(ブリュッセル、2016年11月4日)― ベルギーはこの1年、問題含みのテロ対策法を次々と制定し、警察は強圧な取締りを行った、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。2015年11月13日にパリで、そして2016年3月22日にブリュッセルで起きた、それぞれの国の過去何十年で最悪となった恐ろしい襲撃事件の首謀者たちは、ベルギーとつながっていた。

報告書「懸念の根拠:パリとブリュッセル連続襲撃事件をめぐるベルギーの対テロ対策」(全56ページ)は、テロに関与した囚人を長時間孤立した状態で拘禁し、かつ政府が旅券を一時無効にしたり、司法承認なしにテロ容疑者の電話やEメール記録を捜査できる措置について詳述したもの。他にも、ベルギー市民権を取り消したり、直接的なテロ行為の扇動には至らないコメントを犯罪にできる法が存在する。本報告書ではまた、対テロ関連の取締り、および拘禁をめぐる警察の人権侵害的な対応についても詳しく検証している。

Belgium has enacted a raft of problematic counterterrorism laws and its police have carried out heavy-handed operations in the past year.

ヒューマン・ライツ・ウォッチの対テロ担当上級調査員で、本報告書を執筆したレッタ・テイラーは、「ベルギーはこの1年、さらなるテロを防ぐために懸命の努力を払った。しかし、広すぎる適用範囲と、時に人権侵害的な内容が法律および政策上の対応に影を落としている」と指摘する。「私たちはみな、ベルギーとフランスの怒りと悲しみ、そして加害者に対し法の裁きを望む気持ちに共感している。しかし、強圧的な警察の取締りは、脅威への対策を助けてくれるかもしれないコミュニティを疎外するリスクをはらんでいる。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは本報告書調査のため3回ベルギーに入り、言葉による、または身体的な虐待行為を受けたと主張する23人、および警察、巡回中の兵士、刑務所関係者などから虐待行為を受けたと訴える人の家族、あるいは弁護士10人に聞き取り調査を実施。また、国内外の人権活動家、政府関係者や国会議員、在ベルギーのセキュリティ専門家、警察官、ジャーナリストなど30人超にも話を聞いた。加えて、30の新規または提案されている法や規制、ならびに数十の報道記事とソーシャルメディア投稿も検証した。

ベルギー連邦政府は声明文書でヒューマン・ライツ・ウォッチの問いに、政府は対テロ対策において人権を「しかと保護する心構え」であると回答。ベルギーは、一連の事件後に訴えのあった、警察官の「言葉による、または身体的な暴力」の「数々」について捜査しているとしたうえで、「これらは個々のケースであり、意図的な政策の結果では決してない」と述べた。

パリの連続襲撃事件では、スタジアムや劇場などで130人が犠牲になった。ブリュッセルの空港や地下鉄駅で起きた襲撃の犠牲者数は32人だ。数百人規模の負傷者も出た両事件に対し、過激派武装組織イスラミックステート(ISIS)が犯行声明を出している。

CCTV image from Belgium’s Zaventem Airport of the “man in the hat,” a prime suspect in the airport bombing. 

本報告書で調査した警察が関与する26事件では、警察官が「汚れアラブ(“dirty Arab”)」や「汚いテロリスト(“dirty terrorist”)」といったののしりの言葉を使い、乱暴に呼び止めてボディチェックをし、うち10件では殴打する、車に打ちつけるといった過剰な実力行使をしたと、容疑者または弁護人が訴えている。1人をのぞく全員がイスラム教徒で、2人以外はみな北アフリカ出身だ。テロリスト容疑で訴追されたのは1人だけで、これも人違いだった。

警察官の言葉による、または身体的な虐待行為でトラウマを負い、なかにはそれが子どもまで及んだ事案や個人の評判に傷がついた事案などが明らかになった。結果として仕事を失った人もいた。強制捜査で所有物が破損した容疑者は、損害賠償を受けることの難しさやその遅延を訴えた。証言者の全員が、受けた処遇により警察への信頼が失せたと話した。

「私たちを不信者とみなすイスラミックステートから攻撃されました。イスラミックステートとは私たちは何の関係もないのに」と話したのは、警察官に暴力をふるわれ、「汚れアラブ」と罵られた末に、訴追されることもなく釈放されたと訴える「オマール」。「その後に今度はこの国から、『イスラミックステートに関与している』と言われたのです。」

