Skip to main content

中国:天安門事件で起きた虐殺の実態を公けに認め、反体制派の釈放を

21年経ても、人権保護の要求は宙に浮いたまま

(ニューヨーク)-「中国政府は、1989年6月に丸腰の一般市民を虐殺したことを認めるべきである」ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日こう述べた。加えて、天安門事件当時に不当に逮捕され現在も受刑中の約20人、ならびに、言論の自由を行使した結果投獄された、その他の反体制派の人びとも釈放するよう求めた。

北京の天安門広場やその他の都市で、人民解放軍が推定2千人に上る無辜の人びとの虐殺に及んだ1989年6月3、4日から20年以上の歳月が流れたが、多くの市民が依然として、普遍的な人権や自由を支持したかどで迫害され続けている。

「中国政府は、天安門大虐殺の責任を完全に放棄したばかりではない」とヒューマン・ライツ・ウォッチ、アジア局アドボカシー・ディレクターのソフィー・リチャードソンは述べる。続けて、「市民社会から政策提言をした人びとや、非暴力で政府を批判した人たちが、中国憲法自体が保障している諸権利を実現するよう要求しただけであるのに、未だ日常的な弾圧の憂き目にあっている。」


1989年6月3~4日、複数政党制を求めて非暴力の平和的な抗議デモを組織した学生、労働者、学識経験者、ライター、ジャーナリストなどに対して、中国政府が装甲機動部隊を差し向けた。天安門広場に機動部隊が突入するのを、何とか阻止しようと北京の路上に集まった一般市民たちも、何百人もが巻き添えとなって殺された。政府は、当時、数千に及ぶデモ参加者を逮捕したものの、その多くを過去20年のうちに釈放した。しかし、中国政府は、殺害または消息不明となった人びとの名簿、並びに投獄された人びとの名簿公表については、一貫して拒否している。

中国政府は、検証可能な死傷者数の公表をしないばかりか、天安門事件に関して人びとが公けに議論を行なうことを鎮圧。生存者やその家族はもちろん、天安門事件の政府公式見解に異を唱える人びとを引き続き迫害している。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチや、中国の対応を憂慮した諸外国政府が同国政府に求めた以下の事項についても、一貫して拒否の姿勢を示している。ヒューマン・ライツ・ウォッチや諸外国政府の求めとは、すなわち、天安門事件に対する透明で公平な調査の実施、デモ参加者への発砲を指示した者たちの虐殺の責任追及、被害者とその家族への損害賠償、受刑者の釈放、強制失踪の被害者の調査と説明などである。

今日もなお、「秘密とまやかし」という言葉が、天安門事件に対する中国政府の姿勢を形容するにふさわしい。2008年3月のチベット自治区と2009年7月の新彊ウイグル自治区においても、中国政府は、デモの際に暴力を行使した人びとに対する政府の取締りの権限を大きく逸脱して、チベット族やウイグル族を恣意的に拘禁したり、不当に訴追するなどした。新彊ウイグル自治区では、治安部隊が人びとを拘禁するも否定し、消息も明かさない「強制失踪」の数々について、ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査により指摘している。加えて、ヒューマン・ライツ・ウォッチが最近の報告書で明るみに出した「裏監獄(black jails)」問題もある。これは、虐待が横行する違法な秘密の拘禁施設制度のことで、北京だけでも毎年何千もの市民が同制度の罠に陥れられている。

中国政府が国際社会に公約したのとは相反して、2008年北京オリンピックの準備期間以来、表現や団結の自由に代表される基本的な人権は厳しく制限されており、人権活動家は政府による報復に直面している。この時期、司法当局による人権弁護士の資格剥奪や、地方の税務当局によるNGO団体の運営資格取消し、役人や治安部隊による法的権利や自由のために共闘する市民への抑圧などが相次いだ。


天安門事件の真実を求めるなど、人権侵害に抗議する中国市民は、日常的に政府から弾圧されている。2009年12月25日、北京の法廷は、劉暁波(Liu Xiaobo)氏に「08憲章(Charter'08)」の草案・配布にかかわったことによる「国家転覆扇動罪」で11年の刑を言い渡した。「08憲章」とは中国における人権と法の支配を求めるオンライン上の署名運動で、憲章中には、中国共産党による一党独裁が引き起こした「人権大惨事の長い歴史」の一例として、天安門事件に直接言及した一文も含まれている。2010年2月10日、同法廷は劉氏の上訴を棄却、同氏は北京から中国北東部遼寧省の刑務所に、先週移送された。政府に批判的な知識人の一人として中国で最もよく知られている劉氏は、天安門事件にかかわった学生たちを支援したとして、以前にも2年間服役していた。天安門事件の起きた89年6月4日早朝には人民解放軍と交渉して、広場に最後まで残っていた学生たちを無事に避難させ、それ以上の流血を防いだ。

