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インドネシア:アチェ州のシャーリア法が引き起こす人権侵害

厳しい交際規制や服装規制 自己決定権の侵害、虐待の原因に

(ジャカルタ)-インドネシア・アチェ州の2つのシャーリア法について、法が人権を侵害するとともに、政府関係者や地域住民による法の執行の過程でも虐待が起きている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。インドネシア政府及びアチェ州政府は、この二法の廃止に向けた措置を講ずるべきである。

アチェのイスラム法は、「セクルージョン行為(人目を忍んだ行為)」を禁止するとともに、イスラム教徒が人前に出る時の服装要件を規定しているが、ヒューマン・ライツ・ウォッチ作成の報告書「道徳規制:インドネシア・アチェでのイスラム法が引き起こす人権侵害」(89ページ)は、こうしたイスラム法違反の取締りの実態を調査した報告書。「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法は、一定の条件の下の未婚の異性間交際を犯罪と規定。一方、服装規制法は表面上は男女に無関係の規制であるが、実際には女性により厳しい規制が行なわれている。また、本報告書は、この二法の適用が不公平で、富裕層もしくは政治的コネのある人びとにはほとんど適用されていない実態も明らかにしている。

本報告書で取り上げた2つのシャーリア法は、イスラム法に由来するアチェの5つの刑事法のうちの2つ。アチェでは、慈善的施しから、ギャンブル、イスラム教に基づく儀式やイスラム教徒としての適切な行動にわたるまで様々なことがイスラム由来の法律で規定されている。イスラム法支持者は、イスラム法が生活の全般にわたる全ての事項を網羅した完全な体系である、とする。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラム法そのものやイスラム教内部の規定について、何らの意見・立場を有しない。しかし、今回の報告書は、2つのアチェ州法が、インドネシア憲法上の人権保護規定並びに国際人権法に違反し、人権侵害を引き起こしている点を問題としている。アチェ州は、イスラム教由来の州法制定が国内法で明確に認められているインドネシアの唯一の州となっている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレイン・ピアソンは、「これらアチェの二法は、誰と会い何を着るのかについて自分自身で決定する権利を否定している。」と、語る。「この法律の内容及び不公平な適用の結果、人権侵害が引きおこされている。」

「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法の規定はあいまいである。しかし、イスラム警察(Sharia police)は、そうしたあいまいな規定を広く解釈し、夫婦などの親族以外の異性が、「静かな」環境の中で座って会話することだけでも禁止、と解釈してきた。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査の結果、「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法違反の容疑をかけられた人びとが、強引な取り調べをうけた事案、釈放の条件として結婚に同意させられた事案、イスラム警察(Sharia police)が拘禁中の女性容疑者をレイプした事案などが明らかになった。イスラム警察は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、捜査の際、成人・未成年を問わず、女性たちに処女検査を受けさせることがある、と語っている。

アチェ州法では、一般市民が容疑者を特定・逮捕・処罰することが一定の条件下で認めらている。その結果、恣意的に「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法違反の容疑をかけられた人びとが、地域住民から激しい暴行を加えられたり、拘束されて火のついたタバコで火傷を負わされたりする事件が起きている。

虐待行為を行なった住民の責任は問われない。一方で、「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法違反の容疑をかけられた人の中には、村の伝統的リーダーから、強制結婚や村からの追放、恣意的な罰金などを適正手続など皆無のなかで科されるケースもある。

ロハニ(Rohani)は、2009年、当時17歳だった長女のボーイフレンドの身に起きた出来事をヒューマン・ライツ・ウォッチに語ってくれた。その夜、長女のボーイフレンドが、長女に会うためにロハニの家にやってきて、1時間滞在した。その夜、家には、長女の他にも、母親であるロハニと妹もいたにもかかわらず、長女のボーイフレンドは地域住民に拘束され暴行された。続いて、その住民たちは、長女とボーイフレンドに結婚を迫った。やってきたイスラム警察(Sharia police)と通常警察に逮捕されたのは、暴力をふるった村の人びとではなく、長女とそのポーイフレンドのほうだった。二人は、捜査のためとして一晩拘束されたのである。その後、ロハニは、地域の代表から、娘の行為に対する罰として物品の提供を要求されたという。ロハニはそれに従ったが、長女のボーフレンドに暴力をふるった人びとはだれひとり、責任を問われていない。

前出のピアソンは、「シャーリア法違反容疑に対するイスラム警察(Sharia police)の捜査は専門性を欠き、人権を侵害する結果となることが多い。しかも、強制結婚などの不適切かつ違法な解決手段を要求することも多い」と語る。「政府は、『セクルージョン(人目を忍んだ行為)』法違反の容疑をかけられた人びとを虐待する自警団員を規制するべきだ。」

イスラム教による服装規定を定めるシャーリア法によってイスラム警察(Sharia police)の取締りの対象となっているのは、圧倒的に女性である。法律により、男性も膝からへそまでを衣服で覆うように求められているものの、女性は、両手両足と顔以外の全身を覆わなければいけないため、ジルバブというイスラム教のヘッドスカーフを着用することが義務付けられている。併せて、透けていたり、体の線が出るような衣服も禁止されている。

イスラム警察(Sharia police)は、検問所やパトロールで、服装規定違反を監視。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラム警察に職務質問された複数の女性たちに話を聞くことができた。イスラム警察(Sharia police)は、彼女たちの個人情報を詳細に記録するとともに、説教をし、もし同じ行為を繰り返すなら逮捕やムチ打ちの刑にすると脅した、という。

「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法及び服装規制法は双方とも、確立された国際人権法に抵触している。インドネシアも批准している国際条約のもと、性的な関係の有無に関わらず、同意に基づく成人間の個人的交際は、プライバシーの権利として保護されている。それだけでなく、アチェの「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法は、宗教的信条を自由に表明する権利と表現の自由をも侵害している。こうした権利侵害は、なかでも女性に影響を与えている。というのも、シャーリア法違反の烙印を押された女性たちは、長期間にわたり社会から阻害され続けるからだ。アチェ州におけるシャーリアに基づく服装要件は、自己決定権・表現の自由・宗教の自由・思想良心の自由を侵害する。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アチェの州議会に対し、この二法を廃止するよう求めている。また、アチェ州知事は、イスラム警察(Sharia police)に対し、「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法の違反容疑による逮捕・拘禁を止めるよう命じるべきである。そして、警察は、同法を執行しようとして暴力に訴えた者たちを捜査・訴追するべきである。

スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は、内務大臣に対し、道徳振興を謳う全ての州法の再検討を命ずるべきである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。ユドヨノ大統領は、最高裁判所に申立を行い、「セクルージョン(人目を忍んだ行為)」禁止法と服装関連法が憲法などのインドネシア国内法に適合するかの審査を申し立てるべきである。インドネシアでは、アチェ以外の複数の地方が、アチェ法をモデルとして見ている実態を、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘している。

前出のピアソンは、「アチェ州政府は、国際基準に違反する法律を廃止し、あらゆる暴力行為を捜査・訴追しなければならない。」と語る。「アチェの人びとにも、他の地域に住むインドネシア国民と同じ権利が保障されるべきなのだから。」

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