Cambodian police carry a portrait of murdered opposition party official Om Radsady at his funeral ceremony in Phnom Penh on February 21, 2003.

© 2003 Reuters

(ニューヨーク)―カンボジアのフン・セン首相の20年以上に及ぶ暴力と独裁による統治は、多くの殺人と重大な人権侵害をもたらし、それらは不処罰のままだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。バラク・オバマ大統領は11月に予定されている米大統領として初のカンボジア訪問を利用し、抜本的改革と人権侵害を行う当局者に対する不処罰の終焉を、公式に要求すべきだ。

報告書「『私が奴らを殺したいと思っていると伝えよ』:フン・セン首相統治下カンボジアの20年に及ぶ不処罰」(全68ページ)は、国連安全保障理事会5常任理事国を含む、18カ国が署名した1991年パリ和平協定の後に起きた、カンボジア治安機関による政治活動家・ジャーナリスト・野党政治家殺害事件の中で、主要な未解決事件を調査して取りまとめている。パリ和平協定とその後の国連平和維持活動は、カンボジアに民主主義・人権保護・説明責任の確保された新たな時代の到来を告げるはずだった。しかし和平協定以降、政治的動機による攻撃で、300人以上の人びとが殺害され、しかも信頼性の高い捜査に基づく有罪判決が下されたことは一度もない。

パリ和平協定以来の重大な人権侵害に、カンボジア政府高官・軍・警察・憲兵隊・情報機関員が関与している事実は、国連・米国務省・国内および国際的人権団体・メディアによって、繰り返し調査・取りまとめられている。そして、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、そうした多くの当局者の身元とその現在の地位を確認している。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムスは「フン・セン首相は、殺人その他の重大な人権侵害を行った当局者を訴追せず、逆に昇進させ、報奨を与えてきた」と指摘。「フン・セン首相の行動は、有名な殺人犯でさえ、国家の政治・軍の指導者に保護されるならば、法を超越した存在になるという、カンボジア国民へのメッセージだ。しかもカンボジアの援助国は、説明責任を追及するよう圧力を掛けるのではなく、旧態依然の対応しかしていない。」

本報告書は、数年間にわたる現役と元政府の職員、軍人、警察官、司法当局者、議員、その他政府機関員、政党・労働組合・メディア・人権団体の代表に対する、数百回に及ぶ聞き取り調査を基にしている。また複数の国連文書、国連特別代表と特別報告者、そして国連人権高等弁務官カンボジア事務所の各報告書、ヒューマン・ライツ・ウォッチ他の国際的および国内の人権団体の報告書、メディア報道などにも基づいている。

野党指導者サム・レンシー氏に組織的な手榴弾攻撃が加えられ、少なくとも16人が殺害された1997年3月の事件について関与したのでは、というジャーナリストの質問に対するフン・セン首相の当時の護衛部隊副隊長ヒン・ブン・ヒーン(Hing Bun Heang)の返答を引用して、本報告書のタイトル「私が奴らを殺したいと思っていると伝えよ」とした。国連と米連邦捜査局(以下FBI)は、その攻撃に護衛部隊が関与しているとみなし、更に作戦指揮を執った人物をヒン・ブン・ヒーンと特定。しかしヒン・ブン・ヒーンは後に中将に昇進、現在はカンボジア王国軍の副参謀総長だ。

多くの場合、殺人の犯人は分かっているばかりでなく昇進する、とヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘。これに当てはまるのが、1992年〜93年、国連平和維持活動中に暗躍した残虐な“Aチーム” 暗殺部隊の隊員らや、1997年にフン・セン首相がクーデターを起こした後、野党党員ら殺害作戦を実行した治安機関員ら。より最近の労働運動指導者チェア・ヴィチェア(Chea Vichea)氏、野党政治家オム・ラドサディー(Om Radsady)氏、環境保護活動家チュ・ウッティ(Chut Wutty)氏らの殺害事件などは、いずれも未解決のままだ。明確な政治的動機のない事件でも、加害者が軍または警察である場合、もしくは政治家にコネを持つ場合、人権侵害が刑事訴追として立件され、相応な懲役刑に処されたことはほとんどない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、当局が誠実に捜査・訴追しなかった以下に掲げる多くの超法規的殺人を含む人権侵害事件について詳述している:

  • 1992年〜93年にかけて国連平和維持活動中に行われた、野党党員と活動家数十人に対する殺人事件
  • 1996年5月、プノンペンの路上で、反体制系新聞の編集者トゥン・ブン・リー(Thun Bun Ly)氏が殺害された事件
  • 1997年7月、フン・セン首相によるクーデターの後、カンボジア内務省敷地内でホ・ソック(Ho Sok)同省副大臣が殺害されたことを含む、王党派政府職員約100人の超法規的処刑作戦
  • 1999年、政府高官スヴァイ・シータ(Svay Sitha)氏の妻が、当時16歳のタット・マリナ(Tat Marina)に酸を浴びせ顔面を変形させた事件
  • 2003年、プノンペンの客で賑わうレストラン内で、民衆の尊敬を集めていた野党国会議員オム・ラドサディー(Om Radsady)氏が処刑形式で殺害された事件
  • 2004年、人気の労働運動指導者チェア・ヴィチェア氏が殺害された事件
  • 2008年、調査ジャーナリストのキム・サンボ氏とその息子が公園内で運動中に殺害された事件
  • 2012年、環境保護活動家チュ・ウッティ氏がココン県で殺害された事件

