Skip to main content

インドネシア:批判を犯罪とする抑圧法 廃止を

名誉毀損罪の濫用で、表現の自由が損なわれる

(ジャカルタ)-「活動家、ジャーナリスト、消費者など、権力者を批判した人を刑事罰に処する一連の法律を、インドネシア議会は撤廃すべきである」とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。

本報告書「権力批判は犯罪:インドネシアの名誉毀損罪による人権侵害の実態」(全91ページ)は、権力者を批判する発言をする市民を封じ込めるため、インドネシア政府が名誉毀損罪、中傷罪、「侮辱」法をつかった最新の事例を調査してとりまとめている。たとえば、一連の名誉毀損関連法律により起訴されたのは、汚職に対する抗議デモ行為、詐欺に対する苦情書簡をメディアに送付した行為、政府に対する正式な不服申立、政治的に"敏感"とされる問題の報道などである。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理エレーン・ピアソンは、「インドネシアでは批判者を沈黙させる強力な武器として、名誉毀損罪が使われている」と述べた。「内部告発や政権に対する懸念表明を、政府は処罰するのではなく、逆に、自由な発言を推進すべきである。」

本報告書で検証した名誉毀損罪事件の大部分では、汚職、不正行為または職権濫用の疑いのある権力者や政府関係者を告発した人びとに対する報復として、訴追が利用されていたとみられる。名誉毀損罪の捜査で、捜査当局が、不適切な取調や脅迫を用いた疑惑がもたれている事例も複数ある。

一例として挙げられるのは、司法長官室が収賄事件で没収した資金の経理に矛盾のある可能性を明らかにした反汚職活動家を、名誉毀損罪で立件した件。当初警察は、その事件の捜査を行わなかった。にもかかわらず、9カ月後にその同じ活動家が別の反汚職キャンペーンで警察署長の辞任を求めた直後に、名誉毀損罪の取調べのためとして、警察から出頭を命じた。

プリタ・ムルヤサリ(Prita Mulyasari)女史は、幼い子どもたちから引き離されて3週間も収監されたうえ、刑事裁判に12カ月以上を費やすこととなった。これはひとえに、彼女が受けた医療処置についての不満を友人にeメールしたことが原因だった。また、ベテランのジャーナリストであるベルシハル・ルビス(Bersihar Lubis)氏は名誉毀損罪で有罪判決を受け、執行猶予付きの禁固刑に処された。その理由は、高等学校用歴史教科書を発禁処分にした司法長官の決定を批判する論説を執筆したためだった。

いうまでもなく、名誉毀損罪容疑で捜査・起訴された人の日常生活には、多大な影響がでる。実際、訴追によって職を失ったうえに、新たな職を見つけるのが困難だったり、見つけられなかった人々がいる。そうでなくても、長期にわたる(時には数年にもなる)裁判闘争を闘い抜く間に、仕事のキャリア上の後退を余儀なくされる。訴追や有罪判決の烙印を押されたために、プライベートな生活や仕事上の人間関係に亀裂が生じてしまった人びとも多いし、あるいは、ジャーナリストのリサン・ビマ・ウィジャヤ(Risang Bima Wijaya)氏のように、実際に刑務所送りになってしまった人たちもいる。

名誉毀損関連法は、市民による自発的な批判的思考や意見の発露に萎縮効果をもたらしている。前出のリサン・ビマ・ウィジャヤ氏は、「私が実際に有罪判決を受けたのを見て、ジャーナリスト仲間の報道精神が萎えていく様は、まるで(有罪判決による)感染症にかかってしまったかのようでした」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。

2008年、インドネシア議会は、オンライン上の名誉毀損に対しそれまでで最も厳しい処罰を規定した新インターネット法を成立させた。刑期も延びるとともに罰金額も増額された。その結果、一般市民が、自らの考えや意見をオンライン上で発表する際の大きな足かせになっている。前出のプリタ・ムルヤサリ( Prita Mulyasari )女史がそれを身にしみて知ったのは、名誉毀損容疑のeメールを送ったということだけで、警察当局に逮捕された時だった。

前出のピアソンは、「一連の名誉毀損法に基づく捜査と訴追は、被告に破壊的と言っていい影響を及ぼし得る」と述べる。「刑務所行きになるかもしれないという恐れから、人びとは汚職や職権濫用に対してハッキリと意見を述べることをためらうようになっている。」

