(東京)日本政府は職場での暴力とハラスメントをなくすため、その法律と政策を見直すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは労働政策審議会宛書簡で述べた。同審議会は、労働者委員、使用者委員、公益委員からなる諮問機関で、職場のハラスメント対策について厚生労働省作成のたたき台を検討中だ。結論は2018年年末までに出される予定だ。

11月19日に公表されたたたき台(正式名称は「女性の活躍の推進及びパワーハラスメント防止対策等の在り方について(取りまとめに向けた方向性)」)では、「パワーハラスメント」(上司による職場でのハラスメントやいじめを示す日本語表現)の定義づけや防止、またセクシャルハラスメントを相談した人への不利益取扱いの禁止のための現行法の改正などが提案されている。厚生労働省はまた、顧客や取引先など第三者によるハラスメントの防止と対応に関する指針も提案している。しかしたたき台の内容には重大な欠点がある。特に、職場でのすべてのハラスメントや暴力を禁止せず、代わりにセクシャルハラスメントとパワーハラスメントの禁止について後日の検討に言及しているに過ぎない点だ。

「職場でのハラスメント対策に関する厚生労働省提案を示したことは歓迎したい。しかし、職場でのあらゆる形態のハラスメントと暴力を法律で禁止し、処罰すべきとの記述がないことは問題だ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチ女性の権利局上級調査員のロスナ・ベグムは指摘する。「労働政策審議会は、職場での深刻な人権侵害に対応し、すべての労働者に対し、安全な労働環境を享受する権利を保障するような包括的な案で合意に達すべきである。」

労働政策審議会が12月末までに合意に達し厚生労働大臣に提出すると、2019年の国会に法案が提出されることになる。

日本での根深い職場でのセクシャルハラスメントは、#WeTooと呼ばれる、ソーシャルメディアや大勢が参加する抗議運動につながっている。これは#MeTooが自分も被害者だという意思表示であることを越えて、被害者との連帯を示すために使われている。11月初めにはこの動きのなかから、労働政策審議会に対し、職場でのハラスメントと暴力を禁止する新法の制定、または現行法の改正を求めるオンライン署名が始まった。世界銀行によれば、日本には高所得のOECD加盟国のなかで唯一セクシャルハラスメントを禁止する法律が存在しない。また「パワーハラスメント」など、セクシャルハラスメント以外の職場でのハラスメントを禁止する法律もない。

日本の職場で暴力とハラスメントが頻発していることを示す多くの研究がある。2017年に厚生労働省が行った「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の従業員対象部分の結果によれば、回答した男女のうち32.5%が過去3年間に職場でのパワーハラスメントを受けたと答えている。マスコミは深刻なパワーハラスメントについて報道しており、職場でいじめの被害にあっていたとされる方が自殺したケースも伝えられた。

労働政策研究・研修機構が2016年に行った「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」によれば、回答した25歳から44歳の女性9,654人のうち3割近くが職場でのセクシャルハラスメント経験があると答えた。新聞労連のオンライン調査では、回答した出版・放送・新聞雑誌業界で働く男女428人のうち34人が、業務のなかでホテルに誘われたり、性関係を強要されたと答えている。うち多くがセクシャルハラスメントや暴力の被害を報告しなかったとし、その理由について、解決が期待できない、または仕事に悪影響が出かねないと考えたことなどを挙げている。

男女雇用機会均等法は事業主に対し、職場でのセクシャルハラスメントの防止と対応についての取組を義務づけている。しかしセクシャルハラスメントの禁止も、加害者への処罰や被害者への補償も明文化されていない。いじめやパワーハラスメントなど、セクシュアルハラスメント以外のハラスメントを禁じる規定もない。労働者は紛争調整委員会に調停を求めることができるほか、裁判所では、損害賠償を求める民事訴訟として、セクシャルハラスメントなどハラスメントの訴えが起こされている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、今回の厚生労働省のたたき台に懸念を表明するとともに提案を行った。たたき台は、あらゆる形態の暴力とハラスメントを禁じていないだけでなく、加害責任があると判断された人への処罰や被害者への補償に関し法律に定めることも示していない。提案されている措置は多くが指針としてのみ示されることになるため、法的な強制力がなく、執行には困難が伴う。

職場でのハラスメントと暴力は、労働者の権利の侵害であるとともに、労働安全衛生にも関わる問題だが、事業主にとっても大きなコストとなる。国際労働機関(ILO)は、職場でのハラスメントと暴力が、欠勤や配置転換、採用、訴訟、補償などの直接的な金銭的コストとなることを示す多数の研究を紹介している。また生産性の低下、企業の信用やイメージ、競争力を損ないうる「ノックオン」効果といった間接的なコストも生じる。

ILOでは、仕事の世界での暴力とハラスメントへの対策として国際条約の検討が行われている。議論は2018年5月のILO総会で始まり、2019年6月に第2回目となる最終検討が行われる予定だ。日本は5月の総会に参加した国のうち、拘束力をもつ国際条約に支持を表明しなかった数少ない国のひとつだ。10月にヒューマン・ライツ・ウォッチは厚生労働省担当者らと面会し、同条約案に関する提案 を示すとともに日本政府の有する懸念について先方と協議した。

「日本の雇用者は、職場でのあらゆる形態の暴力とハラスメントを禁止する法律の制定を支持することが、労働者はもちろん雇用者自身の利益でもあることを認識すべきだ」と、前出のベグム調査員は述べた。「日本政府は議論の盛り上がるこの好機を逃さず、全世界のすべての労働者への人権侵害を禁止するILO条約制定を支持すべきである。」