Olivier, 16, was abducted in October 2009. He witnessed and was forced to participate in brutal attacks on civilians by the Lord's Resistance Army. Democratic Republic of Congo.

© 2010 Marcus Bleasdale/VII

(ワシントン)-ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日、武装勢力・神の抵抗軍(以下LRA)の被害者たちが、LRAからの襲撃をやめさせるため米国に緊急の行動してほしい、と米国大統領バラク・オバマに自らの辛い体験をつづった嘆願書を送付した、と述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは2010年5月~9月の間に、コンゴ北部と中央アフリカの諸地域へ調査団を5回派遣。この地域に域外から調査が入ること事態が極めてまれである。調査員らは数百人もの被害者から証言を集めるとともに、オバマ大統領などの世界のリーダーたちに向けた被害者からの嘆願メッセージを録音した。被害者からの要請など調査の結果の分析及びその他の情報に基づき、ヒューマン・ライツ・ウォッチは民間人の保護を中核とした包括的な国際戦略を提言した。

2010年11月11日、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、LRAによってもたらされる苦しみを終わらせてほしいと、地域の人びとや子どもたちがオバマ大統領や世界の指導者に訴える何十ものビデオレター、証言、書簡を送付。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ上級アフリカ調査員のアニカ・ヴァン・ウッデンバーグは、「国内政治に忙殺されていようとも、オバマ大統領及び世界の指導者はLRAの被害者たちの必死の叫びに応えるべきだ」と述べた。「オバマ大統領の指導力をもって欧州やアフリカ諸国と協力しあい、民間人の保護、そして、民間人襲撃に関与した戦争犯罪者の逮捕を実現することこそが、今早急に求められている。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチと国連の調査は、LRAはとりわけ残虐な武装勢力で、2008年9月に地域の和平交渉が失敗に終わって以来、少なくとも2,385人の市民を殺害し、3,054人以上を拉致するなど、アフリカ中央部に大惨劇をもたらした、と明らかにしている。通信、道路などのインフラが不十分な僻地の村々をLRAが襲撃していることを考慮すれば、実際の被害者数はもっと大きくなるとみられている。

LRAによる襲撃をうけたある村の長老は、襲撃の後、コンゴ北部ディグバ村の自宅から避難。その様子をヒューマン・ライツ・ウォッチに次のように話した。「多くの死者が出ました。LRAは村人を拉致し、ムチで打ち、縛り上げ、殺し、そして家を焼いたんです。 LRAのせいで本当に人生がめちゃくちゃです。」

今年5月、オバマ大統領はLRAに関する法案に署名。その法案は、米国政府に対し、LRA襲撃からアフリカ中央部の民間人を保護するとともにLRAの残虐行為を終わらせるための包括的な多国間戦略を180日以内に作成するよう義務付けている。その期限である11月24日が迫っている。

LRAは、20年近く、ウガンダ政府と戦闘を繰り広げた。そして2005年、 LRAはウガンダ北部から追放され、現在、コンゴ北部と中央アフリカ共和国、並びにスーダン南部の僻地国境地帯に展開している。

LRAの兵士たちの人の殺し方は残虐だ。死ぬまで殴いたり、重いこん棒で頭がい骨を叩き割ったり、木に縛りつけてナタで頭を切り落とすなどが常套手段だ。また彼らは、家族や隣人を殺害させるために子どもたちを誘拐。逃亡しようとした人、疲労困ぱいしたり病弱な人、LRAが用なしと決めた人びとが、誘拐された子どもたちに殺されているのだ。

8月28日にコンゴ北部ドゥルで起きた襲撃では、LRAの兵士5人が、国連平和維持軍の基地から1キロも離れていない地点で一般市民8人を拉致。その夜のうちに若者3人をナイフで残虐に殺害した。翌朝解放された女性と16歳の少女はヒューマン・ライツ・ウォッチに、「われらは近くにいる。直ぐ戻ってくるぞ」というコンゴ国軍への伝言を渡された、と証言した。

LRAは200~400人の戦闘員を擁しているほか、数百人の拉致被害者も連れているとみられている。 特に政治目標はなく、一般市民からの支持もない。兵士の補給は、子どもの拉致が主。時に成人も拉致する。拉致された人びとは途方もない残虐行為にさらされ、戦闘を強制される。国際刑事裁判所(ICC)は、2005年7月、LRAの指導者、ジョセフ・コニー、オコト・オディアンボ、ドミニク・オングウェンに逮捕状を出し指名手配している。ウガンダ北部における戦争犯罪の容疑である。しかし、依然彼らは逃亡中であるだけでなく、新たな残虐行為に関与しているとみられている。

