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(香港)中国政府には、圧力など効かない、という人も多い。本当にそうだろうか。先日、PC検閲ソフト「グリーンダム」搭載義務付け措置が、直前になって延期されたことで、中国政府は絶対に圧力に屈しないという巷のイメージに疑問符がついた形となった。

ポルノ画像などをブロックするツールを搭載する検閲ソフト「グリーン・ダム・ユース・エスコート(Green Dam Youth Escort)」は、中国内外からの猛反発をかった。専門家やコンピューター業界関係者からは、深刻なプライバシーの侵害であり、個人の選択の自由やセキュリティを犯すものであるとの声が高まっていた。

中国政府に対しては、300万人近い中国のインターネット利用者の一部からも批判と不満の声が上がっていた。パソコン大手メーカーや経済界からも、前例がないほどの強い抵抗があった。アメリカ通商代表部と商務省も、世界貿易機関(WTO)への提訴の可能性も匂わせた。こうした圧力の結果、中国政府内部で、本当にソフト搭載を強行するのか、議論が始まった。

そして、6月30日夜、中国政府は、新華社通信を通して検閲ソフト搭載時期の延期を発表。

しかし、グリーンダムをめぐる争いが終焉したと考えるのは甘い。グリーンダムのPC搭載計画は、中国政府の現行のインターネット検閲「万里のファイヤーウォール(Great Firewall)」をより強化・拡大させるという中国政府の政策の一部でしかない。つまり、グリーンダム搭載は、さらに大きな戦いのひとコマに過ぎないのだ。

さりとて、中国政府が、今回のグリーンダム搭載を少なくとも一時的に延期したということは、明確な国際的原則に関することについては、外国の諸政府、貿易機関や企業が、中国政府を動かすほどの大きな力を持っていることの証明でもある。

ロン・カーク米国通商代表部代表とギャリー・ロック米国商務長官がグリーンダムを批判した際、透明性に関する規制やWTOのコンプライアンスの枠を超え、このソフトが「国際的に認められている表現の自由の権利」を侵害するという懸念も表明したことは、賞賛に値する。

この一件は、人権と他の国益が強く結びついていることを示す一例である。そして、こうした問題が発生したとき、中国政府にどう対応すべきか、という先例にもなる。

諸外国政府(特に米国とEU諸国)が、重要な人権問題について中国政府と率直かつ直裁に議論を行なうのを放棄してから、随分と経つ。今となっては、重要な問題についても、形式重視の単なる人権「対話」に終始しているのが現状だ。

こうした人権「対話」の形式が生み出された背景には、直接的な圧力を加える外交には効果はなく、最悪だと逆効果さえ生みかねないし、さらに文化的視点からも不適切だという考え方がある。その結果、中国政府が深刻な人権侵害を行なっても、世界はこれを傍観しているだけという状況となってしまった。中国政府として、しっかりした対応を迫られることもない。

今回のグリーンダムの一件は、経済協議や環境についての協議、あるいは、戦略的対話の中などで、人権問題についても協議をする余地があることを示している。

そして、結果を勝ち取っていく必要性はとても高い。最近、中国政府は、 政府に批判的意見を述べる人物たちや市民社会の活動家たちに対する非難や攻撃を再び強めている。中国憲法にも人権保障が定められているほか、2009年4月13日に新たな国家人権行動計画を発表したばかりなのに、である。世界人権宣言にも反している。

今年の6月以降だけを見ても、中国政府の人権無視は顕著だ。例えば、6月に入って以降、中国政府は有力な人権弁護士たち10名以上の弁護士資格を剥奪。先日の国連人権理事会のUPR(普遍的定期的審査)にも極めて不誠実な態度で臨んだほか、半年以上も恣意的に拘束を続けてきた著名な人権活動家 劉暁波(Liu Xiabo)に、改めて「国家転覆」扇動罪という濡れ衣を着せ、正式に逮捕した。

中国が国際社会へのきらびやかなデビューを果たした2008年北京五輪の後1年足らずで、中国にこのような不穏な動きがでている現実は、国際社会に対し、これまでのような人権「対話」形式で中国政府と関わるだけでは、成果はあらわれないということを示している。

しかも、権威主義的国家との経済や貿易の関係を進める際に、人権への配慮を欠けば、海外企業や投資家たちまでも人権侵害に加担させてしまう危険が高まることも明らかだ。

グリーンダム検閲ソフトをめぐる今回の問題は、多様な立場の人びとがひとつの目的に向けて声をあげれば、人権侵害を止めることだってできる、ということを我々に示してくれた。中国でも、前向きの成果を得ることは可能なのだ。この経験を生かすことができれば、法の支配からメディアの自由に至るまで、中国の様々な問題を改善していくことは、きっとできるはずだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア調査員 フェリム・カイン

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