Police detain a number of Bemba supporters in Kinshasa the day after the runoff election results were announced declaring Joseph Kabila the winner. November 16, 2006.

© 2006 Marcus Bleasdale/VII

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(キンシャサ)-民主政治をもたらすと期待された選挙から2年が経ったが、この間、コンゴ国家治安機関は、約500名を殺害、他に1,000名を逮捕し、そのうちの多くを拷問していると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。大統領に反対の立場と目された人びとに対する残虐な弾圧は、ジョゼフ・カビラ大統領が勝利した2006年選挙中に始まり、現在も続いている。

96ページの報告書「『お前を粉砕する』:コンゴ民主共和国での政治的自由の抑圧」には、カビラ政権が政敵に対して行っている多数の暴力と脅迫行為がまとめられている。カビラ大統領自身が、「民主主義の敵」を「粉砕せよ」とか「無力化せよ」などの命令を出して方向性を示し、違法な武力行使が認められると示唆していることをヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。

「皆がコンゴ東部で起きている暴力に注目する一方、コンゴ政府が政敵に対して人権蹂躙を行っていることは殆ど関心を集めていない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局上級調査員、アネク・バン・ウーデンバーグは述べた。「民主的なコンゴ建設をめざす努力は、反乱軍ばかりではなくカビラ政権の弾圧によっても潰されている。」

カビラ大統領が選挙に勝利したのは2年前の2006年11月28日。2周年の今、コンゴは貧困と紛争の真っ只中にある。コンゴ西部では、政府の政策に反対するのではないかと目された者たちが残虐な弾圧の犠牲になり、東部では、ローラン・ンクンダ将軍率いる反政府勢力との紛争下、紛争両当事者たちがおぞましい残虐行為に手を染めている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの本報告書は、250名を越える被害者、目撃者、当局者たちからの聞き取り調査などからなる何ヶ月にも及ぶ広範囲の現地調査をもとに作成された。そして、カビラ大統領の部下たちが、政敵と目した人物を弾圧するため、準軍組織共和国防衛隊、「秘密委員会」、シンパ特別警察部隊、情報機関などの国家治安組織を通じ、首都キンシャサやバ・コンゴ地域で取っている行動の実情を取りまとめている。

海外のドナーたちが主に資金提供して行われた2006年の選挙の後、諸外国政府はカビラ新政権の歓心を買うことに集中し、人権侵害や政府による抑圧的支配の強化に対しては沈黙していた。政治的動機による犯罪への政府関与についてとりまとめた国連の報告書は、意図的に握りつぶされたり、若しくは、公表を遅らされたりし、その結果、事件に意味ある影響を与えられなかったことがヒューマン・ライツ・ウォッチの調べでわかった。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、コンゴ政府当局が、エクアトゥール州の出身者たちや、選挙に敗れた大統領候補ジャンピエール・ベンバを支持したと目さる者たち、加えて、Bundu Dia Kongo(BDK)の支持者を特に狙ったと述べる。BDKはバ・コンゴを拠点とする政治的宗教団体で、地方の更に高度な自治を求め、議会選挙で相当な支持を集めていた。

政敵であるとされた少なくとも500名が故意に殺害、もしくは即決処刑された。特に凶悪ないくつかの事件については、コンゴ政府当局者は、コンゴ川に死体を投棄したり、秘密裡に埋葬したりして、事件を隠蔽しようとした。国連人権担当官やコンゴ内外の人権監視団体、犠牲者の親族たちによる調査を、政府高官たちが妨害した。

過去2年間、逮捕の波と共に拘禁も増加。拘禁中の人びとそして以前拘禁されその後釈放された人たちは、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、暴行、ムチ打ち、模擬処刑、性器や他の体の部位に対する電気棒使用などの拷問を受けたと説明した。数日間あるいは数週間も鎖に繋がれていた人もおり、カビラ政権に対するクーデター計画に関与したという自白調書に多くの人びとが強制的に署名させられた。

2008年10月中旬、コンゴ政府当局は、キンシャサで、少なくとも20名を恣意的に逮捕。うち多くはエクアトゥール州出身で、母親と生後3ヶ月の赤ん坊もいた。ヒーマン・ライツ・ウォッチは、少なくとも200名が、バ・コンゴ州及びキンシャサの刑務所で、裁判もないまま政治的理由で拘禁されたままと推定している。

ベンバ氏と関係する武装グループ及びBDK支持者らも、政府関係者及び一般市民の殺害に手を染めた。2007年2月のバ・コンゴでの事件、2007年3月のキンシャサでの事件などだ。警察及び政府軍には、こうした事件に対処する秩序回復義務があるものの、現実には過剰な武力が使用されたことが多かった。