米国政府支援のもと、ウガンダ軍と周辺諸国の軍隊がLRAに対して現在展開している軍事作戦は、今のところ功を奏していない。LRAの最高指導者は捕えられておらず、 LRA による市民の襲撃も止んでいない。ウガンダ軍とその同盟軍は、昨年、何度かLRA司令官数名を捕らえる寸前までいった。しかし、逮捕はできなかった。LRAの最高指導者らを逮捕するための能力、意思、技術に欠けていると見られる。

以前にもヒューマン・ライツ・ウォッチは、オバマ大統領に宛てた書簡を送付しており、その中で次のように強く求めている。「戦争犯罪で指名手配中のLRA最高指導者を逮捕するとともに拉致被害者を救出する特別部隊、並びに襲撃の危険性のある地域における、国連、地域、地元機関の保護能力向上が肝要である。そのためには、確固たる政治意思を備え、資源、情報、支援を提供する考えを同様に持つ世界の指導者たちを、米国政府が強力な外交力を行使してまとめねばならない。」

前出のヴァン・ウッデンバーグは「LRA の最高指導者を探し出すことはできよう。しかし、ウガンダ軍の作戦を支援するだけの現在の戦略では、実際の効果が期待できない」と指摘。「民間人を保護し、幹部逮捕を実現するためには、インテリジェンス(情報収集・分析)の改善、能力のある部隊の展開などの編成、洗練された情報分析のための新たなアプローチが必要だ。それがなければ、LRAが市民にもたらしている深刻な脅威は続くだろう。」

また、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、国連安全保障理事会に対し、LRAの攻撃を受けている地域の民間人保護に向けての活動強化や、事態に即応できる能力向上も求めている。この地域には三つの国連平和維持活動が展開しているものの、LRA問題に対処するために不可欠な国境を越えて活動する権限を持たない。加えて、LRAの攻撃に対処すべく編成された専門部隊でもない。

国連コンゴ平和維持部隊MONUSCO は約1万8,000人から成り、地域で最大。しかし、うち850人しかLRAの攻撃にさらされている地域に配置されていない。中央アフリカ共和国との国境があるバ・ウエレ地方では、この20カ月の間にLRA による襲撃と拉致が繰り返し起きているが、平和維持部隊は駐屯していない。中央アフリカ共和国内でLRAの攻撃にさらされている地域も同様で、わずかばかりの国連人道援助スタッフがいるのみである。国連スーダンミッション(UNMIS)は、西エクアトリアに駐屯しているが、これもまたLRAによる襲撃から市民を保護する能力のないことが証明済みだ。

前出のヴァン・ウッデンバーグは、「民間人攻撃や困窮する人びとへの国連の対応は、情けないほどお粗末だ。最低でも、今ある部隊からもっと多くをLRA 被害地域に派遣する必要がある」と述べる。「国連安保理は、早急にこの地域の脅威を議論すべきだ。そして、LRAから民間人を保護するために、一層の行動と資源投入をせねばならない。」

近時の報告によれば、LRA指導者ジョセフ・コニーは、中央アフリカ共和国とスーダン中央政府が支配する南ダルフール間の国境地帯に移動した可能性がある。過去、スーダンは、LRAに相当の軍事援助をしていた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはスーダン政府に、LRAに対していかなる支援も提供しないことを確約するよう要求。また、LRAをダルフールに避難させないというスーダン政府からの確約を求めた。同時に、米国政府及び世界の指導者たちに対し、スーダン政府に上記のとおりの確約をするように迫るべきである、と求めた。なお、スーダンのオマル・アル・バシール大統領も、ダルフールにおける「人道に対する罪」容疑で、国際刑事裁判所(ICC)から指名手配されている。

LRAからの被害を受けた人びとの証言

クロードは、コンゴ北部バ・ウエレ地方ダクワ村生まれの14歳少年。200962日、LRAに拉致された。この時LRAがダクワから拉致したのは55人。(クロードは仮名)

「LRAに襲われたのは9時頃だった。その時村のみんなは、僕の家族の葬式で集まっていたんだ。彼らは急にやってきて、みんなを捕まえ、手首を後ろ手に縛って、数珠つなぎにし始めたんだ。」とヒューマン・ライツ・ウォッチに証言した。

