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内閣総理大臣 安倍晋三 殿

カンボジアご訪問(20131116日~17) に関しまして

拝啓

総理のカンボジア公式訪問を控え、フン・セン首相および与党カンボジア人民党首脳との会談に関し、本書簡をお送り申し上げます。

2013年1月28日の所信表明演説で総理が、「外交は(中略)自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値に立脚し、戦略的な外交を展開していくのが基本であります」と宣言されたのは、記憶に新しいところです。ゆえに、総理が演説で述べられた価値を礎に外交政策を実施するという姿勢を明確に示して頂くよう、強く要望するものです。きたるフン・セン首相との会談、および日本が歴史的に極めて大きな役割を果たしてきたカンボジアとの関係は、その実践の最たる機会と思料致します。

1991年のパリ和平協定以降、日本はカンボジアにおける主要なアクターであります。和平協定によりその実施を担う国連暫定統治機構が設置され、日本を含む署名国は、人権の促進と保護を基礎とする民主主義社会の建設に努めると誓約しました。日本はその後、カンボジア復興国際会議を支える指導的役割を果たし、同国に対する開発援助の最大提供国になっています。和平協定とカンボジア新憲法は、以降の選挙が自由かつ公正なものとなることを約束するとともに、集会と結社の自由、適正手続き、法の下の平等、恣意的な財産没収からの保護ならびに国家と治安部隊の中立性を含む、政治的多元主義と基本的権利の尊重を基盤とする、憲法に謳われた自由民主主義制度の下で、選挙が実施されることを約束しています。

カンボジアは日本ほかの援助国・機関に次々と約束だけはしてきました。が、現実はかなり異なる様相を呈しております。1993年の総選挙に敗北した後、フン・セン首相と人民党は連立政権に入れなければ内戦になると脅迫。以降首相と人民党は、自由や公正からはほど遠い選挙を4回実施しました。フン・セン政権はカンボジアを事実上、一党独裁の国に逆戻りさせて日常的に人権侵害を行い、ほとんどすべての重大な人権侵害加害者を不処罰のまま放置しているのが現状です。

きたる総理のカンボジア公式訪問は、人権と民主主義の促進をカンボジアとの関係における最優先事項にすることで、1月の所信表明演説を現実のものとするまたとない機会といえます。つきましてヒューマン・ライツ・ウォッチは、「選挙」「治安維持上の支援」「カンボジア特別法廷」「政府開発援助(ODA)」に関し、提言させていただきます。

選挙

2013年10月23日にお送りした書簡で言及致しましたように、カンボジアで7月に行われた総選挙は、根本的な構造的欠陥と重大な不正行為によって損なわれ、自由かつ公正なものではありませんでした。書簡送付後にも、カンボジア内外の選挙監視団体により、有権者登録をめぐる不正行為の強力な証拠が収集されています。これらすべての証拠が物語るのは、与党人民党が68議席、野党救国党が55議席を獲得したという、公式な選挙結果に対する重大な疑問です。ヒューマン・ライツ・ウォッチほか諸団体が独立した調査の実施を求めてきたのは、このためです。人民党はこうした調査を拒否するばかりでなく、選挙関連ほかの抗議運動に対して多くの脅迫や暴力を加えています。

そこで、選挙不正に対し、国際的支援を受けた独立調査の実施を求める国々に、日本政府が名を連ねることを強く要望いたします。総理にはカンボジア側代表とそうした調査のあり方について議論することを、強く要望致します。また、日本の政治的公平性を示すために、救国党指導層と会談の機会も設けることもあわせて要望致す次第です。

こうした行動をとらなければ、自由・民主主義・人権・法の支配の促進という、総理が表明された目標は損なわれることになりかねません。実際、このたびの公式訪問は、人民党が7月の総選挙に勝利し、議会が正式にフン・セン氏を同国首相に再任したという主張に、正当性を与える危険をはらんでいます。それは、自由かつ公正な選挙を通して自らの政府を選ぶという、無数のカンボジア国民の権利を損なう危険をはらんでいるのです。

治安維持上の支援

日本国際救急救助技術支援会(JPR) が2013年10月中、カンボジア王国軍第70旅団(Brigade 70 of the Royal Cambodian Armed Forces (RCAF))の派遣団に行った訓練に対し、総務省所管特例民法法人である自治体国際化協会(CLAIR)が資金援助をしていた事実に、ヒューマン・ライツ・ウォッチは注目しております。同旅団のSauy Narit副司令官によると、王国軍へのこのような援助は初めてとのことであります。派遣団が受ける訓練の内容が災害救助であるとはいえ、第70旅団は、現救国党党首で当時野党指導者だったサム・ランシー氏暗殺未遂事件ほか、多くの人権侵害に関与したとされる、悪名高い経歴を有しています。

