Skip to main content
寄付をする

論座」2008年6月号掲載

ヒューマン・ライツ・ウォッチ エグゼクティブ・ディレクター 

ケネス・ロス ケネス・ロス(Kenneth Roth): ヒューマン・ライツ・ウォッチ エグゼクティブ・ディレクター。 イェール大学ロースクール卒業(法学博士)。イラン・コントラ事件検察官、ニューヨーク州連邦検察官、ポール・ワイス・リフキンド・ワートン・ギャリソン法律事務所を経て、1993年から最高責任者として現職に就任。外交問題評議会(CFR)メンバー。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch): ソビエト圏においてヘルシンキ協約の人権条項が有効に機能しているか監視するための組織「ヘルシンキ・ウォッチ」として1978年設立。以降、アメリカ・ウォッチを始めとし世界各地に拠点を置く。88年、ヒューマン・ライツ・ウォッチとして統合、米国に本部を置く世界最大の国際人権NGOとなる。1997年、他団体とともにノーベル平和賞受賞。

Question:今回の来日はヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の東京オフィス創設準備のためと伺っています。まさに来日に合わせるかのように、中国・チベット自治区で大規模な暴動が起き、中国政府が鎮圧のために武力行使をして多くの犠牲者が出たと伝えられています。HRWはこれまでチベット問題に取り組んできていますね。今回の事態をどのように受け止めていますか。  
 
Answer:中国政府は今回の動きがダライ・ラマなどによる謀略だと宣伝していますが、私たちHRWは中国政府の抑圧に対抗する民衆の蜂起だと見ています。この事態を受けて、国際社会は中国に対して冷静な対応を求めるだけではなく、それ以上のことを要求しなければならないでしょう。警察・治安組織の有形力行使に関する国際基準を守るべきだ、というような要求です。国際基準において、警察による致死的有形力行使は、身体的な危害が加えられたり、生命の危険が生じる場合を除いて禁じられています。  

私たちはこれまでも被害者や目撃者、政府関係者ら広範囲な人々へのインタビューをはじめとする、詳細な調査を何度も実施し、多数のリポートを発行してきました。間断なく続けてきた目的は、チベットの現状を世界に知らせ、中国政府に自分たちの行動がいかに恥ずべきことか認識してもらうためです。恥をかかせることで行動を改めさせ、民衆に加えられている抑圧を減らすのです。

日本政府にも、人権を守るという観点から中国に対してより強いメッセージを発してもらいたいと思っています。  
 
Q:今回の暴動の直接的原因は何でしょうか。  
 
A:まず一つに、チベット人の宗教の自由が抑圧されていることでしょうね。みずから宗教的指導者を選ぶことや、宗教的な服装についてまでも、彼らは選択の自由を奪われている。二つめは、漢民族の流入に対するチベット文化消滅の不安です。最近建設された鉄道によってチベット自治区への漢民族の流入が激増したことにも起因します。三つめに、チベット人には自由を求めて抵抗する権利がない。出版の自由、公に抵抗する権利、市民社会すら許されない。あくまで私の所感ですが、チベット人はオリンピックが近づいている今こそ、自分たちが置かれている現状を世界に示す好機と考えて行動したのではないでしょうか。  
 
Q:この事件を受けた欧米諸国の対応は比較的慎重ですね。  
 
A:確かに中国の経済力などを恐れて多くの国が及び腰の批判しかしていませんね。一方で、チベットが中国政府によって閉鎖されているという問題もあるでしょう。何が起こっているのか誰にも詳細が分からないのですから。このため、世界中の政府が批判しにくい状況にあります。だからといって諦めるのは早急すぎます。私たちも引き続き調査をしていますし、いずれ各国のジャーナリストたちがチベット内部に入っていくでしょう。時間は若干かかるでしょうが、国際社会がチベットで何が起こったのか知ったとき、現在の反応とは異なったメッセージが出てくると思います。  
 
Q:チベット問題に限らず、近年、中国国内では人権問題が増えているといわれていますね。  
 
A:ええ、人権侵害は確実に増えています。中国政府の統計でも、年間、数万件の抗議活動が起きていますが、中国政府はこれを抑圧する政策をとっています。多くの場合、恣意的な土地収用、環境汚染、金を脅し取る腐敗した地元の役人に対する不満が原因です。こうした問題は、人々が自由に報道機関に問題を投げかけたり、弁護士が裁判所に訴えたりすることで解決しうることなのですが、中国政府は弾圧して解決しようとしているのです。まるで、中央政府が地域の汚職にまみれた役人たちを守っているように見えます。