議会、メディア、その他市民やグループなどが政府に質問をぶつけたにもかかわらず、コンゴ政府高官たちは、政府関係者が残虐行為を犯したと認めるのを拒んでいる。政府高官らは、被害者たちはクーデターを計画し、または、国家権力にとっての脅威だったと主張するものの、当該容疑を裏付ける説得的な証拠を示すわけでもなく、ほんの数人しか裁判にかけてもいない。

野党系ジャーナリストや暴力に抗議したジャーナリスたちは、脅迫や恣意的逮捕にさらされ、中には政府関係者から拷問された人たちもいる。コンゴ政府は、野党系又は野党見解を放送したラジオ局やテレビ・ネットワークを閉鎖。但し、これらのメディアの一部は、後に活動再開を許可された。

議会は、政府の行動を調査・抑制しようと努力はした。野党の国会議員らは暴力に抗議して時折議会をボイコットし、その結果、わずかながら効果が見られた。しかし、こうした努力も、多数の殺人や、広範囲に行われている恣意的逮捕を止めるには十分ではない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、当局による暴力と残虐行為の実態調査を目的とする法務省下のハイレベルタスクフォースを設置する(人権専門家からのインプットも受けること)ようコンゴ政府に求めるとともに、違法に逮捕された者たちを釈放するよう政府に要求した。そして、コンゴ議会に対しては、国家治安機関による暴力及び残虐行為の実態について、公開調査を実施した上で責任者を訴追するよう求めた。

「コンゴ国民たちは、民主的権利を尊重する政府ができることを心待ちにしている。政敵を弾圧する政府ではなくて」と、バン・ウーデンバーグは述べた。「民主的権利を尊重する政府を実現するためにまず取り組まなくてはならないのは、殺人や拷問を命じたり行ったりした者たちの責任を追及し、法の下で裁くことに他ならない。」

報告書の中の証言から抜粋:

「棒やムチで殴りながら、兵士たちは、『お前を粉砕する!粉砕してやる!』と繰り返し叫んでいた。それから、カビラに反対する私などの人びとを殺すと脅した。」
- カビラ大統領の共和国防衛隊に2007年3月キンシャサで逮捕され拷問されたある政党活動家

「午前3時に共和国防衛隊7名が刑務所にやってきた。奴らは、捕まっていた10名を連れ出し、手を縛り、目隠しをして、叫び声を上げられないようにダンボールの切れ端で口をふさいだ。実行部隊の隊長は『命令を受けたんだ、今夜、エクアトゥール人たちの血を飲みほす』と言っていた。10名は連れ去られた。・・・・私は、刑務官の一人を知っていたんで、彼に10名に何が起きたかを尋ねたんだ。すると、キンスカ近くのコンゴ川まで連行の上で殺された、と言っていた。」
- ングワカ族出身コンゴ軍士官。2007年3月23日共和国防衛隊に逮捕され、キャンプ・ツハツシ(Camp Tshatshi)に拘留中

「奴らは私を殴り始めた。私の服を引き剥がし、4セットの手錠を取り出して、後ろ手と足にかけた。私はその体勢で地面に投げ飛ばされた。・・・・体中に電気ショックが加えられ、電気棒を肛門と性器に押し当てられた・・・・。何も見えなくなるくらい沢山泣いた。『サインしてほしいものに何でもサインする!』って叫んだんだ。」
- 「秘密委員会」の命令でキン-マジエレ刑務所に収監されていた人物

「カビラは、ベンバを思い切りぶん殴って思い知らせる決心をしたんだ。」- 一回目の大統領選挙投票(この投票では大統領決定に至らず、後に決選投票が行われることになった)の後2006年8月にキンシャサで起きた暴力事件の直前までカビラ大統領の側近グループの一員だった人物

「私たちは皆、こうなるとわかっていた。でも、また今回も、この危機を回避するためのしっかりした行動はとらなかった。」
- コンゴ軍と密接な関係にある欧州の軍事アドバイザーの言。数百人が殺害された2007年3月のキンシャサでの暴力事件についてのコメント

「お前らJEDは何様のつもりだ?政府に従わないなら、亡命して、お前たちのボスが権力を取るまで待っていろ。出て行かないなら、俺たちがお前らの口を永遠にふさいでやるよ。俺たちは失敗しない。やりすぎだよ、お前ら。警告する。」
- 地元のジャーナリスト団体・危険の中のジャーナリスト(JED)が、メディア関係者に対する弾圧に懸念を表明した後の2007年6月に受けた脅迫。