ベルギーの2015年テロ対策の1つに、テロ関連で訴追されたり、有罪判決を受けた被拘禁者は全員、最長で1日23時間、独房に収容するよう刑務所責任者に指示するものがある。少なくとも10カ月間隔離状態にある囚人もいる。ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査・検証したケースでは、自殺しようとした囚人1人や、刑務所の精神科医に「壁に向かって話をしている」と話した囚人1人が、その後もほぼ同じ状態で何カ月もほぼ完全隔離措置のもとに置かれ続けたことが明らかになった。

少なくとも35人の囚人が現在も隔離状態にある。この他、これまで隔離されていた少なくとも18人が、テロの容疑で訴追されたか、有罪判決を受けた囚人(「D-Rad:ex」と呼ばれる)用の別施設に移送された。そこでは、隔離された被拘禁者たちの交わりが限定的に認められている。

刑務所内での暴力的な過激化を防止するために、特別措置が必要な場合もあることは理解できる。しかし、これらの措置はつり合いが取れたものであるべきで、かつ効果的検証対象とされるべきだ。長期の独房収監は残虐で非人道的、かつ品位を傷つける処遇であり、拷問に該当する可能性がある。

「テロリストになる意図」でベルギーを去ることを犯罪と定める法もある。ここにある「意図」の文言はあいまいで、過激派武装組織との行動を誓う、または支援する意志があるという証拠もなしに、人びとの移動の自由を制限しかねない。当局はまた、テロ目的の疑いがある個人の旅券や身分証明書を最長で6カ月まで一時的に無効にすることができ、これにより旅券の無効処分を受けた人はすでに250人近くにのぼる。この措置は事前司法審査という重要な保護措置を欠いている。

2016年制定の包括的なデータ保持法は、電気通信会社に対し、顧客が使用した電話番号およびEメールアドレスを最長で1年間保持し、テロの捜査に関連して求められれば、それらを政府に提供することを強制するものだ。これもまた事前司法審査を必要とせず、プライバシーの侵害の可能性がある。

2016年に講じられた別の措置も、実際にメッセージがテロ行為につながる危険を生み出したか否かに関係なく、その拡散を通じてテロ行為を間接的に扇動した個人に5年〜10年の刑期を科すことを可能にするものだ。2015年制定のあるベルギー法は、テロ行為で有罪判決を受けた二重国籍者のベルギー市民権取消しを認めている。これでは民族や宗教を基にした「第2級」市民階層という認識を作り出してしまうことになりかねない。

2015年1月以来、ベルギー当局は警察支援のため主要都市にそれぞれ数百人規模の兵士を配備。パリ連続襲撃事件以来、合計1,800人にのぼる。この規模は妥当でつり合ったものかもしれないが、文民警察活動という文脈における広範な軍の展開は望ましくない。

Fayçal Cheffou, mistaken for the “man in the hat.”     

ベルギー連邦政府は、少なくとも450人のベルギー人がISISのような集団に参加したか、または参加しようとしたと述べている。これは西欧州諸国内の人口比では最多だ。

連邦検察事務所によると、パリの連続襲撃事件後の1年間に、ベルギー警察は対テロ関連の家宅捜査を数百回行った。しかし、正確な数字は提供できないという。ベルギー当局はまた、人権侵害的な対テロ作戦への不服申立て数も公表していない。

2014年5月にブリュッセルのユダヤ博物館で起きた死傷事件以来、ベルギー当局はテロ罪で43人を有罪とし、ほか72人を訴追したと、法務省がヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。パリ連続襲撃事件以来の訴追と有罪判決に関するデータの提供は拒んだ。

ベルギー当局は、基本的権利を犯さず、かつ警察の職権乱用に対し「ゼロトレランス」を実施するために、対テロ法および政策をしっかりモニタリングした上で改善すべきだ。

前出のテイラー上級調査員は、「各国政府は攻撃から市民を守り、加害者を罪に問う責任がある」と述べる。「しかし、過剰な対応は法の支配をぜい弱にし、ムスリム・コミュニティにおける当局への不信感を高め、ISISのような集団に対抗して団結しなければならない時に社会を分断してしまう。」