Q:日本政府は中国との友好関係を重視していますから、中国国内の問題について強い姿勢を示しにくいと思います。  
 
A:確かに日本と中国の良好な関係は大事です。しかし、今、政府の要職にある人たちとだけ友好関係を築こうとするのは、短期的な視点に立ったものでしかありません。民衆と友好関係を築きあげるという長期的な視点の方が、私には重要なことのように思えます。本当に友好関係を重視しているのなら、現在の中国政府が実施している抑圧政策に目をつぶるべきではありません。  

それから、歴史が証明しているように、民衆の支持をともなっていない権威的な政府は、支持を得るための方法としてしばしばナショナリズムの効用に頼ります。中国の場合は、日本を標的にナショナリズムを用いていますね。ですから、こうも言えるのです。民衆から支持される政府ならば、ナショナリズムというカンフル剤に頼る必要性は減る、と。  

チベット、北朝鮮、オガデン・・・二重基準を解消するために  
 
Q:ではHRWについて伺います。日本人にはあまりなじみのない組織です。どういう活動をしているのかなど説明してください。  
 
A:私たちHRWの目的は、世界中の人々の権利を守ることです。独裁下や紛争中の国を中心に80カ国カバーしています。日本人の多くは、自分の権利を守りたければ裁判所に訴えることができます。しかし私たちがカバーしている国々の多くでは、裁判官の殺害・脅迫、あるいは強権的な権力に屈していて、裁判所自体が機能していません。こうした国々で人々の権利を守るためには、その国の行政府や立法府に圧力をかけるほかありません。  
 
具体的には、まず人権侵害の実態を調査したリポートを1週間に2冊ほど発行しています。さらに毎週10~20ほどのニュースリリースを発表しています。このようにコンスタントに集めた「証拠」を活用して、人権侵害国に対し三つの方法で圧力をかけます。一つはその政府がおこなっている人権侵害を白日の下にさらすこと。「証拠」は世界中のメディアによって報道され、結果、当該政府は恥をかくことになります。  
 
二つめに私たちは、世界中の民主国家に働きかけます。問題国で人権が守られるよう、それぞれの国がもつ影響力を行使してほしいと訴えるのです。例えば武器輸出の禁止や、その他の軍事協力、人道支援以外の国際協力の中止などの制裁、つまり実質的なプレッシャーを与えるよう求めるのです。  
 
人権侵害とひとことで言っても、さまざまなケースがありますし、そのときどきで異なったアプローチをとります。問題国が拷問や政治犯の拘禁といったような個人に対しておこなう人権侵害をやめるまで、当該国の首脳との面会を断るよう要請することもあります。三つめに戦争犯罪や人道に対する罪が犯されたような人権侵害のケースでは、その組織のトップであろうと国際犯罪の責任者を国際刑事法廷で訴追するよう働きかけることもあります。私たちは国際刑事法廷の設立をこれまで積極的に支援してきました。法廷に証拠を提出したり、HRWのスタッフが専門家証人として証言したりもしてきました。  
 
Q:問題のある国での情報収集はかなり困難な作業だと思いますが、どのようにしているのですか。  
 
A:HRW調査員以外の者による調査、つまり二次情報(伝聞証言)に頼ることはしません。調査員は被害者や目撃者、さらには政府関係者からも直接、話を聞きます。双方から意見を聞くことが必要だからです。その国の人権状況について、完全かつ正確な情報を得ることが何よりの目的ですから。曖昧な情報には頼らず、ときには調査が何ヵ月にも及ぶこともあります。たとえ調査員の入国が拒否されても何らかの方法で入り込むか、出国したばかりの人たちに話を聞くなどして、必ず一次情報を得てきました。  
 
Q:どういう人たちが調査員なのですか。  
 
A:私のような法律家もいれば、ジャーナリスト、研究者らさまざまな人たちから構成されています。プロ意識をもつとともに、慎重かつ正確な判断ができる人を選んでいます。調査員の使う言語は約60ヵ国語におよび、多くの調査員は当該国に住んでいますが、居住が困難な場合でも頻繁に出入りしている。つまり、その国や地域について、世界最高水準のエキスパートたちなのです。  
 
Q:そうした調査は常に危険が伴います。どうやって情報収集の技術や安全を確保しているのですか。  
 
A:調査員には数多くの訓練プログラムが用意されています。特に新規職員には、トレーニングをしっかり受けることが義務づけられています。新規職員が最初のミッションに赴く場合、単独ではなく経験を積んだ先輩とともに現地入りするなど、慎重にかつ注意深い行動をとります。  

