Skip to main content
寄付をする

リビア:カダフィ軍拘束下で19名が窒息死

埋葬された遺体 カダフィ軍兵士の証言で発見

(トリポリ)-2011年9月8日、リビア西部の土中から18名の遺体が発見された。ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日、これはアルホムス(al-Khoms)で6月にカダフィ軍部隊が拘禁中の人びとを窒息死させたという報告を裏づける証拠であると述べた。更に被害者1名が数日後に死亡しているが、その遺体は18名と一緒には埋められていなかった。

トリポリの東120キロに位置するアルホムス(al-Khoms)の軍事評議会関係者が、バニ・ワリド(Bani Walid)とオルバン(Orban)の間に位置する僻地で遺体を発見した。関係者は、捕虜となったカダフィ軍のある兵士が埋葬現場に案内した、と述べた。ヒューマン・ライツ・ウォッチの聞き取り調査に応じた生存者2名によると、遺体は23歳から50歳までの男性で、金属製の運送用コンテナの中に閉じ込められた後、6月6日に窒息死したとみられる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ特別アドバイザーのフレッド・アブラハムは、「カダフィ軍部隊は、ある焼けつくような暑さの日、水も空気もほとんどない金属製コンテナの中に、拘束中の人びとを閉じ込めた。中で助けを求めて泣き叫んでいるにもかかわらず」と述べた。「これは、カダフィ政権が反体制派のリビア人に対して非人道的な行いをしていたことを示す証拠のひとつだ。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは事件の生存者2名と、この事件発生前に幅40フィートのコンテナのひとつに拘束されて拷問を受けた1名の男性から聞き取り調査を実施。携帯電話でカダフィ軍兵士が撮影したとみられるあるビデオには、聞き取り調査に応じたこの男性とその他5名の男性が、コンテナの中で蹴ったり、鞭で打つなどの暴行を受けている様子が映っていた。更に、ヒューマン・ライツ・ウォッチが9月8日にトリポリ・メディカル・センターの霊安室に搬送された18名の遺体を確認した際には、すべての遺体に腐敗が進んでいた。

2名の生存者によれば、アルホムスのカダフィ軍は春も終りに近いころ、反政府軍地下組織が政府治安部隊への攻撃を開始すると、町の男たちを逮捕し始めたという。カダフィ軍部隊は遅くとも5月から、同町にある中国企業の元敷地内に、人びとを拘禁していた。事務所や従業員の仮眠所に拘禁された人もいれば、敷地内にあるふたつの金属製コンテナに閉じ込められた人もいた。各コンテナの通気口は側面に銃弾で開けられたものだった。

教師モハメド・アフメド・アリ(54歳)は、カダフィ大佐を批判しているのを立ち聞きされ、5月20日に逮捕されたという。「中国企業の敷地に連行されました。考えうる最悪の扱いを受けましたね。着いたとたん、何も告げられずにただ殴られました。」

アリによれば、兵士たちは鞭や警棒で殴ったほか、電気ショックも使っていた。9月7日、彼はヒューマン・ライツ・ウォッチに、暴行で受けたという背中のひどい傷跡を見せ、拘禁されていた仲間が何人も窒息死した、と証言していた。

「[6月5日]午後11時、兵士たちは、コンテナを開けて食糧を置くと再びドアを閉めました。午前4時の時点で、コンテナの中は30度近くあるように感じました。その日、これから尋常じゃないことが起きると覚悟していました。それでも神にどうぞ私たちの苦しみを和らげたまえ、と祈りました。19人に水はたったの1.5リットル。午前9時までには、蒸し返す暑さに服はぐっしょりと濡れ、シャツが搾れるほどでした。午前11時になると、皆が気を失い始めました。私はほうきの柄で中から壁を叩き、叫びました。『私たちは皆イスラム教徒、リビア人、兄弟じゃないか』と。兵士から返ってきたのは私たちをネズミ呼ばわりする侮辱の言葉だけでした。」

アリは自らも正午ごろ意識を失ったと話す。「兵士たちがやっとコンテナのドアを開けた時には、19人のうち9人は死んでいました。後になって隣のコンテナでも10人中9人が死んだことを聞きました。」

もうひとつのコンテナの唯一の生存者、家具職人のアブデルラマン・アフメド・シェリフ(23歳)は、反カダフィの小冊子を配布した疑いで5月16日に逮捕され、前述の中国企業の元敷地に連行された末、約20日にわたり拘禁されたと話した。

「兵士たちに床に押し倒され、足や手、股間も殴られた。カラシニコフ[AK-47自動小銃]も使ってね。」 そう語ると、更に詳しく6月6日のできごとについて証言した。

「夜明け前に起きると、内部の温度は上がっていた。酸素も飲み水も足りなかった。人数が多かったから、すぐに水を飲み干してしまったんだ。皆ドアを叩き続けたが、兵士たちはドアを開けずに侮辱し続け、黙れと言うだけだった。目を閉じた人から気を失っていったよ。その光景をただ見ているしかなかった。兵士がドアを開けた後、自分の頭に切り傷があるのに気づいた。どうしてできた傷なのかは覚えていない。」

