ベトナムの政治囚の釈放を!

ベトナムでは、基本的な権利を行使したというだけの理由で、160人を超える政治囚が現在も拘束されています。人権問題を発信するブロガーや人権の守り手たちは、日常的に警察による嫌がらせや脅迫、監視、取り調べにさらされています。また、ベトナムは反対意見を一切許さない一党独裁の警察国家であり、活動家たちは弁護士や家族との面会も認められないまま、長期間にわたる未決拘禁を強いられています。
海外の援助国や貿易相手国は、平和的に意見を表明する人々に対する組織的な迫害を終わらせるよう、ベトナム政府に強く求めるべきです。平和的に権利を行使したという理由で投獄・拘束されているすべての人々の即時釈放を求める声に、あなたも加わってください。

Tran Anh Kim(チャン・アイン・キム)

チャン・アイン・キム (Tran Anh Kim)
刑期:13年
チャン・アイン・キム(Tran Anh Kim、1949年生まれ)は、元中佐で、タイビン(Thai Binh)町軍事委員会の元副政治委員。民主化を求める活動を理由に、13年の拘禁刑に服している。
チャン・アイン・キムは2006年、反体制派の作家として、また2006年4月8日に発足した民主化運動「ブロック8406(Bloc 8406)」のメンバーとして知られるようになった。ブロック8406は、同日に「2006年ベトナムの自由と民主主義のための宣言」(Tuyên Ngôn Tự Do Dân Chủ Cho Việt Nam 2006)を発表したことで知られる。宣言はベトナムの民主的改革を求めるもので、当初は反体制派118人が署名し、のちに数千人が署名に加わった。チャン・アイン・キムは、国内外の活動家が創刊・運営する民主化誌「トー・クオック(To Quoc)」の編集委員も務めた。2009年には、表現の自由を守る作家として、ヒューマン・ライツ・ウォッチのヘルマン・ハメット(Hellman/Hammett)助成金を受けている。
チャン・アイン・キムは2009年7月、禁止されている「ベトナム民主党」とのつながりを理由に、タイビン省警察に逮捕された。警察は刑法第79条に基づき、「人民政権の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴した。同年12月に有罪判決を受け、5年6月の拘禁刑を言い渡された。
チャン・アイン・キムは刑期を終え、2015年1月に釈放された。釈放後、BBCベトナム語放送に対し、民主主義と自由のための闘いを続けると語った。警察はチャン・アイン・キムを厳しい監視下に置いた。釈放から間もなく、活動家仲間のグループがタイビン省の自宅を訪ねたが、自宅を出たところで私服の男たちに襲撃された。
2015年9月、チャン・アイン・キムは「民主の旗を掲げる国民勢力」(Luc luong Quoc dan Dung co Dan chu、レ・タイン・トゥン(Le Thanh Tung)の事例を参照)というグループを創設したとして逮捕された。警察は刑法第79条に基づき、「人民政権の転覆を目的とする活動」の罪で起訴した。国営メディアによると、その目的は「ベトナム共産党とベトナム社会主義共和国を廃止し、複数政党制を樹立するよう呼びかけること」だったという。2016年12月、タイビン人民裁判所はチャン・アイン・キムに有罪判決を下し、13年の拘禁刑を言い渡した。刑期が長いのは、1度目の刑期を終えた後も民主化のための闘いを続けたためとみられる。
2017年8月、チャン・アイン・キムはハナム(Ha Nam)省のバーサオ(Ba Sao)刑務所から、タインホア(Thanh Hoa)省の第5刑務所に移送された。

Tran Van Bang(チャン・ヴァン・バン)

チャン・ヴァン・バン (Tran Van Bang)
刑期:8年
チャン・ヴァン・バン(Tran Van Bang、1961年生まれ)は、政府を批判したことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
チャン・ヴァン・バン(別名チャン・バン(Tran Bang))は、1980年代前半に軍務に就き、1980年代半ばに退役した後、灌漑技術者となった。過去10年間、反中国デモに参加してきた。2015年11月、中国の習近平国家主席のベトナム訪問に抗議するデモの際、治安当局者に暴行され、けがを負った。環境保護や人権を訴えるデモにも参加し、抑圧的な2018年のベトナムのサイバーセキュリティ法に公然と反対した。
チャン・ヴァン・バンは、グエン・トゥイ・ハイン(Nguyen Thuy Hanh)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)、チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong)、レ・ディン・ルオン(Le Dinh Luong)、グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、ファム・チー・ズン(Pham Chi Dung)、レ・フー・ミン・トゥアン(Le Huu Minh Tuan)、グエン・ヴァン・ホア(Nguyen Van Hoa)、ファム・チー・タイン(Pham Chi Thanh)、グエン・ナン・ティン(Nguyen Nang Tinh)など、多くの政治囚や被拘禁者への支持を公に表明した。
2020年12月には、民主化運動を理由に16年の拘禁刑に服している著名なブロガー、チャン・フイン・ズイ・トゥック(Tran Huynh Duy Thuc)を支援するため、1日のハンガーストライキを行った。2018年6月、元政治囚ドー・ティ・ミン・ハイン(Do Thi Minh Hanh)をラムドン(Lam Dong)に訪ねた活動家仲間のディン・ヴァン・ハイ(Dinh Van Hai)とヴー・ティエン・チー(Vu Tien Chi)が治安当局者に暴行された際には、困窮する2人のための募金集めに協力した。
近年、治安当局はチャン・ヴァン・バンを頻繁に自宅軟禁し、人権関連の行事や政治的に敏感な行事に参加できないようにした。
逮捕の数か月前、チャン・ヴァン・バンは健康状態が悪化したため、すべての活動をやめて療養に専念していた。それでも警察は定期的に呼び出して尋問を続けた。逮捕されると感じたチャン・ヴァン・バンは2022年2月半ば、ラジオ・フリー・アジアのインタビューに応じ、警察から「ベトナム社会主義共和国国家に反対する宣伝に関する問題」について質問されたと語った。そして「当局は手柄を立てるために、捕まえたい人を誰でも捕まえる。罪状は[逮捕の]口実にすぎない」と述べた。
ホーチミン市警察は2022年3月1日にチャン・ヴァン・バンを逮捕し、刑法第117条に基づき、政府を批判した罪で起訴した。2023年5月12日、ホーチミン市の裁判所はチャン・ヴァン・バンに8年の拘禁刑と、釈放後3年間の保護観察を言い渡した。

Nguyen Lan Thang(グエン・ラン・タン)

グエン・ラン・タン (Nguyen Lan Thang)
刑期:6年
グエン・ラン・タン(Nguyen Lan Thang、1975年生まれ)は、政府を批判したことを理由に、6年の拘禁刑に服している。
ハノイ建築大学を卒業したグエン・ラン・タンは、2000年代前半に反中国デモに参加したことから活動を始めた。現在は活動を休止している「No-U FC(No Uライン・フットボールクラブ)」の創設メンバーだった。これは、ベトナムが領有権を主張する海域に対する中国の領有権主張に異議を唱えることを目的としたサッカーチームである。また、No-Uの人道支援グループにも参加し、遠隔地の貧しい人びとや自然災害の被災者を支援した。
ハノイとホーチミン市で反中国デモへの厳しい弾圧が行われると、グエン・ラン・タンはそれに応じて、本人の言う「活動の範囲を、土地の権利を求める請願者の支援、強制的な土地収用との闘い、信教の自由の擁護、人権の擁護、[人びとの]法[理解]の促進など、ほかの分野に」広げた。
強制的な土地収用の現場に出向き、当局による過剰な実力行使を撮影した。環境保護を訴えるデモにも数多く参加した。活動家仲間の裁判を傍聴し、その家族を訪ねて連帯を示した。チャン・ドゥック・タック(Tran Duc Thach)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、レ・ヴァン・ズン(Le Van Dung)など、多くの政治囚への支持も表明した。
グエン・ラン・タンは、ラジオ・フリー・アジア・ベトナム語放送のブロガーでもある。2013年4月から、逮捕の前日にあたる2022年7月までに、ベトナムのさまざまな社会・政治問題を論じるブログ記事を130本以上書いた。平和的な活動を公に提唱し、「知識があり、思いやりがあり、狂信的でなく、非暴力的な」「明日のベトナムの若い世代」のために闘いたいと記した。
グエン・ラン・タンはかつて、「一般の人びとが、物事の実態を知り、神話から解き放たれ、立ち上がって自らの権利を求め、国家に義務を果たすよう求められるようになる行動に、心から関心を持っている。それが実現できれば、自由と民主主義への道は遠くない」と書いた。
当局は長年にわたり、何度もグエン・ラン・タンに嫌がらせや脅迫、迫害を加えてきた。恣意的に拘束して尋問し、自宅軟禁し、出国を禁止した。私服警官に暴行されたことも何度かある。2014年4月には、ハノイのノイバイ(Noi Bai)空港で警察が、国際的なメディアの自由に関する催しに出席するため米国へ向かおうとしたグエン・ラン・タンの出国を禁じた。グエン・ラン・タンは公開書簡を発表し、催しに出席できなかった無念を述べるとともに、ベトナムで基本的人権が尊重されていないことを嘆いた。
警察は2022年7月5日、ハノイで当時48歳のグエン・ラン・タンを逮捕し、刑法第117条1項に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対する情報・資料・文書の作成、保管、頒布または宣伝」の罪で起訴した。2023年4月12日、ハノイの裁判所はグエン・ラン・タンに有罪判決を下し、6年の拘禁刑と釈放後2年間の保護観察を言い渡した。

Dang Dang Phuoc(ダン・ダン・フオック)