「過去20年以上にわたる政治的殺人事件のリストには骨まで凍るような思いだ」と前出のアダムス局長は述べる。それぞれの事件が起こるたびに世論は大騒ぎするが、政府当局は何の対応もせず、実行犯や犯人をまもる政府に、何のとがめもない。」

カンボジアの不処罰問題に対処するべく、ヒューマン・ライツ・ウォッチは同国政府に以下のことを強く求める:

  • 専門性と独立性を備えた警察機関の創設。その機関の指導部は独立した警察委員会によって任命されなければならず、更に警察委員会は、警察の監査・申立に基づく調査・職業倫理規約に違反した警察官の解雇などをできる権限を持たなければならない。
  • 公式非公式を問わず、政党の役職に警察高官、裁判官、検察官が就任することの禁止。
  • 被害者やその家族、人権団体他の市民社会、国連人権高等弁務官事務所他の国連機関、メディアなどカンボジア政府に対し懸念を表明する団体・個人による人権侵害の申立に対して、専門的かつ公平な手法で対処すること。

    「被害者が法の正義を獲得するためには、影響力を持つ国の政府が、人権侵害を追及する多くの勇敢なカンボジア人を支援して行動を共にし、持続的かつ協調的に圧力を加えることが必要不可欠だ。多くの国々がカンボジアにおける“不処罰の文化”を口にはするが、それら外国政府は自らの無関心の文化をも解決しなくてはならない」と前出のアダムス局長は指摘する。
     

カンボジアの過去20年は、チャンスを逃がし続けた歴史でもある。援助国・機関は毎年のように、警察に専門的技量を備えさせ、検察官と裁判官に独立性を持たせるような措置を導入する改革を求め、カンボジア政府はそれに同意してきた。しかし司法権のトップ高官たちは首相と支配政党カンボジア人民党への忠誠を第一に優先し、司法権は深刻かつ断固として政治にまみれた機関のままである。諸外国政府と国連そして援助国・機関は、過去の人権侵害と人権侵害の加害者についてよく知るべく時間をさいてこなかったし、重大な人権侵害を行った高官や政府機関に対して持続的かつ協調的な圧力を加えてこなかった。

「カンボジアで説明責任が果たされず、法の裁きが実現されていない実態。多くの諸外国政府と援助国・機関は過去20年、この事実を無視・過小評価してきた。しかし今後はしっかり対処する必要がある。過去を風化させては、法の正義の実現は不可能だ。各国政府と援助国機関は、人権について一般的にしか語らない現状に終止符を打ち、法の正義が実現されない事態を打開するため、政府高官や与党幹部と対峙し始めなければない」と前出のアダムス局長は述べる。

米政府は近年、カンボジア政府の人権問題に対して、最も痛烈な批判をいとわなかった国のひとつではあるものの、重大な人権侵害に関与したとみなされる当局者への対応は、多くの場合、言葉での批判より生ぬるかった。2006年3月、FBIは当時のホク・ランディ国家警察長官に、米国の対テロ世界戦略への彼の支援を評価して、勲章を授与。2008年にヘリコプター墜落事故で死亡したホク・ランディ長官は、悪名高い人権侵害の犯人で、恐らくはカンボジアで最も恐れられていた人物だった。人権活動家らは米国の真意に対して疑問を呈したが、カンボジア政府は米国からの勲章を強力な宣伝道具として利用した。

2009年9月には当時のロバート・ゲイツ米国防長官が、ワシントンのペンタゴンでカンボジアのティー・バンフ(Tea Banh)国防大臣との会談を主催した。ティー・バンフ国防大臣は過去20年カンボジア軍を率いているがその間、軍は広範囲の人権侵害に手を染めながら一向に処罰されていない。当然のことながら米国から帰国すると、支配政党が牛耳るメディアに英雄として迎えられた。

「フン・セン首相は27年にわたって権力の座にあり、あと30年権力の座に居座りたいと言っている。しかし人権侵害の被害者はそんなに長く、法による裁きを待ってはいられない。カンボジアへの歴史的な初訪問を行うオバマ大統領は、米国民が当然と考えている権利と自由をカンボジア国民も享受できるよう、そしてフン・セン首相が真の改革を行うようはっきり要求すべきだ。オバマ大統領は、それができる絶好の立場にあるのだから」とアダムス局長は指摘する。