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スリランカ:経済危機がもたらす人権危機

社会保障・税・政府汚職の各課題に緊急対応を

Women wait near an empty fuel station hoping to buy kerosene oil for cooking in Colombo, Sri Lanka, May 26, 2022. © 2022 AP Photo/Eranga Jayawardena

(ニューヨーク) - スリランカ経済危機で何百万人もの人びとが貧困に追い込まれ、保健・教育・適切な生活水準への権利が侵害されている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。スリランカ政府は、金融機関および支援国・機関と協力し、新たな社会保障制度の確立、債務救済措置の獲得、公正な課税の確保、政府高官の汚職の対応に取り組むべきだ。

経済的失策、汚職、人権侵害に抗議する2022年3月以来の大規模な民衆抗議行動により、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(当時)が辞任に追い込まれた結果、7月21日にラニル・ウィクラマシンハ氏が大統領に就任した。スリランカは5月に対外債務のデフォルトに陥り、国際通貨基金(IMF)による救済措置、海外債権者との債務再編で交渉を続けている。こうした交渉の一方で新政権は、国内で政府抗議への取締りも進めており、新政府への信頼を損なう原因になっている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのミクナシ・ガングリー南アジア代表は、「絶望的な食料不安などスリランカで人びとが窮地にあえいでいるのに、新政府は平和的なデモ参加者と社会活動家の弾圧に注力している」と指摘する。「この大規模な経済危機に対応するために、新政権は、民衆そして国際的な金融機関とエンゲージする必要があるのに。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは7月、在コロンボの市民20人に聞き取り調査を行った。インフレ率50%超かつ一部の生活必需品はときに入手不能という状況下にある人びとだ。人びとは口々に、収入が減ったこと、出費を抑えて1日2食にしていること、電気代や家賃といった基本的な家計のやりくりのためにローンを組んでいることなどを訴えた。

国連は、スリランカで570万人が人道支援を必要としており、人口の22%が食料不安(相当かつ栄養のある食べ物を定期的に手に入れられない状態)に陥っていると推定している。人びとはパンデミックですでに困窮しており、2020年後半のユニセフ調査によると、全体の36%が食料消費を抑えていたという。経済危機後の2022年4月調査では、その割合が70%と倍増した。

月給が4万5,000ルピー(126米ドル)という警察官は、家族を養うために借金を抱えていると話した。「これはかなりの痛手です。」生後6カ月の乳児がいる街頭清掃者の女性はデモに加わり、政府の改革と汚職へ対応を求めたと語る。「赤ちゃんが生まれたとき、80ルピーだった石けんが今では210ルピーもするんです。」

以前は政府支給だった薬品を、購入しなくてはならず苦労している人びともいる。新型コロナウイルス感染症パンデミックによる2年間の混乱に加えて、学校は燃料不足のため1カ月の閉鎖を余儀なくされ、7月25日にやっと再開された。それまで代替のオンライン授業が行われたケースも多々あったものの、 聞き取り調査に応じた人びとの多くは、高すぎて子どものためにインターネットを確保できないと訴えた。子どもの中途退学が増えているという報告も複数ある

スリランカが債務を負っている国際金融機関・政府、または同国の債務再編交渉に関与している国際金融機関・政府は、経済危機下にあるスリランカの人びとの人権を守るために行動する国際的な法的義務を負う。民間債権者も、ビジネスと人権に関する国連指導原則にそって、人権への悪影響に対処する責任がある。

スリランカ経済危機の対応求められる緊急措置:

社会保障
スリランカの主要な社会保障プログラム「サムルディ(Samurdhi)」(シンハラ語で「繁栄」の意)は、超低所得世帯への現金支給を目的としている。 が、この制度は問題が多い上に腐敗しており、受給には政治的忠誠が問われることが多いと広く認識されている。世界銀行は2021年の報告で、「サムルディの受給者は貧困層の半分に満たず、受給額もほぼ不適当なまま」と結論づけた。

あるスリランカの有力な政策専門家は、現在進行中の交渉に関与していることを理由に、匿名という条件で、サムルディは「対象世帯の選定もプログラムの設計もお粗末なうえ、政治利用されていて、非常に多くの取りこぼしがある」と指摘。別の専門家も、「サムルディは大々的な政治パトロンプログラムだ」と指摘し、政府内に改革への抵抗感があると語った。

聞き取り調査に応じた 20 人の大半が、家族の誰も正規雇用されておらず、生計を立てるのに苦労しているとしながら、誰もサムルディ支給を受けていなかった。経済危機で職を失ったキャンディ出身の女性(55 歳)は、「以前は受給していましたが、(7 年前に)兄が就職したときに打ち切られました[中略]。彼ら(政府関係者)は支持者に便宜をはかるんです。新しい党が選ばれて、私たちは切り捨てられてしまいました」と訴えた。失業中の塗装業者(32 歳)も、受給には「政治的な後押しが必要です」と語る。