ダン・ダン・フオック (Dang Dang Phuoc)
刑期:8年
ダン・ダン・フオック(Dang Dang Phuoc、1963年生まれ)は、政府を批判したことを理由に有罪となり、8年の拘禁刑を言い渡された。
ダン・ダン・フオックはベトナム軍に所属し、4年以上ラオスに駐留した。除隊後はダクラク(Dak Lak)教育短期大学の音楽教師となった。社会・政治・環境問題についてたびたび発言し、土地の権利を求める請願者や少数民族モンタニャール(Montagnard)など、貧しく力のない人びとを支援してきた。「私は正義と力のない人びとを守る。名声や富には関心がない」と書き、だからこそ「社会の不正を減らす助けになるよう声を上げる」と述べている。
過去10年間、ダン・ダン・フオックは末端レベルの汚職と権力乱用に反対する運動を続けてきた。言論・表現・結社・集会・信教の自由など、市民的・政治的権利のよりよい保護を訴えた。抑圧的な2018年のベトナムのサイバーセキュリティ法にも公然と反対した。
ダン・ダン・フオックは、民主化を求める請願にいくつも署名した。その一つが、複数政党制の選挙を可能にする憲法改正を求めて2013年1月に出された「請願72」である。2013年2月に出された「自由市民宣言」にも署名した。この宣言は、ベトナム共産党に権力の独占を認めた1992年憲法第4条の廃止を求め、複数政党制の政治体制、三権分立、軍の非政治化を訴えた。
環境に悪影響を及ぼす搾取的な経済開発事業についても、人びとの関心を高めるため声を上げた。2016年5月には、有毒廃棄物を排出してベトナム中部沿岸で大規模な海洋汚染を引き起こした台湾の製鉄会社フォルモサ(Formosa)に抗議する宣言に署名した。宣言の署名者は、事故の徹底的で透明な調査、災害で生計を失った人びとへの補償、責任の追及を求めた。逮捕直前の2022年7月には、トゥアティエンフエ(Thua Thien Hue)省での「無謀な」チタン採掘への懸念を表明した。
ダン・ダン・フオックは、グエン・トゥイ・ハイン(Nguyen Thuy Hanh)、チャン・フイン・ズイ・トゥック(Tran Huynh Duy Thuc)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong)、チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、グエン・ラン・タン(Nguyen Lan Thang)、ディン・ヴァン・ハイ(Dinh Van Hai)、イ・ウォ・ニエ(Y Wo Nie)、グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、ファム・チー・ズン(Pham Chi Dung)、レ・フー・ミン・トゥアン(Le Huu Minh Tuan)、ファム・チー・タイン(Pham Chi Thanh)、ディン・ティ・トゥー・トゥイ(Dinh Thi Thu Thuy)、ブイ・ヴァン・トゥアン(Bui Van Thuan)など、ベトナム当局に投獄された人権活動家への支持を公に表明し、ほかの反体制派との連帯を示した。
2022年9月8日、ダン・ダン・フオックは、前日の9月7日にダナン警察に逮捕された人権活動家ブイ・トゥアン・ラム(Bui Tuan Lam、「ネギ・ベイ(Green Onion Bae)」の名で知られる)を支持するフェイスブック投稿をした。それから2時間もたたないうちにダクラク警察がダン・ダン・フオックを逮捕し、刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴した。
2023年6月6日、ダクラク省の裁判所はダン・ダン・フオックに8年の拘禁刑と、釈放後4年間の保護観察を言い渡した。

Bui Tuan Lam(ブイ・トゥアン・ラム)

ブイ・トゥアン・ラム (Bui Tuan Lam)
刑期:5年6月
ブイ・トゥアン・ラム(Bui Tuan Lam、1984年生まれ)は、政府を批判したことを理由に、5年6月の拘禁刑に服している。
ブイ・トゥアン・ラム(別名ピーター・ラム・ブイ(Peter Lam Bui)、または「ネギ・ベイ(Green Onion Bae)」)は、過去10年間、ベトナムの民主化を公に訴えてきた。自らの「理念と情熱」は「自由、民主主義、人権を訴えること」だと語り、「祖国で人権が当たり前のものになること」を切望していると述べている。
ブイ・トゥアン・ラムは長年、反中国デモや環境保護を訴えるデモに数多く参加してきた。現在は活動を休止している「No-U FC(No Uライン・フットボールクラブ)」に加わったこともある。これは、ベトナムが領有権を主張する海域に対する中国の領有権主張に異議を唱えることを目的としたサッカーチームである。
ブイ・トゥアン・ラムはNo-Uの人道支援グループに参加し、ベトナムの遠隔地の貧しい人びとや自然災害の被災者を支援した。2020年4月には、新型コロナウイルス流行のさなかに地元の人びとに食料を配ったことで、ダナン警察から嫌がらせと脅迫を受けた。活動家仲間や政治囚とその家族への支持もたびたび表明した。
2014年2月、ブイ・トゥアン・ラムは、国連人権理事会でのベトナムの普遍的定期審査(UPR)にあわせた市民社会の人権キャンペーンに参加するため、ジュネーブを訪れた。ベトナム政府当局者からの報復の危険があったため、帰国前にビデオを用意し、自分が拘束された場合はそれを公開するよう、また自由と民主主義のための運動を続けるよう支援者に求めた。ベトナムに帰国すると、警察は空港でブイ・トゥアン・ラムを拘束し、何時間も尋問したうえでパスポートを没収した。それ以来、出国を認められていない。
2014年4月、元政治囚フイン・ゴック・トゥアン(Huynh Ngoc Tuan)の家を訪ねた帰りに、ブイ・トゥアン・ラムは私服の男たちにひどく殴打された。
警察は活動を理由に、ブイ・トゥアン・ラムにたびたび嫌がらせや脅迫を加えてきた。ホーチミン市で広告デザイナーとして働いていた頃には、警察が家主に圧力をかけて立ち退かせ、勤務先にも解雇させた。ブイ・トゥアン・ラムは故郷のダナンに戻らざるを得なくなり、そこで路上の屋台を開いて生計を立てた。
2021年11月、ブイ・トゥアン・ラムは、麺料理にネギを振りかける自身のパロディ動画で有名になった。これは、セレブシェフのソルト・ベイ(Salt Bae)が、金箔を巻いた2,000米ドルのステーキに塩を振りかけ、ベトナムの公安相トー・ラム(To Lam)にスプーンで食べさせている様子をまねたものだった。警察はブイ・トゥアン・ラムを何度も呼び出して尋問し、麺料理の店を閉めるよう圧力をかけた。ブイ・トゥアン・ラムは数日間、店を閉めた。
警察は2022年9月にブイ・トゥアン・ラムを逮捕し、刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴した。警察は7か月以上にわたり外部との連絡を絶った状態で拘束し、検察は本人が弁護人を望んでいないと主張した。ブイ・トゥアン・ラムの妻レ・タイン・ラム(Le Thanh Lam)がこれに異議を申し立てて認められると、当局は報復として、5月25日にダナンで開かれた夫の公判への妻の出席を拒んだ。それでも妻が裁判所の外に姿を見せると、警察は妻を取り押さえ、乱暴に扱い、路上を引きずって脚にけがを負わせた。妻によると、警察は数時間にわたり拘束し、「体の隅々まで調べ」、「もはや人間ではないかのように扱った」という。妻が解放されたのは、公判が終わってかなりたった夜のことだった。法廷内でも混乱は続いた。裁判官は、弁護人のゴー・アイン・トゥアン(Ngo Anh Tuan)が弁論を終える前に法廷から退去させるよう命じた。
ダナンの裁判所はブイ・トゥアン・ラムに有罪判決を下し、5年6月の拘禁刑と、釈放後4年間の保護観察を言い渡した。

Truong Van Dung(チュオン・ヴァン・ズン)

チュオン・ヴァン・ズン (Truong Van Dung)
刑期:6年
チュオン・ヴァン・ズン(Truong Van Dung、1954年生まれ)は現在、政府を批判したことを理由に、6年の拘禁刑に服している。
チュオン・ヴァン・ズンは2000年代、自宅の強制収用に反対する運動を通じて、土地の権利を求める活動を始めた。2010年代前半には、ほかの活動家とともに、表現・結社・集会の自由などの基本的権利を訴えるようになった。2011年から2018年にかけては、反中国デモや環境保護を訴えるデモにも数多く参加した。問題の多い2018年のベトナムのサイバーセキュリティ法に反対するデモに加わり、ベトナムの全国「選挙」を公にボイコットした。この選挙はベトナム共産党が管理する手続きで、自由でも公正でもない。
グエン・トゥイ・ハイン(Nguyen Thuy Hanh)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、グエン・ティ・タム(Nguyen Thi Tam)、チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)、チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong)、レ・ディン・ルオン(Le Dinh Luong)、ホアン・ドゥック・ビン(Hoang Duc Binh)、グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、ファム・チー・ズン(Pham Chi Dung)、レ・フー・ミン・トゥアン(Le Huu Minh Tuan)、ドー・ナム・チュン(Do Nam Trung)、「民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)」(Hoi Anh em Dan chu)のメンバーなど、多くの政治囚や被拘禁者への支持も公に表明した。
2013年12月、チュオン・ヴァン・ズンはほかの活動家とともに人道支援団体「ひょうたんとかぼちゃの相互扶助会」(Hoi Bau bi Tuong Than)を設立し、政治囚や土地の権利を求める請願者とその家族に、経済的・精神的な支援を行った。
チュオン・ヴァン・ズンは長年、警察の尋問、自宅軟禁、出国禁止、私服の当局者による暴行など、政府からの嫌がらせと脅迫を受けてきた。2014年3月、私服の男たちに襲われてけがを負った後、ラジオ・フリー・アジアの記者にこう語った。「私は一歩も引かない。相手がこうした行動[攻撃]をとればとるほど、私は自分の道を進む意欲がかき立てられる……私は自分をとても誇りに思っている。恥ずべきことは何もしていない」
2022年5月の逮捕後、チュオン・ヴァン・ズンは9か月以上、外部との連絡を絶った状態で拘束された。弁護士との面会が初めて認められたのは3月だった。家族はいまだに面会を認められていない。ベトナムの裁判所は与党ベトナム共産党の支配下にあって独立しておらず、審理や裁判は国際基準を満たしていない。
ハノイ警察は2022年5月、「国家に反対する宣伝を行った」罪でチュオン・ヴァン・ズンを逮捕した。2023年3月28日、裁判所はチュオン・ヴァン・ズンに有罪判決を下し、6年の拘禁刑を言い渡した。

Le Manh Ha(レ・マイン・ハー)

レ・マイン・ハー (Le Manh Ha)
刑期:8年
レ・マイン・ハー(Le Manh Ha、1970年生まれ)は市民ジャーナリストで、共産党とベトナム政府を批判したことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
レ・マイン・ハーは2000年代前半から、土地の権利を求める請願者として活動してきた。トゥエンクアン(Tuyen Quang)省の大規模水力発電事業で立ち退かされた農民の移転に反対する運動を行った。2018年5月にはYouTubeチャンネル「Tieng Dan TV Le Ha(人民の声 レ・ハー・テレビ)」を開設し、土地をめぐる請願者や農民が、自分たちが受けている不正に抗議する動画を撮影できる場をつくった。モットーは「市民の権利を保障するために憲法を広める」である。
レ・マイン・ハーは、トゥエンクアン省各地で、土地の権利を求める多くの請願者にインタビューした。自らの目的は、ベトナム憲法の順守と、請願権や告発権を含む市民の基本的権利の保護を促すことだと公に表明した。人びとの知識を高め、真の民主社会を築きたいとも述べた。
当局に逮捕される前の週、レ・マイン・ハーはフェイスブックに「ベトナムでは、汚職が人民を打ち負かした。汚職は最新の武器を備えているからだ。人民には、汚職と闘うための武器は携帯電話しかない」と投稿した。
レ・マイン・ハーは、レ・チョン・フン(Le Trong Hung)、レ・ヴァン・ズン(Le Van Dung)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)など、市民ジャーナリスト仲間への支持と連帯もたびたび表明した。
トゥエンクアン省警察は2022年1月にレ・マイン・ハーを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。
トゥエンクアン省の新聞は、「レ・マイン・ハーは、YouTubeやフェイスブックなどのソーシャルメディアで、人民政権を宣伝・歪曲・中傷し、偉大な指導者ホー・チ・ミンや党と国家の指導者を侮辱する内容の記事や動画を多数作成・投稿・共有し、人民の間に混乱を引き起こすための捏造情報を広めた」と主張した。
2022年10月、トゥエンクアン省の裁判所はレ・マイン・ハーの公判を開いた。トゥエンクアン新聞によると、レ・マイン・ハーは公判で次のように述べた。「自分の書いたものは、フェイスブックで読んだりソーシャルメディアで見たりした内容に基づいている。そうした内容は、汚職、権力や地位の売買、領土主権の問題、国の天然資源・鉱物資源の管理と開発の不備、土地収用後の移転住民への不十分な補償、国会議員への不信、教育・医療制度の問題、自由と民主主義に対する今の若者の受け止め方など、ベトナムの現状を明らかにしていると思った。自分の考えや見方と一致していると思ったので、コピーしてフェイスブックに投稿したり、共有したりした」
裁判所は、こうした情報をコピーし、投稿し、共有したレ・マイン・ハーの行為を「社会にとって非常に危険であり、国家安全保障を侵害し、党の政策に反する」と判断した。そしてレ・マイン・ハーに有罪判決を下し、8年の拘禁刑と、その後5年間の保護観察を言い渡した。

