(ニューヨーク)本日発表された新しい報告書の中で、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、国家的危機といえる広範囲の拉致と「失踪」の責任が、スリランカ政府にあると述べている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、同国政府に対し、「失踪者」の所在を明らかにすること、即刻現状を改め、犯罪者を処罰することを、強く求めている。 2006年に政府とLTTE(タミル・イーラム解放の虎)の大規模な戦闘が再開されてから、スリランカ政府軍及び政府よりの武装グループは、数百人もの人々を「失踪」させ、拉致している。おそらく被害者の多くはすでに死亡していると思われる。

241ページに及ぶ本報告書は、『悪夢の再来:「失踪」と拉致に関するスリランカ政府の国家責任についての報告』と題され、ヒューマン・ライツ・ウォッチが情報を得た数百件のうち、99件について報告している。そして、今日にいたるまで、スリランカ政府の対応が、極めて不適切であったことを、検証したものである。国連の強制的・非自発的失踪に関する作業部会によると、2006年から2007年にかけての統計で、スリランカは世界一の「失踪」事件発生件数を記録した。

「かつて人権擁護活動家であったマヒンダ・ラージャパクサ大統領は、自らが率いる政府を、世界最悪の強制失踪犯罪者にしてしまった。停戦が破棄されたからには、政府が真剣に対策をとるまで、この危機は続くということだ。」ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレーン・ピアソンは、述べる。 国際法のもとでは、国家による強制失踪とは、国家が個人の身柄を拘束し、且つ、拘束したことを否定するか、または所在を明らかにしない場合を言う。「失踪」した人々は多くの場合、拷問され、超法規的に処刑される。被害者の親族は苦しみ続ける。つまり、強制失踪は継続的な人権侵害である。被害者の生死か所在が明らかになるまで、苦しみが継続するからだ。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチが検証した事件の大多数において、政府治安機関(陸軍、海軍及び警察)の関与が示されている。「失踪者」の親族が、自分の親族が、どの部隊によって、どのキャンプに、逮捕連行されたのかを、特定できているケースもある。また、制服の警察官、主に刑事部(CID: Criminal Investigation Department)の警察官が、「失踪」する前に親族を拘束したとの親族の説明もあった。 バイラムトゥトゥ・バラタラサン(40才、トラック運転手、5人の父親)は、2007年1月7日にコロンボの自宅で拉致された。以後、消息不明である。ヒューマン・ライツ・ウォッチへの妻の報告は以下の通りである。

「20人ほどのグループが家を取り巻きました。警察の制服を着た人も私服の人もいました。一人の警察官が家に入って来て、私たちにIDカードを見せるように言いました。私は奥の部屋にIDカードを取りに行きました。戻ったときには、夫も警察官も居ませんでした。私は家を飛び出して、暗闇の中、道路に停まっているるバンを見つけました。その道路に向かって走りましたが、私が着くより前に、バンは走り去って行ってしまったのです。」

被害者のほとんどはタミル人だ。しかし、ムスリムやシンハラ人も標的になっている。多くの場合、スリランカ政府軍は、その被害者とLTTEが関連があるのではないかと疑って、「失踪」させる。聖職者、教職員、人道支援関係者、ジャーナリストも同様で、本人を市民社会から抹殺するだけでなく、こうした活動をしたらどんな目に遭うか、という周囲の人間への威嚇として、「失踪」を利用している。

政府よりのタミル系武装グループも、拉致と「失踪」に関与している。特にカルナ派とEPDP(Eelam People’s Democratic Party)の関与が多く、政府軍とは独立して、あるいは連携して行動している。 LTTEによる拉致件数は比較的少ない。それはLTTEの主力戦術が、拉致でなく、標的を定めた殺害であるからと考えられる。LTTEによる重大な違法行為はこれに留まらず、一般市民に対する爆撃、政治的暗殺、子どもの強制徴集、支配地域における基本的な市民的政治的権利の組織的抑圧など無数にある。 この危機に対しても、スリランカ政府には、責任者を捜査し訴追する決意がまったく見られない。これまで政府軍から一人として、「失踪」または拉致への関与について、法の正義(法的責任)を問われた者はない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカの非常事態関連法が、政府軍に圧倒的な権限を与えており、人びとを恣意的に逮捕拘禁しても罪に問われないことが、強制失踪を容易にしている、と述べた。 「兵士や警察官が『失踪』を行っても、処罰を免れることができる状況が続いている間は、この忌わしい犯罪は続くだろう。」と、ピアソンは述べている。 ラージャパクサ政権は、「失踪」その他人権侵害の監視や捜査に向けて、これまでに一連の特別機構を設立してきた。だが、そのどれひとつとして、見るべき結果を生んでいない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、この失敗は驚くに価しないと言う。なぜなら依然として、スリランカ政府は高官レベルで、問題を矮小化し、危機の深刻さを否定し、政府軍の関与を否定しているからである。 「大統領や政府高官らが、政府軍に対して、このような違法行為は許容できないと明確な警告を送ることがない以上、『失踪』問題解決のための政府の各機構が機能することはないであろう。」とピアソンは語る。

