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レバノン:学校に通えない25万人のシリアの子ども

居住規定や児童労働などの壁に直面する難民たち

(ベイルート)- レバノンで難民登録されている50万人近くの学齢期のシリア人の子どものうち、半数以上が正規の教育を受けられていない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。レバノンでは 110万人のシリア難民が暮らしており、子どもは公立学校で無償教育を受けられることになっている。しかし、リソース不足や、シリア人を対象とした居住および雇用に関する政策が限定的なことから、子どもたちが学校に通えないでいる。

Bara’a, 10, originally from Ghouta, Syria, leaves for school from her informal refugee camp in Mount Lebanon. © 2016 Human Rights Watch

報告書「教育を受けずに大人になる:レバノンのシリア難民の子どもが直面する教育機会の壁」(全87ページ)では、シリア人の子どもに公立学校での教育機会を与えるため、レバノン政府が取ってきた重要な措置を検証した。しかし、一部の学校が入学方針を遵守しておらず、かつシリア難民家庭や、限界に達しつつあるレバノンの公共教育制度への更なる支援が求められていることも明らかになった。レバノンはまた、厳しい居住規定をシリア難民に課すことで、前向きな教育政策を台無しにしている。これらの規定により、難民の移動の自由が制限され、貧困は拡大、親が子どもを学校に通わせる力を削ぎ、児童労働が蔓延する結果につながっている。とりわけ中等教育の学齢期の子ども、及び障がいをもつ子どもが、困難な壁に直面している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ子どもの権利局のサンドラー・フェロー、バッサム・カワジャは、「レバノンでシリア人の就学が進んでいるにもかかわらず、まだ非常に多くの子どもが学校に通えていないことは、大胆な改革を急務とする危機だ」と指摘する。「シリアでの戦火の恐怖から逃れて安全を求めたために、教育が犠牲になるようなことがあってはならない。」

教育機会へのアクセスは、難民の子どもたちが戦争や避難のトラウマと向き合い、レバノンのようなホスト国のため、そして将来的には母国シリアの復興で活躍する技術を身につけるのに、欠かすことができない。

2015年の11月と12月、及び2016年2月にヒューマン・ライツ・ウォッチは、シリア難民156人に聞き取り調査を実施。学齢期の子ども500人以上に関する情報を収集した。5年前にレバノンに到着して以来学校に通っていない子どもや、生まれてから一度も学校に通ったことがない子どももいた。

レバノンの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録されているシリア難民のうち、3歳〜18歳までの50万人近くは、レバノン教育省の定める学齢期の子どもだ。しかし同省によると、2015〜16年度に公立学校に通う「非レバノン系」の子ども(大半はシリア難民)はわずか15万8,000人だった。それ以外に、私立校や「セミ私立」校に入学したこれらの子どもは8万7,000人いた。2015年5月に、政府の指示でシリア難民登録が停止されたことで、レバノンのUNHCRにまだ登録していないシリア人は推定で40万人いるとみられている。この中にどれほど学校に通えていない子どもがいるかは未知数だ。

レバノンは、シリア難民が居住資格なしに公立の無償教育を受けることを許可してきた。2015年〜16年度には238校でシリア人の子どもたちのために「午後の部」クラスを開設し、受け入れ体制を拡大。昨年9月には、教育相が国際社会の支援を受け、20万人のシリア難民を公立学校に入学させる予定だと発表した。これは2014年6月に採択されたRACE(Reaching All Children with Education)政策の一環である。

2011年にシリア内戦が始まって以来、レバノンの公立学校はシリア人の子どもたちのために教室数を増やし続けてきた。それでもまだ、2015年〜16年度に学校入学できなかった子どもたちがいる。必要な地域に教室数が十分なかったことや、その他の壁に直面するなど、理由は様々だ。国際ドナーが資金援助を公約した、シリア人の子ども20万人分の教室スペースのうち、ほぼ5万人分が未使用のままになっている。

難民の合法的な滞在・就業資格の継続を妨げる厳しい規制が、レバノンの寛大な就学方針を傷つけている。多くの難民家庭は、仕事や就職活動が見つかって逮捕されるという恐怖と向き合っている。2015年に貧困ライン以下の生活を送っていたシリア人家庭の割合は70%にのぼり、多くが通学費や学用品といった学校関連の費用を捻出することができない。また、子どもを学校に通わせる代わりに働かせることで、なんとか生計を立てている家庭も多い。

2012年にダマスカス郊外からレバノンに逃れたラナ(31歳)は、居住資格の期限が切れてしまったことから、逮捕を恐れて勤めていた菓子店を辞めざるを得なかったと話す。その結果、子どもたちを学校に通わせることができなくなった。10歳の息子ハムザは現在、路上でガムを売っている。「もし何の費用もかからないのなら、もちろん学校に通わせます。でも、通学費が出せないんです」とラナは言った。「子どもたちは自分の名前が書けるようになるべきなのに。私たち大人はもうおわり。でも、子どもまでおわりになってしまわなければならないのでしょうか?」

