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エジプト:人権状況改善 急務

ヒューマン・ライツ・ウォッチ代表団のエジプト公式訪問を終えて

(カイロ)-本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは、エジプトを暫定統治する軍最高評議会が直ちに一連の人権改革に着手しない限り、「法の支配」と「人権」を尊重する民主主義への移行は危うい、と述べた。

 

エジプト軍最高評議会は、非常事態令の解除や有事法の廃止、重大な人権侵害を犯した治安当局者訴追の確約、更には表現・結社・集会の自由を制限する法の廃止、そして軍事法廷における一般市民の審理を停止すべきである。2011年6月7日、ヒューマン・ライツ・ウォッチはエジプト政府関係者および市民社会構成員との3日にわたる会談を終えた。会談は、軍最高評議会員、エッサム・シャラフ首相、法務大臣顧問モハメド・アブデル・アジズ・エル・グインディ氏、内務大臣補佐官マルワン・モスタファ将軍などの間で行われた。

 

カイロで代表団の団長をつとめたヒューマン・ライツ・ウォッチ代表(エグゼクティブ・ディレクター)のケネス・ロスは、「この重要な移行期に、軍は過去の政策ときっぱり縁を切るべきだろう。それは軍事法廷に終止符を打ち、緊急事態法の廃止や自由を制限する法律の廃止を意味する」と述べた。「エジプトはこれまでの政府関係者を一部裁判にかけはじめてはいる。しかし、過去数十年間にわたり同国国民に行ってきた組織的な拷問を罪に問わないようでは、人権侵害の再発を招いてしまう。」

 

今回のヒューマン・ライツ・ウォッチ代表団メンバーは、ハッサン・エルマスリー(HRW国際理事)、サラ・リー・ウィットソン(HRW中東・北アフリカ局長)、ヘバ・モライェフ(エジプト事務所代表)など。

 

エジプト政府当局は、数多くの分野で前進を遂げてきた。たとえば、新たな政党や中立で独立系の労働組合の設立を認めるための政党法改正、汚職容疑や抗議デモ参加者殺害容疑による治安・政治当局幹部数名の裁判開始、野党勢力や市民社会との対話に向けた複数の対話委員会の設立などがある。

 

しかしながら、軍最高評議会はいまだ非常事態令を解除しておらず、非常事態法(法律第1958の162)も廃止していない。同法下では一般市民を立件もせずに拘禁したり、「公正な裁判」の国際基準を満たさない特別治安法廷で審理することが可能になっている。特別治安法廷は市民に上訴権を認めず、拷問による自白を頼りに判決を下すことでも悪名高い。革命後初の明らかな非常事態法適用事例としては、6月4日、前月7日にカイロ市イマババ地区の教会で起きた宗教暴動の容疑者48名が、検察によって緊急高等国家治安法廷(Emergency High State Security Court)に付された事件が挙げられる。

 

前出のエグゼクティブ・ディレクターのロスは、「現在の犯罪と治安の脅威の程度は、非常事態令発動を唯一許容する基準であるところの『全国民の生命が危険にさらされている』緊急事態に至っていない」と指摘。「ムバラク前大統領は治安当局を超法規的存在にして、エジプト国民を恣意的逮捕・拘禁の対象とするために非常事態法を利用してきた。こうしたやり方は、新しいエジプトに存在する余地はない。」

 

人民議会選が9月に予定されている現在、自由権を制約したり、公正で自由な選挙を妨害するような法律を即刻廃止すべく、政府は速やかに行動を起こすべきである。具体的には、表現の自由の行使を犯罪にする刑法第184条の「公共機関侮辱罪」、同第179条の「大統領侮辱罪」、同102条の「虚偽流布罪」などの廃止が急務である。

 

また、政府は、新たに公布されたストライキおよびデモ規制法を撤回すべきである。同法は、政府機関に「妨害」を加えたり、あるいは「社会平和を妨害」する抗議を禁じている。しかし、集会の自由を制限することが国際法上認められるのは極めて限定的な場合だけであり、こうした広範な制限は、国際法に違反する。

 

加えてエジプト政府は、1914集会法と1923集会および会合法(第14法)も撤廃すべきである。1914法は5名以上の規模の集会に関して、当局が求めた場合の解散を義務づけ、1923法はデモを組織するのに内務省からの事前許可を義務づけている。未申告または無許可のデモを計画、組織、または参加した個人に対して刑罰規定も設けている。

 

最後に、NGO設立に政府の認可を必要とすべきでない。NGO活動に政府が干渉するのを防ぎ、未登録のNGOに参加した個人が刑事罰を受けないよう、暫定政府は結社法を改正すべきだ。市民社会は自由に組織をすることが許されるべきであり、これに対する規制も廃止する必要がある。

 

国際人権法に基づく「自由で公正な選挙」は、メディアを含む表現の自由や情報への自由なアクセスの保障を義務づけている。こうした「保障」は、重要な政策課題についての開かれた論議と討論を喚起し、エジプト国民が「十分な情報を得て投票」するために必要である。また、選挙までの期間に諸政治団体が自由に組織して活動するのにも必要不可欠だ。