Le Thanh Tung(レ・タイン・トゥン)

レ・タイン・トゥン (Le Thanh Tung)
刑期:12年
レ・タイン・トゥン(Le Thanh Tung、別名レ・アイ・クオック(Le Ai Quoc)、1968年生まれ)は、ベトナムの民主化を求めたことを理由に、12年の拘禁刑に服している。
レ・タイン・トゥンは1986年にベトナム人民軍に入隊し、ベトナム中部高原とカンボジアに駐留した。1991年に除隊し、日雇い労働者として働いた。2006年にベトナムの自由と民主主義を訴え始め、翌年ブロック8406(Bloc 8406)に加わった。ブログを書き、市民ジャーナリストとして土地紛争や労働者のストライキについて報じた。土地を収用された人びとが、裏付け資料を添えて政府に提出する請願書を作成するのも手伝った。ベトナム政府に民主的な複数政党制の政治体制の導入を求める記事も、いくつも執筆した。
活動を理由に、レ・タイン・トゥンは公の場での批判や公開の自己批判の強要など、当局による一連の嫌がらせを受けた。2011年12月、警察はレ・タイン・トゥンを逮捕し、ベトナム刑法第88条に基づき「ベトナム社会主義共和国に反対する宣伝を行った」罪で起訴した。2012年8月、ハノイ人民裁判所はレ・タイン・トゥンに5年の拘禁刑を言い渡した。2012年11月、最高人民裁判所は刑期を4年の拘禁刑に減刑した。
レ・タイン・トゥンは2015年6月、刑期満了の数か月前に釈放された。しかし、自由は長く続かなかった。2015年12月、「民主の旗を掲げる国民勢力」(Luc luong Quoc dan Dung co Dan chu、チャン・アイン・キム(Tran Anh Kim)の事例も参照)というグループを共同で創設したとして、警察に再び逮捕された。今回の罪状は、第79条に基づく「人民政権の転覆を目的とする活動」だった。2016年12月、タイビン(Thai Binh)人民裁判所はレ・タイン・トゥンに12年の拘禁刑を言い渡した。
2017年8月、レ・タイン・トゥンはハナム(Ha Nam)省のバーサオ(Ba Sao)刑務所から、タインホア(Thanh Hoa)省の第5刑務所に移送された。

Hoang Duc Binh(ホアン・ドゥック・ビン)

ホアン・ドゥック・ビン (Hoang Duc Binh)
刑期:14年
ホアン・ドゥック・ビン(Hoang Duc Binh、1983年生まれ)は、労働者や漁民の権利を推進する活動を理由に、14年の拘禁刑を言い渡された。
ホアン・ドゥック・ビンは、労働者の権利を推進するため2008年に設立された独立団体「ベトナム労働運動」(Phong trao Lao dong Viet)の副代表である。2015年12月、独立した労働組合の結成を認めるよう訴えるビラを配ったとして、警察に一時拘束された。ビラは、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定のもとでベトナムの労働者が独立した労働組合を結成し加入できるようになるという、当時のグエン・タン・ズン(Nguyen Tan Dung)首相の約束を引用していた。ホアン・ドゥック・ビンはグオイ・ヴィエット(Nguoi Viet)紙に対し、拘束中に殴打されたと語った。釈放を求めて警察署に出向いた活動家仲間も暴行を受けた。
ホアン・ドゥック・ビンは、政治囚や被拘禁者への支持を繰り返し公に表明してきた。フォルモサ(Formosa)に抗議するデモにも何度か参加し、2016年の有毒物質流出事故で生計を失った漁民への補償を求めるグループの組織化にも協力した。
ゲアン(Nghe An)省共産党支部の機関紙バオ・ゲアン(Bao Nghe An)は、ホアン・ドゥック・ビンが「個人のフェイスブックアカウントで、体制に反対する宣伝を行い、多元主義と複数政党制を主張する情報や資料をたびたび投稿・共有していた。中部沿岸の環境事故に乗じ、『ベトナム労働運動』の副代表として『中部漁民連合』[Hiep hoi ngu dan mien Trung]の結成を推し進めた。その意図は、外郭組織を築いて勢力を集め、中部のカトリック信者や漁民をそれに参加するよう扇動し、抗議を扇動して治安と秩序を乱すための『核となる要素』を探すことにあった」と非難した。
2017年5月15日、ホアン・ドゥック・ビンは、同じく人権擁護者であるグエン・ディン・トゥック(Nguyen Dinh Thuc)神父の車に同乗していたところ、交通警察に止められた。トゥック神父がサイゴン放送テレビネットワーク(Saigon Broadcasting Television Network)のウェブサイトに掲載した声明によると、私服の男たちと制服警官の一団が「突然現れ、ドアをこじ開け、ホアン・ドゥック・ビンを車から力ずくで引きずり出して連れ去った」。逮捕状は示されなかった。その夜、ゲアンのテレビ局がホアン・ドゥック・ビンの逮捕を報じた。テレビに映った逮捕状には、本人の手で「ゲアン警察は私を殴り、違法に逮捕したので、[罪状に]同意しない」と書かれていた。
ゲアン省警察は、刑法第258条に基づく「自由と民主主義を濫用して国家の利益、組織および市民の正当な利益と権利を侵害した」罪と、第257条に基づく「公務執行者に抵抗した」罪で、ホアン・ドゥック・ビンを起訴した。2018年2月、ゲアン省ジエンチャウ(Dien Chau)県人民裁判所はホアン・ドゥック・ビンの公判を開き、14年の拘禁刑を言い渡した。

Truong Minh Duc(チュオン・ミン・ドゥック)

チュオン・ミン・ドゥック (Truong Minh Duc)
刑期:12年
チュオン・ミン・ドゥック(Truong Minh Duc、1960年生まれ)は、民主化を求めるグループとの関わりを理由に有罪となり、12年の拘禁刑を言い渡された。
チュオン・ミン・ドゥックはジャーナリストで、ティエンフォン(Tien phong、先鋒)、タインニエン(Thanh nien、青年)、ファップルアット(Phap luat、法律)、そして故郷の新聞キエンザン(Kien Giang)など、ベトナムのさまざまな主要紙に記事を書いてきた。土地所有に関わる地方当局の汚職や不正を暴き、困難な状況にある人びとを助けるよう呼びかけた。2006年には、民主化運動のブロック8406(Bloc 8406)と、「社会の民主化の過程を前進させ、平和、自由、繁栄、進歩のある新しいベトナムを築く闘いに参加すること」を目的とする人民党(Populist Party)に加わった。
チュオン・ミン・ドゥックは2007年5月に逮捕され、刑法第258条に基づき「民主主義と自由の権利を濫用して国家の利益を侵害した」罪で起訴された。有罪となり、5年の拘禁刑を言い渡された。2012年5月に刑期を終えてからは、再び人権問題について書き始めた。悔い改めを拒んでいるというだけの理由で獄中で嫌がらせを受け続けている良心の囚人仲間のために声を上げている。労働者の権利を求める運動のため、2014年から2016年まで「自由ベトナム労働連盟」(Lao dong Viet)に、2016年には「ベトナム労働運動」(Phong trao Lao dong Viet)に加わった。「ベトナム元良心の囚人の会」(Hoi Cuu Tu nhan Luong tam Viet Nam)と、「ベトナム憲法と国際条約で認められた人権を守る」こと、「ベトナムに民主的で進歩的、文明的で公正な社会を築くことを推進する」ことを掲げて2013年に設立された「民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)」のメンバーでもある。有毒廃棄物を海に排出してベトナム中部沿岸で大規模な海洋災害を引き起こした台湾の製鉄会社フォルモサ(Formosa)に反対する運動も行った。
人権活動を理由に、チュオン・ミン・ドゥックは嫌がらせ、脅迫、自宅軟禁、尋問、身体的暴行を受けてきた。2014年9月、労働権活動家ドー・ティ・ミン・ハイン(Do Thi Minh Hanh)の海外渡航が禁じられた件について問い合わせるため、ほかの活動家3人とハノイの公安省を訪れた際、私服の男たちの一団に襲われ、意識を失うまで殴られた。2014年11月には8人の男たちにひどく殴打された。チュオン・ミン・ドゥックによると、そのうち1人はホアという名の警察官で、2か月前にビンズオン(Binh Duong)省ベンカット(Ben Cat)県ミーフオック(My Phuoc)坊の警察署でチュオン・ミン・ドゥックを尋問し、殴った人物だった。2015年11月には、ユプーン(Yupoong)社の労働者が権利を行使するのを手助けしたとして、ドンナイ(Dong Nai)省警察がチュオン・ミン・ドゥックと労働活動家ドー・ティ・ミン・ハインを拘束し、暴行した。
2017年7月、警察はチュオン・ミン・ドゥックを逮捕し、刑法第79条に基づき、人民政権の転覆を目的とする活動を行った罪で起訴した。
チュオン・ミン・ドゥックは2013年にヘルマン・ハメット(Hellman/Hammett)助成金(表現の自由)を、2010年にはベトナム人権ネットワーク(Vietnam Human Rights Network)からベトナム人権賞を受けている。

Nguyen Trung Ton(グエン・チュン・トン)

