(東京)日本の「社会的養護」制度は施設に圧倒的に偏り、家庭養護は少ない。こうした現状は、弱い立場にある数万人の子どもたちから、自立した実りある生活を築く機会を奪っていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。
政府統計によれば2013年時点で、乳児院、児童養護施設、情緒障害児短期治療施設、自立援助ホーム、里親制度、ファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)からなる「社会的養護」システムの下に暮らす子どもは全国で39,047人。親に子どもを適切に養育する意思又は能力がないとの政府の判断に基づいて、家庭から分離された子どもたちだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗は「子どもたちが施設に押し込められ、温かい家庭環境で育つ機会を奪われているのには本当に心が痛む」と述べる。「他の先進国では、こうした状況にある子どもたちの大半は家庭的環境で養育されている。9割近くが施設に入所させられている日本の現状は実にお粗末だ。」
本報告書「夢がもてない―日本における社会的養護下の子どもたち―」(全89頁)は、2009年4月のヒューマン・ライツ・ウォッチの東京オフィス開設以来、日本の問題に関する初の本格的な調査報告書となる。本報告書では、日本の社会的養護制度の仕組みと手続きを検証するとともに、乳児を含む子どもの施設収容から起こる問題点、その他の社会的養護制度下の人権問題に焦点をあてる。また社会的養護終了後の自立の過程で多くが経験する困難と、里親制度が抱える課題も検討する。最後に東日本大震災の震災孤児の経験を検証する。
本報告書は結論として日本政府に社会的養護制度を全面的に見直すことを提言している。現行制度は子どもの福祉と健全な発達を阻害しており、子どもの権利に関する国際基準に反している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは2011年12月から2014年2月にかけて、日本国内の4地方の200人以上にインタビュー調査を行った。うち32人が社会的養護下にある7歳から17歳までの子ども、27人が社会的養護を経験した大人だ。このほか里親、施設管理者、施設職員や公務員、児童養護や保育の専門家などにも話を聞いた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、社会的にも注目される施設内虐待事件が起きたことを受けて社会的養護が改善されたことや、里親推進などの前向きな政策についてこれを評価している。その一方で、社会的養護には問題がいまだ多く存在していることは指摘せねばならない。
日本の社会的養護制度の問題としては、子ども1人あたりの占有スペースが狭く、愛着関係を築く機会がきわめて限られる大規模施設の存在、施設の貧弱さ、子ども同士や養育者からの身体的虐待や性的虐待、子どもからの苦情申立制度が充実していないことなどが挙げられる。こうした問題を更に深刻化しているのが、社会的養護終了後の子どもたちへの支援の欠如だ。失業に陥ったり、将来性のない低収入の仕事に就くことも多い。また高等教育の機会は限られ、ホームレスになる子どももいる。家族とのつながりがないため、就職や賃貸契約などで保証人が必須の日本社会で生きていくには常に困難がつきまとう。
より大局的視点から言えば、施設での養護そのものが虐待といえるかもしれない。家庭での養育の機会を子どもから奪っているからである。家庭で育つことが子どもの発達と福祉にとっていかに重要かは多くの研究の示すところである。社会的養護の下にある子どものうち、里親委託されている子どもはほんの一部だ。2013年では85%以上の子どもが、公的助成を受けた政府認可の施設に入所させられている。これに対し、最終的に養子縁組され、社会的養護の外に出る子どもはわずか303人(2011年)とかなり少数である。
子どもの権利を奪うお役所判断
ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、社会的養護を必要とする子どもの措置先を決める児童相談所が、いまだ養子縁組や里親制度よりも施設を優先していることを明らかにした。児童相談所は里親よりも施設を好む実親の意向を重視する傾向にあり、また、時間がかかり気も遣う養子縁組や里親制度を避けたがる。加えて、既存施設側の金銭的利益も施設入所の割合が高い要因の1つである。児童養護施設は入所した子の人数を基礎に支給される措置費で運営されている。子どもの最善の利益は埋没し、置き去りにされている。茨城県つくば市の施設職員は「日本では親の利益が子どもの利益より重要だと見なされるのです」と話す。
「児童養育に関し日本政府は、役所都合の優先順位を容認し、子どもの最善の利益になる判断をないがしろにしている」と前出の土井代表は指摘する。「子どものために一生懸命働いている社会的養護関係者が多いことは言うまでもない。しかし適切な解決策として、里親養育と養子縁組が今よりはるかに大きな役割を果たすべきとの認識が必要だ。」
