(アルビル)-ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で、イラクのクルド自治区において、多くの少女や女性が女性性器切除(以下FGM)の苦痛、そしてその後遺症に、ひどく苦しんでいる、と述べた。クルド自治政府は、FGM禁止に向けてすぐに措置をとるとともに、関連法の制定など、根絶に向けた長期計画に取り組むべきである。
報告書「イラクのクルド自治区における女性の性器切除の実態」(全73ページ)は、FGMを経験した少女や女性たちの記録。FGMの正当性や安全性については、宗教指導者や医療専門家間でも見解のばらつきがあった。切除時に経験した苦痛や恐怖、その後の肉体的そして精神的な苦しみについて詳しく調査をした報告書になっている。クルド自治政府は、家庭内暴力やいわゆる"名誉殺人"などの性暴力対策には熱心なものの、FGMの禁止には消極的な姿勢を取りつづけている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの女性の権利局中東調査員ナディア・カリフは、「FGMは、生命、健康、心身のインテグリティに対する権利など、女性や子どもの人権の侵害する行いだ」と述べる。「今こそクルド自治政府が、この有害な慣習を根絶すべく具体行動に出るべきだ。この慣習は、自然と消えていく種類の問題ではない」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは2009年5月~6月に、イラク北部の4つの村とハラブジャ町で、31名の少女と女性に対面式の聞き取り調査を実施。同様に、イスラム教の聖職者、助産師、医療関係者、政治関係者にも調査を行った。地元NGO組織によれば、イラク国内の他の地域でもFGMが行われている可能性はあるが、クルド自治区外でどの程度FGMが行なわれているかに関する統計はないという。
クルド自治政府が定期的な情報収集を怠っているため、クルド自治区内でFGMがどの程度行なわれているのか実態は必ずしも明らかではない。しかしながら、地元グループによって行われた調査の結果から、FGMが同地方に広く根付いている実態と、それによる少女や女性への多大な悪影響が明らかになっている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチに対して証言を行なった少女の一人、プランガン村出身の17歳の学生、ゴラはこう語った。「母と親戚のおばさんが、私たち2人を施術のためにシャカプカンまで連れていったのを覚えているわ。他にも4人の女の子がいた。トイレで足を開かせられて、何かを切り取られたのよ。一人ずつ、麻酔もなしにね。怖かった。でも、なんとか痛みに耐えたの。今でも生理が来ると、切られた部分がすごく痛むの」
ヒューマン・ライツ・ウォッチが集めた証拠から明らかになったは、クルド自治区の多くの少女が3歳から12歳の間に、選択の余地を与えられないまま、FGMを施されているという事実だ。中には、成人女性が社会的なプレッシャー(例えば婚姻の条件)に耐えかねてFGMが受ける至ったケースもあった。
証言してくれた少女や女性たちは、母親たちが助産師(無免許の施術師)がいる村に彼女らを連れていった、と証言。当時自分の身に何が起ころうとしているのか、事前に知っていた証言者はほとんどいなかった。助産婦の家で、助産婦が時には母親と共に彼女たちの足を押し開き、クリトリスをカミソリで切り落とす。同じ剃刀を複数の少女に使用することも、しばしばあった。
クルド自治区の医師がヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところによれば、同地域で最も一般的なFGMのタイプは、「陰核切除」と呼ばれるクリトリス及び/または包皮の一部、または全部の切除だ。医療関係者によると、時として更に過酷な切除が、成人女性に対して病院で行われているという。この施術には、いかなる医学的目的もない。そして、女性の心身に多大な悪影響をもたす可能性がある。
旧自治政府は2007年の司法省法令をはじめ、FGM問題の取り組みに一定の前進をみせた。同法令は全警察管区で適用され、FGMの加害者は逮捕・処罰される、とされていた。しかし、同法令の存在そのものが広く知られておらず、実際に(法が)施行された形跡もない。
2008年、クルド議会(KNA)議員の大半が、FGMを禁ずる法案の提案に賛成したが、結局これが法として制定されることはなかった。現在この法案の現状は不明。 2009年初めには保険省が、NGO組織と協力して、包括的な反FGM戦略を練った。が、同省は後に、FGM禁止に対する支持を撤回、FGM廃絶の取り組みも中断した。FGMとその弊害に関する啓蒙キャンペーンについても、明確な説明もなしに、その開始が遅らされている。
2009年7月に新政権が発足すると、FGM撲滅に向けた取り組みはなくなった。
イラクのクルド自治区おけるFGMの起源は不明だ。ヒューマン・ライツ・ウォッチが聞き取り調査を行った少女や女性の何人かは、「切除を受けるまでは触れるものすべてが不浄という宗教上の信条に根ざしていると言われた」と証言。あるいは、FGMは伝統的な習慣と言う人もいる。ほとんどの女性は、FGMはイスラム教の口伝律法であるスンナ(sunnah)である、つまり、信仰を深めるための行為(義務ではない)である、と述べた。
イスラム教とFGMの関連については、イスラム学者や神学者の多くが否定。すなわち、FGMはコーランが定める行為ではなく、イスラム教の教義と矛盾するもの、という。女性や少女らは、FGMが宗教的義務か否かについて、聖職者から相反する見解を聞かされたと証言した。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査に応えた聖職者らは、スンナの教えの実践とされる行為が、人命を危険にさらす場合は、それを制止するのが聖職者の務めであると述べた。
FGMへの懸念とその危険性についての認識及び危険性の啓蒙についての義務が医療関係者にあるのか。この質問に対する医療関係者の見解は、様々だった。
FGMがどの程度行なわれているかを割り出すための調査が、近年に2つある。 2009年1月、旧人権省がチャムチャマル地区で、11歳から24歳までの521人の学生を対象に調査を実行。40.7%がFGMを経験しており、13歳以下に経験したのが23%、14歳以上になってからが45%という結果が出た。
2010年には、ドイツに本部を置くイラクの人権NGO組織WADIが、2007年9月から2008年5月に、アルビル、スレイマニア、及びジャミアン/キルクーク地方で実施した調査結果を発表。14歳以上の1408名の女性にインタビューした結果、72.7%がFGMを施されていたことが明らかになった。地域別では、スレイマニアで77.9%、ジャミアンで81.2%、アルビルで63%となっていた。
FGMを施されている率が高いのは、より幅広い年齢層の女性を調査対象にしたことに起因するともいえる。対象を14歳から18歳に絞った場合の経験率は57%だ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、クルド自治政府、医療関係者、聖職者、地域社会を交えた長期的なFGM撲滅計画の策定を、当局に求めた。たとえば、FGMに同意しない成人女性や子どもへのFGM禁止を定める法律のほか、FGMによる健康弊害の啓蒙プログラムが含まれる。また、FGMの防止を政策の一環へ加え、リプロダクティブヘルス(生殖と健康)、教育、リテラシー向上プログラムを発足することも肝要である。
クルド自治政府はまた、地域社会や地元有力者と密接に連携し、老若男女問わずこの問題について議論を交えるよう、推進すべきである。今後とも、同地域における少女や女性の人権についての意識や理解を高めていく必要がある。
前出のカリフは、「クルド自治政府は、FGM撲滅に取り組むのはもちろん、少女の心身をボロボロにすることは決して許されないのだという考えを人びとに啓蒙せねばならない」と述べた。
カリフは続けて、「FGM問題は複雑だが、少女や女性への害は簡潔にして明白だ。クルド自治区でのFGM撲滅には、地元政府のより強く献身的な姿勢が求められる。それには、FGMはもはや許されないという明確なメッセージを打ち出すリーダーシップが必要となるだろう。」