更に、王国軍と警察部隊は長きにわたり与党に偏った態度をとっており、これはパリ和平協定の精神と国際的な人権基準と相容れません。約35年間、政敵とみなした人びとを警察や軍が逮捕・拷問あるいは殺害しても処罰されないという現実の根幹が、軍と警察なのです。最も重大な人権侵害をめぐり上官責任を問われた経歴を持つ軍と警察の将校たちは、訴追されるどころか、フン・セン首相への忠誠を評価されて昇進しており、不処罰と身内保護が同国治安部隊の顕著な特徴になっております。

こうした現実に鑑み、日本の公的資金援助を使った支援を受けたカンボジア軍の部隊(ユニット)あるいは個人が、人権侵害の加害者でないかを確認する手続きが取られていないようにみえることに、懸念を抱いております。こうした援助が配慮なしに継続あるいは拡大された場合、過去の人権侵害に対する不処罰がより確固たるものと化し、直接的・間接的に今後の人権侵害までも助長してしまうかもしれない可能性を更に憂慮しております。

したがって、王国軍全体あるいは特定の部隊または個人の士官による人権侵害を助長することはないと判断できるようになるまで、王国軍への資金援助を認めない旨をカンボジア政府に伝えるよう、日本政府に強く要望するものであります。

加えて、カンボジア国内で日本人が経営する民間企業AAPインターナショナル社が、明確な人権に関するセーフガードを全く備えないまま、カンボジア警察に私的援助を提供していることについても、憂慮しております。こうした条件なしの援助(と思われます)は、人権侵害の共犯となる危険をはらんでおり、日本政府が介入すべき事案であると思料致します。

カンボジア特別法廷

ご承知の通り、日本は、カンボジア特別法廷(以下ECCC)への最大の資金拠出国です。拠出累計額は、7,900万米ドル(約80億円)を超え、最近では国際側に38万7,000米ドル(約3,900万円)の拠出を表明しました。ECCCは国連の支援を受けているものの、カンボジア政府がこれをコントロールをする状態が続いています。同法廷のカンボジア側スタッフと国際側スタッフが、司法に関する国際基準を遵守した上で、1975年から79年にカンボジアで起きたジェノサイド・人道に対する罪・戦争犯罪に大きな責任を負うべきクメール・ルージュ幹部らの訴追に取り組めるよう、カンボジア政府に求めるにあたり、日本政府は絶好の立場におられます。

この点について、カンボジアと国際連合が2003年6月に調印した、ECCC設置に関する「合意書」の第28条を想起していただきたく存じます。ここでは、カンボジア政府が、司法、公正性、法の適正手続きに関する国際基準と矛盾するかたちで、同法廷を活動させることがあれば、国連は特別法廷への「支援を、財政その他の分野に関して、その提供を停止」できる、と定めています。これらの基準は、「司法の独立に関する国連基本原則」および「裁判官の行動に関するバンガロール原則」で詳述されています。特に後者は、「司法は、審理すべき案件について、事実に基づき、法に則った上で、いかなる方面からの、いかなる理由による、直接的か間接的かを問わず、一切の制約、不適切な干渉、勧誘、圧力、脅迫あるいは推論を受けずに、判断を示さなければならない」と、明確に述べています。

カンボジア政府は、同国の司法全体の支配を行っており、ECCCについてこれらの原則を満たしていません。フン・セン首相が指示する遅延手法と妨害行為により、司法職員は、カンボジア国内法と国際法に則ってその職責を適切に果たすことができずにいます。裁判の迅速な進行が妨げられ、被告人の数も不適切に制限されています。その結果、これまでのところECCCでの判決が確定したのは、たった1人です。拷問で悪名高いツールスレン収容所の元所長、カン・ケク・イウ(通称ドッチ)氏が、1号事件で起訴され、容疑を認めて有罪となり、終身刑が宣告されました。

2号事件では、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪で「高級幹部」4人が起訴されました。しかし、うち2人について、1人は死亡し、1人は裁判に耐えられないと判断されました。審理が進んだ2人についても、複数の容疑のうち一部の審理が行われただけで、判決が確定するには、まだ相当の時間がかかります。この2人が、2号事件のその他の容疑でも裁かれるのか、判決がすべて出るまで存命なのか、見通しは非常に不透明です。

3号事件と4号事件では、クメール・ルージュの5人が容疑者です。捜査については、フン・セン氏が公然かつ、再三にわたって反対を唱えています。すでに1人は死亡し、複数が健康上の問題を抱えています。国連が指名した予審判事は、3号事件と4号事件を目下捜査中-----カンボジア政府が法廷に割り当てたカンボジア人スタッフの支援なしで----で、生存する4人の一部あるいは全員について、起訴し、裁判に掛けるべきかを検討中です。しかし政府の協力がなければ、起訴に足る証拠のある者がいたとしても、逮捕し、裁判を行うことはできないでしょう。

カンボジア政府はいくつも遅延戦術をとっていますが、その一つとして、給与名簿に記載されたECCC職員への、賃金支払い義務を怠っています。その結果、職員の一部による争議が発生しました。しかし、国際社会から最近批判されたため、政府は義務を果たすようになりました。このことは歓迎します。しかし現在、給与の支払いは、3号事件と4号事件の捜査に協力しない職員だけが対象です。これは、ECCCの活動を促進するどころか、2号事件の被告2人を除いた、生存するクメール・ルージュ幹部全員を事実上不処罰とするものです。

カンボジアでのジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪に関する不処罰を防ぐため、日本政府はカンボジア政府に対し、ECCCのすべての判事、検事、職員が、カンボジア人も外国人も共に、捜査対象となるすべての案件について、政府による直接・間接の干渉をまったく受けずに判断を下せるよう、強く求めるべきです。その原則が維持されない限り、なぜECCCに国連が引き続き関与し、ドナーが継続して支援するのか、という疑問は払拭できません。

政府開発援助

国際協力機構(以下JICA)カンボジア事務所によれば、日本はカンボジアに1992年から2012年の間で22億5,000万ドルのODAを提供しており、現在の提供額は、年平均約1億2,000万ドル(カンボジア政府はその金額を1億5,000万ドルとしています)とされています。最近公表された援助の中には、バッタンバン州とバンテイメンチェイ州を結ぶ国道5号線の一部を改修・拡張する、道路事業があります。

当方の懸念は、こうした資金援助が、人権尊重・保護に関する日本政府の義務、ODA大綱(1991年)、JICAの環境社会配慮ガイドラインに則ったものなのか、ということです。世界銀行とアジア開発銀行などと同様、日本や他国政府についても、この懸念は等しく当てはまります。日本の援助が、カンボジア政府の行政当局と治安当局による人権侵害に加担し、あるいは悪化させることは、絶対に避けなければなりません。たとえば、政府当局者、治安部隊、そして彼らと結託した人びとは、土地の収奪を行っています。地方や農村では推計70万人がその影響を受け、政府が強制退去を実施し、反対運動を弾圧する事態も頻繁に起きています。

こうした問題は、過去に日本が支援したカンボジア政府の開発事業、とくに日本の巨額な民間投資が現在集中する、シアヌークビル特別市(プリ・シアヌーク州)のシアヌークビル港経済特別区の開発に関連しても生じたことがあります。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2008年から2012年に現地で起きた事件を再調査したところ、JICAと日本大使館の代表が、強制あるいは違法な退去の損害を被った、多数の地元住民のために仲介を行ったものの、問題の発生は、日本側が、人権保護に必要なあらゆる措置を講じなかったことに関係することが明らかになりました。とりわけ日本側当局者は、当該事業の計画と実施に関して、地域住民とカンボジア民間団体側が全面的かつ実質的な協議に加わり、事業プロセスに参加する上で、十分な支援を行いませんでした。また、人権侵害を行った当のカンボジア政府当局や政府機関に補償にあたらせたことで、抗議運動に参加した一部の被害者は、補償を受けるどころか、法的そのほかの脅迫にさらされました。

日本の政策と矛盾するこの様な結果を回避する一助となるよう、日本政府からカンボジア側関係者に対し、日本は、開発援助に関与する全当局者が、あらゆる開発事業に関して人権デューデリジェンスを行う義務があると考えていることを、明確にして頂くよう強く要請致します。更に日本政府としても、資金拠出予定の全ての事業に関し、人権に対する潜在的影響を確認し、あらゆる悪影響に適切に対処しなければならないと存じます。事業が進行するにつれ悪影響が表面化することも多いため、事業期間中全般を通じて人権への悪影響を評価・対処し続けなければならず、また、起きてしまった人権侵害に対しては、カンボジア政府と協力し救済策を施す必要があると考えます。これは、世界銀行やアジア開発銀行を通じた事業についても言えることです。事業による住民の移転がやむを得ない場合、日本・カンボジアの両政府は、国際法に反する強制退去が起きないよう、また、合法的に再定住した人びとが、国連の「開発に基づく立退きおよび移動に関する基本原則およびガイドライン」に沿った、十分で適正かつ適時な補償を受けられるよう、確保しなければなりません。その補償は、事業によって影響を受けた人びとが、自らの生活水準を改善すること、あるいは最低限でも事業開始前のレベルを回復する目的で行なわれなくてはなりません。

これらの目標を達成するため、開発事業の影響を受ける人びと及びカンボジア市民社会の関係者が、如何なる報復に怯えることなく、事業に関する十分な情報を提供され、自由に意見を表明し、真なる協議を行なう権利を享受できるよう、両政府は確保する必要があるとの日本政府のお考えを、総理が明確に示されることを要請致します。貴殿のそのようなご表明は、人権の尊重と社会的説明責任の実現を基礎にした、持続可能な開発を達成するために、草の根団体・アドボカシー団体を含んだ市民参加が重要であるとの認識につながると思料致します。ご検討に感謝申し上げます。

敬具

 

ヒューマン・ライツ・ウォッチ           ヒューマン・ライツ・ウォッチ

アジア局  局長                    日本代表

ブラッド・アダムス                 土井 香苗

                                                                   

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。

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