経済産業省大臣官房ビジネス・人権政策調整室 パブリックコメント担当 御中
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチとして、2022年8月に経済産業省が発表した「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」(以下、「本ガイドライン(案)」)の意見募集に応じてコメントを提出申し上げます。
日本政府が、人権尊重に関する企業責任を定めたガイドラインを採用する方針であることは歓迎すべきことです。しかし、私どもの調査が示すように、企業が人権リスクや人権侵害の特定、対処、救済を確実に履行するためには、履行が任意となるガイドラインでは不十分です。私どもは、日本政府に対し、本ガイドラインを足がかりとし、企業の世界中でのオペレーションについて人権尊重を義務づける拘束力のある法律を制定するよう要請します。
私どもが提出するこのコメントは、本ガイドライン(案)を強化するとともに、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」や「ビジネスと人権に関する指導原則のジェンダー側面(Gender Dimensions of the Guiding Principles on Business and Human Rights)」などの関連ガイダンスと一致させる上で不可欠と考える事項を記載しています。本案より強固なガイドラインが策定され、労働者、コミュニティ、そしてヒューマン・ライツ・ウォッチを含む市民社会組織(CSO)に対して、日本企業が人権上の責任を果たして行動することを引き続き求めるツールとなることを、私どもは期待しています。
私どもは、本ガイドライン(案)の大幅な強化が必要であると考えます。したがって、その決定の前に、とくにステークホルダーや影響を受ける人びと(労働組合、コミュニティベース組織(CBO)、先住民族団体など)との協議を継続するよう、貴省に要請致します。もっと広範な協議とステークホルダー関与は、本ガイドラインが、企業に対しても、また企業の人権侵害によって最も影響を受ける人びとに対しても、可能な限り強固で信頼できるものとなる上で必要不可欠のものです。
本書簡添付の私どものコメントをぜひご参照いただきたく存じます。不明な点については、どうぞお気軽にお問い合わせください。
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ
土井香苗(日本代表)
アービンド・ガネサン(経済的正義と権利局長)
「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」へのコメント
(日本語仮訳、英語原文)
1. 企業に対し事業活動やサプライチェーンでの人権尊重を義務づける拘束力あるルール制定にむけ動くこと
国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「国連指導原則」)が採択されてから10年以上が経過したものの、世界の企業の大多数は人権や環境に関するデュー・ディリジェンスをまったく行っていない。日本に目を向けると、ワールド・ベンチマーク・アライアンスとビジネスと人権リソースセンターが2022年1月に発表した調査結果から、日本企業について、書類上のコミットメントと、人権デュー・ディリジェンスの実施やステークホルダーの関与といった、権利保護に関する具体的な行動のあいだには「明確なギャップ」があることが明らかになっている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは経済産業省に対し、企業がグローバル・バリューチェーンで人権侵害や環境破壊を引き起こし・助長することを防ぐための強力な法律案(あらゆるセクターの企業に人権および環境面でのデュー・ディリジェンスの実施を義務づける法律もそのなかに含むべきである)の策定を行う会議体の設置を含む、期限付きの公約を本ガイドライン(案)に明確に記すよう強く求める。策定する法律には、明確な執行メカニズム、不遵守時の罰則、企業の事業やサプライチェーンに関連した人権侵害の影響を受ける人びとのための民事上の申し立てルートが定められる必要がある。
2. 最低限、本ガイドライン(案)を、ジェンダーに対応した人権デュー・ディリジェンスのためのガイドラインを含む国際人権基準と一致させること
