オシでの騒乱の初めの2日間で、家族7人が殺害された様子を涙ながらに語るジュラ・ペイズラエヴァ氏。2010年6月23日。

© 2010 Moises Saman pour Human Rights Watch

(ビシケク) -2010年6月にキルギス南部で起きた騒乱の際、キルギス政府部隊の一部が意識的にまたは無意識にウズベク系住民地区への攻撃を加速する行動をとっていた、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表したレポートで述べた。地元治安機関がウズベク系住民地域で適切な警護をしなかった実態も、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘している。
 
 91ページのレポート「続く理不尽 正義はどこ?:キルギス南部での民族対立騒乱とその後」は、数百名が死亡し数千名が負傷した今回の騒乱に対するキルギス政府の捜査の過程で多くの人権侵害が行われた実態を明らかにするとともに、その一方で民族対立に起因する新たな襲撃事件が南部で発生している、と報告している。キルギス政府当局は、騒乱で政府部隊が取った行動を徹底的に調査するとともに責任者を訴追しなければならないとヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

本レポートは、キルギス系とウズベク系の被害者及び目撃者、弁護士、人権活動家、政府当局者、警官に対する200件以上の聞き取り調査をもとに、人工衛星写真、写真、ビデオ、文書、法医学的科学的証拠などの分析も加えて作成された。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ緊急事態調査員で、本報告書の著者の1人であるウレ・ソルバンは、「民族対立に基づくこの大騒乱がキルギス治安部隊にとって大きな負担となったのは明らかだ」とした上で、「しかしその一方、我々の調査は、治安部隊の一部が、紛争の解決というよりもむしろ問題そのものだったことを明らかにした」と述べる。
 
 キルギス南部での騒乱が始まったのは6月10日。オシ(Osh)中心部にあるカジノでのウズベク系住民とキルギス系住民との間の些細なケンカに、多数のウズベク系住民がつめかけたことに端を発している。6月10日の夜におきたキルギス系住民に対する複数の暴力事件と建物放火事件に激怒したオシ内外のキルギス系群衆が、数千人で列をなしてオシ市に入った。そして、6月11日早朝から6月14日まで、この群衆はウズベク系住民の居住区を次々と襲撃。これに対し、ウズベク系住民の一部は反撃。暴徒たちは、オシ、ジャラルアバド(Jalal-Abad)、バザルクルガン(Bazar-Kurgan)やそのほかの南部の町で、ウズベク系住民の店舗や家屋を略奪・放火。ウズベク系住民居住区のなかには、全域が灰と化した地域もあった。
 
この騒乱の結果、少なくとも371名が殺害されたほか(但し、実際の死者はずっと多い可能性がある)、数千にも上る建物が全壊。 破壊された建物の多くはウズベク系住民の所有建物だった。
 
居住区での破壊行動を目撃した人びとは、みな一貫してこう語る。「装甲車に乗り迷彩服を着た男たちが、住民たちの作った簡易バリケードを撤去した。その結果、暴徒たちの居住区侵入を許した」と。「装甲車の後に続いて武装した人びとが居住区になだれ込み、残っていた住民を発砲しながら追い払い、その後、やってきた暴徒たちに略奪と放火させたことが多かった」と目撃者たちは語っている。
 
キルギス政府当局は、「キルギス系暴徒たちが持っていた武器や車両の一部は、盗品だ」と主張。しかし、それでは、襲撃に政府軍車両が使用されていたことの完全な説明にはなりえない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べる。ヒューマン・ライツ・ウォッチが収集した情報は、少なくとも幾つかの居住区で、そうした車両が政府部隊の実効支配下におかれていたことを明らかにしているほか、更に幾つかの例では、居住区住民の武装解除を行った政府部隊が、意識的あるいは無意識に、暴徒の襲撃を援護(カバー)したことを示している。政府軍部隊が果たして積極的に襲撃に参加したのかを調査する必要があることはもちろん、もしそうであるとすると、その範囲がさらに調査されるべきである。
 
キルギス政府当局には、ウズベク系住民の居住地に入る治安上の合法的理由が存在した可能性がある。しかし、暴徒による明白かつ緊急の危険から住民の安全をまもるという自らの義務を遂行しなかったことも事実である、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べる。