安全確保の訓練について、もう少しお話ししましょう。調査員が危険地域に行く場合、どの地域が立ち入り可能なのか、立ち入ってはならないかなど、行動範囲を細かく確認します。さらに、単独行動あるいは、必ず同行者をともなうのかも事前に決定します。また、調査をおこなう時間帯、通信方法の選択も、現地入りの前段階に決めます。現地での安全を誰に相談するかということも、事前にじっくり話し合います。

安全はきわめて重要な問題ですが、これまで深刻な事態に陥ったことはありません。そういう意味では、たいへん幸運でした。  
 
Q:情報の信憑性を確認することも難しいですね。  
 
A:ええ、難しいことのひとつです。調査員の訓練のひとつに、どうやって真実を見分けるか、という項目があります。得た情報が真実かどうかを確認する技術は多岐にわたっていますが、なによりも必ず一次情報を得ること、直接目撃した人から話を聞くことが、調査員には義務づけられています。加えて、得られた一次情報については、必ずそれを補完する情報が必要となります。それらをすり合わせた結果、真実だと確認できなければ公表しません。そういうわけで、私たちの仕事は非常に時間がかかるのです。100人から数百人レベルでのインタビューを実行したうえでの、確実なリポートを提出しているのですから。  
 
Q:HRWのさまざまな努力は高く評価されていますが、現実は厳しいです。北朝鮮をはじめ、いくつかの国での人権侵害は、改善されたとはとても言えません。  
 
A:人権を侵害している国の多くは私たちのリポートを「真実を取り違えている」「理解が足りない」「バイアスがかかっている」などと否定します。しかし、現代社会においてこうした安っぽいPR作戦は通用しません。真実を否定し続けることはできないからです。  
 
実際、多くの国で人権状況に改善が見られています。北朝鮮でさえ変化のきざしがあるのですよ。最近、脱北を何度か繰り返した人が話してくれたことですが、連れ戻され拘禁された際、状況が以前に比べてよくなっていたというのです。なぜか。刑務官は「国際社会からプレッシャーがあったためだ」と説明したそうです。確かに金正日総書記の独裁体制は続いていますが、大きく報道されることのない水面下で、このように何らかのリアクションを引き起こすことは可能です。私たちが目指しているのは、体制の変更ではなく人権状況の改善です。  
 
Q:国際刑事法廷についての取り組みも積極的ですね。  
 
A:私たちの目標は、国際刑事裁判所を実効的な抑止力として機能させることです。国際刑事裁判所はまだ設置されてまもないですが、この法廷で重大な人権侵害を犯した独裁者や軍人らが裁かれるようになれば、多くの為政者が大量殺人などの人権侵害をやめることにもなるでしょう。もちろん、抑止力が100%働くことはありませんが、一部でも止めることができるのは、大きな意味のあることです。  
 
Q:先進国でも人権問題についての対応は単純ではありません。どの国も経済や安全保障問題も含めて対外政策を決めるので、必ずしも人権問題が最優先されるわけではないですね。  
 
A:おっしゃる通り、どの国の政府もあらゆる利益を追求していて、人権はその一部にすぎません。しかし私たちは人権問題が改善されることで、世界がより安全になり繁栄すると考えています。国際利益および国益として、人権をとらえていると言えるでしょう。長い目で見れば、すべての国にとって大きな利益となるのです。  
 
例えば中国に対して、EUの一部の国では武器輸出を再開したいという動きがあるのも事実です。多くの政府がダブルスタンダードを持っているのは間違いありません。ダブルスタンダードを解消するためにも、HRWは真実をメディアに知らせ、当該政府に恥ずべき行為だと認識させるとともに、関係国に対しては一貫性ある政策をとるように求めます。  
 
Q:アメリカはロスさんの母国ですが、人権問題に対するアメリカ政府のダブルスタンダードあるいはトリプルスタンダードは問題ではありませんか。  
 
A:おっしゃる通りです。HRWとアメリカ政府がどのような関係にあるか話しましょう。アメリカ政府とHRWが協力関係にあるものとして、スーダンのダルフール紛争や、ミャンマー軍事政権に対する政策が挙げられます。アメリカ政府は、人権問題の解決を政府の課題とする際HRWが蓄積している情報や、当該政府に対してかけている圧力などをありがたく思っていると思います。

