マレーシア航空墜落事件で第20回国際エイズ会議には暗雲が漂いました。事件による298人の犠牲者のうち、6人が会議の関係者だったといいます。しかし、この悲劇にもかかわらず、今週メルボルンに集う人びとには、前向きな気持ちになれる理由があります。世界保健機関(WHO)が、この疫病の勢いが減じていると発表したからです。HIVの新規感染者数は減少傾向にあり、エイズの死者数も2009年以来25%減っています。その上、(HIV感染者のほぼ半数にあたる)1,500万人に抗レトロウイルス治療を2015年までに提供するという目標も、限りなく実現可能とされているのです。
しかし、いくつかはっとするような統計があるのも事実。HIV感染率は依然として、男性同士で性交渉する人びとや、セックスワーカー、トランスジェンダー間に高いのです。これらのグループは、世界各地で有罪とされ、偏見と疎外に苦しむ層と重なります。HIV/エイズの犯罪化は保健サービスへのアクセスを損ないますが、逆もまた真なり。医学雑誌「ランセット」で発表された新研究は、セックスワークを合法化すれば、セックスワーカーと顧客間のHIV感染率は、次の10年で33~46%減少すると推計しています。
HIV感染のリスクが高い個人に向けた予防策に、PreP(暴露前予防投薬)というのがあります。抗レトロウイルス薬を感染前から使用することで、ウイルス感染のリスクがかなり小さくなるのです。治験は十分に行われ、副作用も最小限であったことから、 WHOが包括的なHIV予防関連政策の一部として、男性同士で性交渉する人びとにこれを推奨するにいたりました。性産業に従事しない女性にくらべ、女性のセックスワーカーは世界的にHIVの感染率が13倍といわれています。
こうしたセックスワーカーたちは、PrePにも慎重な反応を示してきました。「セックスワーク・プロジェクトの世界ネットワーク(以下NSWP)」は40カ国440人のメンバーにアンケートをとり、保健関係当局が新規HIV感染を抑止するためにセックスワーカーへのPrePを優先させることの是非を問いました。その結果、多くがPrePイニシアチブの潜在的危害がその利益を上回るのではないかと危惧していることが明らかに。セックスワーカーの国際エイズ会議代表団によると、ほとんどのセックスワーカーは懲罰的で厳しく制約された環境下で暮らしているといいます。オーストラリアの主要なセックスワーカー政策提言団体「スカーレット同盟」のジャネル・フォークス氏は、「一般の人にとっては自発的なものごとも、セックスワーカーには強制的となりがちなのが世の常」と言います。
NSWPメンバーはまた、現在多くの国々で警察がコンドームを売春の証拠として押収していることから、HIV治療薬Truvadaも刑事事件立件に使用されるのではないかという懸念を表しました。WHO、国連合同エイズ計画、世界基金ほか保健関係当局は、引き続きPrePイニシアチブをめぐる議論にセックスワーカーを含み、その見解を問うべきというのがNSWPの結論。HIV予防・治療における生物医学的な進展のスピードが人権改革のそれをしのぎつつある昨今、「私たち抜きの私たちに関する議論は意味がない (“Nothing about us without us”)」は、ますます急を要するメッセージとなりつつあります。もちろんセックスワーカーのための政策提言者たちは、どちらの必要性も認めています。が、セックスワークの合法化をHIV感染のみならず、暴力ほか人権侵害のもっとも効果的な予防策と考えていることは、全く驚くに値しないといえましょう。