シェリフは、カダフィ軍部隊の兵士はトヨタ製のピックアップトラックに遺体を乗せたが、その後の行方は分からないと語った。

8月にカダフィ軍部隊の撤退後、地元の治安部隊アルホムス軍事評議会が町を掌握した。その責任者サレム・トゥウィール大佐は、支配下にある部隊があるカダフィ軍兵士を拘束したところ、その人物が遺体を埋めたことを認めたと語った。その兵士は遺体を焼くようにという命令に背いて、アルホムス南部の僻地に遺体を埋めたと話している。なお、大佐はこの兵士の名前を公表していない。

9月8日にその兵士が同大佐とアルホムスの部隊を、アルホムスから南に約60キロに位置するオルバン(Orban)とバニ・ワリド(Bani Walid)の中間にある僻地ワディ・デュファン(Wadi Dufan)に案内。そこで18の遺体が掘り起こされた。同日午後11時ごろ、トラックに載せられた遺体は、トリポリ・メディカル・センターの霊安室に運び込まれた。ヒューマン・ライツ・ウォッチはそこで簡単な検死を実施。同大佐はこれらがコンテナの中で死亡した男性らの遺体であると述べた。

コンテナの中に拘禁されたものの、窒息死事件が起きる前に解放されたもう1人の男性は、中国企業の元敷地内で日常的に拷問が行われていたという訴えを裏づける証言をした。反政府運動参加の疑いで5月19日に逮捕された後、くだんのコンテナのひとつに10日間拘禁されたというモハンネド・ジャマル・ベルファド(22歳)は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに次のように話している。

「コンテナの中に放り込まれるやいなや、電流警棒で電気ショック。棒で殴られるわ、蹴り、ビンタ、ゲンコツでもやられた。おまけに足で頭を踏みつけられて。逆さづりにされたこともあった。建物内には取り調べ室があって、皆そこに連れて行かれたんだけど、別に拷問用の部屋もあってね、そこにも入れられたよ。」

カダフィ軍兵士が携帯電話で撮影したと、在アルホムスのジャーナリストたちが言うビデオの内容をヒューマン・ライツ・ウォッチは確認。緑色の軍服を着た3人の男が金属性コンテナの中で、縛られて目隠しをされた男性6人を蹴ったり、ムチ打ちにしたりしている様子が写っていた。前述のモハンネド・ジャマル・ベルファドはそのビデオを見て、暴行を受けている男性の1人が自分であることを確認している。また、もう1人がアルジャジーラに情報を送った容疑で逮捕された、いとこのヨウセフ・ベルファド(23歳)であることも確認した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、建物内にある部屋のひとつで、窓や壁に取りつけられた金属製の柵を発見。前出の証言者シェリフによると、収容者を暴行する際に縛りつけるためのものだという。別の部屋には軍服の上着やズボン、ビニールひもなどが残されており、アリとシェリフはそれらが人びとを縛るために使われていたと証言した。また、AK-47自動小銃の標準弾(口径7.62ミリ)の空箱や、空の弾薬用木箱が残された部屋もあった。

犠牲者は以下の通り:

ヨウセフ・サレ・ベルファド(Yousef Saleh Berfad 24歳)

タレク・ベン・ハリーム(Tarek Ben Haleem 27歳)

ビリード・ハマディ(Beleed Hamadi 50歳)

ワリード・アルルツビ(Waleed al Rutbi, 27)

モハメド・アメド・エビーズ(Mohammed Ahmed Ehbees 33歳)

アリ・アルタイブ・アブ・スニーナ(Ali al Taib Abu Sneena 33歳)

アウスマン(Ausman:スーダン人男性:姓は不明38歳)

ファジ・サルタン(Fathi Sultan 23歳)

モハメド・アリ・アウェイ(Mohammed Ali Away 28歳)

アブドゥル・ハミーム・アルバティ(Abdul Hameem Al Hbati 29歳)

アブドゥル・バシツ・アルバラシ(Abdul Basit Al Barasi 39歳)

モハメド・モハメド・アルマブルク(Mohammed Mohammed al Mabrouk 40歳)

ムヒ・アルディーン・モハメド・アウェイ(Muhi Aldeen Mohammed Away 25歳)

ウサマ・アリ・アルマリシュ(Usama Ali al Marish 27歳)

ファイサル・アブドゥラリ・アメル(Faisal Abdulali Amer 32歳)

アリ・イブラヒム・スルタン(Ali Ibrahim Sultan 27歳)

身元不明のタルフナ出身男性(Unidentified man from Tarhuna 推定25歳)

身元不明のタルフナ出身男性(Unidentified man from Tarhuna 推定50歳)

皆様のあたたかなご支援で、世界各地の人権を守る活動を続けることができます。