スリランカの主要な友好国や、国連人権高等弁務官事務所をはじめとした国連機関も、驚くほど多数の「失踪」と不処罰の蔓延に、深刻な懸念を表明している。そして、政府軍とLTTEが国中で犯している人権侵害行為について調査報告する目的の国連人権監視ミッション設立のため、いっそうの支援をすると表明している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカ政府が国際的な監視ミッションに反対していることを深く憂慮している。なぜなら、「失踪」問題解決には、国際的な監視ミッションが効果的であることが、他国のケースで証明されているからである。十分なマンデート及び資金や人的資源を与えられれば、監視ミッションは、スリランカ政府もその他のスリランカの国内機関もできなかったことを、やり遂げられるであろう。すなわち、国際監視ミッションは、妨害されることなく拘禁施設を訪問して被拘禁者の所在を確かめること、紛争の両派に具体的事件の情報を求めること、スリランカの警察や人権機構を支援し事件捜査と親族への連絡を進めること、申立のあった事件に関する信頼できる記録を作成することなどができるのだ。

「スリランカ政府が国連監視ミッションを拒絶することは、すなわちスリランカ政府が、人権を保護すると約束したことに反している。政府が無策でいる間に、多くのスリランカ国民が犠牲を払うことになるのだ。」とピアソンは述べる。 ヒューマン・ライツ・ウォッチはスリランカ政府に対し、以下の要求をしている。

  • 強制失踪が多発する現状を改め、申立てのあったすべての事件を精力的に捜査し、罪を犯した者を処罰するよう、即刻対策を実行すること。
  • 国連人権高等弁務官事務所と協力して、紛争のすべての当事者によって犯された、国際人権法および人道法違反を調査・報告するため、国際的な監視チームを設立配置すること。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、スリランカの友好国(特にインドと日本)に対し、今後、軍事的支援または人道支援以外の支援をする場合には、スリランカ政府が、国際監視団を受入れ、「失踪」が多発する現状を改め、不処罰をなくすための努力をすることを条件にするよう、要求している。

報告書から証言の抜粋

「彼らはティヤガラヤを殴り始めました。彼のTシャツをはぎ取り、口に押し込んで。近所の人たちが助けに来ましたが、押しのけられました。泣け叫ぶ彼の妻は、銃尻で殴られました。彼女は妊娠9ヶ月でした。彼らは、ティヤガラヤが家に爆弾を隠していると言って、家の周りを掘り返えさせました。家の中も捜して、すべてをひっくり返していったのです。何も出てきはしません。彼が歩けないまでに、ひどく殴りました。そして抱え上げて、バイクで連れ去ったのです。」 ―ティヤガラヤ・サラン、25才、2007年2月20日夜、ジャフナ州東プトゥールにて「失踪」、親族の証言

「村人たちが、パティナテールとアントンが、軍人に取り調べを受けているのを見たと、言いました。軍人は彼らに銃口を向けていました。そして彼らをパウエル(車種名)に乗せて、彼らの自転車も別の車両に載せました。軍隊が離れろと言うので、村人たちはよく見ることができませんでした。今では、村人たちはひどく怯えて、見たことを人に話すこともできません。」 ―アントン・プラバナント、21才、パティナテール・プラサンナ、24才、2007年2月17日、ジャフナ州にて「失踪」、アントンの親族の証言

「私たちが(コディカマムの)軍キャンプに行くと、甥の自転車が停まっていました。軍隊の敷地内で、キャンプの近くです。兵士に甥のことを尋ねると、逮捕したことを否定しました。自転車を見たと言ったら、彼らは腹を立て、 “誰があそこへ行って見ていいと言った?また近づいたら、撃つぞ。”と、怒鳴りました。私たちは地域のGS(地方文官)と警察に、自転車を取り返して欲しいと頼みましたが、できませんでした。最後には、キャンプの司令官が私たちに自転車を返しました。司令官は、私たちが捜している人を逮捕した人間はここにもういない、と言いました。私たちに、自転車だけ受け取って帰るように、と命じたのです。」 ―タバルバン・カナパティピライ、26才、シャンガール・サンティバルセハラム、30才、2006年8月16日、ジャフナ州カチャイにて「失踪」、タバルバンの親族の証言