ユニセフと国連開発計画は、子どもや高齢者など、一定のカテゴリーに属するすべての人が取り残されることなく受給できる普遍的な社会保障プログラムの採用をスリランカ政府に促している。このようなプログラムは、生計審査を条件とするプログラムよりも、貧困の削減に効果的で、かつ政治利用や汚職の可能性の低いことが示されている。スリランカ市民の人権を経済危機の悪影響から守るために、スリランカ政府は 国際通貨基金(IMF)を含む支援国・機関と協力して、次のことを行うべきである:

  • 経済危機の影響からすべての人の権利を守るために適切で、かつ、普遍的受給(ユニバーサルカバレッジ)に向けて不適切管理や汚職を防止するよう設計された、新たな社会保障制度を構築すること
  • 公衆衛生および教育制度に適切な資金を拠出すること

公正な課
スリランカ経済危機の主な原因のひとつは非常に低い税率、そして、同国の最富裕層および海外投資家に利する免税措置にある。経済専門家たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、強力な営利的権益が「何年にもわたって税制基盤を侵食」しており、法人税免除のケースも多いため、政府は債務返済のためもあってますます借入に依存するようになったと指摘した。2019 年にゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(当時)が大幅な減税を実施し、歳入がさらに減少。その結果、GDP に対する税率が約 8%と、世界でもっとも低い水準になった。

2019 年減税の一部は撤回されたが、今後の税制措置が低所得層にこれ以上の負担を強いるものであってはならない。ウィクラマシンハ大統領は 8 月 5 日に、より進歩的な税制を提案。「富裕層への課税を[中略]第一に経済回復のため、第二に社会的安定のため」に導入する可能性について言及した。スリランカ政府は次のことを行うべきである:

  • 国際通貨基金(IMF)プログラムにより導入するものを含め、いかなる新たな税制も、進歩的で、かつ経済的権利をこれ以上損なうリスクがないようにすること。導入する措置としては、税金をほとんどまたは全く支払っていない海外投資との契約の再交渉、法人税の引き上げ、最富裕層の所得税の引き上げ、富裕税などもあろう。

巨大汚職
デモ参加者ならびに政策専門家の多くが、政府の汚職まん延がスリランカ経済危機に一役買ったと非難した。国際通貨基金(IMF)は「汚職へのぜい弱さに対応する構造改革」を模索してきたが、世界銀行は新たな資金供与の前に、「リソースがもっとも貧しくぜい弱な人びとに確実に届くようにするための、確固たる管理および受託者の監督(fiduciary oversight)を確立するために、執行機関と密接に協力している」と述べた。

ウィクラマシンハ大統領が首相だった2015〜19年の間に、シリセナ政権下で汚職対策のために3法案の策定が行われたものの、公表には至らなかった。 1つは、汚職および贈収賄防止法とされており、広範な協議を経て策定された2019年の国家行動計画に基づくもの。もう1つは、犯罪収益および資産回収の対処についてのもので、2018年に策定された。3つ目は、公務員の資産申告に関するものだ。汚職対策と法の支配を維持のために、政府は次のことを行うべきである:

  • 以前の案をベースにした確固たる汚職防止制度を、適切な公の精査を経たうえで導入すると、公約すること
  • 政府との契約において、公開入札を義務づける調達法を制定すること
  • 世界銀行と国連薬物犯罪事務所の共同プログラム「盗難資産回収 (StAR) イニシアチブ」に再加入すること

公正な債務再編
スリランカの海外債権者には、諸政府、国際金融機関、および民間の債権者が含まれまる。スリランカ政府によると、対日本および中国の債務はそれぞれ10%で、ほかアジア開発銀行が13% 、民間債権者(主に米国および欧州の金融機関)が47% となっている。

スリランカは現在、これら債権者と債務再編について交渉中だ。経済専門家たちは、これらの債務が十分に削減されない場合は、国内債務も再編する必要があり、それが銀行危機の引き金となって、同国をより深刻な混乱に陥れるのではないかと懸念している。その影響をもっとも受ける人びとの中には、国債を大量に保有する政府のプロビデントファンドに資金を有する低所得者が含まれている。

  • 主要海外債権者は、スリランカ経済危機による人権への悪影響を軽減するために債務を再編すべき

前出のガングリー南アジア代表は、「深刻化するスリランカ経済危機が浮き彫りにするのは、スリランカ政府が人びとの権利を優先する必要性だ」と指摘。「スリランカ政府は、国際通貨基金(IMF)や海外債権者とともに、何百万もの人びとを貧困に追い込んでいる流れを反転させるため、緊急に行動する必要がある。」

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