本ガイドラインでは、国連指導原則、「ビジネスと人権に関する指導原則のジェンダー的側面」、OECD「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」など、企業に対する既存の国際人権ガイドラインを不用意に損なう表現が用いられることのないよう注意すべきである。現状の本ガイドライン(案)では、企業の人権尊重が任意であることを示唆する表現が用いられている箇所が複数ある(例えば、2.1.3「企業による救済が求められるのは、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合(“business enterprises are requested to provide remedy when they cause or contribute to adverse human rights impacts”)」、3.2「企業全体に人権方針を定着させ、その活動の中で人権方針を具体的に実践していくことが求められる(“Business enterprises are requested to embed their human rights policy throughout the business enterprise and to practice the human rights policy concretely in their efforts”)」(下線での強調は引用者)。これ(requestedと翻訳される「求められる」という言葉を使うこと)は、国連指導原則が企業に課している人権尊重の責任とも、企業に人権尊重を義務づける法律の制定が進みつつあるという、本ガイドライン(案)(1.2)も認知する現状とも、かけ離れたものである。
3. 企業による本ガイドラインの実施を監督するため、コミュニティ、労働者、その他のステークホルダーに開かれたモニタリング制度および苦情処理制度を構築すること
本ガイドライン(案)では、その成立を受けて、日本政府が「企業による人権尊重の取組を促進すべく、企業に対する周知・啓発活動を推進していく」とともに「企業が積極的に人権尊重に取り組めるよう情報の提供・助言等の支援を行う」とされる(「1 はじめに」)。
これらの措置に加え、日本政府は、日本の市民社会が提言する「国内人権機関」を設立し、十分な予算・人員を手当すべきである。同機関の役割のひとつに、企業の本ガイドライン実施状況に関するモニタリング、企業のコンプライアンス状況を公に報告すること、本ガイドラインの不履行に関する苦情申し立て受付を含むべきだ。国内人権機関は、国連の「国内機関の地位に関する原則(パリ原則)」にしっかり合致すべきである。
日本政府は、国内人権機関を補完するものとして、ガイドラインの履行状況の監督にあたる独立した非司法的苦情処理の仕組みを設置するかについても検討すべきだ。こうした仕組みは、OECDのシステムに基づき設立された連絡窓口(NCP)を補完するものの別の機構であり、企業の本ガイドライン遵守状況に関して、コミュニティ、労働者、その他のステークホルダーからの苦情受付と調査に必要なあらゆる権限を有する。この仕組みには、拘束力のある決定(binding regulatory decisions)を下す権限が与えられるとともに、企業に対して、有する文書やその他の関連情報の提出を強制できるといった調査権限が備えられるべきだ。とりわけ、苦情処理の仕組みは、国連指導原則が定める、国家または非国家主体による苦情処理の仕組みに関する実効性基準を満たすべきである。
日本政府は、いかなる苦情処理の仕組みについても、どのような特徴と機能を備えるべきかについて、市民社会組織および影響を受ける人びと(労働組合、コミュニティベース組織および先住民組織を含む)と広く協議すべきだ。また、政府は、透明性(トランスペアレンシー)と責任(アカウンタビリティ)を促進するために、すべての企業、その人権・環境デュー・ディリジェンス報告書、および関連する政府の報告について、検索可能な公開データベースを作成、運用すべきである。
4. 国際的に認められた人権、労働権、環境権をすべてガイドラインに含めること
人権は不可分であり、相互に関連する。人権デュー・ディリジェンス基準は、拘束力のあるものであってもなくても、気候変動に関するパリ協定を含む国際人権・環境文書、国際慣習法に沿って、国際人権・労働権・環境権をそのすべての範囲で尊重するために、企業を導くものでなければならない。そしてその解釈は、関連する権威ある条約機関、国際労働機関(ILO)監視機構、国連の特別手続きによる。
