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今、カブール、東京、ワシントンDCなど各国の政府関係者の間で信奉者が増えている「タリバン修正主義」。過去8年間にわたり、タリバンは「敵」だと説明してきた政府関係者は、今度は、戦闘を放棄させるために一転してタリバンを「支援対象」とするに至った理由を説明するため躍起だ。この「タリバン修正主義」、これからますます勢いを増し、今後何年も政治の場で語られることになろう。

 この「タリバン修正主義」の勃興とともに、めっきり聞かなくなってしまったものがある。タリバンの残虐行為の数々だ。斬首処刑、仕掛け爆弾テロによる民間人被害、女子校への脅迫、公的な地位にある女性の暗殺事件など、タリバンが行なった残虐な犯行はきりがないが、ほとんど取り上げられなくなってしまった。かわりに、武装組織の兵士はほとんどが金目的の"$10タリバン"か、地方政府の不正と戦うために立ち上がった現代版ロビンフッドだ、などという新しい図式が、メディアをにぎわしている。

 多くの下級兵士が武装勢力に加わる動機に、金や政治があるのは確かだ。しかし、この新しい図式には、タリバンと一緒に社会で生活する人びと-----特に女性の視点が欠落している。

「ナイトレター」の恐怖

 「われらタリバンは、政府の仕事を辞めるよう警告する。...さもなくば殺す。殺し方は今までにどんな女も殺されたことがないような残虐極まりないものを選ぶ。お前のように働く女たちのいい見せしめになるだろう」

 ファティマがこの脅迫状を受け取ったのは2010年2月のこと。彼女の頭は恐怖でいっぱいになった。そして、泣く泣く、公務員の仕事を辞めた。一方で、脅迫状には動じないと決意した女性もいる。ホサイ(22歳)は、電話で、同じような脅迫を受けた。でも無視することに決めた。米国系の開発企業で働いていた彼女は仕事が大好きだったし、彼女の収入が一家の家計を支えていたからだ。ホサイは、今年4月のある日、オフィスを出たところで正体不明の男たちに撃たれ、負傷。その後命を落とした。

 数日後、もう一人の女性も、脅迫状を受け取った。アフガニスタンでは、こうした脅迫状は、通常夜届くことから、、「ナイトレター」とよばれている。ナイトレターには、仕事をやめろ、「さもないとわれわれはお前をイスラムの敵とみなし、殺す。昨日我々はブラックリストに載っているホサイを殺した。お前や他の女たちもリストに氏名が載っている」とあった。彼女は、ナイトレターを受け取って以来、恐怖のあまり、家から一歩も出ていない。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフガン調査員レイチェル・レイドは、アフガニスタンで、長年にわたり、多くのアフガン女性はもちろん、政府関係者や外交官や国際機関関係者からの聞き取り調査を続けてきた。

 しかし、レイチェル・レイドが聞いたこうした話が、アフガニスタンで公に語られることはほとんどない。なぜなら、脅迫された女性たちは、報復を恐れ、通報することができないからだ。もしくは通報したところで事態が好転する望みも持ていないのだ。殺害されたのが、有名な女性たちであっても、重点的に捜査をされることもなく、犯人が法の裁きを受けることはめったにないのが現実だ。

 確かに、アフガンでは、男性も暗殺の対象となっている(特に、カンダハール州での暗殺件数はここ数カ月間、前例がないほど多い)。しかし、女性たちは、加えて、「ナイトレター」事件の数々が示すとおり、ジェンダーを理由とした危険にも直面しているのである。

なぜ信じられるのか

 アフガン政府及び日本政府などの支援国は、女性の権利を守るため、タリバンの再統合や和解の前提として、タリバン兵士にアフガン憲法を守ると約束させる、という。たしかに、アフガン憲法には女性の基本的人権保護が謳われている。しかし、カルザイ大統領でさえ、政局のために必要とあらば、女性の権利を犠牲してきた。よって、政治の表舞台に戻ったタリバンだけは憲法を守る、と信じる理由がわからない。

 多くのタリバン兵士は、金目的の"$10タリバン"だ、とする図式は、社会復帰・再統合と和解がもたらすリスクについての率直な議論をますます困難にしている。兵士たちに対する社会復帰・再統合へ誘うパッケージのひとつとして、地方レベルや国レベルでの役職が提示されるだろう。しかし、現段階では、適性審査(vetting)が一切提案されていない。例えば、影のタリバン司令官が再統合を希望したとしよう。この司令官が、過去に女子校の攻撃を命じた人物だったり、働く女性に対する「ナイトレター」脅迫を指令していたとしても、彼が州知事や市長となるのを止めるものはなにもないのだ。

 前出の調査員レイチェル・レイドは、たくさんのアフガンの女性活動家から話をきいてきた。彼女たちが一様に望むのは、再統合プロセスのなかに、重大な人権侵害を行った者を除外するメカニズムを入れ込むこと。そして、タリバンとの交渉の中心に、権利の保障を明確にすえること。いくら交渉であっても、引き換えに放棄されては絶対ならない権利がある。例えば、働く権利、政治に参加する権利、娘に教育(高等教育も含む)を受けさせる権利などだ。

 しかし、タリバン運動創始者の一人で、タリバン政権時代の駐パキスタン大使だったムラー・アブドゥル・サラム・ザイーフ氏の見解は、女性の権利保護の可能性を打ち砕くものだった。彼は、グアンタナモ収容所での拘束を経て、現在はカブール在住。外国人と面会を受け入れる数少ないタリバン長老として、今年、彼は、多くの訪問者の面会を受けている。

 彼は、前出のレイチェル・レイドに対し、アフガン女性たちは、最近勝ち取った自由のせいで「堕落」したと力説。「もし成人男女が一定時間同じ部屋にいたら、何らかの男女間のやりとりが生まれてしまう。これはイスラムの教えに背いている。ウイルスが蔓延がしていくようなものだ」。男女隔離を説くムラー・アブドゥル・サラム・ザイーフ氏。しかし、国会議員の25%が女性で構成されるアフガン議会など、男女が協働する職場をどうするつもりか、という問いに対しては、答えをはぐらかした。

日本の言うべきこと

 もし、タリバンとの和平プロセスが、粘り強く、かつ、原則(プリンシプル)に基づいた交渉となれば、こうした点は、当然、議論の俎上に載るだろう。しかし、アフガニスタンでは、過去9年間、軽率な政治取引と不処罰が続いてきた。そして、日本政府を含む国際社会は、しばしば、「和平プロセスはアフガン人のプロセスだから」という決まり文句を使って、アフガンの現実は変えられない、国際社会の影響力は限られている、と主張する。

 しかし、日本などの支援国は、再統合や和解プログラムのために、何百億円も支払うのだ。こんな主張が信じられるはずがない。日本政府は、再統合と和解の結果、女性や少女の自由が犠牲となるようであれば、日本の納税者たちが納得しない、とはっきりアフガン政府に伝えるべきだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表 土井香苗

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