「キルギス政府の調査及び国際調査は、『政府部隊が何を行なったのか』『当局は国民を守るため全力を尽くしたのか』を解明する必要がある」 と前出のソルバンは語る。「この問いに対する答えは、法の正義を実現するために必要であるのみならず、今後の新たな紛争が勃発した場合にどう対応すべきかの教訓を得るためにも極めて重要である。」

キルギス政府による6月騒乱事件の捜査で、現在3,500件が捜査対象となっている。しかし、キルギス当局の捜査の過程で、非常に多くの違法行為が行われた、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べる。
 
ウズベク系住民居住区で大規模な「掃討」作戦が各地で行なわれ、その過程で治安部隊が住民たちを暴行し、暴言を吐き、家屋からの略奪を行なった実態を、本レポートは明らかにしている。ナリマン(Nariman)村で行なわれたある掃討作戦では、キルギス政府治安部隊による住民の負傷者は住民39名に上った。内2名は負傷の結果死亡した。
 
本レポートは、キルギス政府治安部隊が、オシのウズベク系住民地区における捜索・差押作戦のなかで、多数の人権侵害が行われた実態についても調査してとりまとめている。数十人もの目撃者たちが、治安部隊の行動について一貫した証言を行った。すなわち、目撃者たちがあげたキルギス治安部隊の違法行為とは、治安部隊による、令状提示なし・理由の開示なし・そして自らが何者かも明らかにすることもないままの強制家宅捜索;令状なしの逮捕・拘禁;逮捕された家族の拘束場所の開示拒否;一部の事件における被拘禁者に対する暴行及び使用済みの薬など証拠のねつ造、など。
 
キルギス政府当局は、被拘禁者に対し、弁護士を立てる権利などの被拘禁者の権利をしばしば無視したほか、拘禁中に虐待や拷問を行っていた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、60名以上の被拘禁者に関する拷問と虐待の情報を入手しており、そのうち少なくとも1名は拘禁中に負った怪我が原因で死亡した。
 
キルギス政府当局は、逮捕者の民族構成を示す統計を公開しておらず、拘束中の容疑者にはウズベク系もキルギス系もいると主張している。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが収集した情報によると、拘束されている人の過半数は、ウズベク系である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、キルギスにおける調査の過程で、大統領や内務大臣、そして地方の治安部隊高官などキルギス政府当局に対し、恣意的逮捕の問題や被拘禁者に対する拷問の問題を提起した。
 
確かに、キルギス政府も沈黙しているわけではない。キルギス政府の高官たちは、地方当局に対し人権侵害行為を止めるよう複数回発言を行った他、オトゥンバエワ大統領も8月に行われたあるメディアのインタビューで人権侵害が起きたことをある程度は認めた。しかし、オシの治安部隊高官たちは、ヒューマン・ライツ・ウォッチとの会談において、様々な主張を展開して人権侵害の事実を断固として認めなかったほか、自分たちの行動に問題はないと主張する態度に終始した。

「キルギス系住民・ウズベク系住民のいずれが被害者となった犯罪であっても、事件の加害者は、民族や肩書・地位にかかわらず訴追されるべきだ」と前出のソルバンは述べる。「しかし、キルギス政府当局がキルギス国内法及び国際法を尊重しない限り、捜査を適切に行うことは不可能である。そして、キルギス政府には、拘禁中の人に対する人権侵害をただちに止めることが、できないはずがない。」
 
人権侵害の継続は、既に一触即発となっている状況を更に悪化させる、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
 
7月22日、欧州安全保障協力機構(OSCE)加盟国は、民族間の緊張緩和に向け、キルギス当局を支援する小規模な警察顧問団をキルギス南部に派遣することで合意。ヒューマン・ライツ・ウォッチはOSCEに対し、顧問団の速やかな派遣と効果的活動を確保するよう求めるとともに、キルギスのすべての関係国及び国連に対し、6月騒乱及びその後に関する国際的な調査を支持するよう求めた。

「6月騒乱は大きな傷跡を残した」と前出のソルバンは語る。「この傷を癒すためには、起きたことに対する法の裁き(ジャスティス)、そしてあらゆる民族に対する差別のない平等な保護が不可欠だ。」