前出のカワジャは、「シリア難民を暗闇の中に閉じこめ、親が子どもを学校に通わせることを妨げている非生産的な居住政策を、レバノンは速やかに改正する必要がある」と指摘する。

シリア人の子どもの就学を妨げたり、中退につながるその他の要因として挙げられるのが、一部の校長が課す恣意的な入学条件や、職員による体罰を含む学校での暴力、そして同級生からのいじめや嫌がらせなどだ。他には、夜間部のクラスが終わってから暗いなか歩いて帰宅せねばならない安全上の懸念、そして十分なサポートも受けられずに、英語や仏語などなじみのない言語を習うことへの不安などもある。

カウサール(33歳)は、2015年の秋に子どもの入学手続きを取ろうとした際に、ある学校から教育省が公式に義務付けていない書類の数々の提出を求められたという。その中には、シリアから脱出した時に置いてきた予防接種記録なども含まれていた。最終的には子どもたちを入学させることができたが、教科書がいつまでも配布されないこと、交通費を払い続けられないことなどを理由に、3カ月で学校を辞めさせたと話した。

中等教育の学齢期になると、さらに学校が遠くなることや、15歳になると合法的な居住資格を維持することがほとんど不可能なこと、働くプレッシャーが強まることなど、子どもたちはさらに大きな困難に直面する。2015年〜16年度に公立の中学校に入学した「非レバノン系」の生徒数はわずか2,280人。登録されたこの学齢期のシリア人の子どものわずか3%にすぎない。

障がいを持つシリア人の子どもは、特に困難な状況に直面している。レバノンの公立学校は、障がいを持つ自国の子どもの受け入れさえも十分にできておらず、リソース不足、あるいは教育のスキルが足りないなどの理由で、シリア人の子どもたちも拒否することが多い。もし入学できたとしても、その他の子どもと平等に質の高い教育を受けられることは保障されていない。

シリア人の子どもの一部は、非正規難民キャンプに開設されることが多いNGO運営のノンフォーマル教育プログラムの恩恵を受けている。しかし関係者がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによると、教育省は昨年、プログラムへの支援を打ち切ったという。あるいは、どういう教育を提供することが許されているのかがはっきりしないため、プログラムを廃止した団体もあった。その後教育省は、ノンフォーマル教育に関する政策枠組みを採択。今年1月には、学校に2年以上通っていない子どものための集中学習プログラムを開始した。しかし、公立学校に通うことができない子どもたち対象の公式プログラムは限定的なままである。

レバノン政府は、シリア内戦で失った歳入と難民受け入れの負担で国が背負った損失額は推定131億米ドルであるとしている。一方で、2015年の「レバノン危機対応計画」への支援の充足率は62.8%に留まった。レバノンがシリア難民の教育ニーズに対応するためには、もっと多くの国際的な資金援助が必要だ。しかし、教室の数を増やすことだけでは、シリア人の子どもの通学問題を必ずしも解決できない。レバノン政府は、子どもの教育機会へのアクセスを制限する政策を変える必要があるだろう。

レバノンの公立学校制度に対する国際的な支援は、同様の壁に直面してきたレバノン人の子どもにもプラスとなるだろう。2015年〜16年度に国際ドナーは、基礎教育過程に在籍する19万7,010人の全レバノン人の子どもの学校費用をまかなった。

レバノンは、その寛大な就学政策が適切に実施されることを保障すべきだ。そして、体罰を含む学校での暴力に対しても、説明責任を確実にしなければならない。そして教育省は、目の行き届いた質の高いノンフォーマル教育をNGOが提供することを、少なくとも公立の教育機会がすべての子どもに開かれるまでは許可すべきだ。

政府は居住資格の要件を改正し、有効期限が切れても正規資格が得られるようにすべきだ。また、今年2月にロンドンで開かれたドナー会議で発表した趣意書を実行に移し、かつシリア難民の労働許可をめぐる規制枠組みを再考しなければならない。

カワジャは、「学校に新たな教室を設置することでは、これだけ多くのシリア人の子どもたちに教育を提供するという難題を乗り切ることはできない。レバノンと国際社会が、この問題の根本解決に向け共に取り組んでいくことが必要だ」と述べる。「レバノンのすべての子どもが教育機会を得ることは、誰もが求めていることだ。しかし学校から離れている時間が長ければ長いほど、子どもたちが戻ることは難しくなってしまうだろう。」

本報告書「教育を受けずに大人になる」は、トルコ、レバノン、ヨルダンにおけるシリア難民の子どもの教育機会へのアクセスという緊急課題を調査・検証した3部作のうち、2部目の報告書となる。

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