国際人権法は子どもにとって家庭的環境が重要であるとする。子どもの権利条約は、子どもの完全な発達のために「家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきである」と定める。締約国の条約履行状況をモニタリングする子どもの権利委員会は、政府は「子どもの施設入所は最終手段であり、家族的手段がその子どもにとって不適当であると考えられる場合にのみ行われるようにする」べきと述べている。国連「子どもの代替的養護に関するガイドライン」は、養子縁組、可能な場合には家族への復帰、あるいはその他のしっかりした代替的な家庭環境での養育を求めている。
施設収容への偏重はとくに乳児にとって問題だ。2013年には3,069人(大半が3歳未満の乳幼児)が乳児院に委託されている。国連の代替的養護ガイドラインは、子どもの代替的養護は特に3歳未満については家庭的な環境で行うべきとしている。東京にある乳児院の職員はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し「夜になると手が足りません(中略)。何人もの子どもが同時に泣いていると、どうしても1人の子どもを抱いてあやしつつ、他の子どもには枕ミルク(ベッドサイドに哺乳瓶を固定して子どもにすわせる方法)をせざるを得ないのです」と話していた。
里親制度にも大きな問題があるとヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘する。里親委託は4分の1が不調となり、そうした子どもたちは里親宅から施設に送り返されることになる。また里親には十分な研修・支援・モニタリングが提供されていない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは日本政府に対し、施設依存型の社会的養護制度を改革し、適切なモニタリングと支援スキームに支えられた里親制度と養子縁組の利用を抜本的に増やすよう提言。具体的には、主に以下のような提言を行った。
-児童福祉法を改正し、子どもの最善の利益を確保するため、社会的養護を必要とする子どもの委託/入所先の決定を家庭裁判所などの独立機関が行うようにすること。
-乳児養育を施設から家庭に移行させる明確な計画の一環として、乳児院をすべて閉鎖すること。
-政府から独立した専門家委員会に対し、里親委託や適切な施設入所などの長期的措置に優先して、養子縁組が確実に検討されるようにするために必要な施策を提言するよう諮問すること。
-政府から独立した専門家委員会に対し、里親向けの研修・支援プログラム、モニタリング制度に関する施策提言を諮問すること。
2011年3月11日の東日本大震災は東北沿岸地域を中心に未曾有の被害をもたらし、241人が孤児となった。しかし大半の孤児たちはその後親族に引き取られ、政府は親族の一部を支援できるよう里親制度を見直した。悲劇であることは変えようのない事実で子どもたちの状況もいまだ厳しいが、親族や地域、政府は子どもたちの生活を再建するため様々な支援を行ってきた。
「日本では毎年数千人の子どもが、自分を愛し、支えてくれる新たな家庭を必要としている。しかし現在の社会的養護制度がそれに立ちはだかっている」と、報告書の主たる著者であるヒューマン・ライツ・ウォッチのコンサルタントは指摘する。「子どもたちが家庭の中で長期的な愛着を形成できるよう、社会的養護制度の全面的な見直しが直ちに求められる。」
インタビュー抜粋
「将来の夢なんてありません。」- ノゾミさん(15)、大阪の施設入所者、2011年12月
「バットで殴られたり、顔面を殴られたり。(中略)上級生の気分次第で殴られた。(中略)[職員は]おばあちゃんだったので。何も言わなかった。」
- 阿部俊幸さん(19)、施設出身者、2012年7月。職員は阿部さんへのいじめに対してほとんど何もしなかった。
「たいていの職員は仕事だから僕たちの相手をしているみたいに思えてしまう。仕事だから遊んでくれるだけ。愛してくれるわけじゃないんです。」
- ケンジさん(17、仮名)、東京の施設入所者、2012年8月
「親との安定した愛着関係は、脳の正常な発達に重要な役割を果たします。生後3カ月以内に築かれる愛着関係とその後のものは深さと質が違います。(略)乳児院に預けることで知的に遅れてしまった子供を作り上げているのです。」- ヘネシー澄子さん、クロスロード・フォー・ソーシャルワーク社所長・東京福祉大学名誉教授、2013年5月、東京都内
「こちらから、里親希望ということで上げている子どもについても、児童相談所から両親の同意が取れない、と返事が返ってきてしまう。もっと児相に頑張ってほしいと思うこともあります。」- 東京都乳児院職員、2012年6月、東京都内
「施設を卒業するときは、『やっと刑務所から出られる!』と思ってうれしかった。でも人生そんなうまくいかないっすよ。1日が長い。人生が楽しくない。」- 鈴木正志さん(21、仮名)、施設出身者、2012年6月、千葉県内
「施設を出てから相談相手なんて誰もいなかった。親には生後2か月で捨てられているから相談なんてできない。施設に戻ることもできなかったし、戻りたいとも思わなかった。[売春をしていて]知らない人でも、私の話を聞いてくれるのがうれしかった。自分の居所を探していた。」- 高木あゆみさん(24、仮名)、茨城県の施設出身者、2012年7月、東京都内。一人で生きていかねばならなかった高木さんは、生活費を得るために売春を余儀なくされた。