(ニューヨーク)― 少なくとも7カ国のサッカー協会、ワールドカップ(W杯)のスポンサー4社、複数の元選手や政治指導者、そして世論調査によれば15カ国の一般市民の大多数が、カタールで死傷等した外国人労働者を補償する基金の設立を公に支持している。しかし、国際サッカー連盟(FIFA)はそのような基金の設立をいまだに正式に約束していない、とヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナル、及びフェアスクエア(FairSquare)は本日述べた。
今から5カ月前の2022年5月17日、ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルとフェアスクエアは、人権団体や労働組合やファンによる支援団体が作る国際的な連合と共に #PayUpFIFA というキャンペーンを始動した。本キャンペーンは死亡、負傷、賃金未払い、法外な就職費用を含む重大な人権侵害について金銭的補償を含めた救済を提供するようFIFAに求めるものである。W杯まで1カ月を切ろうとしているが、FIFAは人権侵害について救済を行うとはまだ発表しておらず、いまだにそうした提案を検討中としている。
「著名なサッカー選手やサッカー協会やスポンサー企業が #PayUpFIFA キャンペーンを支持しており、一般の人びとからも広い支持があるにもかかわらず、W杯開催を可能にする途中で死亡や負傷した、または賃金を支払われなかった何千、何万もの移住労働者のための救済基金を求める声にFIFAがいまだに応えていないのは恥ずべきことだ」とヒューマン・ライツ・ウォッチの中東・北アフリカ副局長のマイケル・ペイジは述べた。「FIFAは人権責任を果たしておらず、FIFAに収益をもたらすカタールW杯のインフラを構築した移住労働者を侮るものだ。」
AP通信は10月13日、欧州評議会の会合でFIFAのアラスデア・ベル副事務局長が補償について「FIFAがそれを進めることに関心があるのは確かだ」と述べたと報じた。しかしW杯開幕戦が数週間後に迫る中、FIFAもカタール政府も、W杯実現に貢献した移住労働者が受けた、死亡を含む様々な危害に対する救済基金の設立を正式に約束していない。
サッカーの国際的統括機関であるFIFAが2010年にW杯開催権をカタールに与えた際、FIFAはインフラ(前例のない2200億米ドル相当)を建設する数百万人の移住労働者に重大な人権侵害のリスクがあることを知っていたか、知っているべきだった。しかしFIFAは労働者の権利について条件を付けることもなく、効果的な人権デュー・デリジェンスも行わなかった。W杯開幕を数週間後に控えた今になっても、FIFAはこうした重大な人権侵害に対する救済を公に約束することもしていない。
5月以降、ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルとフェアスクエアは2022年W杯への出場資格を得た32のサッカー協会(FA)に連絡し、救済基金を公に支持するよう求めた。そのうち、下記を含む、出場資格を有する少なくとも7つのサッカー協会が救済基金設立を公に支持している。
- ベルギーサッカー協会(RBFA)
- フランスサッカー連盟(FFF)
- イングランドサッカー協会
- ドイツサッカー連盟(DFB)
- オランダサッカー協会(KNVB)
- ウェールズサッカー協会(FAW)
- 米国サッカー連盟(US Soccer)
加えて、ノルウェーサッカー協会がこの要請を支持しているほか、55の国別サッカー協会の統括団体である欧州サッカー連盟(UEFA)のカタール労働者権利作業部会が、救済プログラムの設立を約束するようFIFAに求めてきた。UEFAの作業部会は10月14日、10月末までに移住労働者に関する未解決の問題に対応し取り組むようFIFAに要請したと述べた。この要請は、作業部会が6月のカタール訪問後に出した報告書で、補償問題が詳細に議論され、作業部会が「国や作業場所を問わず、いかなる死亡や負傷についても補償が行われるべきだという原則に合意した」と述べたことをふまえている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルとフェアスクエアは、出場資格のある32チームのうち、ドイツサッカー連盟、オランダサッカー協会、イングランドサッカー協会、ベルギーサッカー協会、スイスサッカー協会、フランスサッカー連盟、米国サッカー連盟、デンマークサッカー協会などのサッカー協会のほか、UEFA作業部会と対面またはオンラインでの説明会を行った。日本サッカー協会、ウェールズサッカー協会、オーストラリアサッカー連盟の3つのサッカー協会は、実質的な情報を一切含まず、移住労働者が受けた危害について救済を行うようFIFAに提言するべきだという勧告にも応じない回答を文書で寄せた。ただしウェールズサッカー協会は後日、UEFA作業部会と「いかなる死亡や負傷についても補償が行われるべきだという原則に合意した」と述べる声明を発表した。