グエン・チュン・トン (Nguyen Trung Ton)
刑期:12年
グエン・チュン・トン(Nguyen Trung Ton、1972年生まれ)は、民主化を求めるグループとの関わりを理由に有罪となり、12年の拘禁刑を言い渡された。
グエン・チュン・トンは独立系プロテスタントの牧師でブロガーでもあり、ベトナムにおける信教の自由の欠如などの人権問題について書いてきた。多くの農民を土地なしの状態に追いやった地方の土地収用や汚職についても書いた。政府が税金を、インフラや学校の建設、貧しい人びとの支援ではなく祭典に使っていることを批判した。独立系ホアハオ(Hoa Hao)仏教の指導者レ・クアン・リエム(Le Quang Liem)やメノナイトの牧師ズオン・キム・カイ(Duong Kim Khai)など、宗教活動家の仲間を支援した。警察が自身と家族に加えた嫌がらせや暴行についても書いている。
グエン・チュン・トンは、何度も嫌がらせ、脅迫、自宅軟禁、尋問、身体的暴行を受けてきた。2003年5月には、家の教会として使っていた自宅が私服の男たちに襲撃された。2006年6月には、教会の礼拝に出席した後に警察に呼び出され、尋問中に暴行を受けた。2009年8月には、個人宅で独自に行っていた祈りの集まりの最中に、地元当局者を伴った私服の男たちが、グエン・チュン・トンの家族と宗教活動家仲間を襲って殴った。2010年6月には、父親が警察の虐待を暴露した後、10代の息子グエン・チュン・チョン・ギア(Nguyen Trung Trong Nghia)が通学途中に正体不明の男5人に殴られた。
グエン・チュン・トンは2011年1月、国家に反対する宣伝を行ったとして逮捕され、2年の拘禁刑を言い渡された。2013年1月に刑期を終えると、すぐに人権と民主主義のための運動を再開した。獄中記を書き、ザンラムバオ(Dan Lam Bao、市民ジャーナリズム)に掲載された。政治囚の釈放を訴えた。「ベトナム元良心の囚人の会」(Hoi Cuu Tu nhan Luong tam Viet Nam)と、「ベトナム憲法と国際条約で認められた人権を守る」こと、「ベトナムに民主的で進歩的、文明的で公正な社会を築くことを推進する」ことを掲げて2013年に設立された「民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)」に加わった。有毒廃棄物を海に排出してベトナム中部沿岸で大規模な海洋災害を引き起こした台湾の製鉄会社フォルモサ(Formosa)に反対する運動も行った。
2017年2月、グエン・チュン・トンは友人とともに、タインホア(Thanh Hoa)省クアンティン(Quang Thing)村からクアンビン(Quang Binh)省バードン(Ba Don)町までバスで移動した。到着すると、私服の若い男7、8人の一団が2人をワゴン車に引きずり込み、所持品を奪い、服をはぎ取り、上着で頭を覆い、鉄パイプで繰り返し殴った。加害者たちはその後、グエン・チュン・トンと友人をハティン(Ha Tinh)省の人けのない森に置き去りにした。グエン・チュン・トンは重傷を負い、地元の病院で手術を受けなければならなかった。
2017年7月、警察はグエン・チュン・トンを逮捕し、刑法第79条に基づき、人民政権の転覆を目的とする活動を行った罪で起訴した。
グエン・チュン・トンは2013年にヘルマン・ハメット(Hellman/Hammett)助成金(表現の自由)を受けている。

Le Dinh Luong(レ・ディン・ルオン)

レ・ディン・ルオン (Le Dinh Luong)
刑期:20年
レ・ディン・ルオン(Le Dinh Luong、1965年生まれ)は、人権と民主主義を求める運動を理由に有罪となり、20年の拘禁刑を言い渡された。
レ・ディン・ルオンはカトリックの活動家で、ベトナム当局が政治的に容認できないとみなす多くの活動に参加してきた。中部高原でのボーキサイト採掘に反対する請願に署名した。2016年4月に有毒廃棄物を海に排出し、ベトナム中部沿岸で魚の大量死と環境災害を引き起こした台湾企業フォルモサ・ハティン・スチール(Formosa Ha Tinh Steel)に対する抗議デモにも加わった。
2016年5月の全国選挙のボイコットを公に宣言した。グエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)、グエン・ヴィエット・ズン(Nguyen Viet Dung)、ホー・ドゥック・ホア(Ho Duc Hoa)などの政治囚への支持も表明した。連帯を示すため、出所した元政治囚や、民主主義と人権のための運動を理由に投獄された人びとの家族をたびたび訪ねた。
レ・ディン・ルオンは、「自由と民主主義の権利を濫用して国家の利益を侵害した」罪に最長7年の拘禁刑を科す1999年刑法第258条など、反対意見を封じるために使われる法律の廃止を求める運動を行った。おいで著名な人権活動家のレ・クオック・クアン(Le Quoc Quan)によると、レ・ディン・ルオンは、地方当局が課す過大な教育費や農業生産費の支払いを農民が拒否する権利を求める運動も行った。
2015年8月、レ・ディン・ルオンはほかの活動家数人とともに、ラムドン(Lam Dong)省ラムハー(Lam Ha)県に住む政治活動家チャン・ミン・ニャット(Tran Minh Nhat)を訪ねた。チャン・ミン・ニャットは、国外を拠点とする政党ベトタン(Viet Tan)に関与したとして科された4年の拘禁刑を終え、釈放されたばかりだった。訪問者たちがその地域を離れようとしたところ、私服の男たちに激しく襲われた。
2017年7月24日、レ・ディン・ルオンは活動家仲間のタイ・ヴァン・ホア(Thai Van Hoa)とともに、2017年1月に2度目の逮捕をされた元政治囚グエン・ヴァン・オアイ(Nguyen Van Oai)の家族を訪ねた。タイ・ヴァン・ホアによると、2人が帰ろうとしたところ、私服の男たちの一団に殴られ、別々のワゴン車に押し込まれた。同日、警察はレ・ディン・ルオンを逮捕し、刑法第79条に基づき「人民政権の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴したと発表した。警察と軍の新聞は、レ・ディン・ルオンを「危険な反動分子」で、非合法化されたベトタンのメンバーだと非難した。
2018年8月、ゲアン(Nghe An)人民裁判所はレ・ディン・ルオンの公判を開き、有罪として20年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Van Tuc(グエン・ヴァン・トゥック)

グエン・ヴァン・トゥック (Nguyen Van Tuc)
刑期:13年
グエン・ヴァン・トゥック(Nguyen Van Tuc、1964年生まれ)は、民主主義と人権を求める運動を理由に、13年の拘禁刑に服している。
グエン・ヴァン・トゥックは2000年代前半、故郷のタイビン(Thai Binh)省ドンフン(Dong Hung)県ドンラー(Dong La)村で、汚職と土地の権利の収奪に反対する運動を始めた。その後、ベトナムにおける複数政党制の民主的な政治体制と人権を求めて2006年4月8日に設立されたブロック8406(Bloc 8406)に加わった。当局の汚職と人権侵害を告発する記事を発表した。
グエン・ヴァン・トゥックはこう書いている。「私は教育をあまり受けていない、土地の権利を求める請願者だ。しかし、同胞への愛と国を思う痛みが、私を勇気づけ、社会の不正に声を上げさせる。人びとが幸せになり、国が自由と民主主義を手にし、社会がよくなるために命を捧げなければならないとしても、私は悔いなくそうするだろう」
2008年9月、グエン・ヴァン・トゥックはほかの活動家とともに、ハイフォン(Hai Phong)市の高架道路に「ティエンフォン坊(Tien Phong)は汚職撲滅のために断固闘う。[我々は]政府に祖国を断固として守るよう求める。[我々は]ベトナム共産党に多元主義と複数政党制を受け入れるよう求める」と書いた横断幕を掲げ、警察に逮捕された。当局は1999年刑法第88条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴した。2009年10月、ハイフォン人民裁判所はグエン・ヴァン・トゥックとほかの活動家5人の公判を開いた。グエン・ヴァン・トゥックは有罪となり、4年の拘禁刑を言い渡された。
2012年9月に出所すると、すぐに人権と民主主義のための運動を再開した。2013年4月にグエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)と人権活動家仲間が「ベトナム憲法と国際条約で認められた人権を守る」こと、「ベトナムに民主的で進歩的、文明的で公正な社会を築くことを推進する」ことを掲げて設立した「民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)」に加わった。民主主義のための兄弟会は、ベトナム国内外の活動家をつなぐネットワークの役割を果たしてきた。
グエン・ヴァン・トゥックは2017年9月に再び逮捕され、1999年刑法第79条に基づき「人民政権の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴された。人民日報(ニャンザン(Nhan Dan))は、グエン・ヴァン・トゥックが「ベトナム共産党の指導的役割を排除し、人民政権を転覆させ、政治体制を変えることをたくらむ、違法に活動する反動組織」に加わったと非難した。
2018年4月、わずか数時間で終わった公判で、タイビン人民裁判所はグエン・ヴァン・トゥックに有罪判決を下し、13年の拘禁刑を言い渡した。
グエン・ヴァン・トゥックの妻ブイ・ティ・レー(Bui Thi Re)は、夫が心臓病や角膜炎(目の炎症)などを患い、健康状態がよくないと公に述べている。

Nguyen Trung Truc(グエン・チュン・チュック)

グエン・チュン・チュック (Nguyen Trung Truc)
刑期:12年
グエン・チュン・チュック(Nguyen Trung Truc、1974年生まれ)は、民主主義と人権を求める運動を理由に有罪となり、12年の拘禁刑を言い渡された。
グエン・チュン・チュックは、長年にわたって民主化活動に関わってきた。ボートピープルとして1990年代に7年以上を香港の難民キャンプで過ごした後、1997年にベトナムへ送還された。2003年にマレーシアへ働きに出て、人権活動家ヴー・クアン・トゥアン(Vu Quang Thuan)とレ・タン・ロン(Le Thang Long)が設立した「ベトナム復興運動」(Phong trao Chan hung nuoc Viet)に加わった。この団体は、ベトナムが複数政党制の民主的な政治体制を採用するよう訴えていた。レ・タン・ロンによると、運動の目的は「国の共通かつ長期的な利益のために、協同による改革、非暴力、対話、傾聴」を推進することである。
警察の新聞は2017年9月、グエン・チュン・チュックが「ベトナムの歪んだイメージを宣伝する内容の反動的文書を数多く積極的に執筆し、マレーシアでインタビューに応じたり違法な抗議活動に参加したりした」と報じた。マレーシアは2012年9月、グエン・チュン・チュックをベトナムへ送還した。
2015年8月、グエン・チュン・チュックは、人権運動家グエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)と活動家仲間が2013年4月に設立した「民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)」に加わった。「ベトナム憲法と国際条約で認められた人権を守る」こと、「ベトナムに民主的で進歩的、文明的で公正な社会を築くことを推進する」ことを目的に掲げる民主主義のための兄弟会は、ベトナムの人権と民主主義のために活動する、国内外の活動家のネットワークである。
グエン・チュン・チュックは、同会のベトナム中部地域の代表を務めた。2016年4月に有毒廃棄物を海に排出してベトナム中部沿岸で大規模な海洋災害を引き起こした台湾の製鉄会社フォルモサ(Formosa)への抗議デモにも参加した。
2016年7月、グエン・チュン・チュックはほかの7人とともに、活動家仲間の結婚式に出席するためゲアン(Nghe An)省クアロ(Cua Lo)を訪れた。数十人の私服の一団が一行を襲ってひどく殴り、携帯電話、財布、政府発行の身分証明書を奪った。加害者たちは一行を人けのない森に置き去りにした。グエン・チュン・チュックによると、背中に打撲を負い、口、鼻、耳から出血し、のちに耳の切り傷を縫わなければならなかった。
グエン・チュン・チュックは2017年8月に逮捕され、1999年刑法第79条に基づき「人民政権の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴された。2018年9月、クアンビン(Quang Binh)省人民裁判所はグエン・チュン・チュックに12年の拘禁刑を言い渡した。