クロードは、LRAが空中発砲し、警官ひとりを殺害、薬・米・ピーナッツ・ニワトリなどを村から略奪した後に、クロードなど珠繋ぎにつながれた人びとに対し、略奪した物を森へ運ぶよう命じた、と証言。成人たちは翌日に解放されたが、クロードなどの子どもたちは監禁されたままだった。その後LRAの仮設基地に連れて行かれた、という。クロードは、LRAから逃げようとした2人の子どもを、殺害させられた、と証言。

「ぼくたちは、その子たちの頭を大きな木の棒で殴らされたんだ」と彼は証言した。「1人は12歳でバンダの子、もう1人は14歳でバユレ村の子だったよ。」

クロードは、LRAが逮捕した大人も数人殺さなくてはならなかった。「奴らはよく、物を運ばせようと大人を捕まえるんだけど、ぼくたちが基地に着くといつも、その大人たちを殺すよう命令するんだ。」と彼は証言した。クロードはLRAに1年近く捕えられていた後に、なんとか逃げだせした。

「オバマ大統領に心からお願いしたい。今もLRAに捕まえられている子どもたちを助け出して、そして、全LRA兵士が家に帰るよう、大統領が出来る全てのことをやってほしいんだ」とクロードは話した。

イーヴリンは、コンゴ北部バ・ウエレ地方のボトレギ村生まれの12歳の少女。200912月、3人の子と一緒に村で誘拐された(イーヴリンは仮名)。

「隊長の基地に着いたら、LRAのンヨゴ(Nyogo)という人の妻にされてたの。彼の召使いでもあり妻だった。とっても意地悪で暴力的な男で、特に彼が人を殺さなくちゃならない日はひどかったわ。捕まえた人を基地に連れてきても、大人だと逃がそうとはしなかった。軍に基地を教えるかもしれないって怖がってたからね。それが私たちに大人たちを殺させる理由よ。全部で何人殺したのか思い出せないのよ。ある日には4人、また他の日は3人っていう感じだったわ。殺す人を後ろ手に縛って、それから足も縛るの。時々、首も縛っていたわ。そして地面にうつ伏せにするの。LRAは、私たちに、人を殺させたの。殺すときは、1本の木をよこして、頭を殴れって言うのよ。」

イーヴリンはLRAが2010年6月にサマング近郊で攻撃を受けた際、脱走した。

「オバマ大統領と国際社会への私のメッセージは、LRAをコンゴから追い出し、LRAに捕えられている子どもたちみんなを自由にして欲しいってことなの」と彼女は証言した。

ブリジットはコンゴ北部、オー・ウエレ地方のクパナンバラ村生まれで47歳の女性。

LRAが村を襲撃したとき、ブリジットは、夫と弟と自宅の外に座っていた。逃げようとしたが、捕まった。夫は目の前で刺殺され、家を略奪された。ブリジットはなんとか逃げたが、弟はLRAに縛られ森の中へ連れ去られた。その3日後、ブリジットは弟の遺体を発見した。弟は、他の5人の男性とともに村の外の森の中で、刺殺されていた。

「あんまりにもひどい現実を見てきた。だから不安なの」と彼女は証言した。「国際社会が、夫と弟を殺したLRAを処罰して、コンゴから立ち去るよう、措置を講じられたらっていうのが私の願い。私たちはあまりにも沢山苦しんできたんだもの。」

エマニュエルは中央アフリカ共和国南東部のオボ(Obo)生まれの32歳の男性、オボにあるLRA被害者協会の代表だ。彼は200836日、他の民間人少なくとも46人と一緒にLRAに拉致され、コンゴのガランバ国立公園内にあるLRA基地まで数100kmを歩かされた。エマニュエルは捕らえられ、強制労働させられた。それから18ヵ月後に何とか脱出した。

「トンゴ・トンゴ(LRAの地方名)には本当にひどい目にあった」と彼は証言した。「私は多くの犯罪を生き抜き、目撃したんです。人を殺しました。悲惨で苦痛な傷を受けて帰って来ました。前の自分じゃないんですよ、何かをやる術を持っているわけじゃないし、以前やっていた畑仕事もできない。私は今回、オバマ大統領閣下に私たちを・・・たくさんの私たちの兄弟・子ども・母親・父親がLRAのせいで死んでいるんです・・・助けて下さい。この機会に、そうお願いさせていただきます。」