本ガイドライン(案)は、「「人権」とは、国際的に認められた人権をいう」(2.1.2.1)とした上で、その内容には、国際人権章典で表明されたもの、および「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれるとする。「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)と「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)については、脚注17で言及し、2022年7月に国連総会で「クリーンで健康的で持続可能な環境に対する人権」決議が採択されたことにも言及している。
本ガイドラインは、人権基準、とくに経済的、社会的および文化的権利の実質的な内容をより明確に企業に想起させるべきだ。自由権規約、社会権規約、および国連総会の「クリーンで健康的で持続可能な環境に対する人権」に関する決議は、ガイドラインの本文で言及されるべきだ。また、2.1.2.1の説明文や、本文中の事例で、経済的、社会的および文化的権利への言及を増やすべきである。
5. 世界中で人権を根本から脅かす気候変動について、企業が対策を講じ、自らの気候変動助長への緩和策を講じることを義務とするよう確実にすること
気候変動は、健康への権利、水と食料へのアクセス、適切な生活水準への権利といった、現在および将来世代の人権を根本から脅かしている。多くの大企業が、自主的な公約をつうじて、世界の気温上昇を1.5℃に抑制するというパリ協定の目標に沿って、自社の事業とバリューチェーン全体で気候目標をすでに設定している。しかし、公約の履行に関する分析では、企業に自らのプレッジへの責任を持たせる適切な手続きがなければ、企業がプレッジを達成する見込みは薄く、権利と生活に取り返しのつかない影響をもたらしうることが指摘されている。
気候変動が人権の享受にもたらす根本的な脅威を踏まえて、本ガイドラインは、1.5度目標に沿うように事業を行う義務を企業に課すなど、企業が気候にもたらす影響に対処することをより明確に求めるべきだ。企業は、気候変動リスク評価、緩和策、適応策として次の取り組みを義務づけられるべきである。
測定:自社のカーボンフットプリント総量の測定(直接・間接排出を含む)
目標設定:温室効果ガス排出削減の具体的かつ測定可能な目標(中間目標を含む)の公表
方向付け(Steer):世界平均気温の上昇を産業革命以前比較1.5℃に抑えるというパリ協定の最も野心的な目標に従い、現在利用できる最良の科学的成果と危害防止義務に沿って、温室効果ガスの直接・間接排出量を削減すべく、事業活動を方向付けること。カーボンオフセットの信頼性の低さを指摘する圧倒的なエビデンスがある以上、その購入と排出削減が同等と見なされてはならない。
排出量削減だけでなく、企業は、その事業活動が悪化させる、気候変動に関連したコミュニティの脆弱性にも対処すべきである。
6. 企業による行動と不作為に同等の注意を払うこと
本ガイドライン(案)の枠組は、全体を通して、人権への負の影響を引き起こす、助長する、またはそれに関連する企業の行動に重点を置いており、企業の行動と同様に不作為にも重点を置いてはいない。この問題は本ガイドライン(案)の多くの箇所に現れている。例えば、企業がどのような場合に人権への負の影響を引き起こし、助長し、それに関連するかを説明しようとする箇所だ(2.1.2.2本文および表、4.2.1)。企業は、その行動又は不作為によって、サプライチェーンで、実際に、または潜在的に人権への負の影響を引き起こし、助長し、またはそれに関連する可能性があるのである。
例えば、2.1.2.2の表にある3番目の事例では「小売業者が衣料品の刺繍を委託したところ、受託者であるサプライヤーが、小売業者との契約上の義務に違反して、児童に刺繍を作成させている業者に再委託する」場合、ブランドや小売業者は人権への負の影響を引き起こす、あるいは助長するのではなく、それに関連するだけであることが示唆されている。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査によると、買入価格をはじめとするブランドの買付方法が、サプライヤーに多大な取引圧力をかけることがあり、無許可の再委託契約やそのほかの人権侵害行為がはびこる原因になることがあると判明している。ブランドがサプライヤーと契約を結ぶ際に、サプライヤーによる再委託の禁止を契約上の義務に追加しただけで、そうした不公正な買付方法を特定し、見直さなければ、ブランドの不作為が無許可の再委託が行われる一因となる。したがって、この事例を「直接関連する場合」の類型に位置づけることは誤解を招く。こうした事例は、ブランドが買付価格をはじめとする買付方法を見直さないことで、負の影響を「引き起こす」または「助長する」類型に分類されるべきケースが多いのである。