しかし、こうしたパートナーシップがある一方で、HRWは批判もしています。アメリカ政府はパキスタンのムシャラフ大統領やエチオピアのゼナウィ大統領ら独裁者との間の協力関係ゆえに、彼ら人権侵害に目をつぶっています。このような場合、私たちは圧力をかける側にあります。  
 
アメリカの最大の問題は、なんといってもブッシュ政権が「テロとの戦い」のために拷問、裁判なしの無期限拘禁、強制失踪等の悪質な人権侵害を自ら犯していることです。その結果、国内外でアメリカ政府に対する信頼性が低下しました。エジプトのナズィーフ首相に会い、エジプト政府が被拘禁者を拷問している問題について改善を求めたときのことです。ナズィーフ首相は「ブッシュ大統領もやっていることではありませんか」と切り返してきました。アメリカがしてしまったことが、エジプト政府が世界中から受けるべきプレッシャー=恥ずかしいことをしているという意識を弱めてしまったという証拠です。  
 
Q:ソマリアの状況も深刻ですね。  
 
A:ソマリアの内戦はエチオピアとエリトリアの代理戦争となっています。エリトリアが反政府勢力の裏にいて、ソマリアに入ってきたエチオピア軍と戦っている。エチオピア軍はモガディシオのような市街地で無差別攻撃をして、超法規的略式の処刑も行っています。そのエチオピアは米国の同盟国であり、アメリカの同意の下ソマリアに進駐しているのです。昨年末からの一時の危機的状況と比べると状況は改善しました。しかし、いまだ劣悪なままであることに変わりはありません。  
 
非常に深刻な問題が起きていながら、誰も注意を払っていない地域があります。オガデンです。ご存じですか?エチオピア東部に位置するソマリ族が住む地域です。何十年間にもわたって、エチオピアからの独立運動が起きている。1年前のことですが、反政府武装勢力がここに居住していた中国の石油企業職員らを攻撃しました。これを契機に、エチオピア軍の一般市民の犠牲を度外視した作戦が深刻化しています。村を襲い一部の家に火を放って住民を殺す。恐怖にかられた住民をみな村から逃げさせて、エチオピア政府がコントロールしている地域に追い込むのです。そうやってオガデン地域全体をソマリ族のいない孤立した地域にしようとしているのです。オガデン地域に関するリポートがもうすぐ提出される予定です。これはきわめて困難な調査でした。  
 
Q:HRWが現在、抱えている問題は何ですか。  
 
A:まず近況から話します。現在、私たちは主要国の首都にオフィスを開設しようと奔走しています。組織は拡大し続けていまして、過去4年で2倍の規模になりました。今年の予算は3800万USドル(約41億円)です。80カ国も調査しているため、十分な人員を配置するのは困難です。これはいつも私どもの課題です。  
 
また、すでに話したようにブッシュ政権による人権侵害は、国際社会でのアメリカの信頼を失墜させました。そのため、私たちに協力してくれる政府を探さなければならないという新たな問題に直面しています。そこで欧州の主要国やカナダにオフィスを開設しました。東京も同じ理由です。今後はオーストラリアにも創設する予定です。  
 
私たちHRWの最終的な目的は、人権を尊重するために民主主義国家の同盟のようなものをつくり、人権を侵害する国家があらゆる方向からプレッシャーを感じざるを得ないような環境をつくることです。  
 
Q:赤十字国際委員会(ICRC)も同じような活動を展開していますね。  
 
A:ICRCは素晴らしい団体です。被拘禁者の人権やジュネーブ条約の遵守という目的のために活動を続け、HRWとも緊密な協力関係にあります。  

しかし、その手法は全く違います。ICRCの場合、被拘禁者に面会して得た情報事項を、当該政府以外には知らせないと約束するのですが、HRWの場合、ある政府が拘禁施設に対するアクセス許可と引き換えに公表を封じるよう求めてきたなら、断ります。私たちは何らかの別の方法を使って情報を得ることを選びます。真実を公表することが使命です。

Q:日本訪問の成果はいかがでしたか。  
 
A:政府の高官たちと建設的な話をすることができました。日本政府はこれまで人権問題に関して非常に慎重な態度に終始してきましたね。ミャンマーやスリランカといった国々に対する、今後の具体的な政策案を提案しました。HRWはこれからも日本政府への情報提供を続けていきますし、人権促進をより積極的に要求する政府となるよう、報道機関にも働きかけていくつもりです。

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。