Luu Van Vinh(ルー・ヴァン・ヴィン)

ルー・ヴァン・ヴィン (Luu Van Vinh)
刑期:15年
ルー・ヴァン・ヴィン(Luu Van Vinh、1967年生まれ)は、民主化を求めるグループとの関わりを理由に有罪となり、15年の拘禁刑を言い渡された。
ルー・ヴァン・ヴィンは、ホーチミン市で反中国デモや環境保護を訴えるデモにたびたび参加した。活動家との会合に出席し、人権問題について話し合った。2015年4月には、ロンアン(Long An)省の自宅から立ち退かせようとした警察に酸をかけたとして服役中の、土地の権利を求める請願者の子どもたちを訪ねた後、警察に12時間以上拘束された。
2016年7月、ルー・ヴァン・ヴィンは独立した政治グループ「ベトナム国民自決連合(Vietnam National Self-Determination Coalition)」の結成を発表した。発表は、共産党の見解に対抗する視点を示すため、ベトナム国内外の政党と市民社会団体が結集する必要があると主張していた。
警察は2016年11月にルー・ヴァン・ヴィンを逮捕し、1999年刑法第79条に基づいて起訴した。連合のメンバーで、のちにタイへ逃れて庇護を求めたドアン・ミン・トゥアン(Doan Minh Tuan)は、ベトナム・シドニー・ラジオ(Vietnam Sydney Radio)の記者に対し、その朝ルー・ヴァン・ヴィンの家を訪ねていて逮捕を目撃したと語った。私服の治安当局者が家に押し入り、逮捕状も示さずに2人を拘束した。逮捕の際、警察は2人を殴り、尋問のため、どこかわからない警察本部に連行した。
治安当局者は同日午後、ルー・ヴァン・ヴィンを自宅に連れ戻し、逮捕状を読み上げた。ドアン・ミン・トゥアンによると、ドアン・ミン・トゥアン自身は3日間拘束された後に釈放され、厳しい監視下に置かれた。その後の4か月間、警察はドアン・ミン・トゥアンを何度も呼び出して尋問し、罪を認めてルー・ヴァン・ヴィンについて報告するよう圧力をかけた。ドアン・ミン・トゥアンは2017年4月、カンボジアへ、そしてタイへと逃れた。
2018年5月、国連の恣意的拘禁に関する作業部会は、ルー・ヴァン・ヴィンの逮捕は恣意的なものだとする意見を出した。作業部会は「事件のあらゆる状況、特にヴィン氏の健康が損なわれる危険を考慮すると、適切な救済措置は、ヴィン氏を直ちに釈放し、国際法に従って、強制力のある補償その他の賠償を受ける権利を与えることである」としている。
2018年10月、ホーチミン人民裁判所はルー・ヴァン・ヴィンの公判を開き、有罪として15年の拘禁刑を言い渡した。

Pham Van Diep(ファム・ヴァン・ディエップ)

ファム・ヴァン・ディエップ (Pham Van Diep)
刑期:9年
ファム・ヴァン・ディエップ(Pham Van Diep、1965年生まれ)は、人権と民主化を訴えるブロガーである。フェイスブックに意見を投稿したことを理由に有罪となり、9年の拘禁刑を言い渡された。
ファム・ヴァン・ディエップは長年の人権擁護者で、ベトナム政府を批判してきた。ブログを、のちにはフェイスブックのアカウントを繰り返し使い、人権侵害を取り上げてきた。タインホア(Thanh Hoa)出身で、1992年12月に留学のためロシアに渡り、2016年6月まで滞在した。2002年から、政府を批判する意見記事をオンラインで執筆・公開し始めた。
2011年夏、ベトナムに一時帰国した際、ファム・ヴァン・ディエップはハノイで2回の反中国デモに参加した。2012年にはベトナム共産党に宛てた公開書簡を書き、共産党を国家と社会の指導勢力と定めるベトナム憲法第4条を批判した。また、ベトナム政府に対し、刑法の旧第258条(現第331条)を廃止し、この条項によって投獄されている人を直ちに釈放するよう求めた。以前からベトナムへの出入国でたびたび問題に直面しており、渡航制限に異議を唱えて訴訟を起こしたが、いずれも認められなかった。
ファム・ヴァン・ディエップは2016年6月に2回ベトナムへの入国を試みたが拒否され、その後ラオスから再び試みたところ、パスポートを没収された。そこでビエンチャン(Vientiane)の凱旋門(パトゥーサイ(Patuxai))でベトナム共産党に抗議する行動を行い、逮捕されて「ラオス人民民主共和国の領土を利用して近隣諸国に反対した」罪で起訴された。2018年2月、ラオスの裁判所はファム・ヴァン・ディエップの公判を開き、有罪として21か月の拘禁刑を言い渡した。
ファム・ヴァン・ディエップは2018年3月に釈放され、ラオス警察によってカウチェオ(Cau Treo)国境検問所に連れて行かれた。理由は明らかでないが、ベトナム当局は入国を認めた。2018年6月、ファム・ヴァン・ディエップはハノイで、経済特区法案に反対するデモに参加した。本人によると、警察に数時間拘束され、その間に頭を3回殴られた。警察の過剰な実力行使を理由に訴訟を起こしたが、裁判所に却下されたため、その決定に抗議して政府に請願した。
ファム・ヴァン・ディエップは2018年10月にフェイスブックのアカウントを開設した。土地収用、警察の暴力、汚職、香港の抗議運動など、社会・政治問題に関するニュースを投稿・共有した。サイバーセキュリティ法を批判し、自由な選挙へ移行するため、「党が選び、人民が投票する」選挙制度を廃止するよう政府に求めた。
タインホア省警察は2019年6月にファム・ヴァン・ディエップを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。2019年11月、タインホア省人民裁判所はファム・ヴァン・ディエップに有罪判決を下し、9年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Nang Tinh(グエン・ナン・ティン)

グエン・ナン・ティン (Nguyen Nang Tinh)
刑期:11年
グエン・ナン・ティン(Nguyen Nang Tinh、1976年生まれ)は、人権と民主化を訴える活動家である。フェイスブックに意見を投稿したことを理由に有罪となり、11年の拘禁刑を言い渡された。
グエン・ナン・ティンは、ゲアン(Nghe An)省文化芸術短期大学の音楽講師だった。フェイスブックでは以前から、レ・ディン・ルオン(Le Dinh Luong)、チャン・フイン・ズイ・トゥック(Tran Huynh Duy Thuc)、グエン・ヴァン・ホア(Nguyen Van Hoa)、ホー・ドゥック・ホア(Ho Duc Hoa)、グエン・フー・ヴィン(Nguyen Huu Vinh、別名アイン・バー・サム(Anh Ba Sam)。2019年5月に刑期を終えた)などの政治囚や、現在は国外に亡命している活動家グエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)、ダン・スアン・ジエウ(Dang Xuan Dieu)への支持を表明していた。
グエン・ナン・ティンは、経済特区に関する新たな法案に反対するデモや、2016年4月に有毒廃棄物を海に排出してベトナム中部沿岸で環境災害を引き起こした台湾企業フォルモサ・ハティン・スチール(Formosa Ha Tinh Steel)に対する抗議デモの画像も投稿した。YouTubeの動画には、元政治囚ヴォー・ミン・チー(Vo Minh Tri、別名ヴィエット・カン(Viet Khang))が作った人権の歌を子どもたちに教えるグエン・ナン・ティンの姿が映っている。カトリックの慈善団体「ヴィン人間開発基金(Vinh Human Development Fund)」を支援し、貧しい人びとのための募金も行った。
グエン・ナン・ティンは2014年5月と2015年11月に暴漢から暴行を受けたことがあり、私服警官によるものだった可能性が高い。1回目の暴行の際には制服警官がその場にいたが、何も止めようとしなかった。
ゲアン省警察は2019年5月にグエン・ナン・ティンを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。国営メディアは、罪状がフェイスブックへの投稿に関するもので、その多くが政府とベトナム共産党を批判する内容だったと伝えた。
2019年11月、ゲアン省人民裁判所はグエン・ナン・ティンに有罪判決を下し、11年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Quoc Duc Vuong(グエン・クオック・ドゥック・ヴオン)

グエン・クオック・ドゥック・ヴオン (Nguyen Quoc Duc Vuong)
刑期:8年
グエン・クオック・ドゥック・ヴオン(Nguyen Quoc Duc Vuong、1991年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
グエン・クオック・ドゥック・ヴオンはフェイスブックを使って、ベトナムの民主主義を支持する意見を表明し、汚職と権力の独占についてベトナム共産党を批判した。ライブ配信の一つでは、「国家機構全体が腐敗しているとは断言できないが、汚職に関わってきた人間が共産党員であることは100%確かだ。ベトナムは単一政党しか認めず、競合する野党を一切認めていない」と語った。
ほかの投稿やライブ配信では、香港の抗議運動に関するニュースを共有し、ベネズエラの政権交代への支持を表明した。ベトナムの土地収用問題についての話題も共有し、チャン・フイン・ズイ・トゥック(Tran Huynh Duy Thuc)、グエン・ヴィエット・ズン(Nguyen Viet Dung)、ファン・キム・カイン(Phan Kim Khanh)など、さまざまなベトナムの政治囚の事例を取り上げた。
共産党の公式機関誌によると、グエン・クオック・ドゥック・ヴオンは2018年6月、ホーチミン市で経済特区法案と成立したばかりのサイバーセキュリティ法に反対する大規模なデモに参加した。報道によると、警察はグエン・クオック・ドゥック・ヴオンに75万ドン(約32米ドル)の罰金を科した。
南部ラムドン(Lam Dong)省の警察は2019年9月23日にグエン・クオック・ドゥック・ヴオンを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。
9月の逮捕後、国営メディアは警察の話として、「グエン・クオック・ドゥック・ヴオンは過去2年間、ソーシャルメディアを使って資料を作成・配布し、体制を宣伝・歪曲し、中傷し、ホー・チ・ミン主席の名誉を傷つけ、ベトナム社会主義共和国国家に反対してきた」と伝えた。警察当局者は、批判的な内容をネットに投稿しないよう警告したが、グエン・クオック・ドゥック・ヴオンはやめなかったと述べた。
2020年7月、ラムドン省の裁判所はグエン・クオック・ドゥック・ヴオンに有罪判決を下し、8年の拘禁刑を言い渡した。

Pham Chi Dung(ファム・チー・ズン)