同様に、人権侵害の発見と解決を遅らせうる企業の不作為について、本ガイドラインに様々な事例を盛り込むべきだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査はそうした不作為を数多く明らかにしてきた。例えば、サプライチェーンを追跡・開示しないこと、公正な買付価格の提示といった買付方法を実施していないこと、人権擁護者の保護や報復を防止するしっかりした方策を備えないことなどがある。
とくに、本ガイドラインでは、企業が取引関係を結ぶ「前」に、強固な人権デュー・ディリジェンスを実施しなければならないことが改めて強調されるべきだ。例えば、ミャンマーへの日本投資に関するヒューマン・ライツ・ウォッチの調査とアドボカシーにより、ミャンマー国軍が支配する企業との取引関係が結ばれるにあたり、十分な人権デュー・ディリジェンスが実施されなかったことが明らかになっている。
7.人権義務がバリューチェーン全体に適用されるようにすること
企業は、自社の事業、上流のサプライヤーとの関係、そして下流にあたる他社や政府による製品・サービスの利用を通じて、人権に影響を及ぼしうる。このような上流と下流の活動の組み合わせが企業の「バリューチェーン」と呼ばれる。
本ガイドライン(案)(1.3)では、企業の「上流」のサプライヤー(「自社の製品・サービスの原材料や資源、設備やソフトウェアの調達・確保等に関係する」)と「下流」のユーザー(「自社の製品・サービスの販売・消費等に関係する」)が区別されている。
しかし、本ガイドライン(案)では、企業がバリューチェーン全体(上流と下流の活動を共に含む)で生じた人権への悪影響について、企業がそれを引き起こす、または助長する、あるいは、それが事業関係から生じた事業、製品、サービスに直接関連する場合について、それに対処する責任を負うことが十分明確になっていない。例えば、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」という題名は、企業のサプライチェーンでの人権リスクだけに焦点が当たっており、バリューチェーン全体には焦点があたっていないことを示唆している。
本ガイドラインは、企業が上流と下流が及ぼす影響に対処する義務があることをより明確に説明し、企業が気候変動をみずから助長していることに対処する責任を含め、バリューチェーン全体で人権に対処する方法について、より多くのガイダンスと事例を提供すべきである。
8. 企業はバリューチェーン全体を把握し、公表する義務を負うことをより明確にすること
企業のグローバル・バリューチェーンに関する透明性が確保されることは、人権侵害のアカウンタビリティにとって欠かせない。本ガイドライン(案)では、企業が潜在的な負の影響を特定、評価する前提として「自社製品・サービスの追跡可能性を確保するべく、自社のサプライヤー等について把握しておく必要がある」と述べている(4.1.1)。また、本ガイドライン(案)では、追跡可能性(トレーサビリティ)が低く、企業がサプライチェーンの全容を把握できない場合の対応について、企業へのアドバイス(Q&A集No. 6)を示している。
しかし、これらの言及では、グローバル・サプライチェーンにおける企業の名称や所在地などの情報を把握し、公表することの重要性が十分には強調されているとはいえない。この点を本ガイドラインで具体的かつ明確に扱うことで、企業が実際の、そして潜在的な人権への負の影響を特定することがより容易になる。また、労働者、コミュニティ、人権擁護者、非政府組織(NGO)が、サプライチェーン内の企業に関連する人権問題や環境問題について、企業に指摘できるようなる。また、把握と開示の義務は、企業のサプライヤーにとどまらず、企業の製品やサービスを利用する主体(「バリューチェーン」)にも適用されるべきだ。それらも人権侵害を引き起こす可能性があるからだ。例えば、監視技術を販売する企業は、その製品を使用する主体を把握しておかなければならない。貴省は、サプライチェーン/バリューチェーンの把握と開示の重要性、およびそのために企業が取るべき措置についてしっかり記載した新しい小項目を追加すべきである。
