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フィリピン:地方を支配する有力な一族による人権侵害 政府関与

虐殺から1年、アキノ大統領は民兵を禁止し、私設軍の捜査を

(マニラ)-ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で、フィリピン南部のミンダナオ島を支配する一族が、20年以上にわたり政府治安部隊や当局者の協力を得て、多数の人びとの殺害やその他の人権侵害を行ってきたと述べた。2009年11月23日にアンパトゥアン(Ampatuan)家とその「私兵」の襲撃によって58人が犠牲になったマギンダナオ(Maguindanao)州の虐殺から1年。マギンダナオ州の有力一族による残虐行為を、フィリピン政府は真剣に捜査して来なかった。そればかりか人権侵害を行っている民兵部隊の活動を禁止せず、軍兵器を当局関係者が入手することも制限をしていない。

報告書「フィリピン南部の虐殺事件:アンパトゥアン一族、政府関与の民兵」(96ページ)は、支配を拡大し一族支配への脅威を抹殺するための暴力行使を含め、アンパトゥアン一族が権力へ登り詰める過程を詳述。報告書は、アンパトゥアン一族の警備兵たちの組織に関する内部情報に通じる者、人権侵害の被害者・その家族・数々の犯罪目撃者などに対する、80以上の聞き取り調査を基にして作成されている。

「マギンダナオの虐殺は例外的に起こったというより、多くの殺人やその他の人権侵害をチェックしてこなかった結果として予見可能な事件だった」とヒューマン・ライツ・ウォッチ法務・政策ディレクター ジェームス・ロスは語る。「20年にわたりアンパトゥアン一族は、政府の買った武器を携行する警察と兵士から成る『私設軍隊』を使い、残虐行為を働いてきたのだ。」

2009年11月の虐殺が起きた後、ヒューマン・ライツ・ウォッチはミンダナオ島を訪れ、アンパトゥアン一族が関与した50件以上の殺人・拷問・性暴力・誘拐など、膨大な数の人権侵害を調査した。そしてこれらの事件の多くがコントロールがされないなかでの残虐行為であったことを明らかにしている。一例として、2002年に起こったアンパトゥアン一族に対する爆弾攻撃への関与を疑われた者は、電動ノコギリで拷問され殺害された。

軍と警察が、アンパトゥアン一族に要員及び近代的軍用兵器を供給しただけでなく、訴追からの逃れる手段も提供してきた実態を、ヒューマン・ライツ・ウォッチの同報告書は詳述している。アンパトゥアン一族の私設軍の構成員ほとんどは、警察・軍もしくは市民ボランティア組織や市民地域部隊(Citizen Armed Force Geographical Units: CAFGUs)などの国の認可を受けた準軍事部隊の構成員などから成る。

アンパトゥアン一族の台頭と勢力拡大の背景には、虐殺当時政権の座にあったグロリア・マカパガル・アロヨ元大統領の支援があった。同元大統領はミンダナオ島における重要な支持票獲得や長期化するモロ族との武装紛争への支援をアンパトゥアン一族から受けることで、依存を深めてきたのだ。そして民兵部隊はアロヨ政権の下、地方当局者やその他の政権支持者を相手に軍用兵器の売り上げ高を伸ばし、同国で長年人権侵害を行ってきたとされる軍勢力の強化に充ててきた。アロヨ政権はこうした重大な人権侵害への不処罰問題にも対処してこなかった。2002年には、アンパトゥアン一族が実行したと言われている33件の殺人について直接報告を受けているが、明確な措置は何も講じなかった。

前出のロスは、「アンパトゥアン家のような一族は、恐怖を拡大し、自らの権力を維持するために、私設軍隊として、公式には認められていない準軍事組織を使用してきている。」と語る。「政府は問題の一部に加担することを止め、民兵組織を解体するととともに、人権侵害を行った者たちの責任を問う必要がある。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、警察・司法省・その他政府機関が、アンパトゥアン一族が関与した数々の犯罪を長く捜査してこなかった、と述べている。その結果として、一族の者は、あたかも自分たちが法を超越した存在であり、責任を問われる恐れなど感じることもなく行動してきた。

虐殺が起き、フィリピンの国内ばかりでなく国際的にも注目を浴びたことを受けて政府は、虐殺に関与したアンパトゥアン一族の者を逮捕した。これには元マギンダナオ州知事アンダル・アンパトゥアン・シニア(Andal Ampatuan, Sr)や、第一容疑者で当時地元市長だったアンダル・アンパトゥアン・ジュニア(Andal Ampatuan, Jr)が含まれる。政府のある情報筋がヒューマン・ライツ・ウォッチに話したところによると、当局がアンパトゥアン・ジュニアを逮捕した際、彼は「どこのホテルに泊まることになるんだ?」と尋ねた。

政府は虐殺事件に関して195名の者を起訴し、内19名は現在裁判にかけられているが、115名は未だに自由の身である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、虐殺発生の根本的原因や民兵部隊の不処罰問題に、フィリピン政府が概して対処して来なかったことについて懸念を表明した。アンパトゥアン一族の民兵は、フィリピン全域で活動しているとされる100もの私設軍隊の1つにすぎない。事実上、彼らの武装規模は、活動費を提供する地方政治家の力に左右されている。これまでの政権は1987年制定のフィリピン憲法の規定に従いこれらの民兵部隊を解体・非武装化するという義務を無視するばかりか、私的な目的のために民兵を統制・利用してきた者の違法行為を捜査・起訴してこなかった。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは最近選出されたベニグノ・アキノ3世大統領に、「マギンダナオ虐殺事件及びその他の人権侵害の被害者に法の正義を実現する」という選挙公約を実行するよう、強く求めている。そのために同大統領は、アンパトゥアン一族とその民兵による人権侵害疑惑に関して優先して捜査するよう国家捜査局(National Bureau of Investigation)に指示を出すべきだ。そして、フィリピン国内の準軍事組織と民兵部隊の全てを禁止し、私設軍隊を廃止するという約束を実行しなければならない。

ロスは、「フィリピン政府は、マギンダナオ虐殺という国民的な悲劇をきっかけに、私設軍隊をすべて廃絶し、すべての人権侵害者を司法で裁くという動きに転ずることができたはずだ。」と述べる。「有力な一族が思い通りの支配を続ける限り、フィリピン国民は苦しみ続け、フィリピンという国の評判にも悪影響を与え続けてしまうだろう。」

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