売春防止法は、「売春をする目的」で「売春の相手方となるように勧誘するため、道路その他公共の場所で、人の身辺に立ちふさがり、又はつきまとう」こと、「公衆の目に触れるような方法で、人を売春の相手方となるように勧誘する」こと、また「公衆の目に触れるような方法で客待ちをし、又は広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること」を六月以下の拘禁刑又は二万円以下の罰金で処罰している。また、人に売春をさせることを内容とする契約を結ばせたり、売春を行う場所を提供したり、売春を事業とする行為はさらに重い刑罰が下される。同法律は「性交」のみ対象とするため、他の性的サービスを提供している日本の性産業の多くは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に基づき営業している。
日本では複数の有識者たちが、1999年にスウェーデンが最初に導入した「北欧モデル」と呼ばれる「エンド・デマンド(買春需要の撲滅)」アプローチを提唱している。買う行為を処罰して、売る行為を非犯罪化する方法だ。支持者たちは、売る行為を根本的に女性に有害であると考えており、需要を無くすことにより売る行為を撲滅しようと試みている。
しかし、買う行為を犯罪化することでセックスワーカーの安全はむしろ脅かされる。クライアントが逮捕を恐れると、夜の公園、車、あるいは馴染みのないアパートなど隠れた場所で会おうとする。セックスワーカーは、事前にクライアントを精査する機会を失い、助けを求めても他人が声を聞こえない場所で働かざるを得なくなり、クライアントに関する情報を友達に渡せなくなる。クライアントの数が減る中、残ったクライアントはコンドーム無しの性交などよりリスクが高い行為を求めることがある。
国際協力NGO世界の医療団のリサーチによると、フランスが2016年に買う側に対して罰則を導入した後、クライアントたちが逮捕を恐れるためにセックスワーカーたちは危険な場所で働かざるを得なくなった。そのあとすぐ殺人事件が急増し、フランスでは6か月間に10人のセックスワーカーが殺害された。
また、「エンド・デマンド」アプローチでは、セックスワーカーを支援する人や、セックスワーカーとともに働く人を処罰する法律は依然として残される。日本でいえば、より安全な労働環境を求めてアパートを共有する二人のセックスワーカーが、売春のため場所を提供した罪に問われる可能性がある。
さらに、こういった法律によって、セックスワーカーは、自分たちの安全を守る助けとなる人々とのつながりも断たれてしまう。たとえば、顧客の電話番号を教えた友人や、セックスワーカーを仕事の約束場所まで車で送った人が、周旋したとして罪に問われる可能性がある。入居者がセックスワークをしていると知った家主が、その入居者を退去させる十分な理由を得ることにもなりかねない。
より根本的な問題は、売春防止法がセックスワークを合意ではなく「人としての尊厳を害し……社会の善良の風俗をみだす」という道徳的判断に基づいていることだ。自発的にセックスを売る成人と売る行為を強要されている人を一律に扱っている。そのため、警察は合意に基づいて働いている成人を逮捕することができ、実際の搾取がないがしろにされている。日本政府は、合意に基づく成人間のセックスワークと人身売買、強制労働、そして子どもの性的搾取を区別して、すべての人々を暴力と搾取から守るべきだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ、学者、公衆衛生雑誌、反人身売買団体、国連の専門家、そして各国のセックスワーカーの団体などのリサーチによると、セックスを売るあるいは買う行為のどちらかの犯罪化は、セックスワーカーをより酷い暴力に晒し警察に行くことを阻害する一方、人身売買を目に見える形で減らせていない。国連の女性と少女に対する差別に関する作業部会は、成人間の自発的なセックスワークの完全な非犯罪化を求めている。
日本は売春防止法を廃止し、成人間の合意に基づくセックスワークについて、買う行為も含めて全面的に非犯罪化すべきだ。また、セックスワーカーが互いの安全を確保しながら働くことを可能にする、搾取を伴わない協力関係についても、犯罪とすべきではない。
一方で、人身取引、強制労働、債務による拘束、暴力、子どもの性的搾取については、引き続き他の法律で禁止するとともに、売春防止法の廃止によって生じる可能性のある法的な空白を埋めるべきだ。警察は、レイプ、暴行、強要に関する被害申告があった場合、被害者がセックスワークをしていることを理由に処罰することなく、速やかに捜査を行うべきだ。
セックスワークの非犯罪化は、同時にセックスワーカーを社会の一員として扱うことでもある。差別を受けることなく労働者としての権利、医療、住まい、そして公的給付にアクセスできるべきだ。エッセンシャルなサービスへのアクセスは、セックスワークを止めることを条件にすべきではない。
政府は、こうした法改正の検討・立案にあたり、セックスワーカー本人や、セックスワーカーが主体となって運営する団体を実質的に参画させるべきである。日本政府には、道徳的な判断に根差した法律を、同意、安全、人権を重視する法律へと転換する機会がある。その機会を生かすべきだ。