 

エジプト政府はまた、過去に公安機関が独自の管轄権下で行っていた人権侵害を繰り返さないよう内務省を改革し、関係当局幹部による拷問やその他の侵害に関する捜査を行う必要がある。内務省内の国家保安捜査局は解散したものの、所属していた局員に対する捜査の前進はとりわけ急を要する。同局は、情報入手のための組織的な拷問と強制失踪で名をはせていた。

 

拷問防止に向け、エジプト政府は、警察権力を監視する民間機構を設立し、拘禁施設への市民社会団体による中立・独立的な監視を認め、拷問されたという苦情の申し立てを透明性を確保しつつ捜査する内部調査部署を創設する必要がある。拷問やその他残酷で非人道的、あるいは尊厳を損なう処遇が、前政権下では自白を得るためだけではなく、刑罰としても行われていた。これに対し暫定政権は、国際法に沿って「拷問」の定義の解釈を拡大し、これまで行われてきた処遇や心理的な虐待も禁止されるよう、刑法第126条を改正すべきだ。司法省もまた、警察による人権侵害を捜査するため検察官が採ってきた手続きを改革する必要がある。これまで拷問を受けたという申立ての大多数は法廷にまで達してさえいない。警察が拷問を告発した被害者や証人に対して脅迫したり、法制度が未熟であったり、医療機関での被害者検診が遅延していることなどがその理由である。また、拷問疑惑捜査に対し、被疑者と同じ部署の警官を証拠収集や証人喚問にあてるのも止めるべきである。今後は、検察局が関連捜査を全面的に管轄すべきであり、証拠収集や証人喚問に警察が関与するのを禁ずるべきだ。

 

前出のエグゼクティブ・ディレクターのロスは、「ムバラク前大統領支配を特徴づけた根深い拷問体質との決別こそ、エジプト国民が望むものだ」と述べる。「今回のエジプトでの民衆蜂起の主なきっかけは、警察が人権侵害と拷問を繰り返していたことだった。したがって、国家治安捜査局の行なってきた人権侵害に対処する具体的かつ効果的な措置を提案することが、暫定政権にとって最も緊急の課題といえる。」

 

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、一般市民を軍事法廷で裁くのを停止するとともに、軍が拷問および処女検査を行った疑惑を捜査することも、軍最高評議会に求めた。5月6日にカイロ市内のラゾーグリ広場、9日にタハリール広場に隣接するエジプト博物館の敷地内で、軍当局者によって殴打、むち打ち、時には電気ショックで拷問されたと証言する男女16名に、ヒューマン・ライツ・ウォッチは聞き取り調査を行っている。

 

また、5月9日に他の抗議デモ参加者と一緒に逮捕された女性4名の証言も入手し調査した。この女性たちは、軍の基地に拘留されたいきさつや、翌日拘禁中の女性7名が兵士から受けた処女検査について詳述した。5月30日になって、軍当局者はCNNの取材に対し、エジプト国内法でも国際法でも違法であって、暴行罪とされている処女検査を軍が行った事実を認めた。

 

前出のロスは次のように述べる。「たとえ被害者から正式な申立てがなされない場合でも、軍はこうした拷問事件の捜査をすべきである。拷問と性的暴行には妥協しないという姿勢を、まずは自らの要員に対する処遇から示すことが重要だ。」

 

現暫定政権が権力の座について以来、5,600名の一般市民が軍事法廷で判決を受けているだけでなく、5月1日現在1,300名が審理中であると、アデル・アル=モルスィ将軍はアル・アラム紙に語っている。軍は、一般市民の訴追は、軍事裁判法に基づいて行われていると述べている。同法第5条および第6条では、犯罪が軍の掌握圏内で起きた場合や、事件当事者に軍関係者が含まれる場合などの特定の状況下で、一般市民を軍事法廷で裁くことが認められている。これらには、一般の刑事犯罪容疑者のみならず、抗議デモ参加者やジャーナリストも含まれている。

 

一般市民を裁くのに軍事法廷が使われてはならない。軍事法廷における手続きは、適正手続きの権利を保障しないばかりか、裁判の独立性と公平性を保障する国際法基準を満たしていない。過去15年の間、複数の国際人権団体が、軍事法廷における一般市民の裁判が「市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約:ICCPR)」第14条が保障する適正手続きに違反すると結論づけている。

 

エジプト政府当局は、軍事裁判法の取り扱う事件を、もっぱら軍事的性格を有する容疑で起訴された軍関係者の事件に限るべきであり、そのため軍事法廷の裁判管轄権を制限する法改正が必要である。

 

前出のロスは、「軍事法廷は根本的に不公正であるにも拘わらず、過去4カ月間に5,600名もの一般市民を有罪にした。これらの判決は人権法の下では受け入れられないものであり、投獄された人びとを釈放するか、あるいは、通常の民間法廷での再審を開始すべきである。」

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