9. 企業が間接(ティア2以下の)サプライヤーについて負う義務を明確にすること
本ガイドラインでは、企業が、間接(ティア2以下の)サプライヤーに及ぼす人権への影響に対処する義務がより明確に規定されるべきだ。本ガイドライン(案)(例えば、4.2)では、企業は、自社の取引関係によってもたらされる、企業の事業、製品又はサービスに直接関連する負の影響への対処に努めることが求められるとされている。しかし、ここでいう「取引関係」は、サプライチェーン内の企業を含むというかたちでは、ティア1より先も含まれるとすら、明確に定義されていない。 対照的に、国連人権高等弁務官指針では「取引関係には(略)、ティア1より先のバリューチェーンでの間接的な取引関係とともに、合弁事業における多数のみならず少数株主の地位も含まれる」と記載されている。
また、本ガイドラインは、ティア2以下のサプライヤーに関する企業の義務についてのガイダンスを増やすことで充実するだろう。現在、多くの企業がデュー・ディリジェンスをティア1サプライヤーに絞って実施しているが、ティア2以下のサプライヤーに対する企業の義務を定めるとともに、企業が具体的にどのようにしてその義務を果たしているのかを示す項目(例えば、Q&A集No.3を本文の一項目として組み込む)を設ければ、本ガイドラインは充実するだろう。
また、本ガイドラインは、人権への影響に対処する際の優先順位を論じるにあたり、企業が直接サプライヤーばかりに注目しないようにすべきだ。本ガイドライン(案)には、企業が「より深刻度の高い人権への負の影響」を特定した場合、間接サプライヤーに関連する人権侵害に対処する前に、自社の事業や直接サプライヤーに関連する人権への影響への対処を優先してもよいと示唆する表現がある(例えば、2.2.4、Q&A集No. 3)。これは、国連指導原則(原則24)の文言とは対照的だ。国連指導原則では、人権侵害の全体には対処できないこともありうるとした上で、それがサプライチェーンのどこで発生したかに関わりなく、影響の相対的な深刻度に基づいて優先順位をつけるよう企業に求めている。
本ガイドライン(案)の文言は、「より深刻度の高い人権への負の影響」に限定されているとはいえ、多くの企業がすでに行っているように、企業が直接サプライヤーによる影響をとりわけ重視する事態を招きかねない。現行の記述に代えて、本ガイドラインでは企業に対して、優先度の決定で考慮すべきことは、人権への影響の深刻度のみを第一に優先し、そのうえで、単独、または直接・間接のサプライヤーを含めた他者と協働して、それに有効に対処する能力であると示すべきだ。
10.是正と離脱に関するガイダンスを強化し、国際基準を反映したものとすること
企業は、みずから引き起こした、あるいは助長した人権侵害を是正するとともに、自社が人権侵害と関連している場合には、その是正を支援する責任がある。本ガイドライン(案)の 4.2.1(とくに小項目「4.2.1.2 自社の事業等が人権の負の影響に直接関連している場合」、「 4.2.1.3 取引停止」)は全面的に改訂されるべきであり、最低でも国連指導原則、OECD「多国籍企業行動指針」、その他の関連するOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンスと一致するものとならなければならない。
とくに、本ガイドラインでは、企業の行為について、企業に対しまたはメディアにおいて苦情申し立てがなされた場合、人権侵害を引き起こし、助長し、又は関連しているかを判断するためにその企業は独立評価を委託するべきだと記載すべきだ。評価範囲には、企業自身の行動と不作為が含まれるべきだ。また評価にあたっては、関連するステークホルダーや影響を受ける人びと(労働組合、コミュニティベース組織、先住民組織など)との協議が行われるべきだ。その評価結果の要約と救済措置の勧告は公開されるべきである。
