(ベオグラード)− セルビアでは何百人もの障がいをもつ子どもたちが、施設で隔離・ネグレクトされており、知的・情緒的・身体的な発育不全の可能性に直面している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。セルビア政府は、障がい児の権利を保護する上で一定の進歩を遂げてきたが、解決しなければならない課題もまだ山積している。常態化している国営施設への収容に終止符を打ち、障がい児が家族とともに暮らすか、そうでなければ家庭的な環境にいられる対策が求められている。
報告書「ここを離れるのが私の夢:セルビアで施設に暮らす子どもたち」(全88ページ)は、障がいをもって生まれた子どもを家から遠く離れた大規模居住型施設へ送るというプレッシャーに直面する家族の実情を調査・検証したもの。施設で子どもたちは、ネグレクトや不適切な薬物療法、プライバシーの欠如を経験したり、教育機会へのアクセスを制限または否定される可能性がある。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの障がい者の権利担当調査員エミーナ・セリモビッチは、「自分の子どもには生涯施設に入る道しか残されていないと、家族があやまった選択に追いつめられるべきではない」と述べる。 「施設に長い間障がい児を入所させておくことが、子どもの最善の利益となることはほぼない。」
本報告書の調査ではまた、家庭で障がい児を育てるためや、子どもが地域社会にかかわるためのニーズに応えることのできる、コミュニティ基盤の公共支援サービスに政府が力を注いでこなかった実態も明らかになった。その代わりに、障がい者のための新しい国営施設の建設や古い施設の改装に多額の公的資金が費やされているのである。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは障がいをもつ子どもや若者、その家族、活動家および施設職員118人に聞き取り調査を実施。加えて5つの大規模居住型施設と3つの小規模グループホーム型施設を訪問した。
政府の統計によると、2014年にセルビアの施設に入所していた子どもの80%近くが障がい児で、その比率は2012年の62.5%から上昇している。幼少時に施設に入所した障がい児の大半は、その生涯を国営施設のなかで終えている。その過半数が、少なくともひとりの親が健在であるにもかかわらずだ。
医療専門家は多くの場合、子どもにとって最善の選択肢であると主張して、施設への入所を障がい児の親にすすめる。コミュニティに障がい児に必要な医療や、託児所あるいはインクルーシブで質の高い学校といった公共支援サービスが不足していること、そして貧困、偏見、差別などが主な原因となり、障がい児の親は我が子を施設に入所させるよりほか選択がないように感じてしまっている可能性が高い。
知的・身体的障がいをもつ12歳の少女のシングルマザーであるアナはいう。「娘を受け入れてくれる保育所はひとつだってありませんでした。あまりに多動すぎるというんです。1年半、必死にほかの道を探し続けましたが、結局3年前に娘を施設に入所させました。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは施設を訪問した際に、行動の問題などに対処するために向精神薬などの薬を子どもたちに投与している実態を調査・検証。薬物の使用についての監督あるいは適切な指示は最低限にとどまり、投与の同意をだれに求めるかもはっきりしていないことが明らかになった。
障がいをもつ大勢の子どもおよび成人、介助をとくに必要とする入所者に対する施設の職員数も十分ではないため、ネグレクトにつながってしまっている。すべての子ども、とりわけ障がい児は発育・成長の過程で、個別の注意とケアを必要としている。
一定の障がいをもつ子ども、一般的には歩行や発語ができない障がい児は特別病棟に隔離され、交流もないまま横たわって日々を過ごす。めったに外に出る機会も与えられず、教育機会へのアクセスやほかの子どもと遊ぶ時間もない。
政府の統計によると、セルビアの施設に入所している障がい児の60%が就学していない。学校に通っていたとしても障がい児用の特別学校で、教師が週に数時間施設を訪れてグループ指導しているというケースもあった。
セルビアの施設に入所する大半の成人の障がい者もまた、その法的能力や基本的な権利をめぐる決定権限を奪われている。多くは国が指定する後見人の監督下におかれ、様々な決定を下すのはこの後見人たちだ。たとえば、障がいをもつ若い女性が法的能力を奪われた結果、インフォームド・コンセントも自由な選択も与えられないまま、妊娠中絶といった強制的な医学的介入を後見人の一存で受けていたケースなども、本報告書の調査で明らかになった。
セルビア政府は、障がい児を含む子どもの施設収容制度から脱却することを公約している。2011年には、3歳未満の乳幼児を「正当な理由」なしに、通常2カ月以上施設に入所させることを法律で禁じた。しかし、実際は乳児を含む障がい児が依然として施設に入所させられているのが現状だ。
前出のセリモビッチ調査員は、「乳児の施設収容は、健康や社会的・情緒的行動に悪影響を与える可能性が高く、その後も子どもたちの人生に長く影を落とすことになりかねない」と指摘する。
セルビアは、障害者の権利に関する条約、子どもの権利条約、拷問等禁止条約および欧州人権条約(ECHR)の締約国だ。これら条約の下で、セルビアは障がいをもつ子どもの権利を保護し、全面的な社会参加を保障する義務がある。これには、障がいを理由に子どもを自らの家族から分離しないことの保障も含まれる。
2016年4月には国連の障がい者の権利に関する委員会が、セルビアで「施設に入所している障がい児の数」および「施設の非常に粗末な生活環境」について、深い懸念を示した。同委員会の専門家たちは、「子どもの施設収容をなくし、3歳未満の乳幼児については今後一切施設に入所させないようにする」旨を、セルビア政府に対し要請している。
セルビアはまた、欧州連合(EU)加盟国の候補でもある。EU加盟に向けた重要なステップである安定化・連合協定の下で、セルビアは障がい者の扱いに関してなど、国内法を徐々にEU法に準拠するものに改正することが求められている。セルビアに関する最新の進捗報告で欧州委員会は、障がい児に対する同国の扱いを問題視し、施設収容を回避するよう、関係当局に対し強い姿勢で要請した。
セルビア政府は、国内の施設における障がい児のネグレクトや隔離・分離、不適切な精神科治療および差別に終止符を打つための措置を速やかに講じなければならない。加えて、コミュニティに根ざした公共支援サービスも求められている。たとえば虐待やネグレクトなどが原因で子どもを家族のもとに返すことができない場合は、親戚か里親家族もしくは養親などと一緒に、家庭環境で生活する機会を子どもに与えるべきだ。
セリモビッチ調査員は、「セルビアが確実にEU加盟への道を進む中、常態化している障がい児の施設収容に確実に終止符が打たれるかどうか、EUは監督していかなければならない」と指摘する。「障がいが理由で、子どもが家族やコミュニティから引き離されたり、子どもらしく過ごす機会が奪われるようなことは許されるべきではない。」