ファム・チー・ズン (Pham Chi Dung)
刑期:15年
ファム・チー・ズン(Pham Chi Dung、1966年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、15年の拘禁刑に服している。
ファム・チー・ズンは独立系ジャーナリストで、長年さまざまな社会・政治問題について書いてきた。民主主義、メディアの自由、政治的多元主義、法の支配、市民社会の発展を求めて活動してきた。ベトナム独立ジャーナリスト協会(Independent Journalists Association of Vietnam)の創設メンバーで、会長を務める。
反中国デモや環境保護を訴えるデモに参加し、数多くの人権に関する討論会に出席し、活動家仲間や政治囚を支援した。警察はたびたびファム・チー・ズンに嫌がらせや脅迫を加え、拘束し、自宅軟禁や出国禁止の措置をとってきた。2012年7月には、警察がファム・チー・ズンを逮捕し、刑法第79条に基づく国家転覆罪と第88条に基づく国家に反対する宣伝の罪で起訴した。7か月間拘束した後、2013年2月に起訴を取り下げて釈放した。
2019年11月、ファム・チー・ズンはボイス・オブ・アメリカに論評を発表し、ベトナムの劣悪な人権状況が改善されるまでEU・ベトナム自由貿易協定の承認を延期するようEUに求める、NGOの共同書簡に署名した。それから1週間もたたない11月21日、警察はホーチミン市でファム・チー・ズンを逮捕し、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。
2021年1月、ホーチミン市の裁判所はファム・チー・ズンに有罪判決を下し、15年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Tuong Thuy(グエン・トゥオン・トゥイ)

グエン・トゥオン・トゥイ (Nguyen Tuong Thuy)
刑期:11年
グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy、1952年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、11年の拘禁刑に服している。
グエン・トゥオン・トゥイは22年間軍務に就いた。2000年代前半に反中国デモに参加し始め、政府を批判したことで投獄されたクー・フイ・ハー・ヴー(Cu Huy Ha Vu)やレ・クオック・クアン(Le Quoc Quan)などの著名な反体制派への支持を公に表明した。
2013年12月、グエン・トゥオン・トゥイはほかの活動家とともに人道支援団体「ひょうたんとかぼちゃの相互扶助会」(Hoi Bau bi Tuong Than)を設立し、政治囚や土地の権利を求める請願者とその家族に、経済的・精神的な支援を行った。2014年4月には米国を訪れ、ベトナムにおけるメディアの自由の欠如について米議会で証言した。2014年7月にはベトナム独立ジャーナリスト協会(Independent Journalists Association of Vietnam)の設立に協力し、5月に逮捕されるまで同協会の副会長を務めた。警察はそれ以前にも、グエン・トゥオン・トゥイに嫌がらせや脅迫、暴行を加えて拘束し、自宅軟禁や出国禁止の措置をとってきた。
警察は2020年5月23日にハノイでグエン・トゥオン・トゥイを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。家族の証言と警察の押収品目録によると、グエン・トゥオン・トゥイは警察にパスワードを教える代わりに、携帯電話をテーブルにたたきつけて壊した。
2021年1月、ホーチミン市の裁判所はグエン・トゥオン・トゥイに有罪判決を下し、11年の拘禁刑を言い渡した。

Le Huu Minh Tuan(レ・フー・ミン・トゥアン)

レ・フー・ミン・トゥアン (Le Huu Minh Tuan)
刑期:11年
レ・フー・ミン・トゥアン(Le Huu Minh Tuan、1989年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、11年の拘禁刑に服している。
レ・フー・ミン・トゥアンはダナン大学を卒業し、ハノイ法科大学に在籍していた。2014年8月にベトナム独立ジャーナリスト協会(Independent Journalists Association of Vietnam)に加わった。レ・トゥアン(Le Tuan)のペンネームで、ロシアにおける市民社会の発展に関する研究、ジョシュア・ウォン(Joshua Wong)と香港の民主化デモ、ベトナムの政治など、さまざまなテーマについて書いてきた。「生活のあらゆる面で批判的な声を上げることで、よりよい社会を目指して活動したい」と述べている。
警察は2020年6月12日、クアンナム(Quang Nam)省でレ・フー・ミン・トゥアンを逮捕し、刑法第117条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。
2021年1月、ホーチミン市の裁判所はレ・フー・ミン・トゥアンに有罪判決を下し、11年の拘禁刑を言い渡した。

Tran Duc Thach(チャン・ドゥック・タック)

チャン・ドゥック・タック (Tran Duc Thach)
刑期:12年
チャン・ドゥック・タック(Tran Duc Thach、1952年生まれ)は、民主化を求めるグループとの関わりを理由に、12年の拘禁刑に服している。
チャン・ドゥック・タックは、汚職、不正、人権侵害を告発する小説1冊のほか、数百編の詩、記事、ルポルタージュを書いてきた。人民解放軍の元兵士で、ゲアン(Nghe An)作家クラブの会員である。1988年の小説『獄中の二人の仲間』(Doi ban tu)は、ベトナムの司法制度の恣意性と、ベトナムの刑務所の非人道的な環境を描いた。『まだ語られていないこと』(Dieu chua thay)の題で発表された詩は、自由と正義のない生活を語っている。短い回想記『心に取りつく集団墓地』(Ho chon nguoi am anh)は、1975年4月にドンナイ(Dong Nai)省タンラップ(Tan Lap)集落で北部の軍の兵士が民間人を大量に殺害した事件を、目撃者として語り直したものである。
当局は1975年以来、チャン・ドゥック・タックに繰り返し嫌がらせを加えてきた。1978年には、不当な扱いに抗議して焼身を図り、ひどいやけどを負った。2008年に反中国デモに参加し、同年9月に逮捕された。「事実を歪曲し、党と国家を中傷し、悪く言う記事を多数書き、トー・クオック(To Quoc)誌に掲載した」として告発された。トー・クオックは、反体制派が秘密裏に発行する会報である。2009年10月、裁判所は刑法第88条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪でチャン・ドゥック・タックに有罪判決を下し、3年の拘禁刑を言い渡した。
2011年に刑期を終えると、チャン・ドゥック・タックは共産党と国家への批判を再開した。2013年4月に民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)に加わった。2020年4月23日、警察はゲアン省でチャン・ドゥック・タックを逮捕し、刑法第109条に基づき「人民政府の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴した。チャン・ドゥック・タックは、近年逮捕された民主主義のための兄弟会のメンバーとして10人目である。
2020年12月、ゲアン省の裁判所はチャン・ドゥック・タックに有罪判決を下し、12年の拘禁刑を言い渡した。

Can Thi Theu(カン・ティ・テウ)

カン・ティ・テウ (Can Thi Theu)
刑期:8年
カン・ティ・テウ(Can Thi Theu、1962年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
カン・ティ・テウは2000年代半ば、政府による土地の収用と闘う著名な土地の権利活動家として頭角を現した。2014年4月、政府による土地収用を撮影したとして警察に逮捕され、その後、刑法第257条に基づく「公務執行者に抵抗した」罪で15か月の拘禁刑を言い渡された。夫も同じ日に逮捕され、同様の罪で14か月服役した。
刑期を終えると、カン・ティ・テウはすぐに人権擁護活動を再開した。環境保護を訴えるデモに参加し、ほかの人権活動家や政治囚への支持を公に表明した。2016年6月、土地収用に反対するデモに参加したとして再び警察に逮捕され、3か月後に20か月の拘禁刑を言い渡された。
2018年2月に釈放されると、カン・ティ・テウはすぐに人権擁護活動を再開した。帰宅すると支援者に向けて熱のこもった演説をし、自分は「小さな監獄を出て、大きな監獄に戻ってきた」だけだと述べた。政府の人権侵害を非難し、人権のための闘いを続けると誓うとともに、ほかの国の政府や国際人権団体はベトナムの人権擁護者への支持を表明すべきだと語った。
2020年6月24日、ホアビン(Hoa Binh)省とハノイの警察が別々に逮捕に動き、カン・ティ・テウと息子のチン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)、チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong)を拘束した。3人はベトナム刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴された。
逮捕される前、この家族3人は、ドンタム(Dong Tam)村の住民の声を広めるうえで大きな役割を果たしていた。ドンタム村では2020年1月の警察の強制捜査で、84歳の農民レ・ディン・キン(Le Dinh Kinh)と警察官3人が死亡した。カン・ティ・テウと息子たちは、この暴力的な土地紛争の実態を明らかにした「ドンタム報告書(Dong Tam Report)」の執筆者に名を連ねていた。
2021年5月、ホアビン省の裁判所はカン・ティ・テウと息子のチン・バー・トゥに有罪判決を下し、それぞれ8年の拘禁刑を言い渡した。公判で名前を問われると、2人とも「私の名前は共産[体制]の被害者です」と答えた。

Trinh Ba Tu(チン・バー・トゥ)

チン・バー・トゥ (Trinh Ba Tu)
刑期:8年
チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu、1989年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
チン・バー・トゥは、土地の権利活動家である両親カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)とチン・バー・キエム(Trinh Ba Khiem)への報復を目の当たりにして、活動家になった。2015年6月、ゲアン(Nghe An)省の刑務所から釈放された父チン・バー・キエムをほかの活動家と出迎えた際、私服警官とみられる男たちの一団に襲われ、重傷を負った。人権、土地の権利、環境保護などをめぐる数多くのデモや運動に関わってきた。
2020年6月24日、ホアビン(Hoa Binh)省とハノイの警察が別々に逮捕に動き、チン・バー・トゥと母カン・ティ・テウ、兄チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong)を拘束した。3人はベトナム刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴された。
逮捕される前、この家族3人は、ドンタム(Dong Tam)村の住民の声を広めるうえで大きな役割を果たしていた。ドンタム村では2020年1月の警察の強制捜査で、84歳の農民レ・ディン・キン(Le Dinh Kinh)と警察官3人が死亡した。カン・ティ・テウと息子たちは、この暴力的な土地紛争の実態を明らかにした「ドンタム報告書(Dong Tam Report)」の執筆者に名を連ねていた。
チン・バー・トゥは、逮捕を予期していたとみられる。逮捕当日、事前に録画された動画がフェイスブックに投稿された。動画の中でチン・バー・トゥは、警察に拷問され殺されるおそれがあると懸念を示し、もし殺された場合には、自分に対する犯罪を明らかにするため遺体を公開するよう支援者と家族に求めていた。
報道によると、チン・バー・トゥは2020年8月、「自分とほかの受刑者への虐待」に抗議して20日間のハンガーストライキを行った。
2021年5月、ホアビン省の裁判所はチン・バー・トゥと母カン・ティ・テウに有罪判決を下し、それぞれ8年の拘禁刑を言い渡した。公判で名前を問われると、2人とも「私の名前は共産[体制]の被害者です」と答えた。

Trinh Ba Phuong(チン・バー・フオン)

