(ニューヨーク)-7月28日に予定される総選挙に向け、カンボジア治安部隊がフン・セン首相と与党カンボジア人民党(CPP)のために公然と選挙運動を行っている。軍・警察・憲兵隊の党派主義が原因で、同国の多くの地域において、有権者は威圧的な状況におかれている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長ブラッド・アダムスは、「カンボジア軍と警察は超党派であるべき国家機関だ。だが、選挙運動期間中の彼らは、あたかもフン・セン首相と与党の選挙運動実働部隊のようにふるまっている」と指摘する。「特定の政党のために治安部隊が活動するようであれば、選挙結果に偏りがうまれるのみならず、選挙までの過程も他政党や候補者にとって不公平なものになる。」

カンボジア王国軍(RCAF)と警察を含む治安部隊は、人民党のための党派主義的活動を何カ月間も続けており、その勢いは、選挙運動期間が正式に開始した6月27日以降もおとろえていない。

具体的な実例は以下の通りである。

  •  ポル・サルーン軍最高司令官は5月26日にシアヌーク州を訪れ、野党の宣伝活動に騙されることなく、人民党に一斉投票し、勝利を確実なものにするよう有権者に強く求めた。
  • クン・キム合同参謀議長は5月下旬にウドンメンチェイ州を訪問し、フン・セン首相の続投を確実にすべく、人民党に投票するよう人びとに要請した。
  • フン・セン首相の息子フン・マネ合同参謀副議長は6月27日にスヴァイリエン州を訪れ、人民党選挙集会に参加した。集会では地元当局が、今後何度も同氏が選挙活動のために当地を訪れることを約束した。
  • ヒン・ブンヒェン軍副最高司令長官は、カンダール州にて人民党が主催した複数の会合で議長を務めた。こうした会合でフン・セン首相と党の指導力を絶賛。たとえば5月19日、カンダール州の工場労働者たちと面会した時には、人民党を支持し、野党の票獲得に向けた動きには賛同しないよう求めた。

4月2日の演説でフン・セン首相は、全国家機関と軍に「選挙関連のあらゆる行為において、政治的に中立な環境を維持すべく全力を尽くす」よう求めた。しかし現実は、それが全く意味をなしていないことが実証された形だ。

治安部隊が党派主義であることの影響は、投票のみに留まらず、選挙後の期間にも及ぶ。選挙が終わった後も、野党とその支持者が、報復などの人権侵害に対し弱い立場に置かれることになるからだ。フン・セン首相と人民党の選挙関係者様々な理由をつけ、「野党が勝利するようなことがあれば、国益を守るため、人民党が『戦争』を開始する」とくり返し警告しており、これが治安部隊による党派主義的威嚇の効果を高めている。フン・セン首相の留任が、カンボジアが「ひっくり返る」ような事態の回避のため必要とも主張している。フン・セン首相は、1993年に国連が主導した選挙で人民党が敗北すると、東部7州の「分離独立」を指揮し、1997年には暴力的な軍事クーデターを命令。1998年の選挙前には、流血を伴う活動も展開した。その後の選挙の際にも、同党の活動家たちは「CPPの敗北は致命的な争いを招く危険がある」と述べてきた。今回の選挙をめぐる威嚇行為には、これらを有権者に思い起こさせる意図があるようだ。

野党指導者や活動家たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、もしフン・セン首相や人民党が、自分たちのことを選挙における真の脅威とみなせば、弾圧すべく軍と警察を再び動員するのではないか、という恐怖を常に抱いていると話した。弾圧には恣意的逮捕や超法規的処刑なども含まれており、ある野党候補者は、「この恐怖が常に頭から離れない」と証言している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチが知る限りにおいて、今回の選挙戦で野党が平和的でない行動をとったことはない。多数の兵士を選挙運動の警護に派遣するという政府決定が6月26日に発表されたが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じた多くの人びとが、これを不必要かつ野党支持者に対する遠回しの威嚇と考えている。

カンボジアほか19カ国が調印した、1991年10月パリ和平協定の国際条約項目に基づき、カンボジア国内の平和と和解は、自由かつ公正な選挙を通じて達成されることになっている。よって、国防および治安関係機関は選挙の結果に影響を及ぼしてはならず、自由かつ公正な選挙のために中立的な政治環境を確保すべき旨を、同協定が宣言している。

1993年の国連主導の選挙後、自由かつ公正な投票は、「多元主義」「真の選挙」「集会と結社の自由、適正手続き、法の下の平等、恣意的財産没収からの保護といった基本的権利の尊重」を基礎とする、憲法が保障した自由民主主義制度の下で達成されうるものと考えられていた。

前出のアダムス局長は、「治安部隊が選挙で一方に加担すれば、有権者は威嚇されていると感じるものだ」と述べる。「本来であれば、有権者は治安部隊に脅されているのではなく、守られていると感じてなければならない。」

軍と警察の組織は長きにわたり、フン・セン首相と人民党寄りの党派主義を発揮してきた。約35年間、不処罰のまま政敵とみなした人びとを逮捕・拷問あるいは殺害する権限を与えてきた制度の根幹が軍と警察である。最も重大な人権侵害をめぐり指揮責任を問われた経歴を持つ軍と警察の将校たちは、訴追されるどころか、フン・セン首相への忠誠を評価されて昇進しており、不処罰と身内保護が同国治安部隊の顕著な特徴になっている。

1997年7月にフン・セン首相に従う軍・憲兵隊・警察の将校たちが起こしたクーデターの後、同首相は増大する政治支配力を使って、軍と警察組織の政治的党派主義を強化してきた。

軍と警察のケ・キム・ヤン、ポル・サルーエン、クン・キム、ミアス・ソフィア、ネ・サブーン将官は、人民党常任委員会の委員でもある。プラム・ディン、チア・ダラ、マ・チューン、マオ・チャンダラ、サオ・ソカ将官など、ほかにも多くの軍や警察の将官が、中央委員会の委員を務めている。2012年11月にヒューマン・ライツ・ウォッチが発表した報告書では、1990年初頭からカンボジアで起きていた重大な人権侵害をめぐる組織的かつ個人的な責任について詳述しているが、前述の多くの名前がそこに言及されている。

少なくとも昨年12月からは、今年の7月28日にある選挙の準備に全党員を参加させることが人民党の方針だった。3月13日の同党臨時総会決議には、選挙戦勝利のため、あらゆる階級の党員、そして党の全委員会と作業部会が、一致団結して臨まなければならないと明記されている。

前出のアダムス局長は、「治安部隊がカンボジア人民党の事実上の下部組織として活動しているという事実は、人権と民主的プロセスに破滅的な影響を及ぼしている」と指摘。「国連とその加盟国、とりわけカンボジアの国内選挙を長く支援してきた国々は、治安部隊の役割が自由かつ公正な選挙に相反しているという考えを、はっきりと示すべきだ。」