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トルコ:政府関与の殺人と失踪事件に処罰を

過去の人権侵害に対する法の裁き実現へ、時効などの障害除去が必要

(イスタンブール)-トルコ政府は、殺人や失踪、拷問に関与した治安部隊隊員や公務員が起訴されるよう、時効制度や証人の脅迫といった障害を取り除く措置を講じるべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。

トルコでは1980年9月に軍事クーデターが起き、1990年代には国と非合法武装勢力・クルディスタン労働者党(以下PKK)の間で軍事紛争があった。だが、クーデター後や紛争当時に、民間のクルド人に対して行われた重大な人権侵害の加害者は、これまで責任を追及されていない。

トルコの旧刑法には殺人捜査に関する20年の時効があったために、数百に及ぶ拘留中の死亡事件や治安部隊による即決処刑事件が、時効の壁に阻まれて起訴できないとされる危険がある。国が1990年代初期からクルド人に行った、数千件もの殺人も、ここ3年以内に同様に相次いで時効を迎え、起訴・裁判を免れることになる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのトルコ上級調査員、エマ・シンクレア・ウェブは「重大な人権侵害の捜査可能期間を短縮する旧法のおかげで、殺人と拷問を行った治安部隊と公務員は逃げおおせてきた。被害者のための司法による裁きが時効により阻まれることがないよう、今こそ政府当局の行動が不可欠だ」と語る。

全67ページの報告書「今こそ正義を:1990年代トルコにおける殺人と失踪の不処罰の終焉」は、1993年から1995年にかけて、成人男性と少年計20人が殺されたり失踪させられるなどした事件について、セマル・テミゾズ退役大佐や6人が罪に問われている継続中の裁判を例に、アカウンタビリティ(法的責任)追及上の障害に関する教訓を考察している。国とPKKの武装紛争の過程で行われた重大な人権侵害に関して、憲兵隊の幹部が裁判に掛けられた初めての事件である。

報告書は、1990年代初期にシルナク県で起きた、政府がかかわったと疑われている殺人・失踪事件の被害者親族55人に対する聞き取り調査を基に作成された。

被害者親族は、愛する者を殺害したり失踪させたりした犯人が裁判に掛けられるのを見たいと、ヒューマン・ライツ・ウォッチに繰り返し話していた。ハラン・パディルは17歳だった1994年、父親のイゼツ・パディルや伯父のアブドゥラ・オズデミルと共に、治安部隊に逮捕・拘留されたのだが、その後、父親と伯父は消息を絶ったままだ。「私たちにとって賠償なんか意味はなく、法の正義実現を望んでいるだけ」と述べた。それは、報告書向けのヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取りに応じた被害者親族すべてに共通する思いだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査とディヤルバクル県での裁判は、トルコ南東部の被害者親族の間に最近まで広がっていた恐怖感を浮き彫りにしている。その恐怖は、殺人や失踪事件の当時もその後も、まともな捜査が全くなされなかったために一層深まっている。

前出のテミゾズ裁判の証人、イズメット・ウイクルは、1994年2月白昼のシズレの街で、父親のラマザン・ウイクルが殺害されるのを目撃した。ディヤルバクルの法廷で彼は以下のように話している。

「シズレの町は恐怖に支配されていた。当時は未解決の殺人事件がたくさんあったので、出かけて行って告訴状を提出するなんて出来なかった。地域で事件を目撃した人は複数いたが、当時証人にはならなかった。恐ろしかったんだ。当時私たちは憲兵と村の警備隊を恐れていた。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチが聞き取りを行った被害者親族の何十人もが、何年もの間、怖くて告訴状を提出できなかったか、もし告訴しても事実上の捜査は全く行われなかったか、どちらかだったと語った。欧州人権裁判所のトルコ政府を断罪する多くの判決では、トルコ政府がしっかりした捜査をしないというパターン化した失態を犯し、よって人びとの生存権を侵害したと判示されているが、被害者親族の言葉はそれを補強する性格の供述といえる。

オメル・キャンドラクとヤフヤ・アクマン、その従兄弟であるスレイマン・ガスヤクとアブドゥラジズ・ガスヤクは1994年3月、シロピへ行く道路上の憲兵隊検問所を車で通過した後、治安部隊に拉致され殺害されたと、複数の証人が報告していた。アブドゥラジズの兄弟、サブリ・ガスヤクはヒューマン・ライツ・ウォッチに以下のように話している。

「その時告訴や裁判を求めることはできなかった。裁判を求めていたら逮捕されていただろう。1980年代の終わりに、スィイルト県のペルバリ地方にある俺たちの村は、政府に焼き払われ、無人になった。俺たちは連行されて、拷問された。何百頭の家畜も殺されたよ。1994年にスレイマンとアブドゥラジズが殺された後、自分たちの家族の多くはイラク北部のザフコに避難したんだ。」

テミゾズ裁判からは、治安部隊隊員や政府当局者がトルコ南東部の全域や大都市で行った数千もの人権侵害を、法の下で裁く際に司法手続き上生じると考えられる障害について、重要な教訓を得ることができる。

それらの教訓を基に、報告書「今こそ裁きを」はトルコ政府や裁判所、検察官に対し被害者をより中心にすえた司法モデルの必要性を訴えている。治安部隊隊員や村の警備隊、政府当局者などの被告人に対して、弱い立場におかれている証人や被害者親族、弁護士などが裁判で不利な証言や陳述をする場合、検察官と裁判所は裁判所内外での脅迫や攻撃から、より効果的に証人たちを守る必要がある。裁判手続きが数カ月から数年と長期にわたるために脅迫の恐れもより高まっている実態に照らし、審理を短くする取り組みも必要だ。

前出の調査員シンクレア・ウェブは「被害者親族と証人を覆う恐怖は今日も存在し続けている。前に踏み出す勇気を与えるには、検察官と裁判所が、もっと有効な証人保護と、被害者を中心にした司法へのアプローチ制度を導入する必要がある」と指摘する。

本報告書は政府関係者による犯罪に対する正義実現に向け、様々な具体的な勧告を行なっている。例えば以下のような勧告である。

● 公判を連日開催するなどして、裁判のスピードと効率性を高める

● 過去の人権侵害事件に焦点を当てて活動する検察官を指名する

● 人権侵害事件の指揮命令責任を徹底的に捜査するよう検察官に指示する

● 検察官と裁判官は、証人がコード・ネームでしか言及できない治安部隊隊員を特定し、参考人として供述を取るために呼び出せるよう、精力的に取り組む

● 証人保護プログラムを改善すると共に、裁判所は証人と被害者親族への脅迫行為への制裁措置を科す

本報告書はトルコ議会に、過去の人権侵害を調査する真相究明委員会を設立するよう勧告している。国連や欧州評議会などの国際機関はかねてより、トルコ政府に対し、国南東部の各州で活動する村落警備隊制度を解体するため、総合的プランを作成するよう求める勧告を出しているが、今回の報告書はそうした国連や欧州評議会などの勧告も基にしている。報告書は、村落警備隊制度が地方のコミュニティーの社会的政治的構造に深く根差しており、地域における司法の大きな障害になっていることを明らかにしている。 

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