岸田文雄首相は、インドネシアとインドを訪問する。
9月6、7日にジャカルタで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議と、9、10日にニューデリーで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議という二つの国際首脳会議に出席する。
両サミットは、国際的緊張が高まる中で行われる。G20サミット議長国のインドは、ウクライナ戦争をめぐる参加国の外交的対立の中で、コンセンサスを得るべく苦労してきた。
もっとも、G20サミットは共同声明がないまま終了する可能性もある。
一方のASEANでは、現議長国のインドネシアは、一部のASEAN加盟国と中国の間の緊張の高まりやミャンマーでの人権危機を受けて、ASEANの団結を保つのに苦労している。
ASEANとG20が意味のある合意がないまま終われば、人権面での悪影響は甚大だ。ASEANとG20のサミットは、域内の数十億人の人びとの幸せのための会議であるはずだ。
日本政府の長年の人権外交姿勢をより強化したのが岸田首相だ。ジャカルタとニューデリーで、人権のためのコンセンサス作りを緊迫感を持って追求してほしい。
サミットで提案されている議題の多くが根本は人権課題であること(例えば債務危機、社会保障制度、食糧安全保障、インターネットの自由など)、そしていかなる政治的意見の相違があろうとも、人権議題は参加国すべてが合意可能でありまた合意すべき問題であると、他国の指導者たちに強調してほしい。
まず、ASEANとG20の参加国の大半は、クーデターで実権を握ったミャンマー国軍に対するより厳しい措置を支持できるし、支持すべきだ。
ミャンマー軍が人びとを広範に迫害している証拠は十分ある。ASEAN加盟国であるインドネシア、マレーシア、シンガポールはミャンマー軍への圧力の強化を呼びかけてきた。
過去にミャンマー軍を擁護してきたロシアと中国でさえも昨年12月、ミャンマーに関する国連安保理決議の採択を阻止しなかった。
現在安保理の非常任理事国である日本は、国連でのミャンマーに対するより強力な対応への支持を表明するとともに、G20参加国からも協力を得るべきだ。
合意に至るべきもう一つの分野はアフガニスタンだ。同国でタリバンが行っている女性の権利への厳しい制限を、国連安保理に加え、<世界中の政府が批判>している。
サウジアラビアやイランなど57カ国からなるイスラム協力機構(OIC)さえ非難している。
この意見の一致は、対立深まる今日の世界では珍しいことだ。タリバンに方針を変えさせるため、少なくともこの世界的合意を維持することが必要だ。
日本政府は、ミャンマー・アフガニスタン問題をはじめとする人権諸課題について、対立する各国政府間の懸け橋として尽力すべきだ。
その他にも政府債務危機の問題がある。
日本政府は、世界の大陸をまたいで政情不安や市民の苦しみの原因となっている政府債務危機への対応に関してもコンセンサス作りに向けて、他国の政府と共に努力するべきだ。
国際通貨基金(IMF)によれば、数カ月前の時点で39の低所得国が過剰債務に陥っているかそれに近い状態だ。
IMFは現在、それらの国の多くに対し支援の条件として緊縮措置を求めているが、そうした緊縮措置が貧困や不平等、そして人権状況を悪化させる結果を招くことが長く示されてきた。
日本をはじめとするG20参加国はIMFの主要なステークホルダーとして、社会保障制度について、資力テスト型ではなく、普遍的制度への支持を表明するべきだ。
社会保障の受給資格を収入や資産など狭義の貧困指標に基づき一定以下に限る資力テスト型の社会保障制度では、もっとも支援を必要とする多くの人を排除してしまうことが多いからだ。
普遍的制度が、貧困や不平等の軽減、社会的調和と結束の推進、経済の強じん性の向上にもっとも有効であることが示されている。
そして、岸田首相の特に重要な役割は、民主主義国家として日本が役割をしっかり果たしていくと公の場で宣言し、人権尊重型の民主的統治を守り推進するため、サミットに出席する他の民主主義国リーダーたちと力を合わせることだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの<調査報告>は、中国やロシアのような専制的国家だけでなく、日本やインド、米国その他G20に参加する民主主義国家も対象としている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは民主主義国家に対しても、ジェンダー差別や人種差別など平等への障壁を取り払うための真剣な取り組みを繰り返し求めている。
岸田首相は、民主主義が完璧な制度ではなく、ますます脅威にさらされている制度であることを認める必要があるだろう。
しかしそれでもなお、ASEANとG20の場で改めて、人権や自由の推進と保護という民主主義制度の基礎たる目標への支持の表明を、岸田首相には他の民主主義国家のリーダーたちとともに行ってもらいたい。
岸田首相は主催国であるインドネシアとインドに対しても、人権問題を公の場で取り上げる必要がある。両国とも人権状況が著しく悪化しているからだ。
インドネシアでは、法律や条例が、女性やLGBTの人びと、宗教的・民族的マイノリティーの権利をますます制限しているなどの問題がある。
岸田首相はこの傾向に懸念を表明し、こうした法が民主主義的規範を脅かすだけでなく、外国投資にも悪影響を与えると言及するべきだ。
インドでは、ヒンズー・ナショナリズム政党のインド人民党(BJP)政権のもと、市民的・政治的権利が危機にある。
特にカーストや宗教、民族、政治的信念などを理由に迫害されている人びとや、政府に批判的な活動家、ジャーナリスト、人権活動家にとって、市民的・政治的権利が<著しく後退>している。
岸田首相はインドのモディ首相との会合で懸念を直接表明し、特にムスリムやクリスチャンなどの宗教的マイノリティーを標的とした市民による暴力を非難するよう公の場で促すべきだ。
岸田首相はまた、市民団体、人権活動家や政府批判に対する政府の弾圧を終わらせること、そして、<過度に広範で無差別のインターネット遮断>を頻繁に行うことを止めるようモディ首相に求めるべきだ。
自国の問題を率直に論じなければ、民主主義国家が人権危機に対し効果的に声を上げることはできない。
岸田首相は他の民主主義国のリーダーたちにも自らの呼びかけに加わるよう求めてほしい。