チン・バー・フオン (Trinh Ba Phuong)
刑期:10年
チン・バー・フオン(Trinh Ba Phuong、1985年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に有罪となり、10年の拘禁刑を言い渡された。
チン・バー・フオンは、土地の権利活動家の一家に生まれた。過去10年間、母カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、父チン・バー・キエム(Trinh Ba Khiem)、弟チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)とともに、人権、土地の権利、環境保護を求める数多くのデモや運動に参加してきた。当局は2014年4月、ズオンノイ(Duong Noi)での政府による土地収用の際に、刑法第257条に基づく「公務執行者に抵抗した」罪で父を逮捕し、14か月間投獄した。母はそれ以前に2回服役している。2014年からの15か月と、2016年からの20か月である。
警察は2020年6月、「国家に反対するため、人民の間に混乱を引き起こす歪曲された内容の動画や文章を作成・公開・拡散した」として、刑法第117条違反でチン・バー・フオンを逮捕した。
チン・バー・フオンがハノイで逮捕されたのと同じ日、ホアビン(Hoa Binh)省の警察も同じ罪で母と弟を逮捕した。逮捕される前、この家族3人は、ハノイのドンタム(Dong Tam)村の農民の声を広めるうえで大きな役割を果たしていた。ドンタム村では2020年1月の警察の強制捜査で、84歳の農民レ・ディン・キン(Le Dinh Kinh)と警察官3人が死亡した。チン・バー・フオンは、この暴力的な土地紛争の実態を明らかにした「ドンタム報告書(Dong Tam Report)」の執筆者の一人だった。
チン・バー・フオンは、逮捕を予期していたとみられる。逮捕当日、事前に録画された動画がフェイスブックに投稿された。動画の中でチン・バー・フオンは、警察に拷問され殺されるおそれがあると懸念を示し、もし殺された場合には、自分に対する犯罪を明らかにするため遺体を公開するよう支援者と家族に求めていた。
2021年12月、ハノイの裁判所はチン・バー・フオンに有罪判決を下し、10年の拘禁刑を言い渡した。

Pham Doan Trang(ファム・ドアン・チャン)

ファム・ドアン・チャン (Pham Doan Trang)
刑期:9年
ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang、1978年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、9年の拘禁刑を言い渡された。
ファム・ドアン・チャンは率直な発言で知られるブロガーで、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの権利、女性の権利、環境問題、ベトナムと中国の領土紛争、警察の暴力、活動家への弾圧、法と人権のさまざまな側面などを取り上げてきた。選挙制度改革と人権教育を推進している。記事やブログでは、社会・政治生活におけるメディアの役割をよく取り上げる。非暴力で活力ある市民社会運動を後押しするような、責任ある形でソーシャルメディアを使うよう、人びとにたびたび呼びかけている。
ファム・ドアン・チャンは一貫して、公平で権利を尊重する司法制度を訴えてきた。オンラインの「法律マガジン(Law Magazine)」の編集者を務め、同誌は弁護士と人権、自白の強要との闘い、国家による体罰、家庭内暴力、中国の法改革、ベトナムで注目された死刑事件、自己負罪拒否特権など、多くのテーマについての記事や翻訳を掲載してきた。
ファム・ドアン・チャンは国際問題についても書いてきた。香港の民主化運動については、外国語を読めないベトナムの読者のために、出来事の経緯と主な論点をまとめた。クリミアの人権危機についても書いた。どちらの場合も、これらのテーマに関する英語の記事をベトナム語に翻訳し、ほかの人びとがそれをベトナム国内で広めた。
ファム・ドアン・チャンの仕事は、ベトナムの劣悪な人権状況に国際的な関心を集めることを目指している。ブログには、政治囚の釈放を求める呼びかけなど、ベトナム語で書いた文章の英訳も載せている。「今日のベトナムの社会・政治状況について、客観的で正確かつタイムリーな情報」を広めることを目的とする英語のウェブサイト「ベトナム・ライト・ナウ(Vietnam Right Now)」の共同編集者でもある。
2019年2月、ファム・ドアン・チャンは自由出版社(Liberal Publishing House)を共同で設立した。同社は、政治学、公共政策、その他の社会問題について、ベトナム人の著者が書いたさまざまなノンフィクションを出版している。『警察国家の政治』『非暴力の抵抗』『庶民のための政治』『鉄格子の向こうの生活』『受刑者の家族のためのハンドブック』などである。政府はこれらの本を敏感なものとみなし、事実上出版を禁じている。
ファム・ドアン・チャンは長年、政府の政策に対する平和的な抗議活動に関わってきた。活動家仲間が拘束された際には警察署の前や空港でのデモに加わり、反中国デモに参加し、環境保護を訴える行進の先頭にも立った。政府の見せしめ裁判を傍聴しようとして活動家仲間への連帯を示し、大きな危険を冒しながら、投獄された反体制派の家族を定期的に訪ねて支援した。
政府の治安部隊は、ファム・ドアン・チャンをたびたび迫害し、嫌がらせを加え、身体的暴行を加えてきた。2015年4月にハノイで治安部隊が環境保護デモを強制的に解散させた際に負ったけがのため、ファム・ドアン・チャンは足を大きく引きずって歩いている。
2016年5月、バラク・オバマ米大統領はハノイ訪問の際の活動家との会合にファム・ドアン・チャンを招いたが、警察はファム・ドアン・チャンを拘束し、出席を妨げた。2017年11月には、EUとベトナムの年次人権対話の準備をしていた欧州連合の代表団と面会した後に拘束された。
警察は2020年10月6日、ホーチミン市でファム・ドアン・チャンを逮捕した。1999年刑法第88条に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対する宣伝を行った」罪で起訴された。
2021年12月、ハノイの裁判所はファム・ドアン・チャンに有罪判決を下し、9年の拘禁刑を言い渡した。

Do Nam Trung(ドー・ナム・チュン)

ドー・ナム・チュン (Do Nam Trung)
刑期:10年
ドー・ナム・チュン(Do Nam Trung、1981年生まれ)は、国家に反対する宣伝を行ったことを理由に、10年の拘禁刑に服している。
ドー・ナム・チュンは2010年代前半、民主主義と人権を公に訴えた後、14か月間服役したことがある。
2014年5月、警察はドンナイ(Dong Nai)省で、反中国デモの写真や動画を撮影していたドー・ナム・チュンと友人たちを逮捕した。当局は当時の刑法第258条に基づいて起訴した。具体的には、「言論・集会の自由……請願・告発の自由……インターネットを利用する自由など、自由と民主主義の権利を濫用し……土地をめぐる請願や大規模な集会の画像や[情報]を収集し、個人のフェイスブックで中傷し誤った情報を発信し……ベトナムの党と国家に対する人民の信頼を損ない弱めた」として告発された。14か月の刑期を終えた後、ドー・ナム・チュンはラジオ・フリー・アジアに、刑務所は自分をより強く、より自信のある人間にしただけだと語った。
2015年から2021年にかけて、ドー・ナム・チュンは環境保護を訴えるデモや反中国デモに参加し、政府の汚職に反対した。政府を批判するデモへの参加に加え、自然災害の被災者を支援する人道支援グループにも加わり、グエン・ヴァン・ダイ(Nguyen Van Dai)、レ・トゥー・ハー(Le Thu Ha)、グエン・フー・ヴィン(Nguyen Huu Vinh)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、グエン・トゥイ・ハイン(Nguyen Thuy Hanh)など、ほかの活動家への支持を公に表明した。
10月26日付の起訴状で、警察は「ドー・ナム・チュンはいかなる罪も犯したことを認めず、いかなる書類も書かず、署名もしなかった」と記した。
警察は2021年7月6日にドー・ナム・チュンを逮捕し、刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝の罪で起訴した。2021年12月、ナムディン(Nam Dinh)の裁判所はドー・ナム・チュンに10年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Van Duc Do(グエン・ヴァン・ドゥック・ドー)

グエン・ヴァン・ドゥック・ドー (Nguyen Van Duc Do)
刑期:11年
グエン・ヴァン・ドゥック・ドー(Nguyen Van Duc Do、1975年生まれ)は、民主化を求めるグループとの関わりを理由に、11年の拘禁刑に服している。
グエン・ヴァン・ドゥック・ドーは整備士で、人権に関する催しや環境保護を訴えるデモに参加した。労働権活動家とともに、労働者の利益のための運動にも加わった。
警察は2016年11月、独立した政治グループ「ベトナム国民連合(Vietnam National Coalition)」に関わっていたとして、グエン・ヴァン・ドゥック・ドーを逮捕した。警察は1999年刑法第79条に基づき、「人民政権の転覆を目的とする活動を行った」罪で起訴した。
匿名の家族はカリ・トゥデイ・ニュース(Cali Today News)の記者に対し、逮捕の際、グエン・ヴァン・ドゥック・ドーが「逮捕の理由を知らせるよう、また逮捕状の読み上げを人びとが立ち会って見られるよう求めたが、警察は要求を受け入れなかった。警察はドーを押さえつけて殴った。ドーは目、鼻、耳から血が出るほど殴られた」と語った。
2018年10月、ホーチミン市の裁判所はグエン・ヴァン・ドゥック・ドーに11年の拘禁刑を言い渡した。

Bui Van Thuan(ブイ・ヴァン・トゥアン)

ブイ・ヴァン・トゥアン (Bui Van Thuan)
刑期:8年
ブイ・ヴァン・トゥアン(Bui Van Thuan、1981年生まれ)は、ベトナム共産党と国家を批判したことを理由に、8年の拘禁刑に服している。
ブイ・ヴァン・トゥアンは、ホアビン(Hoa Binh)省に住む少数民族ムオン(Muong)族の一員である。2000年代後半、ハノイ国家教育大学の学生だった頃に政治に関心を持ち始めた。卒業後は、ハノイの私立学校で教えた。
教師として働きながら、ブイ・ヴァン・トゥアンは、中国に対する抗議や、2016年にフォルモサ・ハティン・スチール(Formosa Ha Tinh Steel)が有毒廃棄物を海に排出して引き起こした環境災害に対する抗議など、さまざまなデモに参加した。グエン・チュン・トン(Nguyen Trung Ton)、チン・バー・トゥ(Trinh Ba Tu)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)など、活動家仲間や政治囚への支持を表明した。2016年と2021年の全国選挙を公にボイコットした。
ブイ・ヴァン・トゥアンはフェイスブックのページで、全国選挙で投票するよう当局が人びとに圧力をかけていることなど、さまざまな政治問題について政府を定期的に批判した。新型コロナウイルス流行への政府の対応もたびたび批判した。
2021年8月16日、ブイ・ヴァン・トゥアンは、パンデミック対策のために人びとに寄付を求める政府の呼びかけを批判した。「ベトナム共産党と、その触手である協会や組織は、巨大な寄生虫の巣だ。人民の汗と労働に寄生して生きており、国を発展と文明から引き戻す以外に何の役にも立たない」と書いた。
起訴状で当局は、この投稿が「ベトナム共産党と諸組織の名声と指導的役割を侮辱する根拠のない主張であり、人民の間に疑念を広める」ものであるため犯罪にあたると主張した。
警察は2021年8月31日にブイ・ヴァン・トゥアンを逮捕し、刑法第117条1項に基づき、「ベトナム社会主義共和国国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」の罪で起訴した。
2022年11月、タインホア(Thanh Hoa)省の裁判所はブイ・ヴァン・トゥアンに有罪判決を下し、8年の拘禁刑を言い渡した。

