LGBT rights flags hang in the windows of a building in central Dublin as Ireland holds a referendum on gay marriage.

2015 Reuters

プライド、歓喜、愛、そして深い安堵が、今日私がいたニューヨークのアイリッシュ・バーを包み込みました。すべての人に結婚する権利を認めるかをめぐる、アイルランドの憲法改正国民投票の公式結果が公表されたのです。「婚姻の平等にYES」が圧倒的な勝利を収めました。

アイルランドは素早い動きを見せたとよく言われます。同性愛が犯罪でなくなったのが1993年と遅く、国民の大多数がカトリックであるこの国が、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの住民に対する婚姻の平等を実現したのです。2005年にアイルランドのキャサリン・ザッポーネ上院議員と妻のアン・ルイーズ・ギリガンさんはカナダで結婚後、この結婚の法的承認を求めて提訴しました。私は当時、婚姻の平等を戦略目標の1つとするアイルランド市民的自由評議会のディレクターでした。

私たちはさまざまな立場を代表する人びとに会いました。子どもを持つゲイや同性のカップル(子どもの里親になっていても、養子縁組が認められない人たちもいました)から、結婚する気はないけれども、婚姻の平等は自分たちの世代にとって市民権をめぐる戦いだと考える、若く特定の相手がいないシングルの学生まで、いろいろな人の話を聞きました。そしてゲイ・レズビアン平等ネットワーク(GLEN)などの主要なLGBT団体と連携し、私たちの戦略に基づいた活動を行いました。

それから私はニューヨークに移住し、ヒューマン・ライツ・ウォッチで働くようになりました。人権とLGBT、平等をめぐる運動により、2010年には同性カップルの市民的パートナーシップが実現するのを遠くから見届けました。そして私は今回の素晴らしい「YES」キャンペーンを身震いするような心持ちで見守っていました。ポジティブでユーモアにあふれ、事実に基づくこの運動は、政治的意見の違いを越えて人びとを結びつけ、異なる世代同士を団結させたのです。カトリックの高位聖職者のなかにも、婚姻の平等の重要性を明確に説く人たちも現れ、強い信仰に支えられた「YES」票に繋がりました。

ツイッターではハッシュタグ#homevote(帰国して投票しよう、の意味)が流行し、アイルランドを離れてから日が浅く、投票人名簿にまだ名前がある国民が海路、空路で大挙して帰国し投票しました。アイルランドでは在外投票はほとんど認められていないためです。

しかし少数者であるアイルランドのLGBTの人びとに、公平とはいえない負担と代償を強いたことは事実です。自らの生活の様子やアイデンティティを、公的な議論の場や調査、評価の対象にすることを求められ、時には人権侵害の対象ともなってしまったことは否定できません。300万人を超す人びとに「私が結婚しても構いませんか」と尋ねなければならなかったのです。これはつまり「あなたは私を平等な存在として認めますか。私の愛はあなたとの愛と同じく本物ですか。私の家族もあなたの家族と等しく大切ですか」と尋ねることです。本来ならこんな挑戦をしなくてもよいのです。

自らの権利を請うことを、人びとに強いるのは間違っています。アイルランドは確かに平等を歴史に刻み、今後に向けたスタンダードを確立しました。しかしその実現への道は、最もフェアというわけではなかったのです。