これとは別に、本ガイドラインは、救済または救済支援の枠組みの一環として、企業が救済費用を適切に分担し、是正に十分な時間を使うことを明記すべきだ。企業が人権侵害や環境破壊への「ゼロ・トレランス」だけを理由として、救済措置を監視監督せずにサプライヤーとの関係を絶つことは、労働者やコミュニティにとって益よりも害をもたらしうる。このため、様々なステークホルダーや影響を受ける人びととの幅広い協議のもと、本ガイドライン(案)を見直して、企業が取引上の影響力を利用して前向きな救済を推進しつつ、救済が進まなければ取引関係の打ち切りもありうると警告するという、エスカレーション・プロトコルを展開した救済フレームワークを作成・提示すべきである。
独立した評価により、企業が人権侵害を救済するか、救済を支援する方法がないと判断された場合、企業は、救済とエスカレーションに向けた合理的な機会を提供した後に、取引関係から責任を持って離脱する措置を講じるべきである。
また、本ガイドライン(案)にある「企業は、社会レベルの構造的問題の解決に責任を負うわけではない」(「4.2.3 構造的問題への対処」)という表現も改めるべきだ。構造的問題は、一企業が単独で解決することは困難であり、時には不可能であることは間違いない。しかし、企業は、政府、会社、その他のステークホルダーと連携して、その解決に向けて集団的に取り組もうとすべきだ。本ガイドライン(案)では、構造的問題に対して「企業においても取組を進めることが期待される」と記されているが、企業にも構造的問題の解決に貢献する責任があることを明確にし、一貫性を確保すべきである。
11. ステークホルダーの関与には、企業活動の影響を受けるコミュニティが含まれることを確認し、ステークホルダーを安全かつ有意義に関与させる方法について追加のガイダンスを提供すること
本ガイドライン(案)には、ステークホルダーとの関与や対話を求める記述がいくつかある。「ステークホルダー」は、「企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)」(2.1.2.3)と定義されている。例えば、「例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等」とされている。
ガイドラインでのステークホルダーの定義は、事業活動の影響を受ける周辺住民だけでなく、事業の影響を受けるあらゆるコミュニティや集団を含むように拡大することで充実する。コミュニティは、ある企業自体の事業からだけでなく、そのバリューチェーンに含まれる主体からも影響を受けることがある。そして、そうした主体が企業自身の事業から大きく離れていることもありうる。
また、ガイドラインは、ステークホルダーの関与の実施についてのより明確なガイダンスを提供すべきである。たとえば、ステークホルダーが理解できる言語と方法でステークホルダーと接触しなければならないこと、すべてのステークホルダー、とくに労働者、コミュニティ、人権擁護者、NGOを報復か守らなくてはならないことなどを明記すべきである。
12.日本国が所有または支配する企業へのガイドライン適用のあり方を明確にすること
本ガイドラインは、公有または公的な支援を受ける企業(publicly owned or supported businesses enterprises)に適用されることを明確に記すべきだ。国連指導原則は「国家は、国有ないし国営企業または輸出信用機関や政府投資保険・保証機関のように国家機関から相当な支援やサービスを受けている企業による人権侵害からの保護については、適切な場合に人権デュー・ディリジェンスを要求することを含め、追加的な措置を取るべきである」(原則4)と定めている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体は2021年、日本の政府系政策金融機関である国際協力銀行(JBIC)が、ミャンマーのヤンゴン市内の国軍所有地に建設中の高級商業開発プロジェクト「Y-Complex」に関与したことを記録している。また、日本政府も出資者である海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)もこのプロジェクトに関与している。
本ガイドラインは、国有または国の支援を受ける企業、およびJBICや国際協力機構(JICA)など国が支援する金融機関や機関などについて、人権デュー・ディリジェンスの実施義務があることを明確にすべきだ。また、本ガイドラインは、日本政府に対し、物品やサービスの調達の際に人権デュー・ディリジェンスを実施することを義務づけるべきだ。国連指導原則は、国家に対し、自身の調達活動を含む商取引の相手方企業の人権尊重を促進すべきと定めている。