インドネシアの法律には、数々の曖昧模糊とした名誉毀損関連犯罪が規定されている。インドネシア刑法は、個人が故意に他人の社会的評価を低下させる言動を禁じている。多くの場合、その摘示した事実が真実であったとしても、同様だ。公務員の名誉を毀損したとされた場合には、真実であったとしても 、意図的に公務員を「侮辱」した罪も追加され、 一般人に対する名誉毀損よりも厳しい刑罰に処される。新インターネット法は、オンライン上での名誉毀損に、最長6年の懲役と最高10億ルピー(およそ10万6000米ドル、100万円)の罰金を科す。

国際人権法は、他人の社会的評価を保護するために国家が表現の自由を制限することを認めてはいるものの、そうした制限は、必要なものに限られ、かつ、限定的に解釈されねばならない。他人の社会的評価の保護を目的として刑事罰を適用することは、常に、過度に厳しい措置であるというのが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの見解である。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、一連の名誉毀損関連刑事法を撤廃し、代わって、表現の自由が不必要に制限されないよう適切なセーフガードを備えた民事上の名誉毀損規定に差し替えるよう、インドネシア政府に求めた。とりわけ公務員に対する批判については、当面の間、公務員が公務の範囲内で行った(あるいは公務の範囲内と疑われる事柄に関する)行為についての批判については、名誉毀損罪での立件・起訴を差し控えるべきである。

前出のピアソンは、「一連の名誉毀損関連刑事法はインドネシアにおける民主主義、法の支配、そして表現の自由を蝕むものだ」と述べる。「自らの信じるところを公に発言する勇気ある人びとを、政府は刑務所送りにしてはならない。」

インドネシアにおいて名誉毀損罪を適用され、訴追もしくは有罪判決を受けた人びとの証言

「デモを始めた時、それが法に反しているなんて思わなかったよ。汚職を告発することは犯罪じゃないのに、僕がそれをやったら起訴されたんだ...。裁判にかけられたばかりに、人は僕らを犯罪者扱いする。地区長でさえ、俺たちを"非合法組織"呼ばわりだ。ある団体は、犯罪行為を犯したんだから、僕らの団体は解散されるべきだって...。今は他の団体と一緒に活動するのが難しい。かなり落ち込んだよ。まるで社会の敵って感じだったし、今でもそんなもんさ。」

-ザムザン・ザマルディン(Zamzam Zamaludin)-反汚職を掲げる学生グループのアドバイザー。2008年7月にタシクマラヤ(Tasikmalaya)で同グループが取り仕切った反汚職デモに関連して、名誉毀損罪で裁判にかけられた。

「一般の人には私たちのしていることを理解してもらうのは難しい。みんな、面倒を起こすなって言うだけ。私たちがみんなの権利のために闘っているんだってことが分からないんだ。40歳を超えて、法に触れたのは初めてだよ。警察署なんて行ったこともなかったんだけど、一度に全部経験しちゃったね...。今後何か少しでもしたら、刑務所送りになるというのは怖いものだよ。」

-クウィー・"ウィニー"・メン・ルアン( Kwee "Winny" Meng Luan )-2009年7月に刑事名誉毀損罪で有罪判決を言い渡され、執行猶予付きの禁固刑を受けた。ジャカルタ市内での店舗購入の際に不動産詐欺にあったと主張する書簡を、あるメディアの編集者に送ったというのがその罪状。

「何も悪いことはしていない。政府の方こそ不当だと思う。なぜ何かに異議を唱えることで犯罪者の疑いをかけられなくちゃならない...? 家族も私が有罪になって刑務所送りになるのを心配しているよ。」

-ツキジョ( Tukijo )-土地査定の結果開示を地元の政府関係者に求めたことが原因となり、刑事名誉毀損罪で起訴された農民。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じた後の2010年初めに、有罪判決を受けた。

「友達に、いったい何が本当に起きたのかをeメールで伝えたら、いきなり犯罪者にされたの。監獄にも、裁判所にも行かなくちゃならなかった。将来のことが心配...。人生を続けたいけど、母親が監獄にいたなんて子どもたちに知られたくない...。商店街を歩いていても、以前監獄にいたってことが気になって劣等感を感じるの。今後、どうやって苦情を言ったらいいのか分からない。」

-プリタ・ムルヤサリ(Prita Mulyasari) -2009年にジャカルタで、名誉毀損罪で逮捕され、裁判にかけられた女性。医療トラブルのあった病院の医師を批判する個人メールを友人たちに送ったのが原因だった。

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。

テーマ