9月19日に開かれたドイツサッカー連盟の人権会合で、ベルント・ノイエンドルフ会長は救済基金に対する「無条件の支持」を表明した。オランダサッカー協会も補償要請を支持し、被害者またはその家族は補償を受けるべきだと述べた。オランダのヘッドコーチであるルイ・ファン・ハールも救済要請を強く支持した。イングランドサッカー協会は、建設事業で死亡または負傷した移住労働者の家族への「補償の原則」を求め続けると述べた。フランスサッカー連盟は、ほか十数のサッカー連盟と「W杯の建設中に起きた作業関連事故の犠牲となった全員のための補償基金」の設立に取り組んでいると述べた。報道機関からの質問を受け、ブラジルサッカー連盟(CBF)のコーチも補償基金設立に支持を表明した。まだ公に回答していない中には、2026年W杯の共同開催国であるメキシコとカナダのサッカー協会がある。
アムネスティ・インターナショナルが最近依頼した国際世論調査でも、15カ国の1万7,477人の回答者のうち67パーセントが、それぞれの国のサッカー協会は、移住労働者の補償問題を含めカタールW杯に関連する人権侵害について、公けに問題提起すべきという意見に同意していることがわかった。AB InBev/バドワイザー、コカ・コーラ、アディダス、マクドナルドの4つのスポンサー企業も救済を求める声に支持を表明している。最近では、米国連邦議会議員15人とフランス議会議員120人以上もFIFAに救済要請を支持する書簡を出した。
「サッカーファンやサッカー協会、政治指導者、スポンサーが発するメッセージは明確である − FIFAは今こそFIFAにとって最重要なトーナメントを可能にした移住労働者のために行動し、救済するべきである」とアムネスティ・インターナショナルの経済的正義局代表のスティーブ・コーバーンは述べた。「FIFAの選択肢は明らかだ。W杯からの収入のうちのほんの一部を使い数万人の労働者にとって大きな違いをもたらすか、何もせず、W杯に決して消えない人権の汚点が残ることを受け入れるか。」
フィンランド代表チームの元キャプテンであるティム・スパルフや、今回のW杯に関連する人権侵害に対処する必要について長らく率先して発言してきたノルウェーサッカー協会の会長であるリーゼ・クラヴネスなど、著名なサッカー選手やコーチやスポーツ解説者が #PayUpFIFA を支持しており、機運が高まっている。ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルとフェアスクエアによる共同記者会見で、オーストラリア男子代表チームの元キャプテンであるクレイグ・フォスターは、W杯での解説者としての収入を、死亡した労働者の家族などに寄付すると発表した。このような取り組みは、国際サッカー産業、特に各国のサッカー協会が、官僚的な声明を出す以上のことをするのを促すだろう。救済要請を支持している著名な選手には他に、元スター選手のゲーリー・リネカーやアラン・シアラーがいる。
FIFAの加盟団体として、各国のサッカー協会にはFIFA自体の人権方針に従うことが求められる。さらに、FIFAとの取引関係を通じてW杯が生み出す収入から金銭的利益を得る団体として、各国のサッカー協会は「国連ビジネスと人権に関する指導原則」の下でも、カタールW杯を含め各サッカー協会が引き起こす、助長する、または関係する人権への負の影響を防止、軽減するために影響力を行使する責任を負う。
カタール政府当局は2018年以降、労働者を賃金未払いから守り司法制度へのアクセスを改善することが期待できる一定の措置を講じ、カファラ(保証人)制度の改革を導入した。しかし大きな不備が残っている。こうした政府の諸措置は、導入が遅く対象が狭いために効果が限られ(特によりよい保護を限られた数の労働者に与える「伝送と遺産の最高委員会」が主導する取り組み)また、こうした制度が確立される前に起きた人権侵害にも対処しない。きわめて重要なこととして、履行や実施の面で大きな不備が残っている。例えば既にカタールを去った労働者は、労働者委員会や、雇用者が支払わなかった賃金を支払うために設立された基金にアクセスすることができない。
すでに声を上げたサッカー協会も、慎重な発言や象徴的な行動にとどまらず、自らの立場を利用して、移住労働者にとって明確な利益をもたらす具体的な行動を強く求めるべきである。
「補償は、借金の返済や子どもの教育や食料の購入に使われるだろう。そして、被害者・家族の人生を大きく変えうる。各国のサッカー協会が支持を表明すれば、唯一の稼ぎ手を失い、未払いの借金や請求書の支払いに追われる何千もの遺族家族を助けることができる」と、フェアスクエアのニック・マギーアンは述べた。