高智晟(Gao Zhisheng)氏は、炭坑夫や隠れキリスト教徒を擁護するという、中国でも最も論争の的になった事件を担当した弁護士。高氏は2009年2月、治安部隊によって拉致・強制失踪させられた。政府は1年以上にわたって、同氏の居所と健康状態を公にすることを拒否していたが、2010年4月初旬に同氏が北京の自宅アパートに突如姿を現した。しかし、数日後に姿を消したことから、再び政府の拘禁下に置かれたとみられている。高氏の居所、健康状態、状況については不明のままだ。

趙聯海(Zhao Lianhai)氏は、メラニン汚染ミルク事件に端を発して「腎臓結石ベイビーの家(Home for Kidney Stones Babies)」という、草の根の政策提言団体を組成したことから、2010年3月30日に裁判にかけられ、「民衆煽動罪」で最長5年の刑に処される可能性がある。この団体は、2008年に起きた同事件の何千にも上る被害者の親を組織して、損害賠償を求めるとともに、6人の死者と30万人の健康被害を出すに至った事件の公式記念日設定を求めた。

中国政府は、人権活動家や市民社会団体にも狙いを定めて、脅しの度合いを強めてもいる。2009年の終わりごろには、根拠の説明もなしに国内で最も著名な約12名の人権弁護士の資格更新を中国司法当局が拒否。これにより、12名の弁護士たちは弁護士活動ができなくなった。2人の弁護士、唐吉田(Tang Jitian)氏と劉巍(Liu Wei)氏は、2010年4月21日に「法廷の秩序を乱した」罪で裁判にかけられ、現在、弁護士資格永久剥奪の危機に直面している。2名がこうした裁判にかけられることとなったのは、2009年4月の裁判で、両弁護士が、中国政府が違法組織と認定している法輪功修練者の弁護人となったことによる。


89年の天安門大虐殺とそれに続く暴力的な弾圧に対する自由な言論は、すべて、国内では規制対象となったままである。加えて、こうした厳しい言論統制は、国内ジャーナリスト、ブロガー、そして約4億400万人のインターネット利用者にも及ぶ。少なくとも24人の中国人ジャーナリストが、「国家転覆煽動罪」や「国家機密漏洩罪」などの不明確な構成要件の罪で投獄されている。

政府はまた、YouTubeやツイッター、フェースブックといった、オンラインのネットワーキング・サイトへのアクセスも禁じている。2010年3月22日、グーグルは中国における検索エンジンを閉鎖。同社は、長年にわたって中国政府と共謀してネット検閲を行なってきたが、これに終止符を打った。グーグルが、国内における検索エンジンの自己検閲撤廃を中国政府に求めたものの、中国政府が譲歩の姿勢を示さなかったことにより、グーグルはこの決定に至った。5月29日には、ネット上の表現の自由の更なる規制に向けた中国政府の構えを示す動きがあった。サイトに「革命精神」と「赤の文化」を掲載すると誓約するよう、インターネット関連各社に圧力をかけたのだ。


89年の天安門(大虐殺)事件から21年目を迎えるにあたって、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、次の点を中国政府に強く求める:

  • 天安門大虐殺が中国共産党上層部にとってさえ、深い苦悩と失望の源となっていることを公に認めること。犠牲者に損害賠償することにより、これを示すこと。
  • 生存者やその家族、および天安門関連の虐待の責任追及を国家に求める学識経験者たちに対する嫌がらせ、逮捕、投獄をやめること。
  • 89年当時に不当に逮捕され有罪判決を受けた、約20人の天安門関連の政治囚たちを直ちに釈放すること。
  • 天安門事件の死傷者の名簿、ならびに、天安門事件関係で投獄された人びとの完全な名簿を公表すること。

加えて、引き続き行なわれている政府批判者や人権活動家の迫害もやめるよう強く求める。

「89年6月の平和的なデモで人びとは当然の権利を要求した。しかし、今も、中国の市民たちは、そのときと同じ権利を要求することによって、投獄またはそれ以上の危険に直面させられ続けている。中国政府は、批判に寛容にならなくてはならない」と前出のリチャードソンは述べる。「政府を批判した意見を言うこと自体を犯罪とすることは、国際社会の名誉ある一員となりたいという中国政府の望みと相容れないものである。」

Your tax deductible gift can help stop human rights violations and save lives around the world.