(バンコク)–ミャンマー国軍の軍事政権が顔認証および車両ナンバーブレート認証技術を備えた公共・街頭カメラ・システムを手にすることで、ミャンマーの基本的権利に重大な脅威がもたらされることになると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。2月1日の軍事クーデター後、軍事政権が反対意見を表明する抗議者などに対してますます致命的な武力行使に走るなか、人工知能技術による監視能力の向上に懸念が深まっている。
2020年12月14日、ミャンマー当局は「セーフシティ」構想の第1段階として、首都ネピドーの8つの郡で335台の監視カメラ・システムを導入した。中国の大手通信機器メーカー、ファーウェイ社製カメラは、公共の場で顔や車両ナンバープレートを自動的にスキャンし、指名手配者リストに入っている個人を当局に通報する人工知能技術を搭載。このセーフシティ計画では、2021年半ばまでにマンダレー市で、その後は商業首都のヤンゴン市でも同様のシステム導入を想定している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア担当調査員マニー・マウンは、「この強力な監視システムは、軍事政権が抗議活動に対して強めている人権侵害的な取り締まりを後押しするものだ」と指摘する。「街頭で人びとを特定するだけでなく、その動きや人間関係を追跡し、私生活にまで立ち入る可能性を秘めており、クーデターに反対する活動家たちにとって重大なリスクとなる。」
オンラインニュース「ミャンマーナウ」が引用したある政府関係者の言葉によると、同国における120万米ドル規模のプロジェクトで使用される機器の大半がファーウェイ社製だという。また、この報道で、ネピドー市を拠点とするリンITソリューションズ社がコントロールセンターの建設入札に勝ったこと、カメラと通信ケーブルの設置にはNang Yoe社が選ばれたことがわかっている。2月22日付のヒューマン・ライツ・ウォッチ宛の書簡内でファーウェイ社は、通信関連サプライヤーとして情報通信技術まわりの「標準ICTインフラストラクチャ機器」を提供しているとして、同社がCCTVカメラを納品したことを示唆した。
ファーウェイ社は、カメラに搭載されている顔・車両ナンバープレート認証技術は同社のものではないとしている。「当該プロジェクトのさまざまな部分に多くのベンダーが関わっており、貴団体が注目しているアプリケーション・ソフトウェアは当社製品ではありません。さらに重要な点として、当社は実際の運用やデータの保存処理には関与していません。」 ただしファーウェイ社は、こうした技術を搭載していないCCTVカメラや関連機器を政府と取引したのか、あるいはこうした技術の搭載はその他のサプライヤーに委託したのかについては明言しなかった。
ネピドー市およびマンダレー市の「セーフシティ」プロジェクトは、それぞれ2018年と2019年から計画されてきた。2019年3月、マンダレー管区域首相がファーウェイ社との提携でデザインした124万ドル規模の「セーフシティ」プロジェクト計画を発表。治安の強化および犯罪の抑制に効果が期待できると主張した。
ミャンマーで2番目に大きな都市、マンダレー市「セーフシティ」プロジェクトの提案では、ファーウェイ社がCCTV録画機器およびソフトウェアを提供し、第三者の請負業者に委託したインストールを監督し、マンダレー管区政府に技術サポートも提供することを想定している。ネピドー市プロジェクトとマンダレー市プロジェクトの双方で、顔の画像や車両のナンバープレート情報、その他の個人情報がどのように収集・保存・使用されるかについてほとんどわかっていない。また、どういった当局者がデータへのアクセスを、どのような条件で許可されるかも不明だ。一般市民が選挙で選んだ文民政府が軍事政権に取って代わられたことで、人権への懸念が深まっている。
公共の場で顔認証技術を使用することは、人びとを犯罪容疑者と誤認識するリスクだけにとどまらない。たとえテクノロジー自体が正確であっても、政府が人びとの習慣や動きを監視しているとなれば、表現・結社・集会の自由に萎縮効果をもたらす可能性がある。また、民族や宗教などに基づき、差別的または恣意的な方法で個人を特定するために使用されることもあるだろう。
たとえば中国では、顔・車両ナンバープレート認証など、さまざまな技術が大規模監視目的で使用されている。ウイグル系やチュルク系ムスリムの人間関係や日常生活を継続的にチェックするために、こうしたシステムが使われている新疆ウイグル自治区で、とりわけ人権上の問題となっている。当局が漠然とした基準に基づいて「問題あり」とした人びとを特定するのにテクノロジーが役立てられ、人びとはその後、拘禁や投獄されて、政治的教化を受けさせられる。
ミャンマーでは、顔・車両ナンバープレート認証技術の使用が国民の意見をきいたり、透明性を確保することなく進められたため、プライバシー権を含む人権への潜在的な悪影響を減らす当局の計画についてもはっきりしていない。
2月13日に軍事政権は、市民のプライバシー及び安全を保障する法律(2017)の第5・7・8項を一時無効にし、恣意的な拘禁や令状なき監視・捜索・押収からの自由を含む基本的権利の保護が削除された。
第5項は、警察が捜索または押収の目的で個人宅に立ち入る際は、常に「市民のプライバシーまたは安全に損害がないことを確保するため」、証人2名の立ち会いを義務づけていた。その義務が無効になったことで、捜索や逮捕の際の人権侵害リスクが大幅に大きくなる。第7項は、24時間以上の勾留に対し裁判所命令を義務づけていた。その義務が無効になったことで、国際法違反が助長されることになる。国際法は刑事訴追で勾留された個人の裁判が迅速に開かれることを保障している。
第8項は、裁判所命令がない場合に、個人のプライバシー・安全・尊厳に影響するすべての捜索・押収・監視・スパイ行為・捜査を禁ずることにより、個人のプライバシー権を保障していた。が、これらの保護を軍事政権が排除した。
当該法やその他の国内法は、個人情報の収集・使用・保管にかんし、いかなる保護規定も定めていない。また、生体認証やその処理など、機密性の高い個人情報に特化した保護もない。
国際法のもと、政府による個人情報および機密情報(車両ナンバープレートや生体認証など)の収集または使用は国際人権基準、特に「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」の第17条に準拠するものでなくてはならない。同条は、「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない」とし、かつ「すべての者は、干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する」と定めている。ミャンマーはICCPRを批准していないが、これらの保護は、国際慣習法を反映するものとみなされている世界人権宣言の第12条にも定められている。
ミャンマー当局は、個人情報の収集・保持・使用の事例が包括的に規制され、範囲が狭くかつ必要なもので、正当な安全確保目標の達成に比例していることを保障する必要がある。また、顔画像の収集/分析がプライバシー権やそれに関連する諸権利にかんして前例のないリスクを生み出すことをかんがみれば、ミャンマー政府は顔認証システムの導入を完全に差し控えるべきだ。
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」のもと、テクノロジー企業は、自社製品およびサービスがプライバシーの侵害を含む人権侵害に寄与しないことを保障する責任を負っている。
マウン調査員は、「クーデターの前からミャンマー政府は犯罪との闘いという名目で大規模監視技術を正当化しようとしていた。が、それが人権侵害的な軍事政権に力を与えてしまっている」と指摘する。「関連するリスクと更なる権利侵害の可能性を考慮し、こうしたテクノロジーの使用を一時停止すべきだ。」