Duong Van Thai(ズオン・ヴァン・タイ)

ズオン・ヴァン・タイ (Duong Van Thai)
刑期:12年
ズオン・ヴァン・タイ(Duong Van Thai、1982年生まれ)は民主化運動家で、政府を批判したことを理由に、12年の拘禁刑に服している。
ズオン・ヴァン・タイは、ベトナムの民主主義と人権を求めて運動し、環境の権利に関するデモにも参加した。ベトナム政府の統制下にあるメディアは、ズオン・ヴァン・タイが、民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)やベトナム独立ジャーナリスト協会(Independent Journalists Association of Vietnam)など、非合法化された「反動」グループと関わっていると非難した。
ズオン・ヴァン・タイは2019年にベトナムを逃れ、タイで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に難民として登録された。第三国への定住を待っていた2023年4月、バンコクで正体不明の男たちに拉致され、ベトナムへ強制的に連れ戻された。そして、刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴された。
2019年2月から2023年4月に拉致されるまで、ズオン・ヴァン・タイは、ベトナムの政治状況についての内容をフェイスブックとYouTubeに投稿していた。
2024年10月、ズオン・ヴァン・タイは、数時間で終わる非公開の公判にかけられた。被告にはほかに、情報を提供したとされる国家公務員数人も含まれていたと報じられている。裁判所はズオン・ヴァン・タイに有罪判決を下し、12年の拘禁刑と3年間の保護観察を言い渡した。ほかの被告には30か月から5年6か月の拘禁刑が言い渡された。

Nguyen Chi Tuyen(グエン・チー・トゥエン)

グエン・チー・トゥエン (Nguyen Chi Tuyen)
刑期:5年
グエン・チー・トゥエン(Nguyen Chi Tuyen、1974年生まれ)は民主化活動家で、政府を批判したことを理由に、5年の拘禁刑に服している。
グエン・チー・トゥエン(別名アイン・チー(Anh Chi)、50歳)は人権運動家で、YouTube、フェイスブックなどのソーシャルメディアを使って社会・政治問題について発言している。メインのYouTubeチャンネル「Anh Chi Rau Den」は1,600本以上の動画を制作し、登録者は9万8,000人に上る。2つ目のYouTubeチャンネル「AC Media」は1,000本以上の動画を制作し、登録者は6万人近い。
グエン・チー・トゥエンは、現在は閉鎖された「No-U FC(No Uライン・フットボールクラブ)」の創設メンバーだった。これは、ベトナムが領有権を主張する海域に対する中国の領有権主張に公然と反対したメンバーによるサッカーチームである。2010年代前半には多くの反中国デモの組織と参加に関わり、2010年代半ばには環境保護を訴えるデモに参加した。活動家仲間とともに、農村部の貧しい人びとや自然災害の被災者への人道支援も行った。
ファム・ドアン・チャン(Pham Doan Trang)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、グエン・フー・ヴィン(Nguyen Huu Vinh、別名バー・サム(Ba Sam))、グエン・ラン・タン(Nguyen Lan Thang)など、投獄された人権活動家への支持も公に表明した。グエン・ラン・タンの公判の前には、友人を支持する公開書簡を発表し、「私たちがしたのは、良心に従って行動し、自分の考え、望み、願いを口にしたことだけだ」と書いた。
グエン・チー・トゥエンは、警察による脅迫、嫌がらせ、自宅軟禁、出国禁止、恣意的拘束、尋問を繰り返し受けてきた。2015年5月には、ハノイの自宅近くで正体不明の男5人に襲われて殴られ、顔を縫うけがを負った。
政治的動機による罪で訴追される危険がありながら、グエン・チー・トゥエンは人権と民主主義のための運動を続けた。2017年のメコン・レビュー(Mekong Review)のインタビューでは、「[共産党の当局者は]あらゆる権力を握っている。刑務所も、銃も、警察も、軍も、裁判所も、すべてを持っている。メディアも持っている。私たちには、心と頭以外に何もない。そして、それが正しいことだと思っている……それだけだ」と語った。
警察は2024年2月にグエン・チー・トゥエンを逮捕し、「国家に反対することを目的とする情報・資料・作品の作成、保管、拡散または宣伝」を犯罪とする刑法第117条に基づいて起訴した。2024年8月、ハノイの裁判所はグエン・チー・トゥエンに有罪判決を下し、5年の拘禁刑を言い渡した。

Nguyen Vu Binh(グエン・ヴー・ビン)

グエン・ヴー・ビン (Nguyen Vu Binh)
刑期:7年
グエン・ヴー・ビン(Nguyen Vu Binh、1968年生まれ)は民主化を訴えるジャーナリストで、政府を批判したことを理由に、7年の拘禁刑に服している。
グエン・ヴー・ビンは、ベトナム共産党の公式機関誌『共産雑誌』(Tap Chi Cong San)のジャーナリストとして10年近く働いた。2000年12月に辞職し、独立した政党の結成を試みた。2001年に汚職防止の団体を結成しようとした反体制派の一人でもある。
警察は2002年9月にグエン・ヴー・ビンを逮捕した。2002年7月にベトナムの人権侵害について米議会に提出した書面証言で、ベトナム国家を中傷したというのが理由だった。政府はまた、2002年8月にネットで配信された記事で、中国との間で論議を呼んだ国境条約を批判したことも問題にした。
米議会への証言で、グエン・ヴー・ビンは次のように書いた。「国中で人権侵害を止め、防ぐことができれば、この国の民主化にも成功したことになると、私は常に信じている。したがって、人権のために闘うあらゆる手段は、ベトナムの人びとが長年願ってきた究極の目標、すなわち個人の自由と民主的な社会をも目指すべきである」
2003年12月、裁判所はベトナム刑法第80条に基づくスパイ罪で、グエン・ヴー・ビンに7年の拘禁刑と、その後3年間の自宅軟禁を言い渡した。2007年6月、当局は刑期を2年3か月残してグエン・ヴー・ビンを釈放した。グエン・ヴー・ビンはすぐに人権擁護活動を再開し、ベトナムの社会・政治問題についてたびたび発言した。
2015年から2024年にかけて、グエン・ヴー・ビンはラジオ・フリー・アジアのブログに300本以上の記事を発表した。汚職、土地の権利、警察の暴力、不公正な裁判、平和的な抗議の権利、経済、教育、環境、ベトナムと中国、中国と米国の関係について書いてきた。レ・アイン・フン(Le Anh Hung)、グエン・トゥイ・ハイン(Nguyen Thuy Hanh)、民主主義のための兄弟会(Brotherhood for Democracy)のメンバーなど、投獄された活動家仲間を支持する文章も書いた。しかし何よりも、ベトナムにおける真の民主主義と法の支配を推進するために書いてきた。
逮捕の1週間前に発表された最新の記事「困難で暗い時期における民主化運動の前向きな側面」で、グエン・ヴー・ビンは、政府の弾圧が続くなか、ベトナムの人権・民主化の擁護者は互いに、また活動家仲間の家族を支え合うべきだと述べた。
グエン・ヴー・ビンは、政治的迫害を受けた作家に贈られる名誉あるヘルマン・ハメット(Hellman/Hammett)賞を、2002年と2007年の2度受賞している。
警察は2024年2月にグエン・ヴー・ビンを逮捕し、刑法第117条に基づき、国家に反対する宣伝を行った罪で起訴した。2024年9月、ハノイの裁判所はグエン・ヴー・ビンに有罪判決を下し、7年の拘禁刑を言い渡した。

Phan Van Bach(ファン・ヴァン・バック)

ファン・ヴァン・バック (Phan Van Bach)
刑期:5年
ファン・ヴァン・バック(Phan Van Bach、1975年生まれ)は民主化活動家で、政府を批判したことを理由に、5年の拘禁刑に服している。
ファン・ヴァン・バックは10年以上にわたり、ベトナムにおける基本的な市民的・政治的権利を求めて活動してきた。抑圧的なベトナムのサイバーセキュリティ法に反対する公開デモに参加した。2016年4月にハティン(Ha Tinh)省沖に有毒廃棄物を排出し、数百万匹の魚を死なせ、漁業を営む地域社会の生計を破壊した台湾企業フォルモサ・ハティン・スチール(Formosa Ha Tinh Steel)に対する抗議デモにも加わった。
ファン・ヴァン・バックは、著名な人権運動家のチャン・フイン・ズイ・トゥック(Tran Huynh Duy Thuc)、グエン・トゥオン・トゥイ(Nguyen Tuong Thuy)、ファム・チー・タイン(Pham Chi Thanh)、レ・ヴァン・ズン(Le Van Dung)、レ・チョン・フン(Le Trong Hung)、カン・ティ・テウ(Can Thi Theu)、ホアン・ドゥック・ビン(Hoang Duc Binh)など、活動家仲間への支持も公に表明した。
2016年3月、ファン・ヴァン・バックは無所属候補として国会議員選挙への立候補を試みたが、自薦による立候補は第1段階で無効とされた。自薦の候補者であっても、与党ベトナム共産党の承認を得なければならない。2021年5月には、選挙は自由でも公正でもないとして投票をボイコットした。
2017年から2018年にかけて、ファン・ヴァン・バックはYouTubeチャンネル「チャンフンTV」(Chan Hung TV、「[国を]再興する」の意)に参加した。レ・ヴァン・ズン、レ・チョン・フンらの活動家グループがこのチャンネルとフェイスブックのライブ配信を運営し、社会・政治問題について発言した。土地の収用に直面している農民や、政府によるほかの形の迫害や不正を受けた人びと(死刑囚ホー・ズイ・ハイ(Ho Duy Hai)の母親を含む)にインタビューし、助言した。ファン・ヴァン・バックら出演者は、視聴者に基本的な権利や法律について情報を提供し、ベトナム憲法の冊子を無料で配った。2018年7月、ファン・ヴァン・バックはチャンフンTVを代表してラムドン(Lam Dong)省を訪れ、別の元政治囚を訪ねた後に暴行を受けた活動家仲間のディン・ヴァン・ハイ(Dinh Van Hai)を見舞った。ディン・ヴァン・ハイは、政府を批判したことを理由に5年の拘禁刑に服している。
活動を理由に、警察はファン・ヴァン・バックに何度も嫌がらせや脅迫を加え、拘束し、尋問してきた。ファン・ヴァン・バックは2023年12月に逮捕され、「反国家宣伝」の流布を禁じる刑法第117条に基づいて起訴された。2024年9月のラジオ・フリー・アジアのインタビューで、ファン・ヴァン・バックの妻は拘禁中の夫の健康に深刻な懸念を示した。2024年6月に短時間面会した際、逮捕以来25キロ近くやせた夫を「ほとんど見分けられなかった」という。2024年9月、ハノイの裁判所はファン・ヴァン・バックに有罪判決を下し、5年の拘禁刑を言い渡した。